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魔王に殺された代理勇者の。  作者: ねずみもち月
四章 代理勇者の束縛
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66.覗き、かしましく

 村の子供たちはシャティアの手で追い散らされた。


「起きたばっかの病人に、あいつらはまだ早い」


(まだ早いってなんだ……?)


 とは思いつつも、そっとしておいてもらえるのはありがたい。同年代の子供とノイムとの間には特に、トパ孤児院でいろいろ問題がありすぎた。この村の子供が気のいい子たちだとしても、少々気後れしてしまう。

 ノイムが家の入り口を見つめていると、視界の横からぬっと白いかたまりが差し出された。


「そうだ、忘れないうちに渡しておくよ」


 一度濡れてめちゃくちゃになって、乾かしたことでぼろぼろになった二通の手紙だった。

 以前、ノイムがラヴィアスからもらったものである。常に持ち歩いていたので、デビーの罠にかけられてトパの街を出ることになったときも、スカートのポケットに入っていた。もちろん、川に放り落とされたときも。


「なくなっちゃったかと思ってた」

「一応乾かしたんだけど、元どおりにはできなかった。悪いね」


 一度、水にたっぷり浸かってしまった手紙だ。乾かしたところでどう頑張っても元には戻せない。取り出してみても、文字が滲んでほとんど読み取れなかった。当たり前である。内容は把握しているから困らないといえば困らないが、ほんの少しだけ、やるせない気持ちになった。


「ううん、捨てないでいてくれてありがとう」


 しかし同時に、ノイムを元気にしてくれた。


(ラヴィーさんは、たったひとりでカデルの足取りを掴んでみせた。いつになるかわからないけど、たぶん、トパの街に戻ったときに私がいなくなったと知れば、私のことも捜してくれる……)


 せっかく時間をかけて調べたカデルのことを、報告する相手がいないのだ。まさかそこで放りだすとは思えない。再会したときにお小言をもらうことは間違いないだろうが、それも甘んじて受け入れよう。今、ノイムの周りで精力的に動ける味方といえば、ラヴィアスしかいない。見捨てられないだけマシである。


「それじゃ、あたしは出るけど……なにかあったら人を呼びな。誰かしらいるからさ」


 読めなくなってしまった手紙をじっと見つめるノイムの頭をひと撫でして、シャティアは寝床から離れた。「夕方にまた戻ってくるよ」と言い置いた背中が、家を出ていく。

 ノイムは手紙を畳んで、波打って歪んだ封筒に入れ直した。


 ラヴィアスはたしかにノイムを捜してくれるだろう。問題なのは、彼がノイムの失踪にいつ気づくかである。


(ラヴィーさんからの次の手紙を受け取るのは、ヘラだろうな。私がいないから、開けて読むこともすると思うけど……そこまでだ)


 ラヴィアスの手紙には、彼の居場所が記されていない。受け取った側から返事を出すことができないのだ。それでは、トパの街で起こった事件を彼に知らせることも不可能である。ラヴィアスがノイムの失踪を知り得るとしたら、それは彼が自分の足でトパの街まで戻ってきたときだけだった。


 そして、ノイムが受け取った最後の知らせでは、ラヴィアスはどうも手こずっている様子だった。カデルがいるはずのニギの国に入る手段がことごとく潰れてしまっている。ラヴィアスがトパの街に戻ってくるとしたら、ニギの国への入国が上手くいってカデルの居場所をその目でたしかめたあとか、入国手段が完全に潰えて打つ手がなくなってからだろう。


 前者なら時間がかかる。後者はそもそも喜ばしくない結果だ。たしかにラヴィアスが帰ってくるのは早まるだろうが、ではカデルが見つからなくていいのかというと、それはない。見つかったほうがいいに決まっている。


(……ラヴィーさんをあてにするのはやめよう)


 人任せすぎて自分がいやな気分になるのももちろんある。それ以上にまずいのは、ラヴィアスの心象が悪くなることだ。いざ再会したときに「ラヴィアスに助けられるのを待っていた」なんてわかったら、彼はどう思うだろう。想像するのも怖い。


 ひどい凍傷にでもなって体に障害を負ったならともかく、こうして五体満足で無事に目覚めた以上は、ただぼうっと寝転がっているつもりもなかった。

 寝床から起き上がるのがやっとの今は、思案に暮れるいい機会だ。なにしろノイムには考えなければならないことが多すぎる。


 まずは、差し迫った危険。目と鼻の先にある勇者の剣についてである。


 勇者の剣は、勇者を勇者たらしめる唯一無二のアイテムだ。これを扱える人は勇者である。勇者でない人には、振るうことはおろか持ち上げることすらできない。なぜと問われれば、そういうものだからと答えるしかない。ノイムにも仕組みは理解できていない。


 しかし、勇者の剣はひと目でそれとわかる。


 日本から転生した、この世界にとっていわば余所者であるノイムに対しても効果は同じだった。見た瞬間、これは勇者の剣だと自然と納得したのである。気味が悪いといえば気味が悪い現象だが、その違和感は、日を追うごとに薄まっていった。これもまた、勇者の剣の性質によるものなのだろう。

 だからノイムも早々に受け入れることにした。考えても無駄だからだ。


 ノイムが勇者の剣を抜いたのは、今世でいえばゆうに十年後のことだった。それがどうして、この時点で同じ場所にあるとわかるのかといえば、それは先代勇者の失踪に由来し――。


(なんて理屈じゃなくて、単純に頭が痛いんだよね……)


 次なる勇者が近くまで来たことを察した剣が、激しく自己主張をしているからである。


 前世の経験から、覚えのある感覚だった。日本から転生したノイムは、シャティアに助けられてこの村に腰を落ち着けた。その間、頭の中心を侵食するような薄っすらとした痛みが耐えず続いていたのである。森に入れば頭痛は強まった。勇者の剣を前にすると、もうほとんど頭蓋を内側からハンマーで殴られている感覚に近い。


 それと同じ頭痛が、目覚めてからこちら、常にノイムを蝕んでいる。


 とはいえ、勇者の剣から一定の距離を保っていれば、生活に支障が出ることはない。そもそもノイムは寝たきりの人間である。動くことは不可能だ。


(子供の大量死は防がなきゃいけないけど……)


 熱にうなされている間、ノイムが繰り返し見ていた悪夢。あれはただの夢ではない。ノイムが実際にこの目で――正確には、前世のノイムがその目で見た光景である。

 放置すれば十年後には、まったく同じ惨劇が起こってしまう。いくら勇者になるのが嫌だとはいえ、あの惨状を無視しようとは思わない。


(この村の子供も、何人も死んじゃうことになる。それとなく示唆しておけば、未然に防げる……よね)


 といっても、いきなり森を調べろと言っても無視されるだけだ。口を出すなら、この村や近隣で子供がいなくなったと騒ぎになったときだろう。そういった騒ぎはまだ起こっていない、ように見える。


 つまり現状、勇者の剣に対してできることはない。

 ノイムは思考を放棄した。


(とりあえず、私は死んでも森には入らない。以上)


 差し迫った危険についての対策は、これで終わりである。


 あとは、自分の身の振りかたについても整理しておく必要があった。全快するまではこの村でお世話になるしか道はないだろうが、問題はその後だ。


 シンシアの足取りを追う。


 それはシャティアが手伝ってくれると言った。

 直前に滞在した、ぶどう畑のある村に行って村人たちから話を聞けば、なにかヒントを得られるかもしれない。あとはノイムが捨てられた地点を洗い出して、荷馬車が通った道を特定する。たどれば、立ち寄りそうな村や町を割り出すこともできよう。


(とはいえ、どこまで追いかけるか、だよね……)


 追跡の手がすぐに止まってしまうのも弱ったものだが、その逆もまた困るのである。


 手がかりが続く限りはどんどん先まで追っていきたい気持ちはあった。しかしまさか、シャティアをそこまで連れていくのは、さすがに甘えすぎな気もする。彼女自身も想定していないはずだ。「あんただけでも家に帰って、無事を知らせてやりな」と言われる可能性は十分にある。


(それじゃ、トパの街に戻って、シシーのお父さんとお母さんに……いや、もう私のお父さんとお母さんでもあるのか。とにかくあのふたりに知らせるのが、最善?)


 そうは思えない。ここからトパの街に行くとなると、その旅程は一日二日では済まないだろう。なにしろ山越えだ。それこそ手遅れである。シンシアが奴隷として売られてしまう。


 いや、これは言い訳だ。

 もちろん嘘ではない。嘘ではないが、本心でもない。


 ノイムはトパの街に帰るのが怖い。


 シンシアの両親は、ノイムを差し出さなければシンシアを殺すと脅されていた。ノイムのことももちろん大事に想ってくれてはいたが、自分の手で大切に育てた、血の繋がった娘と比べるのは酷というものである。だからノイムをデビーに売った。


 しかし、ここでノイムだけが帰ってきたとなると……。


(あんまりだよなあ)


 ノイムは正直、シンシアの両親と顔を合わせる勇気がなかった。ノイムだけ無事に戻ってしまった罪悪感は拭えない。


「険しい顔してる。どこか痛いのか?」

「熱は下がったってティア姉は言ってたけど……」

「体調はまだあまり良くなさそうだね。最初にティア姉が拾ってきてからひと月近く寝たきりだったんだもの」


 シンシアの両親もまた、一応はノイムの帰還を喜んでくれるだろうが、心の片隅には「どうしてシンシアじゃなかったんだ」という思いを燻ぶらせることになる。


 見えない溝が、ノイムと彼らの間に刻まれる。それだけは断言できた。だから帰ることを考えると及び腰になる。


「あの余所者、いつ出ていくんだ? 起きたんだろ? ティア姉と普通に話してたし、もう大丈夫なんじゃねえの?」

「ソルノ、ハーレたちの話聞いてた……? ずうっと眠ってたんだから……そんなにすぐ動き回れないよ」

「ひんじゃくなヤツだな。おれが風邪ひいたときは、一日でなおってすぐ走りまわれたぞ」

「あの子のは、風邪とはちょっと違う……と、思う……」


 トパの街に帰るなら、シンシアと一緒にがいい。それが無理でも、シンシアの居場所だけは掴みたい。手遅れなら、どこで売られたか、どこに買われたかだけははっきりさせておきたい。手ぶらのまま、ノイムひとりで戻るだけのは絶対に――。


「ソルノはおばかだから、むつかしいことはわかんないよ」

「なんだと!」


 駄目だ、集中できない。ノイムは頬を引きつらせた。外が騒がしすぎる。


(う、うるさ……)


「だって、ソルノがかぜをひいたのはたった一日で、あの子がねてたのは十日いじょう。おんなじわけがない。ハナでもわかるのに、ソルノにはわからない。ハナよりふたつとしうえなのに、ソルノはおばか」

「ハナ、てめえっ」

「待て待て待て待て、掴みかかるのはやめろ! ハナはまだ小さいんだからっ」

「いたいけなおんなのこに、手をあげるなんて」

「ハナも煽るんじゃない!」


 もう無視できない。かけ布を蹴っ飛ばして起き上がる。


「病人の前で喧嘩しないで!」


 家の入り口にわだかまっていた六人が、びくりと肩を震わせた。先ほどシャティアの一喝で散開したはずの、村の子供たちである。

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