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魔王に殺された代理勇者の。  作者: ねずみもち月
三章 代理勇者の家族
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51.外泊、初めての

 恐ろしいことに、ノイムが目覚めたのは日が暮れてからだった。


 飛び起きたノイムの横には、シンシアがぴたりと身をつけていた。一緒になって眠っていたらしく、解いた赤毛がシーツの上に散っている。


「……ん、ノイム? 起きたの」


 うっすらと開いたまぶたをこするシンシアを見ても、起こしてしまったと罪悪感を抱く余裕はない。ノイムの目は玄関横の窓から差し込んでくる強い茜色の光に釘づけだ。家のなかは温かな色に染め上げられていたが、ノイムの顔は真っ青だった。

 青ざめないほうがおかしかった。ちょっとだけ休ませてもらおうと思ってシンシアのベッドに潜り込んだのが朝の早い時間だ。それが今は、日が暮れかけている。


 ノイムは半日以上も爆睡していたのである。

 あまりの事態に思考が停止して、ベッドの上に座ったまま固まってしまった。


「ちょっとは良くなった?」


 けらけらと笑いながら声をかけてきたのは、マーリアである。彼女はベッドの前で腰を折って、そっとノイムの頬に触れた。間近で顔を覗き込まれ、ノイムは心地悪く身じろぎする。


「あの……」

「うん、ずいぶんマシになったね。お腹空いたでしょ。お昼食べてないものね」


 ちょっと早いけど夕食にしましょ、とキッチンに戻っていったマーリアの背をぼうっと眺めた。懐が深いというかなんというか、本当に、ノイムが滞在することにほんの少しの疑問も抱かず、当たり前のように受け入れている。


「……あの、ありがたいんですけど、さすがに帰ります。このままだと暗くなっちゃうし」

「時間なんて気にしなくていいわ。泊まっていくんだから」

「待って、聞いてない」


 いったい、いつそんな話になったのだろう。

 口を挟んだのは、眠りと覚醒の狭間から戻ってきたシンシアだ。


「お昼にね、あたしが『今日泊まる?』って聞いたら、ノイム、頷いたよ」

「それ頷いたって言わないよ」


 自分で言うのもどうかと思うが、シンシアが肯定と受け取ったそれは、ただ単に身じろぎしただけだろう。なにか聞こえたから、眠りから意識が浮上して動いた。内容なんて理解していない。実際、ノイムは意思確認をされたことなんてまったく覚えていなかった。


「だいいち、また騒ぎになっちゃうよ。私が帰ってこないって……」

「ヘラさんに言ってあるから大丈夫だよ」

「いつの間に」


 いつの間にと言ったって、タイミングはひとつしかない。今朝、ノイムがシンシアの家にいることを伝えに、孤児院の皆を追いかけたときだろう。


「そのほうがノイムもゆっくりできるだろうって、ヘラさんも言ってたよ」


 ヘラはどうやら、ここ最近のノイムの寝不足を、自室で寝ているからだと思っているらしい。

 ノイムの部屋にはモニカが一緒に暮らしていた。モニカが殺された日に割られた窓ガラスは、板を打ちつけて応急処置をしてある。あの日の傷跡が生々しく残っている場所では、落ち着いて睡眠なんて取れるわけがない。


(窓が直せないのは、私のせいでもあるんだけど……)


 ノイムが部屋に引きこもっているので、業者を入れようにも入れられないのだ。そのせいで割れた窓ガラスを見せつけられて、ノイムがさらにショックを深めているというのなら、それは自業自得である。


(そもそも、私が寝れないのはツィリルのせいだし)


 ヘラの気遣いはありがたいが、やや斜め上をいっている。無論、ツィリルがモニカを殺したことは、孤児院では、ノイムの大ぼらということで決着がついてしまっているので、仕方のないことでもあった。


 とにかく、ノイムはその日の夜をシンシアの家で過ごすことになった。

 夕食の用意を手伝い、寝込んでいるイゴルを除いた母娘とノイムの三人で食卓を囲む。談笑には、ベッドの上のイゴルも参加した。ノイムにとって、実に二週間ぶりの賑やかな食事風景である。


 食べ終わったらシンシアと並んで皿洗いに励んだ。なにもかもが終わって寝間着に着替えたら、これまたシンシアと並んで狭いベッドに潜り込む。


「あたしの寝間着、ノイムが着るとぶかぶかだね」

「すそ長すぎておばけみたいになっちゃった」


 同じかけ布にくるまって、ふたりはくすくすと笑い合った。

 夕方まで爆睡していたせいで、ノイムのもとに眠気が訪れるのは遅かった。それはシンシアも同じようで、ふたりはずいぶん遅くまでおしゃべりに興じていた。隣のベッドで眠るイゴルとマーリアを起こさないようにささやき交わされるごくごく小さな声。なにか秘密の話をしているようでわくわくする。このまま夜明けまでしゃべり倒すことになるのではないかと思うほど、ふたりは夢中だった。


 しかし、話題は無限ではない。

 会えなかった二週間の出来事を語り尽くすと、ノイムもシンシアも、どちらからともなく口を閉ざした。


「……あたし、もっとたくさん、モニカと話してみたかったな」


 これからだったじゃん、と呟いたシンシアの吐息が、真っ暗い家の天井に向かって溶けていく。ノイムは答えなかった。すでにノイムが心の内で、空きベッドの増えた部屋で天井を眺めながら、何度も繰り返した問いだった。


 シンシアの独白は続いた。

 もし、と。


「もし、あたしがひとりで助けにいかずに、誰かを起こして連れてきてたら、なにか変わったのかな」


 ノイムも考えた。


 もし、井戸からシンシアを見上げたあのとき「誰か呼んできて」と言っていたら、人死にが出ない未来を掴めたのだろうか。

 もし、刺客の捕縛をツィリルに任せていたら。

 もし、シンシアとノイムのふたりで井戸からモニカを引き上げていたら。


 たくさんの「もし」が脳裏を駆け巡る。ノイムはどこで間違えたのだろう。シンシアはどこで間違えたのだろう。間違えていなかったらモニカを助けられたのだろうか。あるいは、間違えようが間違えまいが、ツィリルをどうにかしない限りはモニカの死は決まっていたのだろうか。


 すべてが過ぎた今となっては、答えが出ることは永遠にない。


「落とし前はつける」


 言ってから、ノイムは口を押さえた。思いのほか大きな声が出てしまったのである。


「落とし前?」

「……モニカの仇をとる」

「仇って、アーサーを殺すってこと?」


 天井を見つめていたシンシアが、驚いてノイムを見る。


「どういう意味かわかってる? アーサーと、同じことをするんだよ」

「わかってるよ」

「犯罪だよ?」


 シンシアの視線を頬に感じながら、ノイムはひとりで天井を睨んだ。

 人が目の前で死んでいくさまなら、前世で散々見た。この手で殺すことにも慣れている。

 地上では野盗が出るし、海では海賊が出る。そうでなくても、腰に勇者の剣をぶら下げたノイムは、散々に狙われた。勇者の剣を奪って、ノイムに成り代わろうとする不届き者は枚挙にいとまがなかった。奪ったところで、選ばれていない一般人には勇者の剣など扱えるわけがないのに。

 人に近い他種族を殺したことは数知れず、人間だって片手では足りないくらいに殺してきた。今さら、殺された友人の仇を殺すことなどに躊躇いはない。


「今すぐには無理だけど、いつか絶対に殺してやる」


 幸い、身元は割れている。相手は貴族だ。下手をうつと牢獄にぶち込まれることになってしまう。慎重にことを運ばなければならない。そのためには、力をつける必要があった。お金も地位も武器も、純粋な膂力も、なにもかもが今のノイムには足りていない。


 シンシアは制止するのをやめた。ノイムに迷いがないのを察したらしい。


「じゃ、あたしも一緒にやる」

「……人殺しだよ?」

「やるよ。ノイムだけに任せておけないもん」


 決意を固めてしまったようである。ノイムが止めたところで説得力などない。ここは素直に引き下がっておくことにしよう。


「わかった。じゃあ、約束」


 ノイムはもぞもぞと動いて、かけ布から手を引っ張り出した。小指をシンシアに向ける。


「約束っ」

「いつか絶対、ふたりでモニカの仇をとる」


 ノイムの指に、シンシアの小指が絡んだ。

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