表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王に殺された代理勇者の。  作者: ねずみもち月
三章 代理勇者の家族
49/128

48.安眠、はく奪

 ベッドがきしんだ。


 意識を急浮上させたノイムは、目を開けるよりも先に床に身を投げ出していた。被っていたかけ布も巻き込んで、みのむしのような格好で体を起こす。


 カーテンの外は真っ暗だ。

 壁の魔晶石はほのかに黄色く光っている。

 こんな夜中によく目覚めることができたものである。部屋に侵入された気配はなかったし、殺意も感じなかった。


 ノイムは背中にじっとりと滲んだ汗に顔をしかめ、ベッドの脇に立っていた人影を見上げた。


「なんの真似なの、ツィリル」

「アーサー、だよ。ここでツィリルとは呼ばないでほしいかな」

「ツィリル、ツィリルツィリルツィリルツィリル」

「……好きにしてくれてもいいのだけれどね」


 ツィリルの手には果物ナイフが握られていた。厨房からかっぱらってきたのだろうか。刃を下に向けて、明らかにベッドの上にいた者を刺す持ちかたをしている。


「口封じに殺すつもりだったの」

「見てわかるだろう」


 ツィリルはすらりとした指の間でナイフを転がした。笑ってこそいないが、彼の顔つきはさっぱりしている。平然としすぎていた。この人はこんな性格だったろうか。


(モニカを殺して吹っ切れたか……)


 悪い意味でメンタルが強くなってしまったようだ。

 これがトパ孤児院の子供たちに慕われるお兄さんの本性かと考えると泣けてくる。別に子供たちを哀れんでいるわけではない。モニカが死ぬまではノイムもずいぶん気を抜いて話していたものだから、羞恥と怒りがいっぺんに襲ってくるのだ。私はこんな奴に心を開いていたのか、と。


 思えば、アーサー(ツィリル)の一挙手一投足がやたらと綺麗だったのも、言葉遣いが堅苦しすぎるほどに整っているのも、彼が子供たちを相手する際に張りつけた仮面だったのかもしれない。子供に寄り添う態度も発言もすべてうわべだけのもので、その実、彼は子供たちを慈しんでもなんでもいなかったのだろう。


 ノイムもすっかり騙されていたわけである。

 味方に裏切られるのはすでに経験済みだというのに、情けないにもほどがある。


「そんなに心配しなくたって、私がなに言っても誰にも信じてもらえてない」

「そうなのだけれど、ものごとから逃げるのはやめにしようと思ってね」

「だったら実家に帰れば? あんたにとっての一番の逃げは、そっちでしょ」


 ツィリルは弟に命を狙われたと聞いた。モニカを殺したのは、弟に似ていたからだと。では、バルターク家に戻ってその弟とやらに殺されてしまえばいい。そうすればノイムは、ざまあみろと心から笑ってやることができる。


「君を手にかけるのはなかなか難しそうだ。モニカが狙われたときも、先に異変に気づいて起きたのは君だったんだろう。やはり、生まれ育った環境の賜物かな」

「失敗したんだからさっさと出ていきなよ」

「肝も据わっている。これは長丁場になるね」


 途中から微妙に会話が成り立っていなかった。


「何回寝込みを狙ったって無駄だよ、すぐ気づくからね」

「それはどうかな」


 ここでようやっと、互いの歯車が嚙み合う。

 ツィリルは見かけだけは優しげな目を細めて、不気味に笑った。


「俺が傍に来てもぐっすり眠っていただろう。君が逃れることができたのは偶然だ。そう何度も、タイミングよく目覚めることはできない。違うかな」


 そのとおりだった。ノイムは内心の焦りが悟られないように必死に口を引き結ぶ。


「前言を撤回しよう。君を殺すのは簡単そうだ」


 彼はノイムの部屋を出ていった。機嫌がよさそうな足取りだった。


 ▽ ▽ ▼



 それから数日、浅い眠りを繰り返しながら夜を過ごす羽目になった。なにしろ、ツィリルがいつやってくるかわからない。ノイムは安眠を奪われたのだ。


 おかげで次の休息日には、早起きするのが苦痛だった。


「目の下が真っ黒だよ。きちんと寝ないと体に悪い。添い寝でもしてあげようか」


 したり顔で心配してくるツィリルが憎い。頭を撫でられたので、その手をひっ叩いてやった。近くにいた子供たちに睨まれたが、気にするものか。


 きちっと脳を覚醒させることができないせいで、教会に向かう道中、ノイムは列から遅れがちだった。

 そうでなくても最後尾を歩いているのだから、これでは、いつぞやはぐれてしまったときの二の舞だ。もっともそうなれば、ひとりで黙々と歩いて教会に向かうだけである。


「ノイムちゃん、離れないように気をつけてちょうだい」


 ヘラに言われて曖昧に頷いたのは、孤児院を出てどれくらいだっただろう。

 案の定というべきか、注意されたにも関わらず、大あくびを繰り返して足を引きずっているうちに、ノイムはずいぶん遠くまで引き離されてしまった。歩く速さが明らかに違ったので当然のことだった。


 朝日を受けて照り映える赤い石畳に、独特な色合いを見せる漆喰の壁。開店の準備を進める露店。鮮やかな街並みを楽しむ旅人や、道端にたむろってマシンガンのようにしゃべり続ける街の人々。

 ノイムにとっては、なにもかもが眩しすぎた。


 ただでさえ遅々として進まなかった歩みが、さらに速度を落とす。

 とろとろと前に進めていた足が止まる。


 動くのをやめてしまうと、とたんに眠くて眠くて仕方なくなった。


(こちとらたっぷり睡眠が必要な六歳児なんだよ……)


 連日気を張りっぱなしで、寝ていないといっても過言ではない状態なのである。そろそろどうにかしないと、うっかり深い眠りに落ちて、その間にさくっと刺し殺されてしまう。ツィリルの思惑どおりの展開だった。それだけは嫌だ。


 とうとう立ったまま目を瞑ったときである。


「ノイム、どうしたの。体調悪い? 歩けない?」


 横合いから手を握られて、ノイムの肩が跳ねた。


「……シシー」

「わ、すごいクマ。顔も真っ白だよ。寝れてないの?」


 ほぼ二週間ぶりに見るシンシアの顔が、そこにあった。


「夢?」

「現実だよ」


 頬をつねられた。痛い。ちょっとだけ目が覚めて、ノイムは何度か瞬きをする。


「てっきりもう会えないのかと思った」

「ふふふ、ちょっと大変だったよ。何度かノイムに会いに行こうとはしたんだけどね、人殺しがいる場所なんて言語道断って、父さんにも母さんにも引き留められてさ。孤児院に行くのは禁止」


 逆にいえば、孤児院の外でなら問題ないということだ。それで休息日の朝、トパ孤児院の皆が教会に向かうころを狙って、家を出てきたのだという。


「ごめんね、一番つらいときにノイムをひとりにしちゃった」

「気にしないでいいよ」


 会いたいとは思っていたが、二度と会えなくなっても仕方ないとも考えていた。モニカが殺されたあの日、シンシアだって死にかけたのだ。


「シシーは怖くないの?」

「怖いけど……あたしを殺そうとした人は捕まったでしょ。だから結構へいき」


 シンシアはにっと歯を見せて笑った。真っ赤な髪によく似合う、太陽のようないつもの笑顔だった。ほう、とノイムは安堵の息をこぼす。

 そこで、シンシアの台詞の違和感に首をひねった。


「人殺しがいる場所、って言った?」

「うん? 言ったよ。だってそうでしょ? アーサーって人、捕まってないんだもんね」


 ちょっと前から見てたけど、あの人も孤児院の皆と一緒にいたよね――と続けるシンシアの声が、膜を一枚隔てたように遠のく。鼻の奥がつんとして、視界がぼやけた。


「ノイム? やっぱり具合悪い? 座って休む?」

「ううん、平気。眠いだけ」


 ノイムは息を止めて、滲んできた涙をこらえた。ここで泣いたら、シンシアをいっそう心配させるだけだ。


「やっぱり、シシーは信じてくれるんだね」

「ノイムがあんなに必死に訴えてたんだもん。嘘だなんて思わないよ。怖い人に襲われてたときだって、あたしたちのなかで……」


 シンシアの声がふと途切れ、一瞬、彼女はなにかを堪えるような顔をした。


「あたしたちのなかで一番しっかりしてたじゃん。あたしは呑気にぐーすか寝てたのに、ノイムは異変に気づいて、モニカを助けようとしたわけでしょ」

「一緒になって捕まっちゃったし、井戸に落ちたら気絶したし、わりとへなちょこだったけどね……」

「それでもだよ」


 シンシアの温かい手が、ノイムの両頬を包んだ。ゆっくりと力が込められて、むに、と顔が潰れる。


「あたしはノイムを信じる。ほかの誰が信じなくてもね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ