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魔王に殺された代理勇者の。  作者: ねずみもち月
四章 代理勇者の束縛
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75.勇者の剣、発見される

 勇者の剣は発見される。

 これはもう動かしようのない現実なのだろう。ただし、ノイムがそれを抜くことまで決まったかと言われたら、それは違う。ノイムはまだ諦めていなかった。


 日はすでに落ちて久しい。

 ノイムは寝床に体を横たえ、うとうとしていた。今日は肉体的にも精神的にも負担がかかる出来事が多すぎる。夕飯をとったあたりから、ノイムはあくびを繰り返していたのである。

 シャティアはまだ帰ってきていない。

 夕飯のあとにふたたび森へ繰り出して、それっきりだ。ノイムは家から出ていないので、エイミー捜しが今どうなっているのかもわからない。たしかめるつもりもなかった。


 壁をくり抜いただけの窓から夜空を眺める。

 明かりの乏しい田舎の村では、空は自然のままの姿を見せた。ぽっかりと黒い空には数多の星が散っている。月よりも明るいくらいだった。

 その星々がぼやけた。泥のような眠気に負けて、まぶたを下ろしたときである。


 荒々しい足音が、ノイムに迫っていた心地よい睡魔を蹴散らした。


「おい、おまえの言ったとおりだったぞ」


 ルーダだ。彼は挨拶も抜きにして、どっかりと寝床の脇に腰を下ろす。そしてノイムの腕を掴んで無理矢理起こした。もはや眠るどころではない。ノイムは掴まれていないほうの手でまぶたをこすった。


「なんだその間抜け面は。村が大変だというに、呑気なやつだな。これだから余所者は」

「子供は早寝するものでしょ」


 寝かせてよ、とぼやいたところで頬をつねられた。痛い。


「無責任なことを言うなよ。おまえが招いた事態だろうが」

「はあ?」

「エイミーが見つかった。おまえが言ったとおりだ。わけのわからん結界の内側にいた」


 今度こそ眠気が吹き飛んだ。


「よかった。それで?」

「それで、じゃない! おまえ、あれの存在を知ってたな? 知っていたからエイミーがどこに消えてしまったかもわかった。そうだろう」


 ルーダは興奮しているらしかった。怒っていると言ってもいい。だから話は飛ぶし感情論が交ざるし、ひどいものだった。ただ、ノイムはすでに、村の傍の森に隠された秘密を多々知っている。彼の話は簡単に紐解けた。


 まとめると、こうだ。

 勇者の剣が隠されていた結界の内側に、昼間から失踪していたエイミーがいた。


 ノイムの予感は大当たりだったわけである。勇者の剣は見つかってしまった。

 それで村は、上を下への大騒ぎになっているという。たしかに耳を澄ませば、外が騒がしかった。夜中にあるまじき喧騒である。村じゅうが起きているらしかった。


「エイミーだけじゃない。結界のなかには見知らぬ子供が何人もいた」


 村の子供ではない少年少女が一緒に保護されたようだ。彼らの格好はさまざまだった。奴隷のようなぼろ着をまとった子も、大きな街で育ったらしき身ぎれいな服の子もいる。


(魔力を集めるために連れてこられた子たちだ……)


 ノイムが思うより、ことの進みは早かったらしい。魔力を注いで勇者の剣を抜くというどこかの馬鹿の計画は、すでに始まっていたのだ。もう少し発見が遅かったら、結界にいた余所の子供たちは衰弱死していただろう。となると、このタイミングで勇者の剣を見つけたのは正しかったわけで、ノイムとしては複雑な気分である。


「おまえ、なにを企んでいる? ただの子供じゃないな?」

「ただの子供だよ……森に入ったこともないのに、なんで私がその、勇者の剣とやらの場所を知ってるわけ? そもそもそれ、本物なの? 誰かのいたずらじゃなくて」


 ノイムは堂々とすっとぼけた。


「間違いなく本物だ。おまえが一番わかってるんじゃないのか」

「だからなんで私が」

「シャティアにエイミーの居場所を示唆しただろう。森のなかに魔法がかけられている場所があるとかなんとか言って。それこそ、余所者で、森に入ったこともないおまえがどうして知っている? そのためにここに来たんじゃないのか。仲間がいるな? 縛られた状態で川を流れて、この村の人間に拾われるように仕向けたんだろ。エイミーを行方不明にしたのもおまえの仕業だ。そうに違いない」

「なわけないでしょ。私、ここにきたとき死にかけてるんだけど」


 ノイムが高熱を出して、一週間だか二週間だか生死の境をさまよい続けていたのは、ルーダだって承知の上だろう。もしかしたら本当に死んでいたかもしれないのだ。崖から渓流に落とされたのである。むしろ、死ぬ確率のほうが高かった。


 付き合うのも馬鹿馬鹿しい。

 しかしこの話を終わらせないとルーダは帰ってくれないだろう。朝までノイムを尋問しそうな剣幕だった。


「たとえばルーダの言ったとおり、私がぜんぶ仕組んだことだったとして」

「気安く名前を呼ぶな」

「ルーダの言ったとおりだったとして!」


 わざともう一度呼んでやった。


「私はなんのためにそんなことするわけ?」

「俺が知るか。余所者の考えることなんか」


 ノイムはこめかみを引きつらせた。


「馬鹿馬鹿しい」


 ことさら大きな声で言い捨て、寝床の上にひっくり返る。


「前にちょっと聞いたことがあったの。そういう外から見えなくなる魔法結界があるって。だからシャティアに言ったのは、ただの思いつきだよ」

「信じられるか」


 ルーダは、厳しく追及すればノイムが白状すると思っているらしかった。鬱陶しいので、迫った顔を押しのけて寝返りをうつ。視界が家の土壁でいっぱいになった。


 勇者の剣が発見されるのは仕方ないと思った。

 といっても、自分が勇者にならないことについて、諦める気にはなれなかった。勇者の剣に近づかなければいいのだ。ノイムはまだ森に一度も入っていない。今後も入らずに済むはずだった。


 だからノイムは、家から一歩も出ることなくエイミーを見つけることにしたのである。

 口だけ出した。夕方になって一度森から引き上げてきたシャティアに、そっとヒントを授けたのである。


『ね、シャティア。ラヴィーさんの話したよね? 私を前の孤児院から助けてくれた人』

『ラヴィアスとかいう、長命種の人? なにやってるかわからない、いかにも怪しいヤツ。たしかに聞いたけど、それが?』

『その人に聞いたことがあるの。外から見えなくなる魔法結界の話。エイミーがさ、突然目の前から消えちゃったっていうなら、そういう細工? みたいの、されてる可能性はない?』

『エイミーがいなくなったあたりは隅々まで歩き回ったよ。変なところなんてなかったけどなあ』

『そういう結界ね、あるってわかって入らないと入れないんだって。エイミーは、ここになにかあるなあって気づいちゃったから、迷い込んだとか……考えられない?』


 ふうん、と納得したのかしていないのかわからない声を出して、シャティアはしばらく考え込んだ。


『ま、手詰まりになってたから、試してみてもいいかも。仕掛けがあると思いながら探せばいいわけ?』


 こうして、ノイムは誘導に成功したわけである。夕飯を腹に詰め終えたシャティアは、明かりを持ってふたたび森に入っていった。


 結果、エイミーは見つかったのだ。


 ノイムがシャティアに語ったなかで本当のことといえば、結界の存在だけである。ラヴィアスとのやり取りは丸ごとでたらめだった。彼とそんな雑談めいたことをした記憶は、今世のノイムのなかにはない。


 だからノイムの言を頭ごなしに否定してひたすら責め立てるルーダのやりかたは、ある意味では有効だった。ノイムの口から出る台詞のそこかしこには、嘘が散りばめられているのである。

 しかしそれを看破したところで、ルーダが主張する『ノイム黒幕説』が結論として出ることはない。


 おかげでノイムは、比較的落ち着いて、ルーダの攻撃を受け流すことができている。


「おい、なんとか言ったらどうだ」


 ルーダに背中をつつかれたが、もう相手をする気にはなれなかった。代わりに質問をした。


「シャティアは?」

「ここにいるよ、ただいま」


 戸口のほうから声がした。

 見るまでもない。シャティアである。


「寝かせてやんなよ、ルーダ。昼間、あんたが無能だったおかげで疲れてんだから」

「む……」


 ルーダが静かになった。さすがシャティアというべきか。


「ほら、帰った帰った。ちびっ子いじめる暇あんだったら、みんなを手伝いな。急に子供が増えて大変なんだから」


 大股で入ってきたシャティアは、有無を言わせぬ剛力でルーダを立たせて突き飛ばした。


「だいいち、女ばかりの家に無断で入るんじゃないよ、変態」

「女ァ? どこがだ、野蛮人め」

「蹴っ飛ばすよ?」


 言いながらシャティアは本当にルーダの尻を蹴った。いい音がした。ぐうと唸ったルーダが、すごすごと去っていった。ノイムがどれほどやり合っても引き下がらなかったルーダがである。

 年上の男を相手に完全勝利してしまった。さすがシャティアである。


 彼女はルーダが座っていた場所にすとんと腰を落とした。まったく音がしない。しなやかな動作だ。


「いやあ、参ったね。まさかこんなことになるとは。これから忙しくなるよ」

「それは、エイミーと一緒に見つかったっていう」

「そ、どこから来たのかわからない子供たちね」


 帰りがやや遅かったのは、彼らの処遇について皆で話し合っていたからだ。明朝、サルシャの町の冒険者ギルドで人捜しの依頼が出てないかを確認する。依頼が存在すればそれを受け、該当する捜し人を依頼主のもとまで送り届ける。これは冒険者としてギルドに登録してあるシャティアの役目だ。ほかの村人は冒険者ではないので、依頼を受けることができない。なるほどたしかに、シャティアが忙しくなるのは間違いない。

 近隣の村――近隣といっても距離的にはかなり離れているのだが――に行方不明者が出ていないかの聞き込みもするようだ。こちらはシャティア以外の村人が担当する。


「家がある子は、やっぱり帰してやりたいでしょ」


 帰る場所がない子供についてはまだ決まっていない。


「うちの村も、そんな余裕があるわけじゃないからね。働き手が増えるのはありがたいけど、その分食い扶持も増えるってことだから」


 孤児院に引き渡すことも視野に入れているという。


「子供をほしがってる知り合いがいたら、そっちに引き取ってもらってもいいけど」


 話を聞きながら、ノイムはラヴィアスが孤児院の子供たちをあちこちに分配した手際の鮮やかさを思いだしていた。子供奴隷を出荷していた例の孤児院である。


(ラヴィーさんひとりで全部やっちゃったんだもんなあ)


 あのときはたしか、一週間だったか。たったそれだけの期間のうちに、子供たちの行き先を探し、決め、ノイムを含めた十人二十人という数を捌ききってしまったのである。

 比べてこちらの村では、おとなが頭を揃えて話し合ってもまだ結論を出しきれていない。ラヴィアスの優秀ぶりがうかがえる。


「勇者の剣は?」

「それねえ、厄介なんだよなあ」


 ため息を吐いて、シャティアは己の頭をがしがしとかいた。まとめていたお団子髪がほつれる。彼女はそのまま髪をほどいてしまった。

 結い癖がついた長い青髪がばさりと肩に落ちた。

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