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魔王に殺された代理勇者の。  作者: ねずみもち月
四章 代理勇者の束縛
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82.不満、爆弾となり

 小さな体がさらにひと回り縮んでしまったような気分で、ノイムは帰路についた。

 手のなかには、刃が潰れてくにゃくにゃになった短剣。腰帯に挟んだ鞘にはどう頑張っても収まりそうにないので、こうして晒したまま持ち歩いている。これから当分、シャティアからもらったこの短剣を相棒にはしゃぎ倒そうと思っていた矢先の、炎上、溶解。シャティアは笑って許してくれたが、ショックは抜けない。


 それに、シャティアが笑っていたのはほんのいっときだけだった。帰宅してから、彼女はノイムに追い打ちをかけたのだ。


 説教である。


 約束を破って出かけた結果、ノイムは危ない目に遭った。なにごともなく帰宅していれば不問に処される可能性もあったのだろうが、現実はそうならなかったのだから、それは叱られるに決まっている。


「どこが『ちょっとそこまで』よ。村から廃墟までどんだけ距離あると思ってるの?」

「橋渡ったら見えるとこにあるから……近いといえなくもないかなって」


 後頭部をはたかれた。当然である。


「ごめんなさい」

「素直でよろしい。しばらく外出禁止ね」

「げっ」


 思いのほかキツい罰だ。思わず下唇を突き出したのだが、続くシャティアの言葉で引っこめた。


「ま、これはあんただけじゃないんだけどね。さっきも言ったけど、ルーダが不審者の話を持って帰ってきたでしょ」


 それを受けて、村の子供たちの外出が禁止になったのだ。

 ルーダの言う不審者が、どの不審者を指しているのか不明のためだった。状況から考えるとノイムを襲おうとしたあの男なのだろうが、断定もできない。


 ただでさえ、勇者の剣に端を発した騒動で村はてんやわんやなのである。この期に及んで、さらに村の子供たちを護れというのは無理があった。圧倒的に手が足りない。村内にいれば危険はないだろうと、村の子供たちは、それぞれ親に連れられて家の手伝いにのみ勤しむことになった。

 なるほど、シャティアが「ガキどもが反発する」と嘆いたわけだ。この村の子供たちはおとなしくお母さんのお手伝いなどしている玉ではない。一日二日は殊勝な態度を取っているかもしれないが、それまでだろう。


 そしてシャティアの懸念も、ノイムの予想も、大当たりだった。


「いつまで続くんだよこれ!」


 だー! と無駄にでかい声を上げたのはアダンである。彼の声量はそのままこの場にいる全員の不満を表していた。

 ノイム含め、村の子供はシャティアの家に集まっていた。現状、誰に邪険にされることなく、手伝いを申しつけられることもなく、落ち着いて集まれる場所がここしかないのだ。


「みんな余所の子供にばっかり構ってさー」


 けっ、と吐き出したアダンに続いて、メリィが肩を落とす。


「うちのお父さん、夕飯も一緒に食べてくれなくなっちゃったよ」

「村長の家に集まって毎晩話し合ってるらしいね」


 その背中をぽんぽんと叩くハーレの横で、ふうんとハナが興味なさげに鼻を鳴らした。


「まいにちまいにち、はなすことがたくさんあるんだねえ」


 のんびりとした声音には、どこか嫌味な感が込められている。


「お姉ちゃんも忙しそうにしてる……みんな……怪我して帰ってくる……」

「だから余所者は駄目なんだ。やつらを追いだすのにどんだけおれらに苦労させる気なんだよ」


 エイミーのか細い声は、ふんぞり返ったソルノにかき消された。ソルノの目はノイムを睨んでいる。まるで村のおとなの手を煩わせているのがノイムかのような視線だった。


「喜んでいいよ。私はどこにもいかないから、誰にも迷惑をかけない」

「いるだけで迷惑なんだよ、図々しい」


 ソルノってば、と各方面から咎められ、彼はぷいと顔を逸らした。


 ノイムはなにも言わなかった。

 ソルノの気持ちがわかるとまではいかないが、置かれた状況に不満を抱いているのはノイムも同じだったからだ。近くにあるものに八つ当たりしたくなるのも理解できた。


 もっとも、ソルノがノイムに突っかかるのはほとんど通常運転だが。


 とにかく、いつまで続くのかというアダンの悲鳴は、たしかにこの場の全員の心にあることだ。もちろんノイムもである。むしろ、ノイムが誰よりも声高に叫びたいところだった。

 いつまで待っていればいいのか、と。


 勇者の剣が発見され、同時に結界内に囲われていた余所の子供たちが解放されてから、すでに一週間が経った。村のおとなたちは忙しなく動き回っている。森から救出した子供たちを然るべき場所に送り届けるためだ。


「本当ならもっと早く終わってるはずだったんだけどねえ。蓋を開けてみたらびっくり、森にいた子供、ずいぶん遠くから連れてこられてたんだってね」


 ノイムはシャティアから聞いた話をそのままぶちまけた。


(当然といえば当然だよなあ。廃墟で会った人攫いも言ってたし……)


 彼の雇い主は、ごろつきをほかにもたくさん雇っている。あちこちに金をばら撒いて、子供を攫わせている。となれば、子供の出所にばらつきが出るのは当たり前だ。総勢十人かそこら。身寄りのないらしいひとりふたりを除いても、八人以上はいる。それをサニア王国じゅうに届けなければいけないとなると、ちっぽけな村の手には余る事態である。


 村は揉めに揉め、それが連日連夜に及ぶ会議に現れていた。

 自分たちの手で家に帰してあげるとしても、子供連れで問題なく遠出できる人材といえば、村にはシャティアくらいしかいない。逆に誰かを頼って子供たちを託すとしても、この村は、理由はわからないが――ノイムが勝手に想像した魔族絡みの話はさておき――周辺から嫌われている。そんな人脈はない。あるとしたらやっぱり、村の外に詳しいシャティアだろう。


 そういうわけで、シャティアなどはここ数日、方々を駆け回っている。家に帰るのも二日に一度がいいところだ。その点でも、村の子供のたまり場として、シャティアの家はちょうどよかった。


 シャティアと顔を合わせる回数はぐっと減った。

 ノイムの焦燥と苛立ちは、すべてここに集約される。


『ごめん、しばらくあんたに構ってる余裕ないわ。姉さん捜し、あと回しになっちまうけど』


 あくる日、寝る直前になってやっと帰ってきたシャティアに言われたことだ。

 ノイムはこれに「村が落ち着くまで待つよ」なんて平気な顔をして頷いた。頷いたはいいものの、心からそう思っていたわけがない。奴隷商に連れられたシンシアを追いかけるのに、待っていていいことなどひとつもないのである。


(まさかこんなところで勇者の剣に足を引っ張られるとは思わなかったよ……)


 元凶が元凶なので、ノイムの不満もひとしおだ。とはいえ、ノイムが駄々をこねたところでシャティアの忙しさにはなんの変化ももたらさない。まさか六歳児ひとりで飛びだすわけにもいかない。

 ノイムはただ、じっと家にいることしかできないのである。


 とっとと事態を収束させるためにも、今はおとなしくしているのが一番だった。村のおとなやシャティアの手を煩わせるような問題を起こせば、そのぶん、余所の子供を帰す手に遅れが生じる。


(だから、私だけじゃなくて、アダンたちにも静かにしていてもらわなきゃいけないんだけど)


「ノイムちゃんはどうする?」


 メリィの声に顔を上げた。輪になって座った子供たちの目が、ノイムに注がれている。


「……なにが?」


 話なんてまったく聞いていなかった。途中からひとりで思考の海に沈んでいたので、彼らの話がどの方角を向いたのかも知らない。

 しかし説明を求めるより先に、ソルノが勝手にメリィに答えてしまった。


「こいつはびびってるから絶対に来ない。余所者なんか放っとこうぜ」

「誰がびびってるって?」

「おまえだよ、ノイム。こないだだって、せっかくおれがさそってやったのに」

「こないだって――」


 勇者の剣の見学に行くと言ったときのことか。呟くと、本当になにも聞いていなかったのかと皆に苦笑された。

 改めて教えてくれたのはハーレだ。


「度胸試しだよ。夜中なら見咎められることもないでしょ。日が暮れるのを待って、僕らだけで勇者の森に入るんだ」

「正気?」


 ノイムは思わず立ち上がった。

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