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魔王に殺された代理勇者の。  作者: ねずみもち月
二章 代理勇者の交流
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39.特別、増える

 吹きつける風が庭の大木をわさわさと揺らし、真っ白な雲が青空を駆ける。

 初夏を感じさせる気持ちのいい天気だった。


 図書室の窓越しに庭を眺めながら、ノイムは床に尻をつけて座っていた。そうして隣に腰を下ろしている少女の声に耳を傾ける。


「あたし将来、自分のお店を持ってみたいんだよねぇ」


 ノイムと一緒にいるのは、シンシアだった。


 トパの街でノイムとシンシアが出会ってから一か月。

 シンシアは見事、孤児院を訪問する権利を勝ち取っていた。


 週に一度、彼女は籠いっぱいの差し入れを持って孤児院を訪れる。主に焼き菓子だ。差し入れを渡したシンシアはだいたい、そのままおやつの時間をともにして、ノイムと遊び、空がオレンジ色に染まったころに帰っていく。


 両親が健在で愛されながら日々を暮らしている、余所者のシンシアが孤児院を訪れることにいささかの不安がないでもなかったが、杞憂だった。

 トパ孤児院の子供たちが、シンシアのことを知る機会が訪れなかったからである。孤児院の一員として加わるわけではないので、シンシアのことは、皆には紹介されなかった。おまけに彼女は、いつもノイムと一緒になって隅のテーブルのさらに隅の席に座る。


 子供たちはシンシアが話しかけていい相手なのかどうかの判断もつかず、ただ遠巻きに眺めるばかりとなっている。


 一度だけ、ノイムに親しい相手ができた――モニカよりも辛い目に遭ってきたノイムが、またひとつ幸せを掴んだ――ことが気に入らないモニカに、「唐辛子頭」なんて言われたことがあった。しかしそれは職員に目ざとく見つかって、モニカが叱られる結末となったので、ノイムはもとより、シンシアもあまり気にしていないようだ。


「お店って、大通りにある露店みたいなもの? なにを売るの?」

「母さんが縫いもの上手だから、なにか教わりたいなあ。この服も母さんが作ってくれたんだよ」


 シンシアが空いた手で、床にわだかまったワンピースの裾をつまむ。彼女の真っ赤な髪によく似合う、若葉のような明るい色だ。フリルになった裾も膨らんだ袖もよくできていて、お店で売っているものだと言われても驚かない。


「でも、こんなすごいのはあたしには無理かも。布を切るところでもう間違えそう」

「アクセサリーはどう? 髪かざりとか、小さいから裁断でまちがえることはないんじゃない?」


 シンシアの髪は目立つ。

 華やかな細工の髪飾りなどを作って自分でつければ、いい宣伝になりそうである。

 しかしノイムの提案に、シンシアは苦笑した。


「この髪ね、父さん譲りでさ。からかわれるから……目立つのはあんまり」

「……からかってくるのって、近所の男の子とかじゃない?」

「えっ、なんでわかるの」


 前世で経験済みだからである。

 ノイムは珍しい響きの名前をしているので、それで散々からかわれたし、意地の悪いあだ名をつけられたりもした。どう考えても好意的とはいえない態度ばかり取られていたのに、バレンタインデーを過ぎたあたりで友人に「あいつ、乃夢からチョコもらえなくて落ちこんでたよ」なんて報告をもらう。当時は、ヤツはどうして嫌いな人間からのチョコなんか期待してたんだと本気で不思議に思ったものだが、今ならわかる。


 素直になれないお年頃なのだ。

 シンシアの髪をからかう子にしたって、どうせ彼女のことが気になって気になって仕方がないのに、好意を表すのが恥ずかしくて意地悪をしてしまっているだけだろう。シンシアは目鼻立ちがはっきりしていて、わかりやすく愛らしい顔立ちをしている。加えて社交的で明るい性格となれば、モテないわけがない。


「そいつらの言うことなんて当てにならないから」


 目が冴えるような鮮やかなシンシアの髪色は、ノイムの憧れでもあった。

 なにしろ今世のノイムの髪の毛は、茶色とも灰色ともいえない中途半端な色をしている。まるで砂ぼこりだ。前世のなんの変哲もない黒髪のほうがまだよかった。


「だってわたし、シンシアを見たとき、わあきれいな髪ーしか思わなかったもん」

「え、うぇ……」


 シンシアが視線をさまよわせる。


「派手に飾るのがちょうどいいくらいじゃない? おっきなお花の髪飾りとかつけたら、ぜったいかわいいと思うんだけど」


 ノイムが大真面目に言い重ねると、シンシアの顔は髪と同じくらい真っ赤になった。か細い声で「そんなこと言うのうちの父さんと母さんくらいだよ……」などともごもご言う。褒められ慣れていないらしい。


「ね、ねえ、あの人はなにしてるのかな」


 羞恥に耐えられなかったのか、シンシアは強引に話題を変えた。


 彼女が指さした先には、陽の光を受けて輝く芝生と、そこに屈みこむ老爺の姿がある。牢屋の手にはハサミが握られていた。孤児院が懇意にしている庭師である。


「雑草抜いたり、芝刈りしたりしてるんじゃないかな」

「この広さのお庭をひとりで?」

「庭師のじーちゃんはいつもひとりでやってるけど……」


 そういえば、とノイムは違和感に気づいた。


 この世界には芝刈り機のような便利な機械がないので、庭師はああやって自分の手ですべての芝を刈り、手ずから雑草を抜いて回っているわけだ。孤児院の前庭は広々としているから、一日ではとても終わりそうにない。しかし、庭師の老爺はいつも、午後に来てその日のうちに終わらせ、日が暮れる前に帰る。

 どう考えてもおかしい。急いで作業しているようにも見えないのに、仕事が早すぎる。


「じーちゃんに聞いてみよっか」

「外に出て大丈夫? モニカちゃんとか……」

「平気だよ、ブランコのとこに近づかなければ」


 子供たちはいつも、庭師が入るときは前庭から追い散らされる。手入れが終わるまで近づくのを禁じられているのである。今日も彼らは皆、ブランコのあたりに集まって芝生の手入れが終わるのを待っているはずだった。


「シシーも退屈してきたでしょ」

「……実は、ちょっとだけ」


 てへ、とシンシアは笑った。

 ノイムも飽きてきたところだった。いくらシンシアとおしゃべりに興じることができるとはいえ、ここはなにもない図書室である。ましてやこんな天気のいい日にただ窓から外を眺めるだけなど、もったいない。


 ノイムとシンシアは図書室を出た。


「わー、風つよーいっ」


 庭に出たとたん、横殴りの風がふたりの顔を叩く。ノイムの下ろした髪がまとめて逆立ち、シンシアのポニーテールが旗のように激しく暴れた。


 孤児院の子供たちは予想どおり、大木に括りつけたブランコの周りに集まっていた。モニカを含めて何人かがノイムたちに気づいたようだが、彼らがどんな反応を示しているのかは、ここからではわからない。だから子供たちのことは放念する。


 ノイムとシンシアは手を繋いで壁際の花壇沿いに移動し、庭師の視界におさまる範囲まで行った。それ以上近づくのはよしておく。


「嬢ちゃんら、どうした。見世物じゃないぞ」


 平時なら労せずして届く声も、びゅうびゅうと唸る風のもとでは形なしだ。庭師の問いはごくごく小さくしかノイムの耳には届かず、こちらも同様だろうと、ノイムは声を張り上げた。


「聞きたいことがあってー!」

「おじいさん、お仕事とっても早いけど! どうやってるのー!」


 シンシアもノイムに続いて、頬に手を当てて大声で問うた。

 返事は、呵々とした笑いだった。音を立てて笑った庭師は、ノイムたちを手招きする。ノイムとシンシアは顔を見合わせて、刈りたて艶々の芝生へと足を踏み出した。駆け足で庭師のもとまで行くと、そこから動くなよと手のひらで合図をされる。


「よく見ておけよ――ラミアゥド」


(呪文?)


 庭師が唱えるとともに、前庭を吹き抜けるのとはまた別の風が、ハサミを握った彼の手に逆巻いた。庭師は慣れた手つきで芝生に刃を入れる。


 同時に、前方の芝生からぱっと草の切れ端が散った。

 庭師が屈む数歩先までの芝生が、ひとりでに背を揃えて整えられたのである。


「なに、今の! すごーい!」


 きゃーっとシンシアがはしゃいだ。


「ラミアゥド、平たくいえばものを切るための風魔法だ。俺は昔から、これだけは器用に扱えてな」


 庭師は転職というわけだ。ひと刈りで広範囲の芝をまとめて綺麗にできるのだから、仕事が早いのも頷けた。


「さ、疑問が解けたらとっとと退いた退いた。人が立っててもまったく遠慮なく切っちまうからな。嬢ちゃんたちが怪我でもしたら目も当てられねえ」

「じーちゃん、見せてくれてありがと!」

「ありがとうございました!」


 しっしと犬でも追い払うような仕草で手を振られたが、庭師の顔に満面の笑みが張りついていたので、不快にはならなかった。どうやら少女ふたりにもてはやされて機嫌をよくしたらしい。


「いいなあ、あたしも魔法、使えるようになりたいなー」

「かっこいいよねえ」


 ノイムとシンシアは孤児院の建物に戻りながら、魔法について好き勝手しゃべりまくる。


「あたくしの義娘(むすめ)がここにいると聞いたわ! 会わせてちょうだいっ」


 ふたりを遮って、甲高い女の声が前庭を突き抜けた。

 とんでもない声量である。


 ノイムもシンシアも、反射的に振り返った。門の前に、裾の長いスカートをはいた女が立っている。


「お客さんかな?」


 首を傾げたシンシアの横を、ひとりの職員が駆け抜けていった。


「あれ、ヘラ?」


 ノイムが振り向くと、さらに二、三人の職員がばたばたと扉から走り出てくる。次々と前庭を駆け抜けていく職員たちに、庭師が「こらっ、危ないだろうが!」といきり立っていたが、誰も耳を貸さない。職員たちはこぞって門扉に取りついて、なにやら女に訴えかけているようだった。


 客を相手するにしては、なんだか異様な空気である。


「母親が娘に会おうっていうのよッ。通しなさいよ!」


 女のヒステリックな悲鳴が、吹き荒れる風を打ち払った。

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