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魔王に殺された代理勇者の。  作者: ねずみもち月
三章 代理勇者の家族
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57.拉致、暴かれず

 それからデビーに連れられてトパの街を離れるまで、悪夢の連続だった。


 とりわけ悪いのは、孤児院に戻ってシンシアの家族の一員になることを告げたときだ。

 今日からでもシンシアの家で暮らしたいと言いだしたノイムに不審を感じてくれればと、ある種の念を込めて院長やヘラに話をしたのだが、伝わらなかった。

 今朝方ヒルバールが孤児院に来たとき、イゴルが危篤だとかなんとか言っていたのが、後押しになってしまったらしい。「イゴルさんが生きているうちに家族としての時間を」だのと言って、あっさり納得されてしまった。


 ヘラにはめいっぱい祝福された。丸っこい顔いっぱいに浮かんだ笑顔が、目尻に浮いた涙を拭う仕草が心に痛かった。あの感情はなんと形容するのが正解なのだろう。ノイムはただ、怪しまれないように笑みを返しながら、ひたすら「こんなときでなければ嬉しかったのに」と思った。

 ツィリルにも祝いの言葉を寄越された。彼が言うのだから、子供たちが嫌々ながらも追従するのは想像に難くない。結果、孤児院にいる者全員から大なり小なり寿ぎを浴びせられてしまって、なおさらいたたまれなかった。


 これはこれから起こる拉致事件の目隠しにすぎないのだと、その場で叫ぶことができたらどれほどよかったか。


 もちろん、そんなことが許されるはずもない。お目付け役としてヒルバールが隣にいたから、下手を打てばデビーに報告がなされ、ひいてはシンシアの死に繋がる。

 ヒルバールはノイムが荷物をまとめて孤児院から出てくるのをにやにやと眺めていた。しまいにシンシアの家に戻る途中で寄越した感想が、


「みんなにお祝いしてもらえてよかったじゃないか」


 である。よっぽど殴ってやろうかと思った。


 孤児院への根回しが終わればいよいよ出立の準備である。デビーやヒルバールが身支度を済ませ、悪目立ちしないように休息日の人通りの多い時間を待って、そうしてノイムたちが街を出たのが、デビーとの再会から二日後。

 今朝のことである。


 ノイムは長い回想から戻ってきた。


(そういえばあいつ、あれっきり一言もしゃべってない……)


 ノイムの視線は静かに座っているシンシアの横を抜け、荷台の奥でクッションに埋もれているデビーを通りすぎ、御者台に座っているヒルバールを見上げた。

 髪を染めていた染料はすでに洗い流していて、今は夏の森林を遠くから眺めたような濃い緑の髪である。染めた髪の汚い色合いを散々眺めたあとだと、ずいぶん綺麗に見えた。彼はどういうわけか、主人の前では無言を貫いている。だから荷馬車が出発してからは特に、ノイムにあれほど軽口を叩いていたのが嘘のように静かになった。


 荷馬車は順調に北上していた。


 ノイムの予想だと、目指しているのは隣国のナグリーブである。

 思いだされるのは、以前の孤児院で執務室に閉じこめられたときのことだった。ラヴィアスが院長とアリサを惨殺する直前である。


 院長はノイムを殺処分する気だった。

 方法についても実に細かく教えてくれたのだ。今でもはっきり覚えている。


(ナグリーブに行く途中にある魔物の巣、ね)


 ノイムは魔物の餌にされるのだろうか。

 デビーにとってノイムが厄介な存在だというのは、以前の孤児院で立証済みである。どこかに売り飛ばしてもいずれ戻ってきてしまうだろうという薄い予感を抱いているはずだ。どちらにせよ、デビーはなにかしらの手を使ってノイムを殺すだろう。


(シシーを売ろうとするのが先か、私を殺そうとするのが先か……)


 まず私だろうな、と思った。

 一両日中に手を下されることはない。それはたしかだ。なにしろトパの街が近すぎる。


 だからといって悠長にしているわけにもいかない。手足を縛られた状態から、そして日中走り続ける荷馬車から、どうやって逃げ出すか。考え続けてもそうそう答えは出そうにない。難題だった。


 荷馬車は日が暮れるまで走り続けた。


 一刻も早くトパの街から離れたかったのだろう。休憩はなしだ。途中の町も通り抜けた。

 トパの街の姿は背後からとうに消え、見渡す限りの草原とほんの少しの木々がある。行く手には絨毯のように広がった森林があった。まだまだ遠い。


 荷馬車は道の脇に寄って止まった。

 今夜は野宿をするつもりのようだ。ここで意外なことに、ノイムとシンシアは縄を解かれ、地面に降ろされた。


「肉が食いたい」


 ふんぞり返ったデビーは、尊大な態度で奴隷たちを見渡した。


 最初に動いたのはヒルバールだ。荷を漁ってナイフを取り出した。一言も発することなく草原へすべり出し、まだ太陽の名残がある宵闇のなかへ消えていく。


 合点がいった。つまり、デビーは夕食に肉を御所望なので、今から獲ってこいということなのである。


「なに突っ立ってるんだ」


 デビーに睨まれた。彼の短い指が、ゆっくりと拳を握る。もたもたしていると殴られそうだ。むしろ殴りたくてうずうずしているようにも見える。


 ノイムは素早く身を翻した。


「シシー、行こう」


 シンシアの手を掴んで、ヒルバールのあとを追うように草原に繰り出す。


「どうするの、ノイム」

「とりあえず、火を起こしておけば文句は言われないでしょ。できればヒルバールが戻る前にね」

「枝を集めればいいんだね! あとは火種になりそうなもの? でもあたし、焚き火なんてしたことないよ。火打石は……ない、よね」

「大丈夫、私ができるから。理由は聞かないでね」


 代理勇者をやっていた前世では、野宿なんて当たり前だった。弓の使い手だったノイムはもっぱら狩りのほうに回されていたが、それでも外での炊事は身についている。火のつけかただって仲間に教えてもらった。

 今の小さな体でどこまでうまくできるかはわからないが。


 ふたりが火種になりそうな枯草を集め、燃やすための枝を拾って戻ってみると、すでにヒルバールが捕まえたウサギを解体していた。恐ろしく仕事が早い。


「遅い。使えん奴らだ」


 息切れしながらどうにか火種を起こしたノイムは、あとをシンシアに任せて立ち上がった。

 これから毎日この調子で罵倒され続けると考えると、ちょっとばかりいただけない。ノイムはともかく、シンシアに矛先が向くのは避けたかった。デビーにいたぶられるのはノイムだけで十分だ。


 一呼吸を置いてから腹に力を込める。


「体の大きさがおとなの半分しかないガキに、おとなと同じ働きを求めるのは……ちょっと頭が悪いんじゃない?」


 拳が飛んできた。吹っ飛んだノイムは、道端を転がって草むらに落ちる。


「ノイム!」

「いい、平気。シシーはそのまま続けて」


 拳に合わせて飛び退ってみせただけだ。

 あまり上手くいかなかったので背中を思いきり打ってしまったが、殴られた顔は口の端を少し切るだけで済んだ。すかさず立ち上がってみせたノイムを見て、シンシアがほっと息をつく。


 重ねて、デビーが舌打ちをした。ノイムを殴り倒したにも関わらず、不満そうな顔である。

 ノイムはちょっとだけ胸がすっとした。


 あまりやりすぎるとノイムの体が再起不能になってしまうので加減はしなければいけないが、デビーに奴隷としてこき使われている間は、彼を苛立たせることに全力を投じてもいいかもしれない。

 取り乱して判断を誤ってくれれば、ノイムとシンシアが有利な状況で逃げ出せる。


(なんて、見通しが甘すぎるかな)


 デビーは怒りの導火線が恐ろしく短いが、短絡的な考えをする男ではない。現にこうして、ノイムの身辺をきちんと調べてことを起こしている。調べすぎなくらいだった。おかげで余計な事件が起きて、人がひとり死んでしまった。


(モニカ……)


 喉元までせり上がってきたものを、ノイムは慌てて押しこめた。ここで取り乱しては駄目だ。


 デビーの食事が済むと、ノイムとシンシアは元どおり縛られた。しかし今度転がされたのは荷馬車の上ではなく、土が剥き出しになった凸凹の道である。


「ちょっと、私たちのごはんは?」

「知るか。俺の残りカスでも食えばいいだろう」


 鼻で笑ったデビーは、ずんぐりした脚で体を荷馬車に持ち上げた。クッションを整えているところをみると、寝るつもりらしい。


「言っておくが、積んである食料や、俺の鍋や皿を勝手に使うのは許さないからな」


 最後にそれだけ言うと、デビーは黙った。やがていびきが聞こえてくる。彼がもう起きてこないことをたしかめると、ノイムはもぞもぞと体を動かして体育座りの姿勢を取った。昼間と違って動く馬車の上ではないので、存外楽に座ることができた。


「あたしたち、夕飯抜きなの?」


 同じく体を起こしながら、シンシアが呟く。ノイムの腹の虫が返事をした。


「……このままだとね」


 残飯にありつこうとしたところで、肉はデビーが完食した。残っているのは骨と皮と使えない内臓だけである。


「従順なほうがいい思いをできるよ」


 ノイムとシンシアは同時に顔を上げた。

 ヒルバールが、ウサギの骨を放り入れた鍋を手にして立っている。今の声は彼のものだ。実にまる二日ぶりに聞く声だった。


「あなた、しゃべれるの?」

「もちろん」


 目を瞬いたのはシンシアである。そういえば彼女は、だんまりを決め込んでいるヒルバールのことしか知らないのだ。

 ヒルバールは驚くシンシアを見てちょっと口の端を持ち上げたあと、鍋を持ったままどこかに消えた。

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