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魔王に殺された代理勇者の。  作者: ねずみもち月
四章 代理勇者の束縛
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83.結果、絆される

 ノイムはしゃべった。喉がひりひりするくらい熱心にしゃべってしゃべってしゃべり倒した。転生してからこちら、ここまで長々と言葉を操ったのは初めてのことである。


 仁王立ちして頭上から熱弁を振るうノイムを見上げる子供たちは、皆一様にぽかんとした表情を浮かべていた。ノイムの必死な説得の半分も伝わっていなかったに違いない。

 しかしノイムは、半分伝われば十分というほどには口を動かしている。構わず語り続けた。


 ハーレは夜になって自宅を抜け出し、度胸試しと称して勇者の森の――村の裏にある森は、勇者の剣が見つかったことで、名無しの森から勇者の森という大層な聖地に変化した――、最も危険と言って差し支えのない勇者の剣を見物しに行こうと言ったのである。しかもソルノは攻撃的なまでに乗り気だ。ノイムに「どうする?」なんて問いかけたメリィの口ぶりからしても、この場に異論ある者はいないのだろう。


 とんでもない。止めて当然だった。

 彼らが現状に不満を持っているのはわかる。それはもうわかりすぎるくらいにはわかる。


 村の子供の外出が禁じられた。彼らは家々が建つこの小さな村で、家事を手伝いながら粛々と日々を送らなければならない。川で水遊びをしたり、向こうの草原で追いかけっこをしたり、森の浅いところでちょっとした冒険気分を味わったり、近所を縦横無尽に駆け回って遊ぶ、以前のような自由な過ごしかたはできない。もっといえば、村内でも子供だけで集まることには良い顔をされない。おとなの目のあるところにいてほしいと、村人は考えている。

 自分たちの身を案じるがゆえに不自由を強いられているとわかっているので、子供たちだって、最初は親に貼りついてちょこまかと家事やら仕事やらの手伝いをしていた。


 いや、しようとしたと言ったほうが正しい。

 畑仕事を手伝うと言えば、村の外に出るなと怒られる。

 洗濯に行く母親について川へ行こうとすれば、村の外に出るなと叱られる。

 籠を持ち出して森の恵みを収穫に行く女衆に混ざろうとすれば、村の外に出るなと叱責される。


 しまいに、夕飯の材料を取りに倉庫に行こうとすれば、ひとりで行動するなと目を吊り上げて言われるのである。頼みの武力であるシャティアが村を空ける日が出てきたせいか、村のおとなたちは、それはもううざったくなるほどに神経質になっている。

 文句を言われないためには、村の子供は家のなかでじっと座ってただ一日を流すしかない――これはさすがに言いすぎな感があるが、子供にとってはほとんど同義だ。


 一週間で音を上げるのも頷ける。


 ノイムはこの村に口うるさい親など持っていないし、保護者のポジションであるシャティアもいないので、叱られることはない。ルーダに見つかるとねちねち嫌味を言われるくらいである。この点ではノイムは苦労していない。

 問題なのは、シャティアが忙しくなってシンシア捜しが滞ってしまったこと。それだけである。シャティアをこの繫忙から解放するためには、速やかに森から救出した子供たちを家に帰すしかない。これに関して、ノイムにできることはない。だからできるだけ邪魔をしないように過ごしている。邪魔をしないために、村の子供の秩序も維持したい。


 だからノイムは慣れぬ舌を振るい、深夜の度胸試しなんて馬鹿げた真似をやめさせようと躍起になったのである。


「ルーダの話を聞いたならわかるでしょ。変な人がうろうろしてるんだよ。そうでなくても、ほら、この間エイミーと一緒に森から連れ出した余所の子供たち」

「おまえも余所者だろ、なに身内ぶってんだよ」


 ソルノが茶々を入れてきたが、ノイムは綺麗に無視をした。


「あの子たちも人攫いに捕まってこんなところに来ちゃったんだから。私や、みんながそうならないとは限らない」


 実際に襲われたノイムが言うのだから説得力はひとしおだ。

 ここには結界に迷いこんで半日を森のなかで過ごしたエイミーだっている。そうだ、ほかの誰もが積極的に森へとつま先を向けたとして、彼女だけは嫌がるのではないか。ノイムが目を向ければ、エイミーは激しく頷いた。やはり、ただ数の力に押されて異論を唱えることができなかっただけで、彼女も、深夜に勇者の剣を見にいくなんて暴挙はしたくないらしい。


「そ、そうだよ……怪しい人がいるのは本当だもの。ノイムちゃんが襲われて……ティア姉も会ったって……こないだ、さ」

「その人、ノイムちゃんが撃退したんだよね」

「しかもしんだってきいたよ」

「襲われたにしては、ノイム、怪我もしてなかったし怖がってもいなかったし……なあ」

「おれらを丸めこむためのほら話じゃねえの」


 ただし、その他大勢にはあまり響かなかったようである。ノイムが平然としすぎているので、話を聞いた彼らには実感することができなかったらしい。ただしこれには、比較的冷静なハーレがフォローを入れてくれた。


「でも、ティア姉がノイムちゃんにあげたっていう短剣、あれすごいことになってるじゃない。少なくとも、なにか大変なことがあったのは本当だと思うよ」


 あんまりにも穏やかな笑顔なので、これもまったく効果を発揮しなかったようである。ソルノなどは余計に懐疑的な顔になった。

 ただし、子供たちの視線は寝床の方向に移った。ノイムは溶け落ちた短剣を後生大事に抱えて夢のお供にしている。捨てるに捨てられなかったのだ。寝床の枕元には、抜き身の短剣が転がっていた。それでひとまず、ノイムの話はまるっきりの嘘ではなさそうだと判断したらしい。


「本当にその人攫いと戦って倒したんなら、なおさら俺らがおとなしくしてる必要あるか? ルーダの言ってた不審者はもういないってことじゃんか」

「で、でも、ルーダさんが言ってた不審者が、ノイムちゃんが会った人……だとは限らない……」


 余所の子供たちから聞き取った人攫いの面相は、千差万別だった。事細かに覚えていないにしても、たとえば『スキンヘッドの目つきの悪い男』と『ぼさぼさの髪をひとつに束ねた髭面の男』を同一人物として扱うのには無理がある。それとノイムを襲った人攫いをさらに同一視するとなると、これは不可能だ。やっぱり、ルーダの言う不審者を、廃墟で焼死したあの男であると断定することはできないのである。


「それに、夜の森は危ないよ。暗くて怖いし……怖かったんだよ、とっても。く、熊とか出るかも……」

「そんなもん、おれらでとっちめてやればいいだろ!」


 頑張って言葉を紡いでくれていたエイミーが、ソルノに怒鳴られて縮みあがった。それきりぴたりと口を閉じて、ノイムの援護には回らなくなる。


 ノイムはまた長々と舌を転がした。

 子供たちが、特にソルノはそれでもまだむすっとしていた。隙あらばノイムをなじった。反論ではない。ただの悪口だ。自分たちがやろうとしているのがいけないことだという自覚はあるはずだった。だからノイムの弁舌にではなく、ノイム自身にその矛先を向ける。今の不自由が気に入らないからと、感情だけでものを言っている。


 だんだん面倒になってきて、ノイムは正攻法を諦めた。


「じゃあ、誰かに言いつけてくる」


 シャティアがいれば一番いいのだが、いつ帰ってくるかわからない。となると、残された選択肢はルーダかアマンダだった。話しかけやすさでいえば圧倒的にアマンダだ。ノイムは輪になった子供たちの間を突っ切って外に向かう。


「わーっ、待って待って待って!」


 どっと襲いかかられた。腰にメリィがしがみつき、ハーレは腕を掴み、ハナが反対の手を、アダンは大急ぎで通せんぼをした。エイミーは立ち上がりかけた中腰のままおろおろしている。ソルノだけが動かない。


「早まるな、ノイム!」

「ハナたち、おうちからでられなくなっちゃう」

「わ、私行くのやめるっ。だから誰にも言わないで!」

「これ以上身動きを封じられたら、僕ら死んじゃうよ」


 あんたたちはマグロかと呆れたノイムは肩の力を抜いた。腰にくっついたメリィの体重がずっしりと身に染みる。


 四対の目が哀れみを誘う眼でノイムを見つめた。

 ハナが上目遣いでノイムの手のひらをにぎにぎと揉んでいる。悔しいがこれは可愛い。面と向かって「ハナのほうがかわいい」と言い切るだけある。体を捻ってうしろを見れば、泣きそうな顔のメリィと目が合った。年上の子供に泣かれるとかなり動揺する。


「お願いします!」


 しまいには、進路に立ちはだかっていたアダンが頭を下げた。くるりと巻いた彼のつむじがよく見える。


「…………わかったよ」


 ノイムは長い長い沈黙の末、嘆息した。


 歓声が上がる。今度はどっと抱きつかれた。おかげで全員まとめてひっくり返った。「ぐえ! 重い! 潰れる!!」とノイムが訴えても、誰も意に介さない。ノイムの悲鳴は、アダンたちが口々に放つ礼の言葉でかき消された。


 やっと解放されたとき、ノイムはすっかりくたびれていた。

 とにかく、皆は思いとどまってくれたらしい。それならわざわざ彼らを敵に回すような真似はすまい。告げ口というのは仲間内で最も嫌われる所業である。


「シャティアが帰ってきたら相談してみようよ。シャティアなら黙ってないと思うよ」


 危険を避けるためにも村の子供を外に出したくないとは考えているだろうが、親を手伝おうという子供を無碍に扱うような叱りかたには嫌悪を示すに違いない。


 ノイムの提案に、子供たちはいよいよもっておとなしくなった。彼らの関心は度胸試しから逸れ、シャティアにどのような話をするか――すなわち、自分が親からいかに理不尽な説教をされたかを口々に競い始める。


 例外はあった。

 シャティアはもちろん、アマンダやルーダも納得のいかない叱責はしない。ルーダなどは余所者余所者とノイムに突っかかるばかりで、アマンダは今までどおり立ち働くときはエイミーと一緒に行動しようとする。川に洗濯に行くのもそうだ。おかげで親からはエイミーよりアマンダのほうが怒られる始末である。

 悪口ばかりではきまりが悪いのか、皆はそういった好もしいおとなについても大いに盛り上がった。


 どこをどう通ったものか、最終的に、ルーダはアマンダに結婚を申し込むのかなどと全然関係ない話に発展した。ここ最近、集まるたびになんとなくピリピリしていた空気も、心なしか薄れた気がする。


「ばっかじゃねぇの」


 ただソルノの呟きだけが、不協和音となってノイムの耳に届いていた。

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