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魔王に殺された代理勇者の。  作者: ねずみもち月
三章 代理勇者の家族
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52.孤立、苦はなく

 モニカの仇をとる。

 物騒な約束を交わしたふたりの少女に反して、日常は穏やかに過ぎていった。


 夏も盛りである。

 トパの街はうだるような暑さとは無縁だった。ほどよい湿度と、日差しにさらされて汗ばむくらいの気温なのである。日陰に入れば快適と言っても過言ではないくらいだ。


 その日もまた、一面の青空に細かくちぎった白雲が漂う気持ちのいい天気だった。

 ノイムは庭に出ていた。ブランコに群がる子供たちを眼下に、大木の枝に腰かけて、ごつごつした幹に背中を預ける。小さな手には封の開けられた封筒が握られていた。


 ラヴィアスからの第二報である。

 今度はきちんと手紙のかたちをしていた。端正な字が綴られた便せんに、頭上の枝葉の隙間からこぼれた光がちらちらと踊っていた。


『ニギの国では内乱が起こっているようです』


 それはあまり喜べない知らせから始まっていた。


『おかげでニギの国は港を閉じてしまったらしく、大陸からニギの国に渡ることも禁止されています』


 カデルを追ってニギの国に渡るのは不可能だということだ。手紙には、カデルを攫った奴らはおそらく密航したのだろうという予測と、港の監視が強まっていて、今はその手段も取れそうにないという旨も記されていた。

 非合法の手段で海を渡ることは、ラヴィアスも考えたようである。そして実行に移そうともした。しかし出港する前に役人に見つかってしまい、船の主が捕まってしまった。ラヴィアスは上手く逃げおおせたらしいが、失敗には変わりない。


『一部交易は続いているようなので、そちらの船に潜り込めないかと考えているところです。護衛かなにかの公的な通行証が手に入ればよいのですが』


 それだと向こうに着いても船から降りることはできないだろう。よくて積み荷を下ろす手伝いくらいだ。上陸して人捜しをするなんて、自由な行動を取れるとは思えない。


(厳しいな……)


 ニギの国で内乱が起こったというのは、前世でカデルから聞いた覚えがある。


 簡単にいえば後継者争いだ。無能と名高い直系唯一の王子と、優秀で民の覚えもめでたいその従兄弟とで派閥が分かれ、武力を用いた争いにまで発展したのだという。

 しかし別に、従兄弟が王子を追い落とそうとしたわけではない。

 国王は正しく自分の息子を次の王に据えようとしていたし、その補佐として従兄弟を置くつもりだった。従兄弟もそれで納得したからこそ、いつかの未来、国を陰から支えるために勉学に励んでいたわけだ。


 ただひとり納得しなかったのは、次期国王たる王子である。


「自分より頭のいい補佐役などいらぬと癇癪を起こして、従兄弟どのを亡き者にしようとした。無能王子が無能を体現したのだな」


 鼻で笑ったいつかのカデルの顔が思いだされるようだった。


 今、ニギの国で内乱が起きているというのなら、ノイムが聞いたこの件で間違いないだろう。タイミングも運も悪い。王子は持ち前の権力を使ってずいぶん手荒な真似をしたというから、こうなると、ニギの国に連れていかれたカデルが無事かどうかも怪しいところである。


(いやいやいや、私が弱気になってどうするの)


 ノイムは慌てて首を振った。

 ラヴィアスが動いてくれている。ノイムもカデルを追う気でいる。それなら、ほかならぬノイムがカデルの無事を信じなくてどうする。

 ラヴィアスの手紙は、まだ時間がかかりそうだという文で締めくくられていた。徹頭徹尾、見事に報告のみである。わざわざ手紙で日常の話をするほど深い仲ではないので――少なくとも今世では――当然といえば当然だが、なんとなく気に入らない。


(私からも送れたらいいんだけどなー)


 ラヴィアスの手紙に、彼の居場所は記されていない。


(近況報告……)


 トパ孤児院に来てからはや四か月。

 ノイムは身の回りに起こった出来事を思い返した。


(……うん、怒られそう)


 ノイムからの手紙なんて、出せなくて正解だ。

 ノイムの近況はラヴィアスに知られるべきではない。便せんを折りたたんで封筒に突っ込みながら、ノイムはラヴィアスが返事を求めてこないことに感謝した。


 額の汗を拭って顔を上げると、視界の端に揺れるブランコが映る。

 順番を待つ子供たちは、頭上に居座るノイムのことなど気にも留めない。意図的に無視されていると言い換えたほうが正しいだろうか。原因として思い当たる節が多すぎて、ノイムはもう彼らのことを放念していた。

 関係を修復しようとも思わない。それは職員に対しても同じだった。

 彼らはノイムの言を頭から嘘だと決めつけて、モニカ殺しの真犯人であるツィリルを野放しにし、あまつさえ今までと変わらず頼りにしている。


 ここでまともに人間関係を築こうとするのも馬鹿馬鹿しくなってしまった。


 無用なトラブルを避けるという点では、ノイムの判断も間違っていないだろう。実際、「モニカを殺したのはアーサー(ツィリル)だ」とわめいていた当初よりもずいぶん過ごしやすくなった。無視とはときに人を救うものである。

 ノイムはあくびを噛み殺した。昼寝でもしようかと尻の位置を直し、万が一にも枝から転げ落ちないように気をつけてまぶたを下ろす。


 睡眠不足はあまり改善されていない。


 ツィリルは相変わらずノイムの寝込みを襲ってくる。成功すれば儲けものくらいの気軽なテンションで挑んでくるのでなお悪い。忘れたころに来るのもよくない。ノイムが十日、ベッドでまんじりともせずに気を張っているとすれば、ツィリルがナイフを手にして忍びこんでくるのは、そのうちのたった一日なのである。


 空きベッドで部屋の扉を塞いでやろうと思ったこともあるが、これは失敗した。単純にノイムの膂力が足りずに、ベッドを移動させることができなかったのだ。


 ツィリルが侵入するなり盛大な悲鳴を上げたこともある。

 結果、職員が起き出してくる前にツィリルは自室へ逃げていき、ノイムは「アーサーがモニカを殺したなんて思い込みをしているから、変な夢を見るのだ」と叱られてしまった。ヘラだけはツィリルに話を聞きに行ってくれたようだが、ツィリルがノイムの部屋になど行っていないととぼけたのでそこで話は終わった。さもありなん。


 それならば、誰かと一緒にいれば手も出せないだろうと考え、ヘラに添い寝を希望した。ヘラが快諾してくれたので、それから何日かはまともに睡眠を取ることが叶った。

 これで解決かと思いきや、後日、ほかの職員が「特定の子供だけ特別扱いしすぎ」だとヘラの陰口を叩いているのを聞いてしまった。トパ孤児院は運営こそまともだが、住んでいるのは、子供もおとなも含めてあまり出来た人ではない。預かる子供たちの複雑怪奇な家庭事情がそうさせるのだろうか。


 とにかく、陰口に気づいてしまってはそのままにしておくこともできない。ヘラは今や、ノイムをまともに扱ってくれる唯一の職員だ。健やかに過ごしてほしい。

 だからノイムは自分から添い寝を辞退した。


 そして現在に至るわけである。

 それでもノイムが正気を保っていられるのは、シンシアの存在があるからだった。


(休息日まであと三日……)


 このごろのノイムは、教会の帰りにそのままシンシアの家に泊まりに行くのが習慣化していた。休息日はノイムにとって、文字どおり休息を取る日になったわけである。家族でもなんでもない相手の家に泊まりに行くなど、特別扱いとしてこれまた問題になりそうなものだったが、こればかりは少々事情が違った。


 どうもシンシアの家で、ノイムを孤児院から引き取ろうという話が出ているようなのだ。

 ノイムの知らないうちに、マーリアが何度か孤児院を訪ねてきていたらしい。職員たちが話しているのを聞いた。ノイム自身にこの話が持ちかけられたことは一度もない。


 ただ、教会の帰りにノイムを迎えに来るたび、シンシアは毎回「うちに住めばそんな寝不足にならないで済むのに」と言う。もはや口癖である。そして彼女の家に行くごとに、シンシアの両親……イゴルやマーリアの口から「ふたりが並んでいると姉妹みたい」などの台詞をよく聞くようになった。

 それはたしかだ。


(姉妹、姉妹ねえ……)


 シンシアの家で暮らす。

 シンシアの家族の一員になる。


 孤児院を出ることにはなるが、同じトパの街のなかだ。ラヴィアスと連絡を取るのに、不都合なことはないに等しい。ツィリルを警戒せずに済むし、毎日きちんと睡眠を取ることができるようになる。なにより、ノイムの絶対の味方といえるシンシアや、その両親と毎日一緒に過ごせる。


 今と比べたら、この上なく快適な生活になるだろう。

 それはわかっている。


 わかっているのだが、ノイムはシンシアたちの厚意に甘えながら、同時に、ノイムを家族として扱おうとする彼らの態度には一線を引いていた。

 シンシアを姉のように慕って甘えたことはないし、イゴルやマーリアを自分の親のように親しんだこともない。いくら自宅のようにくつろいでと言われても、彼らの家ではいつだって招かれた客のつもりでいる。我ながら身勝手だとは思う。


 ノイムの頑なさが伝わっているから、彼らも「我が家に来ないか」と明確に誘わないのだろう。

 孤児院を訪ねたというマーリアも、おそらく、ノイムに見つからない時間を狙ったのだ。もしかするとすでに、ノイムが以前暮らしていた孤児院でなにがあったのか、聞いているかもしれない。


 話は着実に進んでいる。このまま宙ぶらりんにしておくことはできない。


(悪い話じゃないんだけどな)


 ノイムの胸には淀んだ感情が渦巻いていた。

 家族に迎えたいと思ってもらえることに喜ぶ気持ちよりも、身の安全がたしかな生活を得られる可能性に安堵する気持ちよりも、なによりも。


 ここまで親しくなるべきではなかったかもしれないという罪悪感である。

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