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魔王に殺された代理勇者の。  作者: ねずみもち月
三章 代理勇者の家族
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47.手紙、受け取る

 泣いてもわめいても、真実は闇に葬られた。


 アーサー(ツィリル)の言い分も、ノイムの予想も正しかった。モニカは侵入者の手で殺された、と孤児院のなかでまことしやかにささやかれた。ノイムとモニカを助けにいったツィリルの隙を狙って、ノイムの目の前で、ナイフでひと突きされてしまったのだ、と。

 そういういうことにされてしまった。


 ノイムは三日三晩に渡って「アーサーがモニカを殺した」と叫び続けたが、ただ孤児院の皆の視線に哀れみが乗り、やがて呆れに変わり、苛立ちに着地しただけだった。職員たちからは何度も叱られ、子供たちからはどつき回された。


 アーサーはノイムとモニカを助けようとしたんだぞ、なんてこと言うんだ。

 皆、口を揃えて同じことを言う。


(癪だけど……)


 たしかにノイムはツィリル(アーサー)に助けられた。彼が来なかったら、ナイフで串刺しにされていたのはノイムだった。


 しかしツィリルが来なければ、モニカが死ぬことはなかった。

 それも真実である。


 四日目に医者のもとに連れていかれたので、ノイムはおとなしくなった。医者からは異常なしと診断を受けた。当たり前だ。ノイムは最初から、本当のことしか言っていない。いたって正気だ。


 シンシアならわかってくれる、と思ったのだが、彼女とふたりきりで話す機会は訪れなかった。モニカが殺された日、朝を待って職員の手で自宅に送られて以来、一度も孤児院を訪れていないのである。


(親に止められたんだろうなぁ)


 聞く限りでは、シンシアは両親に愛されている。

 首に絞殺されかけた跡をこびりつけて帰宅すれば、しかも初めての外泊でそんな目に遭ったとなれば、孤児院に来ることはまず禁じられるだろう。家から出ることすらできなくなっているかもしれない。


(私がシシーと友達になったりしたから……)


 ノイムがシンシアと知り合わなければ、シンシアがトパ孤児院を訪れることはなかった。天候の悪化で急遽泊まることになって、その果てに殺人事件に巻き込まれるなんてこともなかったのだ。


 縁を切れと言われても仕方ない。

 手を下したのはノイムではないが、同じくらいの罪悪感が胸を満たした。危うくシンシアを失うところだった。彼女が無事なら、二度と会えなくても構わない。



 だって、モニカは死んでしまった。



 決して仲が良いとはいえなかった。たくさん嫌がらせを受けた。洗顔中に水攻めされたときは死ぬかとも思った。ちょっと恨めしく思う気持ちもあった。


 でも、だからといって。

 死んでほしかったわけじゃない。


『モニカ、疲れてない? ここで待ってても大丈夫?』

『問題ないわ。沈んだりしないから安心してちょうだい』


 暗い井戸の底で交わした声が耳の奥を駆ける。


『その氷、押さえてて』

『どうするのよ』

『上る』


 あれが最後の会話になってしまった。モニカが作った氷箱によじ登り、壁を蹴って高く跳んだノイムを見たモニカが、驚いてノイムの名を呼んだ。

 それが、モニカからノイムに向けられた最期の言葉になってしまった。


 彼女の家の事情を深く知り、心から同情した。親子喧嘩に首を突っ込んでしまうほどには情を移していた。おかげで最近は少しずつ関係も回復して、モニカの尊大な態度を可愛いと思えるようになってきた。


 ノイムは窓に近いほうのベッドに寝転がり、死んだ瞳で天井を眺めた。


 モニカがいなくなって一週間。

 自室の天井の記憶しかない。ノイムはなにもしていなかった。部屋から出ようともしなかった。教会に行くときだけヘラの手で引きずり出されたが、そのほかは、食事も部屋で取っていた。といってもその食事だって、半分は残して戻すのだが。


「モニカちゃんのお父さま、離婚したそうよ」


 食事を持ってきたヘラに言われたのは、昨日か、一昨日か。外が明るかったことしか覚えていない。とにかく何日か前の、昼食のときだった。


「ほら、この間の件で、ひとりだけ捕らえたでしょう? 彼がね、モニカちゃんのお義母(かあ)さまから依頼を受けてモニカちゃんを狙ったって、自白したらしいの」


 それで、モニカの父親は一も二もなくアガータ(義母)を罪人として突き出し、離婚したのだという。


(あのおっさん、本当にモニカが死ぬまでなにもしなかったんだ)


 首謀者はわかり切っていたので、今さら捕らえられようがなんの感慨もわかない。

 むしろ虚しさが増すだけだった。


(おっさんが言ってたとおり、モニカをここから別の場所に移動させてたら……なにか変わったのかな)


 結局アガータが居場所を嗅ぎつけて、刺客を送り込んでいたかもしれない。結局、モニカの寿命をほんの少し延ばすだけの結果に終わった可能性はある。


 それでも、モニカが王子様と慕っていたツィリルに殺されることはなかった。


 最後にアーサーの名を呼んだ、モニカの戸惑いの声が耳にこびりついている。困惑を張りつけたままだった死に顔が忘れられない。苦しむ間もなく逝けたのは幸いだったなんて、口が裂けても言えなかった。


「……出たいな、ここ」


 我が物顔で孤児院を闊歩するツィリルも、彼を信頼しきって疑わない子供たちも、ノイムを異常者扱いして医者に連れていく職員も、なにもかもが嫌だった。彼らがたむろする食堂になんて、とても行けたものじゃない。


 家出してしまおうか、とノイムは身を起こした。

 久しぶりに意思をもって体を動かした気がする。


 着替えをいくつかまとめて身支度をしたノイムだったが、しかし、荷物を持って出ていくことは終ぞ叶わなかった。


「ノイムちゃん、あなたにお手紙が来たわ」


 部屋を訪ねてきたヘラから封筒を渡されたのである。

 やけに小さく、そして薄い封筒だった。中身は本当に入っているのかと疑うほどだ。


 ノイムに手紙を渡すと、ヘラはさっさと退出した。だからノイムはベッドの上に逆戻りして、仰向けに寝転がったまま封を切った。ペーパーナイフなんて高尚なものはないので素手である。


 なかからひらりと躍り出てきたのは、便せんにも満たない小さなメモだった。


『足取りは掴めました。ニギの国まで流れたようです。追ってみます』


 記されているのはたったそれだけで、もちろん、二枚目なども存在しない。ノイムは羊皮紙の端をちぎったようなメモを腹の上に置いて、封筒を裏返した。宛名と、トパ孤児院の住所。


 それから、ラヴィアスの名が丁寧な字で綴られていた。


 そうだった。

 ノイムがトパ孤児院にいることには、意味がある。朗報にせよ悲報にせよ、カデルを捜して旅立ったラヴィアスが戻ってくる場所だ。ノイムは、迂闊にここを離れることは許されないのだ。

 家出なんて、言語道断だった。


 すっかり忘れていた。カデルを捜してもらうために、小賢しい策まで弄してラヴィアスを動かしたのに、今の今まで思い出しもしなかったのである。カデルの存在も、ラヴィアスの名も。薄情なものだ。


 ノイムは深く深くため息をついた。


 ラヴィアスからの短い手紙を読み返す。カデルの行き先がわかった。喜びはまったく湧いてこなかった。


 ニギの国は、東の海にぽっかりと浮かぶ島国だ。日本とよく似た文化の国だった。似ているといっても、二十一世紀ではなく、そこから二百年ほど遡った時代にではあるが。


 前世でカデルとノイムが出会った国である。

 やはりそうだったか、と考える脳みそは辛うじて残っていた。しかしそれ以上は考えられない。びっくりするほど感情が動かなかった。


(とにかく、私はここにいなきゃいけない……)


 手足に鉛の球でも括りつけられた気分だ。体がずっしりと重くなる。ノイムは目を閉じた。窓から差し込む明かりが、ぼんやりとまぶたの裏を照らす。


(……シシーに会いたい)


 二度と会えなくなってもいいなんて嘘だ。ノイムは風に揺れる真っ赤なポニーテールを思いだしながら、ゆっくりと意識を沈めた。

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