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魔王に殺された代理勇者の。  作者: ねずみもち月
三章 代理勇者の家族
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50.家庭、触れる

 血相を変えてやってきたこの闖入者は、つまり、シンシアの父なのだろう。


「シシーを見失った」と一言叫んだシンシアの父――イゴルは、膝から崩れ落ちて床に両手をついた。激しく咳き込んでいる。

 賊に襲われて命からがら逃げてきたと言われても納得してしまいそうな有り様だ。


「母さんはね、マーリアだからマリちゃん。うちの親、仲良しでしょ」

「こ、この状況でよく平然としてられるね」


 思わず突っ込んでしまったノイムである。

 直後、イゴルはばったりと倒れて動かなくなってしまった。


 これに動揺したのはノイムだけだ。シンシアも、彼女の母――マーリアもけろりとしている。


「まさか、教会からここまで走ってきたのかしら。無茶するね……」


 一週間寝込むことになるよ、と呆れたらしいマーリアの呟きは、イゴルには届いていない。マーリアの手でひっくり返されたイゴルは、完全に意識を失っていた。


 シンシアの父はたしか、体が弱く寝たきりなのではなかったか。寝たきりのはずの彼がこうして外から走り込んできたのも大いに気になるところではあるが、とにかく、平然としていていい状況ではないのではないか。

 ノイムの問いに、シンシアは肩をすくめた。


「いつもこうなんだもん。慣れちゃった」


 本当に見慣れているようである。


「まったくね。手のかかる旦那だったら」


 マーリアがイゴルの両脇に手を差し込み、衝立で仕切ったベッドルームまで引きずっていった。めくれたカーペットを、立ち上がったシンシアがちょいちょいと直す。母娘の冷静ぶりに、知らず知らず早鐘を打っていたノイムの心臓も正常な鼓動を取り戻した。


「……マリちゃん、僕は大丈夫だ」


 マーリアの運びかたが手荒いので、イゴルは落ち着いて気絶もしていられなかったようである。うめき声に近い声が、衝立の向こうから聞こえた。


「自分でベッドに上がれるから、片足だけ持ち上げないでくれたまえ。僕は体が硬いんだよ、マリちゃんも知ってあだだだだだだだ」


 うめき声は情けない悲鳴に変わった。


「急いで帰ってきたとこ悪いけど、シシーなら先に戻ってきてるよ」

「なんだって!?」


 そして素っとん狂な声になる。おそらくベッドから飛びだしてノイムたちの座るテーブルを確認しようとしたのだろうが、マーリアに「おとなしく寝てなさいよ」と押しとどめられていた。


「いや、シシーが帰っているのはいい。それはよかった。しかし待ってくれ、マリちゃん、もうひとつ大変なことがあるんだ」


 孤児院の子供がひとり行方不明だと、騒ぎになっている。

 ぎくり、とノイムは身を縮めた。


「ノイムという子だよ、シシーが仲良くしていた子だろう?」


 予想どおりである。孤児院の一行からはぐれたノイムをシンシアが見つけ、そのままここに連れてこられたのだ。失踪騒ぎになるのも当然だった。


 隣を見れば、シンシアが目を丸くしていた。

 ゆっくりとばつの悪そうな顔になる。どうやら想定外だったらしい。


「……そのノイムちゃんも、今そこにいるけど」

「なんだって!?」


 どったん、と派手な音が聞こえた。今度こそベッドを抜け出したらしいイゴルが、衝立から顔を覗かせる。ばっちりノイムと目が合った。


「お、お邪魔してます……」


 滅茶苦茶に気まずかった。


 ▼ ▽ ▽


 シンシアとマーリアは慌ただしく家を出ていった。

 ノイムの無事を孤児院の職員たちに知らせるためである。ノイムも同行を申し出たのだが、マーリアにきっぱり断られてしまった。「お腹空いてるでしょ、食べながら待っててちょうだいな」なんて言われたが、できるわけがない。


 冷めていくスープをぼうっと眺めながら、母娘の帰りを待つ。

 そうしてふたりが帰ってくると、ノイムはようやく朝食のスープにありついた。といっても、食事を始められたのはノイムだけである。


 シンシアはマーリアに叱られていた。


「今回はちょっと無鉄砲すぎるよ。イーくんが教えてくれなかったら、孤児院の方々は今日じゅうノイムちゃんを捜して駆け回ることになってたの。それがどれだけ大変なことかわかる?」

「はい、ごめんなさい……」


 しょぼくれるシンシアに胸が痛むが、ノイムは黙ってスープをすするしかなかった。

 というのも、お説教が始まった直後に「流されるがままシンシアについていった自分も悪い」と口を出したところ、マーリアにぴしゃりと跳ね除けられてしまったのである。


「シンシアのほうがずっとおとななんだから、しっかりしなきゃいけないの。ノイムちゃんに指摘されるなんてなお悪いわ」


 とのことだった。それからノイムはぴたりと口を閉じて、澄んだスープに浮くとりどりの野菜と、片手に握った匙に意識を集中することにした。


「……ま、周りのことが考えられなくなるくらいノイムちゃんのことが心配だったってのもわかるけどね」


 ふう、と息を吐いたマーリアのお説教が終わったのは、ちょうどノイムが最後のひと口を飲み込んだときである。


「ちょっと寝ていきなさい。普段のイーくんくらい酷い顔色じゃない」


 話の矛先が突然こちらを向いて、ノイムはむせた。


「シシーのベッドを使わせてあげよう。いいね?」

「もちろん! そのつもりで連れてきたんだもん。ノイム、最近ぜんぜん寝れてないっていうから」

「寝間着に着替えたほうが落ち着けるかしら。シシーの昔のやつ、残してあったかな……」


 クローゼットを漁り始めたマーリアの背中を見て、ノイムは慌てて立ち上がった。


「待って待って待って、そこまでゆっくりさせてもらうわけには」

「ノイムはちゃんと寝なきゃだめ!」

「シシー……」


 ようやっと朝食に取りかかったシンシアが、握った匙でびしっとノイムを指す。


「孤児院じゃ寝れないんでしょ。だったら、うちで寝ていったらいいの。このままだとノイム、倒れちゃうよ。うちの父さんみたいに」


 ね、父さん。シンシアはベッドを見やる。イゴルが、うう、と答えた。うなされただけのようにも思えるが。


「あったあった、ちょっと大きいかもしれないけど、きちっとした服よりはいいよね」


 シンシアによく似た笑顔を浮かべ、マーリアがこちらを向いた。両手の間で、裾の長い寝間着が広げられている。


 どうやら、逃げることはできないようだ。

 あれよあれよという間に着替えさせられ、衝立の向こうに引きずられ、シンシアが使っているというシングルベッドに押し込まれた。


 そうしてノイムは、久しぶりに惰眠を貪ったのである。

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