68.余所者、疎まれる
ノイムは順調に回復した。
目を覚ましてから三日、まだ家の外にはあまり出られないが、家事を手伝ったり、屋内でつつましく遊んだりして、枯れ木になってしまった手足の運動能力を取り戻してきている。
村の子供の名前と顔もきちんと覚えた。
先日、ノイムの寝床周りで散々騒いでいたあの六人組である。
常にどこかしらに擦り傷をこしらえているガキ大将――のような見た目をしておいて世話したがりのまとめ役、最年長のアダン少年。
気になったことはすぐ口に出す、好奇心旺盛な少女メリィ。ノイムの名前を「妖精さん」と言ったのは彼女だ。ノイムが答えた一が、子供たちの間で十になって戻ってくるのは、だいたい彼女が原因である。すぐに話を横道に逸らしたり、膨らませたりする。
そして女子には特に優しい女たらしの卵、ハーレ少年。ツィリルと雰囲気が似ているところがあって、ちょっと苦手意識が出てしまう。ただ、ハーレは本当に優しい子だということがわかっているので、慣れていきたいところである。
メリィとハーレはアダンと同じ最年長だ。
気弱な少女エイミーはアダンたちよりもふたつ年下だった。姉が村の治癒士のような真似をしているらしく、そのあとを追いたがっている。そのために、まだ本調子でないノイムの世話をまめまめしく焼いてくれて、この村でシャティアに次いで二番目によく話す相手となった。村の子供の誰よりも強い良識を持ち合わせているために、ソルノなんかが暴言を吐くと真っ先に止めようとするのだが、いかんせん声が小さいために、成功したためしがない。ソルノのことはかなり怖がっている。
やたらと人に突っかかってくるソルノ少年も、エイミーと同い年だ。ノイムのことを「余所者」と呼んで人一倍嫌っている。理由はわからない。
攻撃的な態度を取られるせいで、ノイムは彼についてずいぶん見識を深めてしまって、どうやらエイミーが気になっているらしいことも察知した。男らしいところを見せて格好いいと思われたがっている様子である。彼にチャンスはなさそうだ。
最後に、ノイムよりもいくつか年下の幼女、ハナ。彼女は自分を誰よりも可愛いと思っている。特に年の近いノイムに対抗しようとしてくる。ノイムとしては張り合う気がないので、ほとんど聞き流していた。
加えて、ハナはちくちく言葉だけを選んで口に出している節があった。特にソルノには喧嘩を吹っかけがちだ。ソルノが打てば響くようなリアクションをするからだろう。たしかにからかい甲斐はあるとノイムも思う。
こうしてそれぞれ名前を挙げてみると、なるほど、これは一緒にしたらうるさくなる。
納得がいくというものである。ノイムが黙っていても、会話が途切れることはほとんどない。聞いているだけでも結構おもしろい。
だから彼らとは順調に仲を深めている。
そしてそのなかでただひとり、ソルノとは順調に溝を深めていた。
「ティア姉、ティア姉―! またノイムちゃんとソルノがっ」
メリィが血相を変えて家を飛び出した。
シャティアの家のなかからはどたんばたんと派手に暴れる音が響いている。
ノイムとソルノだった。通算二度目の取っ組み合いである。互いの髪を引っ張ったり、顔を引っかいたり、やりたい放題だった。
「あんたは言っていいことと悪いことの区別がつかんのか! その口閉じちゃるっ」
「やれるもんならやってみろっ。チビのくせにおれをどうにかできると思うなよ!」
発端はやはりソルノの暴言――「おまえ攫われたとか言ってたけど、チビのやせっぽちで役に立たないから親に捨てられたんだろ」――だったが、先に手を出したのは前回同様ノイムのほうだった。シャティアに止められるまでにできるだけ後悔させてやろうと、胸倉を掴んで締め上げる。
「やめろ、野蛮人め」
背中のあたりがぐいと引かれた。
荷物の風呂敷を持ち上げるようにソルノから剥がされる。シャティアではない。彼女よりもずっと乱暴な手つきだった。両手足をばたつかせてもびくともしない。
「女のくせになんて奴だ」
ノイムを止めたのは、見知らぬ青年だった。
(いや、見覚えがあるな。こいつ、たしか)
村長のひとり息子、ルーダである。記憶よりもだいぶ若いから一瞬わからなかった。
「それだけ動けるんなら、もう村を出ることもできるだろう。あまり長居をされると迷惑だ。特にこうやって問題を起こされるとな」
「喧嘩をやめさせたいなら、まずはソルノを叱りなよ。あっちが酷いこと言うんだもん」
「人のせいにするとは、これだから余所者は」
うへえ、とノイムは顔を歪めた。
記憶のままの性格だ。この青年は昔からこうだったのか。ノイムにだけ、もっといえば外部の人間にだけ当たりが強い。排他主義なのだ。
「おまえたちも、珍しいものに群がるのはわかるが、余所者などにあまり関わるな」
ルーダの矛先が村の子供たちに向いた。皆が気まずそうに目を逸らす。
とりわけ決まりが悪そうなのは、助けを求めて外に走っていったメリィである。ノイムと目が合うと、謝る仕草をした。彼女はまさか、ルーダを呼ぶつもりなどなかったのだろう。彼が来てしまえば、こうなるのが目に見えていた。
ソルノだけは勝ち誇った顔をしていたが、ルーダに「ソルノもだぞ。自分の品を落とすんじゃない」と釘を刺されてすぐに失墜した。
「偏った思想を子供に押しつけるのはどうかと思うよ」
「減らず口を叩くな」
「うげっ」
無造作に手を放され、ノイムは床にべちゃりと伸びた。
▽ ▽ ▼
余所者は災厄を運ぶ。
シャティアのいる村では、一部にそういう思想が根付いているらしい。
「村長の家系が特に顕著でねえ。後継ぎのルーダも含めて、徹底した排他主義なんだよね」
ソルノのやつは、ルーダに影響されてるだけだけど。夕飯の麦粥を食みながら、シャティアが苦笑した。
もとはシャティアも外から流れてきた余所者だ。
この村で生まれ育ったわけではない。当初はずいぶん苦労したらしい。
「だからまだ、雇われというか……利害で繋がってる感覚が抜けないんだな」
森からときおり出てくる獣を撃退し、狩りでは大きな戦果を出す。拳闘士として町で小銭稼ぎをして、そのお金で村の生活をたすける。代わりに衣食住を保証してもらう。村で暮らすことが当たり前になり、子供たちに懐かれた今でも、シャティアはいまだ、村長を頭とした村社会のなかでは浮いた存在だった。
(前世の私もあんまり歓迎されなかったよなあ)
ノイムは湯気を立てる皿を見つめ、どろりとした粥を意味もなくかき回した。細かく刻まれた野菜が浮き沈みする。ときおり、ささやかな干し肉の欠片も見えた。それもまた食感がわからないくらいに小さく切られている。まだ本調子でないノイムに合わせた、胃に優しい調理である。
匙にひと口すくって、口に突っ込んだ。ほとんど噛まずに飲み下せる。喉を通って胃に落ちた粥の熱が、じわりと体のなかでほどけた。
前世ではシャティアが村長を説得してくれたことで、やっと、ノイムの滞在が許可された。村長やその息子のルーダ、その他一部の村人にそれはそれは強く反対されたのである。
(でも、あのころは勇者の剣がらみで、村の子供が何人もいなくなってたから……)
ついでに、村に初めて足を踏み入れたときのノイムは、二十一世紀の日本の洋服を身に着けていた。この世界の衣服とは明らかに形や質が違う。言葉遣いや態度にも、ノイムの異質さは顕著に表れていただろう。「ここは何処なのか」と尋ねるときにも、地名や交通手段など、ずいぶん日本の話を持ちだした。頭がおかしいと思われてもおかしくない挙動である。
だからあのころは、警戒されるのは当たり前だと思っていた。
今世では状況が違う。
ノイムは親元から奴隷商の手で攫われた揚げ句、縛られて川に落とされ、数週間生死の境をさまよった幼子である。それなのに、ルーダの態度は前世と変わらなかった。ノイムを見る目は忌々しげ、口から出る言葉は余すことなくノイムを拒絶する。はっきり言って異常だ。
嫌われる理由は、ノイムにはない。この村になにかある。そう見てもよさそうだった。しばらく身を寄せる村だ。できれば心穏やかに過ごしたい。
誰かに嫌われるのは、トパ孤児院でお腹いっぱいである。
「なんで村長は余所者が嫌いなの?」
ううん、とシャティアが唸る。
「なんかこの村、ちょっと異質というか……領主だか国だか、そのあたりから見捨てられてるような感じがするんだよね」
「見捨てられてる?」
「うん、ここからはあたしの勝手な憶測なんだけど」
前置きをして、シャティアは声を落とした。




