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魔王に殺された代理勇者の。  作者: ねずみもち月
一章 代理勇者の出奔
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2.前代勇者、現る

 ノイムは教会の前に捨てられていたらしい。

 男に抱っこされてなかへ入ると、まず前室があった。抜けた先には礼拝堂。


 しかし教会と呼ぶには、この礼拝堂の様相はかなり変わっていた。

 チャーチチェアがひとつも置かれていないのである。

 代わりに並んでいたのは、板に足をつけただけの粗末な大テーブルがいくつかと、十人十色に傾いた椅子だけ。これではどこからどう見ても食堂だ。

 突き当たりにある女神像も掃除だけはされているようだが、腕が折れたり顔にヒビが入ったりしている。


 食堂と化した礼拝堂のあちこちでは、箒や雑巾を手にした子供たちがちょこちょこと働いていた。誰も彼も、ぼろ布のような衣服をまとっている。


 どうやらここは、捨てられた教会を改造した孤児院のようだった。


 赤子のノイムがただひとり、毛布に包まれた状態で玄関の前に転がっていたことも頷ける。

実の親に捨てられたらしい事実については、今は目を瞑ろう。どんな結果であれ、どこかの誰かがノイムを産んでくれなかったら、ノイムは生きてここにいない。


 ノイムはひとりで納得して、改めて孤児院を見渡した。さすがに礼拝堂だけでは生活が立ち行かないのか、壁をくり抜いて通路が設けられ、増設した隣の建物に出入りできるようになっていた。

 奥には厨房らしき部屋が覗いている。まさか増設されたのがあれだけというわけはあるまい。厨房を通らなければほかの部屋に行けない仕組みなのだろうか。難儀な造りである。


 小さな目であたりをつぶさに観察していると、むに、と頬をつつかれた。


「いんちょーせんせ、あたらしい子?」

「赤ちゃんだー」

「生まれたて?」


 いつの間にか、子供がわらわらと集まっている。「ほっぺもちもち」「かわいいね」……つつくのはいいが、爪が尖っている子がいる。刺さる。


「既に首がすわっているようだし……三か月か四か月くらいかな。ほら、おまえたちは掃除に戻りなさい」


 まとわりつく子供たちを散らして、院長と呼ばれた男は食堂を横切った。ノイムを抱いたまま隣の建物へ入り、厨房を突っ切る。厨房に立っていたのが子供だったので、ノイムはそこはかとない不安を覚えた。院長と先ほどの女職員のほかに、おとなの気配がない。


(これ、孤児院として正常なんだろうか……孤児院での暮らしについて、聞いておけばよかったな)


 かつてのノイムの仲間にも、ひとりだけ孤児院出身の者がいた。東洋の剣士だ。彼は自分から多くを語らない人だったし、踏み込んだ話になるので、詳しく聞いたことがなかったのである。


 ともかく、院長は厨房の奥に伸びた廊下を進んで突き当たりの階段を上った。向かったのは、二階の一番手前の部屋だ。いくつも並んだ小さなベッドのひとつひとつに、赤子が寝かされている。ベッド自体は五つあったが、すべてが埋まっているわけではないようだ。


 空いたベッドに寝かされて、ノイムは正面から院長の顔を見た。

 初めて見た顔ではない、と気づいた。


(どこで見たんだ……?)


 日本で生きていたときの高校の教師だろうか。あるいは転生したノイムを保護してくれた村の村長だったか。すべての人生の記憶がごちゃ混ぜになってしまってわからない。


「お腹は空いているかな。ミルクを持ってこよう」


 やわらかに微笑みかけられて、ノイムは「ぶぅ」と不機嫌な声を出した。

 どこで見た顔なのかはわからないが、この男の笑顔を素直に受け入れる気にもなれない。赤子らしいぷっくりとした肉をたくわえたノイムの体に、得体の知れない不信感が満ちる。



 その理由は、案外すぐに判明した。



 ノイムが孤児院に拾われてから数日。


 深夜のミルクタイムに客が訪れたのである。

 静まり返った食堂に、そのノックの音はよく響いた。


 やや苛立った様子で、この孤児院におけるたったふたりのおとなの、女のほう――名前はアリサというらしい――が立ち上がる。ノイムの口からミルクの匙が離れた。こぼれたミルクがノイムの胸元を汚したが、アリサは気づかない。ミルクの器と匙を置いて、ノイムを抱いたまま、心底いやそうな足取りで扉へ向かう。


「もう土の半刻(よなかのにじ)になるのに、いったい誰?」


 土の刻。聞き覚えのある時間の刻みだ。ノイムは一瞬、濡れた産着の不快感を忘れた。


 ノイムが代理勇者として生きた前世では、一日二十四時間を土、風、火、水の四つに分け、それをさらに二時間ごとに始刻、半刻、終刻と刻んでいた。


 初めて転生したとき、これを覚えるのにはずいぶん苦労した。まず二時間刻みなのが慣れないし、風の刻だとか水の刻だとか言われても、午前なのか午後なのか、昼なのか夜なのか、まったくもってピンとこなかったのである。

 仲間に散々呆れられながら、必死になって覚えた。だから忘れようがなかった。


 土の刻は、前々世――二十一世紀の日本で言う、夜中の零時から朝の六時まで。アリサが言った『土の半刻』は、夜中の二時――より正確に言えば、二時から四時にかけてが該当する。


 ――まさか、ノイムが赤子として生まれ落ちたこの世界は。


 嫌な予感がした。絶えずノックが繰り返されている孤児院の扉が、地獄の門に見えてくる。ノイムはアリサの髪を引っ掴んだ。


「ミルクならすぐにあげるから待ってちょうだい」と剥がされた。そうじゃない。ノイムの心をちっとも解さないアリサは、扉に手をかけてあっさり取っ手を引いてしまう。


 腰に長剣を携えた青年が立っていた。


「突然の訪問、すまないね」


 背後には、大ぶりのロザリオを胸から下げた神官らしき女、盾と斧を背負った大男、仲良く手を繋いだ双子の少年少女が、孤児院の扉の前を塞ぐように並んでいる。


 ――勇者たちだ。


 代理勇者として世界を巡っていた折に、肖像画を目にしたことがある。それに、彼が腰に下げているのは勇者の剣だ。ノイムもかつて所持していた。ラヴィアス(魔王)との戦いで、弓に不利な近接戦になったにも関わらず、意地でも抜かなかったあの剣である。


「――ゆ」


 アリサの声が途中で詰まった。音を奪われたように口を開閉させて、ノイムを抱き直し、慌てて奥へと走る。院長を起こしに行くのだ。

 ノイムはアリサの肩越しに、勝手に食堂へと入ってくる勇者一行を見た。


(私が転生したのは――過去?)


 あるいは未来か。

 行方不明だとされていた勇者がこうして姿を現しているということは、行方がわからなくなる前か、発見されたあとのどちらかしかあり得ない。

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