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魔王に殺された代理勇者の。  作者: ねずみもち月
四章 代理勇者の束縛
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81.短剣、燃える

「なんだこのガキ、おっかねえ!」


 手なんか出すんじゃなかった! と人攫いの薄汚い男は悲鳴を上げた。


「な、なにが望みだ? どうすれば見逃してもらえる? 俺はなにをすればいい――」

「あんたうるさいよ」


 シャティアは男の顔のすぐ横に拳を打ち入れた。彼女の籠手はいとも簡単に石畳の道を砕いて、破片を男の顔に振りかける。男はひいぃと鳴いて身を引こうとしたが、両脚はノイムの手で斬りつけられ、手はノイムの短剣によって地面に縫い留められている。男の動きはただ、手の甲に突き立った刃の傷を押し広げるだけだった。男の下唇がめくれる。

 うるさいと言われたにも関わらず、立て板に水のごとく語り始めた。


「お、俺は雇われただけなんだ。金をもらって、子供を攫えって雇い主に言われ――向こうの村の裏にある――森、そうだ、あの森に、ガキを集めろって言われたんだ。魔力を多く持っていれば持っているほどいいとかなんとか、でも俺そんなにわからないから、連れていけそうなガキは片っ端から連れていって――役に立つかどうかは雇い主とか、同業者が見て、役に立たないガキは適当に放してって」


 よくもまあ、これだけべらべらとしゃべることができるものである。ただの無駄話なら今度こそその顔面を殴りつけてもよかったのだが――ノイムとシャティアは顔を合わせた。

 それぞれ、良い情報が得られたという表情が刻まれていた。


 魔力の多い子供を森へ。それはつまり、勇者の剣に魔力を吸わせるためだろう。この男の話からすると、やはり、誰かが意思を持って仕組んだことだったわけだ。鍵となるのは、このチンピラの雇い主とかいう人物である。

 より詳しい事情を吐かせようと男を見下ろしたふたりだったが、ちょっと目を離した隙に、男の話は横に逸れてそのまま突き進んでいた。


「そうだ、お――俺だけじゃねえ。ほかにもたくさんいる。俺みたいに盗みとか――強請(ゆす)りとか――そうやって――そうやって生きてるヤツに、片っ端から声かけて――ガキを攫って、あちこちから運ばせてるんだ。だから俺だけが悪いわけじゃない! お、俺ひとりにかまけている暇があったら、ほら、ほかの連中をとっ捕まえてさ、でないとどんどんガキがいなくなるだろ。俺はもう足を洗う、二度としないから、ここは見逃し」


 シャティアがふたたび拳で地面を叩いた。


「だからうるさいってば。そんなにしゃべりたいんなら教えてよ。あんたの雇い主って誰なわけ?」


 ややうんざりした様子で問いかける。途端に男はさっと青ざめた。


「そ――それは」

「言えないのかい」

「い、言えない」

「なんだ使えないな。それで見逃してもらおうなんて虫が良すぎるよあんた」

「ほ、ほかのことならなんでも答えるから!」


 必死の形相である。男は無事なほうの手を伸ばして、シャティアの脚にすがりつこうとした。道端の石ころでも蹴るような調子でそれを蹴り払い、シャティアは続ける。


「雇い主ってひとりだけ? ほかの連中に金ばら撒いて人攫いやらせてるのも、あんたの雇い主?」


 そうだ、とこれには男は頷いた。


「わかんないわ。足がつかないようになるべくいろんな地域から人をかき集めて、ただひたすら勇者の剣に魔力を注がせるってことだろ? なんだってそんなに」


 勇者の剣に執着するのか――と、シャティアは言いたいのだろう。ノイムにだってわからない。ノイムは欲しくないのに手に入れてしまった質だ。そうならないように、今は徹底的に勇者の剣に近寄ることを避けている。犯罪に手を染めてまで勇者の剣を抜きたいと考える人の気持ちなんて、理解しようがない。

 ノイムは膝を折って、這いつくばっている男と目線を揃える。


「ねえ、その雇い主はなんで勇者の剣を抜こうとしてるの?」


 男は質問をしたノイムに一瞥もくれなかった。凍りついたようにシャティアをを見上げている。先ほどシャティアと問答をしていたときの体勢のままである。


 なんだか様子が違う。顔から血の気が引いていた。濡れた目と垂れそうな鼻水でぐずぐずになっていた顔はどこへやらで、やられた手足の痛みも忘れたらしい。

 ただ呼吸だけが荒い。


「あ――あんたら、なんで勇者の剣のこと知ってるんだ」

「なんでって言われてもね。つい昨日、あんたたちが攫ったっていう子供たち見つけたんだよ。うちの村の子が魔法結界のなかに迷って――そうだ、あの結界もあんたたちの仕業なの?」


 男はゆるゆると首を振った。顔面蒼白、表情からはすっかり温度が抜け落ちている。


「ちがう、違う、ち――ちが――俺は、俺じゃない、頼む――たすけてくれ――俺は――」


 問いに対する答えではなさそうだ。助けてくれ、違う、俺じゃない。男はうわ言のように繰り返した。口の端から泡を吹きながら許しを請い続ける。

 明らかに正気じゃない。

 濁った瞳がノイムを越え、シャティアを越え、どこか中空を見つめていた。まるで彼を咎める誰かがそこにいるかのように。誰か――彼の雇い主? ノイムは振り向いた。当たり前だが誰もいない。


 火の粉が頬を撫でたのはそのときだ。


「ノイム、離れなっ」


 背後から襟首を引っ掴まれて、くえ、と情けない声を上げる。


 ぼう、と炎が上がった。


 噴いた火先がノイムの鼻先を舐めるのと、シャティアがノイムを抱えて飛び退くのは、ほとんど同時だった。

 一瞬だけ夕焼けの色に溶けた火は、瞬く間に色を変えた。

 白だ。白い炎。


 色のない炎に包まれた男は幽鬼のようだった。悲鳴が天を突く。髪の毛が炭化した。服も瞬く間に燃え落ちた。露出した肌がみるみるうちに膨れ、剥がれ、溶けていく。


「見ないほうがいい」


 シャティアの柔らかな手が、ノイムの視界を塞いだ。

 指の隙間から夕陽の赤が差し込んでくる。正面から吹きつける熱が、じりじりと肌を焼いた。ノイムの首がじっとりと濡れる。秋には不自然な暑さである。耳には絶えず燃え盛り、火の粉を散らす炎の音が届く。


 男の悲鳴はとうに尽きていた。


 ノイムの視界が解放されたとき、目の前には、真っ黒に炭化したかたまりと、焦げた石畳だけが残っていた。残り火の欠片もない。

 ノイムは呆然とした。あまりにも突然すぎる出来事に言葉が出ない。


 脱力したノイムを、シャティアがそっと地面に下ろした。

 石畳に触れたつま先がくにゃりと曲がる。両脇を抱えたシャティアの手で何度か上下に振られたのち、ノイムはようやく自分の足で立った。


 開いた唇が震える。舌がもつれた。


「ねえ、白い炎って、聖職者の」

「魔法だね」


 男は攫った子供の話をした。子供をどこへ連れていくかの話をした。雇い主の話をした。勇者の剣の名前を出した。


「それだ――よね? 燃えちゃったのって」

「他人に余計なことをしゃべらないよう、誓約でも立てさせてたんだろうけど」


 トリガーは勇者の剣か。しゃべったら文字どおり炎上する。誓約の魔法とはそういうものだ。ただ、


「問題は――」


 問題はそこじゃない。


「コイツに子供を攫って、勇者の剣に魔力を注がせるように命令した雇い主ってのが」

「聖職者……」

「あり得ないわ。神に仕える立場で、そんなこと」

「まあ、聖職者だからって清い心を持ってるとは限らないし……」


 ノイムは黒煙を上げてくすぶる人だったものを見つめる。

 人を雇って悪事をはたらく聖職者。いないわけはないだろう。世界は広い。実際、ノイムはこの目で――。


「――あ」


 ノイムの脳裏に、該当する人物の姿がまざまざと浮かんだ。


 意識がぐんと過去をさかのぼる。デビーに嵌められてトパの街を出るより前、シンシアと出会うより前、ラヴィアスに連れられてトパ孤児院に行く前――カデルが攫われた、あの日。

 カデルを連れ去った集団を追って、ノイムは孤児院を飛びだした。広場にいた老婆に道を尋ね、遠くに上がる馬車の煙を見つけたときだ。


 町を出ようとしたノイムの前に立ちふさがり、あろうことか殺そうとした。

 そしてラヴィアスに撃退された、神官の女である。


 そういえば赤子に転生してから、はっきりと死を予感したのは初めてだった。衝撃は大きかったはずだが、あれきり接触していないので、綺麗さっぱり忘れていた。呑気なものだ。


 しかし、そんな都合のよい符合があり得るだろうか。

 神に背くような行動を取る聖職者がいるのはたしかだが、いくらなんでも世間が狭すぎる。


 だいいち、あの神官と勇者の剣になんの関係が。


「あるんだなあ……」


 あの女は失踪した勇者とともに旅をしていたのである。

 勇者もろとも行方がわからなくなったといわれているのに、実際は無事だった。そしてラヴィアス(魔王)に追われていた。怪しむには十分すぎる理由だ。


「なに?」

「ううん……なんでもない」

「ふうん?」


 今の段階であの神官の女が首謀者だと決めつけるのは早計だ。勇者の剣と関連付けができないわけではないが、かといって、勇者の剣に執着する理由も、魔力を注ぐなんて馬鹿げたことをする理由もわからない。


(ラヴィーさんに会えば、なにかわかるかな)


 あの女を追っていたラヴィアスならば、有益な情報を掴んでいるかもしれない。


 となると、今はこれ以上考えても無駄だ。

 シャティアはすでに踵を返していた。彼女はノイムが握っているような可能性すらわからないだろうから、なおのこと考えるだけ無駄だと思ったに違いない。


「ひとまず村に戻るよ。村のみんながあんたのこと、心配してるから」

「私? どうして」

「このあたりで不審者を見たって話をね、ルーダが持ってきたんだ」


 シャティアはさっさと子供たちを引き上げさせた。勇者の剣を前にしてはしゃぎ回っていたところに水を差されて、ブーイングの嵐だったそうだ。彼らをそれぞれ親の手に押しつけて、シャティアはノイムを連れ戻しにかかった。しかし見つからない。そこでアマンダから、ノイムが橋を渡っていったことを聞きつけ、慌てて駆けつけてきたのだ。


「そしたら案の定ってワケ。ま、心配する必要なかったみたいだけど」


 ノイムは立派に応戦して、不審人物を地に沈めていた。最終的に燃えて死んでしまったので、当面の危険は去ったことになる。無論、ルーダが言っていた不審者が、先ほどの人攫いの男だったらの話だが。


「あの口ぶりからすると、ほかにも人攫いがうろうろしてそうだねえ」

「同感。どっちにしろ、しばらくは出歩かないほうがいいわな。あーあ、ガキどもがまた反発するよ」


 ノイムは苦笑して、歩きだしたシャティアのうしろにつく。

 そこで思いだした。


「私の短剣!」


 男の手の甲に突き刺してそのまま放置していたのだ。慌てて駆け戻る。


「…………うっそでしょ」

「こりゃもう駄目ね。諦めな」


 男と一緒になって、さんざん聖なる白い炎になぶられたせいだろう。

 シャティアにもらった短剣は、刃が溶けてくにゃくにゃになっていた。

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