67.接触、村の子供
シャティアがまだ早いと言った理由がよくわかった。
ノイムは、彼らを家のなかに招いたことをちょっとだけ後悔した。寝床をぐるりと囲んて腰を落ち着けた六人の子供は、非常にやかましかった。
「ノイム? 不思議な響きだね。両親にもらった名前? なにか意味が込められているのかな」
「なんか妖精さんみたいで可愛いね。なんだっけ、山にいる……」
「ノームのこと?」
「それ! さすがハーレ、よくわかったね」
「妖精さんってガラかぁ? 俺はあいつら、いたずらするこびとってイメージだけどな」
「僕も、どっちかっていうとアダンに近い印象だね。可愛い妖精さんって感じではないかも」
「そう? こびとなんだから、小さくて可愛い感じがあると思うんだけど。ねえ、ハナ、エイミー?」
「う、うーん? そうだね……そうかな……」
「ハナのほうがかわいい」
一を答えたら十で返ってくるのである。
しかもその会話、ノイムが口を挟む隙がない。ころころと変わる発言者を目で追うので精いっぱいだった。まず、誰が誰かもわからない。話のなかで互いの名前が飛び交ってはいるものの、一旦、全員まとめて自己紹介をしてほしいと思う。いちどきに覚えられるかは別として。
「ただのへんな名前だろ」
しかしそのノイムでも、この少年だけは一発で覚えた。 たしか、ソルノと呼ばれていた。
外でこそこそやっていたときから、やたらとノイムに突っかかる発言をしている彼だ。ノイムよりいくつか年上の、カデルと同じころだろう。ソルノは実に憎々しげな顔でノイムを睨んでいた。まるで親の仇である。
変な名前だと言われることには慣れていたので特にリアクションはないのだが、問題は、彼に対する周囲の反応である。
「そういうこと、本人の前で言うのは……ちょっと」
「なんだよ、エイミーだって思っただろ? へんな名前だって」
「いや……」
「エイミーを威圧するんじゃねえよ、ソルノ。今のはおまえが悪い」
アダンと呼ばれていた最年長組のひとりらしき少年が、腕を組んでソルノを睨む。彼が子供たちのまとめ役のような役割らしい。だいたいシンシアと同じくらいの年頃である。
ノイムの名前を「不思議な響き」とやわらかく称したハーレという少年と、ノイムを「妖精さん」と言った少女――名前はまだ知らない――も、同じく最年長組だろう。彼らは苦笑を浮かべて顔を見合わせていた。彼らの表情は、ソルノのちくちくした態度が日常的なものだと如実に語っている。
「ソルノだって人のこといえないくせに。塩みたいななまえ」
自分のことをハナと名前で呼んでいる最年少の幼女が、ぼそっと吐き捨てた。「変な名前」よりもよほどインパクトのある暴言である。
ノイムは危うく噴き出しそうになって、気合いで耐えた。ここで笑ってはまずいと思ったからだ。
しかしノイムが笑いを堪えようと堪えまいと、ソルノは顔を真っ赤にしていただろう。
案の定というべきか、彼は爆発した。
「ハナ、てめえっ」
音がしそうな勢いで膝を立て、ノイムの寝床ごしにハナへと手を伸ばす。ノイムが喉元で食い止めていた笑いが一気に引いた。病人の上で喧嘩をするな、とまた一喝する羽目になった。
「名前についてはしょっちゅう言われてるし、こっちじゃ馴染みのない響きだって私もわかってるから」
気にならない。とはいえ、気にならないのは名前についてだけだ。あからさまに突っかかってくるソルノの態度に思うところはある。
「だから、私は、なに言われても平気だよ」
逆上したソルノへの当てつけのつもりで私はという部分を強調すれば、彼の頬にさっと朱が昇った。ひとまず溜飲を下げることとする。
それにしても、ソルノはどうしてこうもノイムに攻撃的なのか。顔を突き合わせたのはこれが初めてのはずだ。彼に嫌われるようなことをした覚えはない。
「なんで?」
「ふん、だれが余所者なんかに教えるかよ」
思いきり舌を突き出された。
「それよりおまえ、早く村から出ていけよな! ここはおれらの村だ。んでもってこの家はティア姉の家だ。おまえの居座る場所じゃない。とっとと自分ちに帰ってパパとママにでも甘えてろ」
あまりにも徹底しているので、うっかり感心してしまった。好き勝手言わせておいてもいいが、さすがに家族のことをつつかれるといい気はしない。
「帰れるなら帰りたいよ。そのお父さんとお母さんのところから攫われてきたんだもん。お姉ちゃんはそのまま連れてかれちゃったし……」
ノイムが言う家族は枕詞に「義理の」が付くのだが、一旦は置いておいた。話がややこしくなるだけだ。とにかくノイムとしては、軽々しくシンシアたちの話に踏み込むような真似はやめてほしい。だから茶化しも煽りもせずに真面目に答えた。
「攫われちゃったの? 悪い人に?」
「だから縄でぐるぐる巻きだったのか。ようやく合点がいったよ。助かって本当によかった」
「お姉ちゃん……も、無事だといいね……」
「元気になるまでずっと村にいていいからな! 元気になったら、俺が責任をもってノイムを家に送り届けてやるっ」
「アダンには無理だよ。ノイムちゃんを連れていくならティア姉じゃない?」
「なにおうっ」
しかしノイムの言葉がいっとう響いたらしいのは、理解してほしいソルノではなく、外野だった。そしてやっぱり、一を話すと十で返ってくる。ノイムは彼らのやり取りが落ち着くまで待って、ソルノに返答を求める。
鼻で笑われた。
「可哀想アピールか? おあいにくさま。同情なんかしてやらないからな。どうせおまえがさらわれるような悪いことをしたんだ。おまえの姉はもっと悪い。だから助からなかったんだろ」
最後の一言を聞き終わると同時、ノイムはソルノに飛びかかっていた。ぷっつんしたのである。
崖から捨てられる瞬間に抱いた無力感とやるせなさと絶望が去来する。それに火がついて、ノイムの負の感情は景気よく燃え上がった。寝たきりで弱って骨と皮ばかりになった体のどこにそんな力があったのかと思う勢いでソルノを押し倒す。
誰かが悲鳴を上げたが、構わず腹の上にのしかかった。
「私の気も知らないくせにっ」
「なんだよ、はなせよ! このっ」
互いに相手の上を取ろうと、激しく体を入れ替えながらもつれ合う。服を掴み、髪を引っ張り、手足を引っかいて、あっという間にぼろぼろになった。
「こらこらこら、人の家でなにやってんの! そこまでっ」
うしろから首根っこを掴まれた。猫の子のように引き上げられ、ノイムは手足を投げ出して宙吊りになる。
「いきなりそんな暴れるんじゃない。もっと体を労りな」
シャティアだった。ノイムとソルノが取っ組み合いを始めるとともに、誰かが慌てて呼びに行ったらしい。
寝床に下ろされたとたん、視界がものすごい勢いで歪んだ。
吐き気がこみ上げてきて、ノイムは慌てて口を押さえる。寝床の上で丸くなった。
「ほうら、言わんこっちゃない」
「だって、ソルノが……」
「それも含めてあんたにはまだ早いって言ったんだよ。コイツ、すぐ人を怒らせるから。特にあんたみたいな、村の外から来た人にはね」
シャティアがソルノを小突いた。
ソルノはまだ床に転がって呆然としている。ノイムに飛びかかられたのがよっぽど意外だったらしい。
「……なんなんだよおまえ」
それはこっちのセリフである。
ノイムは吐き気を呑み込むと、ソルノに向かって思いきり舌を突きだした。
書いている私も誰がしゃべってるのか混乱しがちなので、全体的にやかましい子供たちだな、くらいの認識でいます。




