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魔王に殺された代理勇者の。  作者: ねずみもち月
二章 代理勇者の交流
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29.解明、トパ孤児院の実態

 朝方に寝ついたのが災いした。


 社交的になるという意気込みとは対照的に、翌日、ノイムが起きたのは昼過ぎだった。それも起きたというより、起こされたといったほうが正しい。ノイムがあまりにも起きてこないので、ヘラに揺すり起こされたのだった。


(朝ごはんの席で改めてみんなに紹介してもらおうと思ってたのに……)


 朝食はおろか、昼食も過ぎた時間である。着替えて顔を洗ったノイムは、やや消沈した様子で一階に下りた。ほとんど人のいない食堂の片隅で、黙々とひとり食事をする。


「ノイムちゃんだよね。隣、座っても構わないかな」


 ふと頭上から声が降ってきた。

 見上げれば、少年と青年のちょうど間くらいの男がひとり立っている。肩の上でまっすぐに切りそろえた茶髪が、傾けた首に従って揺れていた。


 ノイムはちぎったパンを頬張りながら頷く。


「いいよ。あなたは、職員の人?」

「いや、ここに預けられている子供のひとりだよ。見えないかな」


 アーサーと名乗った彼は、いやに綺麗な所作でノイムの隣に腰を下ろした。堅苦しい話しかたといい、異様な雰囲気を持っている。


「周りからはよく、胡散臭いと言われるけれど」

「だろうね」

「君もそう思う?」


 いたずらっぽく笑ったアーサーは、ポケットからハンカチを取り出し、ノイムの口元を拭った。食べかすがついていたらしい。ノイムの肌に触れるハンカチはやわらかく光沢があった。孤児院の子供が持つにしては質が良すぎる。ひと目で高級品とわかるものである。

 ノイムはアーサーの理知的な顔立ちを見つめた。


「……貴族なの?」


 アーサーが目を瞬いた。


「どうして?」

「動作と言葉づかいがきれいだから、きちんとしたいい家の出身かなって」

「ふ、それはありがとう。そのとおりだよ」


 予想どおり、彼は貴族の子供であった。要約すると、家督争いで殺されそうになったので、母親の手で家から逃がされ、トパ孤児院に身を寄せているということらしい。アーサーは幼いノイムのためにやわらかい表現で語ってくれたので、これは、実際にはまったく幼くないノイムがストレートに解釈し直した結果である。


(訳アリの子がいるのは本当なんだな……)


 ノイムは残りのパンを口に押し込んで、飲み下した。


 ここに預けられる子供は、ほとんどが領主の口利きでやってくる。だから複雑な家庭環境の子供は珍しくない。前世の知識で承知していたことだが、まさかいきなり当たりを引くとは思わなかった。

 なんだかいやな予感がする。


「君が以前暮らしていた孤児院にはどのような子供がいたのかはわからない。ただ、君にはひとつだけ承知しておいてほしいことがあるんだ」

「アーサーみたいな事情の子がいること?」

「話が早くて助かる。しかし、少しだけ違うな」

「ちがう?」


 コップになみなみと注がれたミルクを煽るノイムの横で、アーサーが頷く。


「ああ。いる、ではなく、全員だ」

「げほッ」


 むせた。

 ついでにコップもひっくり返した。こぼれたミルクが、木製のテーブルの上に真っ白い水溜まりを広げていく。咳き込むノイムの背を、アーサーがさすってくれた。


「落ち着いた?」

「う、うん……ありがとう」


 ノイムが息を整えたところで、ふたたび口元にハンカチが押しつけられ、ぐいぐいと拭われる。それからアーサーは、テーブルを拭くものを取りに席を立った。

 テーブルの端から滴るミルクを眺めながら、ノイムはアーサーの発言を思い返す。


(全員って言ったよね? アーサーみたいに複雑な事情のある子が、全員? 多いとかじゃなくて?)


 それは一か所に集めてもいいものなのだろうか。悪いことを企む人間に襲われたらひとたまりもないではないか。しかし、そこは領主が直接経営する孤児院である。情報統制などはきちっと行われているのかもしれない。


(ラヴィーさんは知ってたのかな……)


 知らない気もする。知っていたらノイムをここには預けなかっただろう。だって、トラブルの匂いしかしない。


「スカートにもこぼしてしまったね。着替えておいで。ここは俺が片づけておくから」


 布巾を手に戻ってきたアーサーの声に、はっとする。

 テーブルから垂れたミルクが、ノイムの服をしとどに濡らしていた。倒したコップをそのままに考えにふけっていたのだから、それも当然である。


「ごめんなさい、ありがとう」


 ノイムはお礼だか謝罪だかはっきりしない言葉をアーサーに投げて、やや重たくなったスカートを抱えて立ち上がる。


「構わないよ。戻ってきたら話の続きついでに、ここを案内しよう」


 ノイムはもう一度お礼を言って、二階の部屋に走った。


 ▽ ▼ ▽


 これはあとから聞いた話だが、ヘラは初日のノイムの態度を受けて、その扱いについて大いに悩んだらしい。それについては、心から申し訳なく思う。


 自己紹介を避けて部屋に引きこもったノイムを見て、ヘラは反省した。大勢の子供の前にさらすことは、ノイムに以前の孤児院の子供たちのことを思い出させることになる。彼女の傷を抉ってしまう。実際、ノイムの不審な態度の裏には別の不安があったわけだが、とにかく、ヘラはこう考えた。


 いちどきにみなに紹介するのではなく、ひとりずつ順番に知り合っていったほうがよいのではないか。そして、ノイムと年の離れた――彼女を救ったラヴィアスに近い――兄や姉のような存在にノイムを任せてみよう、という結論に至ったわけである。

 アーサーがノイムに話しかけてきたのは、ヘラの計らいによるものだったのだ。


 ヘラが期待を寄せたとおり、アーサーは細やかな気遣いのできる青年だった。ノイムの事情を知っているのか知らないのかはわからない。ただ、知っていたとしてもそれを悟らせるような真似はしなかったし、アーサー自身の身の上は明かしても、ノイムからあれこれ聞き出そうとはしなかった。


 着替えを済ませてミルク臭から解放されたノイムは、アーサーにくっついて、孤児院のなかを歩き回っていた。


「図書室には常に鍵をかけてある。といっても、立ち入りが禁止されているわけではないから、入りたかったら職員にお願いするといいよ。俺でも構わない」

「鍵、持ってるの?」

「ああ。俺がしょっちゅう出入りするものだから、いちいち呼び出されてはたまらない、今後は自分で開けてくれと言われてね」


 アーサーはズボンのポケットから、大ぶりな鍵を取りだした。扉の鍵穴に差しこむと、かちゃりと音がして鍵が解除される。

 図書室といっても、ごく小ぢんまりとしたものだった。広さは二階の子供たちの部屋よりも小さい。所狭しと本棚が並べられているが、本と呼べるものはほとんど並んでいなかった。


「本、ないね」

「俺が持ち込んだ一冊だけだね。あとは木板に書かれた料理のレシピと、羊皮紙に描かれた神話の図画がいくつか。そんなもの、どこで手に入れたのかはわからないけれど」


 図書室とは、と言いたくなるような有り様である。

 本とは人が手ずから紙に写して作るものだし、その紙にしても、家畜を一頭潰さなければ作れなかったり、国をいくつも経由しなければ材料を取り寄せられなかったりするものだから、こんな一介の街の孤児院などにほいほいあるほうがおかしいのだろうが。


「でもアーサーは入り浸ってる?」

「ほかに本を読める場所がないものだから」


 肩をすくめたアーサーは、ノイムを促して廊下に出すと、図書室の鍵をかけ直した。

 それから厨房を覗いて、ふたりは外に出た。


「庭の花壇は全部、院長が趣味でつくっているものなんだ。楽しみを共有したいのか、俺たちにもよく世話をさせる。ただ、手入れの仕方を間違えるとひどく叱られるから、みんなやりたがらない」


 なんでも、院長は水のやりかたひとつとっても、花の種類ごとに細かく指示を出すらしい。俺も何度も注意されたよ、とアーサーが苦笑する。


「芝生の手入れには庭師を呼んでいる。走り回るのは構わないけれど、むしったり土を掘り返したりするのはいけないよ。そういう遊びは、向こうでね」


 示されたのは、庭の片隅で大きく枝を張りだした木である。ブランコが括りつけてある例の大樹だ。ブランコは相変わらず子供たちに人気のようで、何人かが周辺に群がっていた。


「あのブランコはね、トパ孤児院ができたときに一緒に作られたそうだよ」


 座面から伸びたロープは、子供たちの身長をはるかに越えて、高い位置で括りつけられている。笑顔でブランコを漕ぐ子供は、驚くほど高い場所から孤児院の庭を見下ろしていた。

 アーサーは、何気なく子供たちのほうへ歩きながら「おーい」と手を振った。


「この子にもブランコの面白さを教えてあげてくれないか。新入りなんだ」


 いいよぉ、と元気のいい返事がいくつも寄越された。何人かはノイムの顔に見覚えがあるようで、気さくに笑いかけてくる。


「昨日、背の高いお兄さんと一緒に来たの、見てたよ」

「あのお兄さん何者? 髪の毛がきらきらしててかっこよかったー」

「あなた、名前はなんていうの?」

「ノイム? へんななまえ!」


 最後の子供には、アーサーが軽くこつん、と拳を落とした。


「こら、そういうことを言ってはいけないよ。失礼だろう」


 慣れているからいいけど、とノイムは内心で苦笑した。

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