69.村の因縁、曖昧に
村の周辺の土地の位置関係を簡単に表すと、次のようになる。
西から東にかけて、森、村、耕作地、川、草原、廃墟。このうちの森と廃墟が、村の人間にとっては少々厄介だった。
西側の森には獣や魔物が生息している。それらが村にまで出てくることは滅多にないが、あくまで滅多にである。シャティアが村に住み始めてから一度、仔熊が迷い出てきたことがあったようだ。仔がいるということは、近くに親もいる。村はちょっとした騒ぎになった。そのときは結局、親子ともども狩ってことなきを得たらしい。
ノイムは夕飯の麦粥をのんびり食みながら、滔々と語るシャティアの話に耳を傾けた。
「ま、ただの獣なら正直、村の連中でもどうにかできるし、言うほど問題とも思えないんだけどね。悪いのは東の廃墟のほうさ」
村からはやや離れた東側に泰然と構えているのは、何百年か前に滅んだという町の残骸だ。ノイムもよく知っている。なにしろ、日本から転生してきたノイムが最初に目を覚ました場所なのである。人っ子ひとりいない。中途半端に残った建物群が常に視界を遮って見通しが悪い。その上瓦礫が道を塞いでいたりする。
そんな場所だから、ときおり盗賊が住みつくのだった。
「そうなったら狙われるのはうちの村でしょ? だから定期的に見回りに行ってるんだけど、これがもうおかしいの」
「個人の仕事ではないね」
「そのとおりさ」
これは領主が手を出すべき案件だろう。継続して見回る必要があるならなおさらである。人を派遣するなり、冒険者ギルドに依頼を出すなり、方法はいくらでもある。
「でも、あたしがこの村に来たときから、そんな対策が実行されたことは一度もない」
「そういう場所があるって知らないとか?」
「知ってるだろうよ。だって、あたしが嘆願書を出したもの。作物の一部を奉納するから領主の庇護下に置いてほしいってね。そうすれば、少なくとも村の安全は保障されると思ってさ」
しかし領主には一向に動きがない。仕方なしと冒険者ギルドに廃墟の見回りの定期依頼を申請したら、こちらも一向に貼り出される気配がない。手違いかと思って二度三度と挑んでも結果は同じだったので、シャティアは察したらしい。
これはどこかで握り潰されている、と。
「……だから、見捨てられた村ってことか」
ノイムの呟きに、シャティアが頷いた。
「どういうわけかこの村、周りでタブー扱いされてるらしいのよね。昔なにかあったんだろうってのは察せるんだけど、それがなんなのかがわからない」
「村長に聞いても教えてくれないの?」
くれないね、とシャティアは鼻で笑った。そして皿に残っていた粥を一気にかき込んだ。
「口にできないほどのことをやらかしたのか、村長たちも知らないか……まあ、十中八九知らないだろうね」
「知らないなんてことある?」
「あるさ」
聞けば、こうだ。
シャティアが領主に向けた嘆願書や、冒険者ギルドに出した依頼の申請が受領されないことについて相談したときのことである。
「自分たちでも散々試したから今さら無駄だって言われちまってさ」
シャティアが挑戦したことは、すでに村長たちも挑んだあとだった。その上で効果がなかったので、領主の庇護もないまま、村を護る武力も得ることができないまま、これまで過ごしてきたらしい。
「自分たちが迫害されてる理由を知ってたら、まずあたしがやったみたいなことは最初から試さないはずだよ」
シャティアの言うとおりだった。
「で、村長たちが余所者を嫌ってる理由も、このあたりに由来してるんじゃないかと、あたしは踏んでる」
ここで話が元に戻ってきた。すなわち、村長やその息子であるルーダ、そしてルーダに影響されたソルノがどうして余所者を排除しようとしているのかである。
すっかり忘れかけていたが、そもそもこの疑問が発端で始まった会話だった。
「それは……周りから嫌われてるから、嫌い返してやろうみたいな?」
言ってからノイムは、これは違うなと思い直した。迫害されていることが理由なら『余所者は災厄を運ぶ』なんて言い回しにはならない。
ノイムは先ほどと同じ質問をした。
「それも教えてもらえなかったの?」
もらえないね、とシャティアは鼻で笑った。先ほどとまったく同じ流れだった。
「村長もルーダも『余所者は災厄を運ぶと言い伝えられている』って繰り返すばっか。今あんたが言ったように嫌い返しているだけなら格好悪くて口にできないのかもしれない。それか、これもやっぱり知らないかだね」
「いや、さすがにそれは知らないなんてことある?」
「あるんだよ。ルーダなんてはっきり言ったもの。理由なんか聞いたことないって。腹芸なんかできないヤツだからあれは間違いなく本当だよ。ルーダは余所者を嫌うために余所者を嫌ってる」
シャティアが馬鹿にするように口角を持ち上げた。実際馬鹿にしているのだろう。
ルーダは見たところ、二十歳に届くか届かないかという年である。村の言い伝えにどんな裏があろうと、もう知ってもいいころだ。その彼でも、父親からは村の言い伝えの表面しか教えられていないとなると――。
「村長も知らないから、教えることができない……?」
「可能性は大いにあるでしょ?」
つまりこの村の排他主義者たちはもれなく、シャティアが言うところの『余所者を嫌うために余所者を嫌っている』わけである。そう考えてみるとノイムもまた、馬鹿馬鹿しく思えてきたのだから不思議だった。
「なんか、どうでもよくなってきた」
ノイムはちょっと笑って匙で皿をかき混ぜた。乾いた音がした。見れば、匙が空の皿の底をかいている。いつの間にか食べ終わっていたようである。
「それでいいよ。あたしも一応は馴染めているからさ、最近じゃ深く考えてないんだ。ノイムもそのうち慣れるよ。特に子供たちは、あんたに好意的だろ?」
「約一名を除いてね」
ソルノね、とシャティアが苦笑する。
「あの口の悪さも、ルーダから覚えたんだ。あんまり過ぎるからきつく言ってるんだけど、全然効果がない。自分がどれほど悪い言葉を使ってるのかわかってないんだよ。ごめんね」
「シャティアが謝ることじゃないよ。私だってすぐやり返しちゃってるし」
「それでいいさ。反撃するななんて言わないし、許してやってとも言わないから。あんたの好きにしな。それくらいの権利はある」
シャティアの手がわしゃわしゃとノイムの頭を撫でた。荒々しい手つきである。ほとんを頭を振り回されながら、ノイムは考えた。
痛い目に遭わせ続けたら、ソルノもいずれ降参するかもしれない。シャティアからのお許しももらったことだし、これからいっそう積極的に殴りかかっても構わないだろう。許すとまではいかないが、いい鬱憤晴らしにもなる。
「それはそれとして、顔を突き合わせるたびに喧嘩されるのもちょっと困るんだよね。あんたとソルノ……子供たちは、一旦離すか」
「そんな!」
「そうは言ったって、ノイム、あんた病み上がりじゃないか」
完全回復までは喧嘩は控えろということらしい。たしかに最初にソルノに飛びかかったときは、あとから酷い気分になった。しかし今日は平気だったじゃないか。体力が戻ってきた証拠である。
「だから問題ない!」
「なんでそんなに喧嘩したがるの……止めるこっちの身にもなってよ。それに、動けるんだったら、もっとほかにやることがあるだろうに」
あんたの姉ちゃん、捜しに行くんだろ。
シャティアがいっそう激しく、ノイムの髪をかき混ぜた。




