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魔王に殺された代理勇者の。  作者: ねずみもち月
二章 代理勇者の交流
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33.語り、逃れられず

 孤児院の個室は、瞬く間にモニカのひとり舞台と化した。

 というのも、モニカの語り口が臨場感にあふれたものだったからである。目尻に浮かべた涙も、きつく握った拳も、すべて芝居がかっていた。悲劇のヒロインという言葉がぴったりな様子だった。まるで自分に酔っているようにしか見えない。


 実際、彼女は自分の境遇に酔っていたのだろう。


 モニカの悲劇とやらは、彼女が物心つく前から始まっていた。彼女は母親の顔を覚えていないのだという。


「赤ちゃんのとき、背の高い女の人がわたしを抱っこしてくれていたのだけは覚えているの。きっとあれがお母さまなのね」


 こんな些細なことを覚えているなんてわたしったらなんて健気なの! という勢いで、モニカは天を仰いだ。


「こんな些細なことを覚えているなんてわたしったらなんて健気なの!」


 実際、口に出しても言った。


「ノイムもそう思うでしょう?」

「う、うん。記憶力すごいね」

「そういうことじゃないのよ」


 モニカが不満げに頬を膨らませる。しかしすぐに気を取り直して、続きを話しはじめた。

 これまでの流れからも容易にわかることだが、モニカの母は、彼女を産んですぐに亡くなってしまったのだという。


「お父さまはね、お母さまを亡くしたショックで、家に帰るのも辛くて、お母さまにそっくりなわたしの顔を見るのも辛くて、仕事ばかりしていたらしいの」


 そうして手を出した魔晶石の商売が大当たりして、ハート家は瞬く間に裕福になった。

 そのころには父親も、心の余裕ができたようだ。彼は以前よりも頻繁に家に帰るようになった。モニカと顔を合わせるたび、今まで構ってやれなかったぶんを補うように、べたべたに甘やかした。


 そうして今のモニカが完成したのである。


「ここからが本題なのよ」


 モニカの目がきらりと輝いた。身を乗り出して不敵に笑った彼女にバレないように、ノイムはあくびを噛み殺す。


「昨年、お父さまが再婚したのだけど――」


 ノックの音が響いた。

 モニカがぴたりと口を閉ざし、ノイムは椅子から立ち上がる。普段は返事をするだけで応えるのだが、今日ばかりは返事に加えて、自分から扉を開けにいった。

 廊下に立っていたのはヘラだった。


「どうしたの、ヘラ」

「ふたりがなかなか降りてこないから、呼びにきたの。おやつの時間よ」


 壁の時刻晶を見れば、いつの間にか火の半刻(ごごのさんじ)を過ぎている。ノイムとモニカは、思いのほか長いこと話し込んでいたらしい。


「モニカちゃんのお父様から果物をいただいたの。今日のおやつはちょっと豪華よ」


 ノイムは目を輝かせた。おやつが嬉しいのももちろんだが、しばしの間、モニカの語りから解放されるのがなにより大きい。満面の笑みでモニカを振り返る。


「だって、モニカ! 行こう」

「仕方ないわね。ここから大事なところだから、どうせならほかの子にも聞かせてあげることにするわ」


 ノイムの頬が引きつった。


 ▽ ▽ ▼


 食堂に下りると、アーサーが手を振ってきた。まっすぐに切りそろえた茶髪が肩の上で跳ねている。彼は自分が着いたテーブルをぽんと叩いた。ここに来いということらしいが、ノイムが彼のもとに足を向ける前に、ものすごい力で腕を掴まれた。


「あの方は誰!」


 モニカである。声がひときわ高く、ついでに頬も上気している。


「アーサーだよ。私たちと一緒で、ここに預けられてる子のひとり」

「アーサーさんっ。なんて素敵な名前なのかしら」


 そうだろうか。ありふれた名前だと思うが。さらにいえば、彼は頑なに家名を言わずに常に「アーサー」と名乗っているから、そのファーストネームは実は偽名なのではないかとノイムは思っている。


 とりあえず、モニカはアーサーのことがひと目で気に入ってしまったらしい。

 アーサーは自分が新入りに注視されていることに気づくと、にっこり笑ってモニカにも手を振ってみせた。ノイムの耳元で黄色い悲鳴が上がる。


「ちょっと、わたしをあの方に紹介しなさい!」

「い、いいけど……」


 このお嬢様を懐かせるのは、アーサーに申し訳ない気がしてくる。ノイムはがくがくと揺さぶられながら、とりあえず心のなかで謝っておいた。


「モニカちゃん、まずはあなたのことをみんなに紹介してもいいかしら」


 うしろについてきていたヘラが、モニカの肩を叩く。

「もちろんよ!」と請け負ったモニカが彼女のあとについて行ってしまったので、ノイムの腕は解放された。そのままふらふらとアーサーのテーブルに向かう。疲れたように隣に腰を下ろせば、ささやくように笑われた。


「元気な子のようだね」

「元気すぎるよ……さっきまで、モニカが生まれてからどんなふうに生きてきたのか、事細かに聞かされてたの」

「さっそく君に心を開いてくれたのか」

「ちょっとちがうと思う」


 今にわかるよ、と呟いて、ノイムは中央を見る。ヘラが声をかけて、皆の注目を集めたところだった。


「今日から一緒に暮らすモニカちゃんよ」

「モニカ・ハートよ。よろしく」


 モニカは腰に手を当てて、やはりひっくり返らんばかりに胸を張っていた。初対面の相手にはああして威嚇しないと気が済まないのだろうか。ただ、子供たちが不快に思った様子はない。むしろ「なんでそんな自信満々なの」「おもしろ」とおおむね好意的だった。


 挨拶が終わると、モニカは文字どおりノイムのほうにすっ飛んできた。すぐ横に立って、期待を込めてノイムを見つめてくるので、そっと隣の椅子に移動して、アーサーの隣を空けてやる。

 すかさず腰を下ろしたモニカは、怒涛の勢いでアーサーに話しかけ始めた。


 アーサーはというと、やわらかな微笑をちらとも崩さずに対応する。ノイムなんか魂の抜けた顔を隠すこともできなかったのに、さすがである。


「わたしがどうしてここに来る羽目になったのか話して差し上げるわ! とっても悲劇的なのよ」

「それは俺が聞いても大丈夫な話なの?」

「もちろんっ。むしろアーサーさんに聞いてほしいの」


 モニカの体は完全にアーサーに向いていた。切り分けられたケーキと、ふた粒ずつ配られたいちごには見向きもしない。


 ノイムは彼女の背中を眺めながらケーキを頬張った。ケーキといっても、見た目はほとんどパンだ。はちみつで甘く味付けてドライフルーツを混ぜこんである。途中で先にいちごを食べればよかったと気づいた。甘いもののあとに果物を食べると酸味を強く感じてしまっていけない。

 食べかけのケーキを置いて、いちごをつまむ。


(酸っぱい……)


 手遅れだった。

 ノイムが口をすぼませた横で、モニカのひとり演劇が展開されていた。彼女としてはアーサーにだけ聞かせているつもりなのかもしれないが、なにしろ動作が大仰で、声も大きいので、隣に座っているノイムの耳にも入ってくる。


 昨年のことである。

 モニカの父親は再婚し、モニカに新しい母親ができた。

 同時に弟もできた。新しい母親に連れ子がいたのである。子供がいる同士での再婚だったわけだ。


「お義母(かあ)さまはね、とてもきれいな方だったわ」


 実の母のことをほとんど覚えていないからか、モニカは思いのほか自然にこの新しい母親を受け入れることができた。義母もまた、最初は彼女に優しかったという。


「最初はというと、あとから変わってしまったのかな」

「そうなのよ!」


 我が意を得たり、とばかりにモニカが腰を浮かせる。

 義母が優しかったのは、最初のほうだけだった。


 モニカが父親から溺愛されていたように、義母もまた、己のひとり息子を溺愛していた。だからこそ、父親にも同じように息子を愛してほしかったのだろう。

 そしてそのためには、モニカが邪魔だった。


「お義母さまはお父さまの目を盗んで、わたしにいろいろな嫌がらせをするようになったわ」


 モニカがまったくめげないので、義母の嫌がらせはどんどんヒートアップし、しまいに手を出すようになった。義母がいかに凄惨な虐待をしたのかを身振り手振りで伝えるモニカを横目に、ノイムはぼんやりと思う。


(なんか、おとぎ話のお姫様みたいだなぁ)


 素敵な王子様に出会って壮大なシンデレラストーリーが始まる予感がする。もしや、モニカもそれを期待しているから自身満々に『悲劇的』と喧伝している……というのは邪推しすぎだろうか。


「服の下にアザが残っているのよ」


 勢い余ったモニカがスカートをたくしあげようとしたらしいが、それは「淑女がそうみだりに肌を見せるものではないよ」とアーサーの手で阻止されていた。


 そうしてとうとう、義母の虐待が父親に見つかった。いくら服で隠れて見えないとはいえ、毎日のように殴っているのを隠すのは無理があったのだ。

 モニカの父はモニカを別荘に移し、義母と引き離した。そして自分も別荘を生活の拠点とするようになったのだが――。


「お義母さまは諦めなかったの。わたしに毒を飲ませようとしたのよ」


 モニカが()()限り、義母は手出しをやめない。それを察したモニカの父は、一時的にモニカをハート家から遠ざけることに決めた。義母には「遠くに奉公にやった」と嘘をついて、トパ孤児院に入れたのである。


「ほとぼりが冷めたら……たぶん、お義母さまとは離婚することになるでしょうけど、そうしたら、わたしは家に帰れるの。それまでの辛抱だって、お父さまは言ってたわ」


 モニカの長い話は終わった。思わず拍手を贈ってしまいそうなほど壮大な語り口だった。

 なにしろ、もはやモニカは立ち上がっている。彼女の周りに座っていた子供たちも、意図せず彼女の世界に引きずりこまれてしまったようで、全員が静かに耳を傾けていた。


「ここには君を傷つける人はいない。安心して過ごすといい。困ったことがあれば、みんなも俺も力になる。遠慮なく頼ってくれ」

「ありがとう、アーサーさん。優しい方がいてよかったわ」


 満足したのか、モニカはすとんと椅子に腰を落とした。ようやくアーサーから顔をそむけて、テーブルに向き合う。いちごをひと粒食んで、ほう、と熱いため息をついた。


「わたし、思うのよ」


 今度はノイムに話しかけてきたようだ。ノイムがうん、と頷いてやると、モニカは両手を組んで乙女のポーズをした。


「これは神様がわたしに与えた試練だって! まるでおとぎ話のようだと思わない? きっとこれから、わたしには素敵な王子様が……」

「……現れるといいね」

「現れたのよ」


 まさかアーサーだろうか。

 ちらりと彼を見やったが、すでにほかの子供と雑談にふけっていた。モニカに特別な興味を抱いた気配はない。それもそうだろう、モニカのような境遇の子供はここでは珍しくないのだから。そもそもアーサー自身が、お家騒動に巻き込まれて身内から命を狙われた経験を持っている。


「なんというか、その、がんばってね」

「ええ、絶対に掴み取ってみせるわっ」


 決まりだ。明日からアーサーは、モニカにまとわりつかれるようになるだろう。


(南無……)


 ノイムは心のなかでそっと唱えた。

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