19.死の幻影、告げられる
院長の怒号が孤児院を揺らしたのは、それから三日後の夜だった。
「なんだって!」
安らかな寝息を立てて眠っていた子供たちは、文字どおり飛び起きた。びくんと跳ねた手足を周囲の子にぶつける事故があちこちで発生して、幼い子供が詰めこまれた寝室はあっという間に混乱の渦へと叩き落とされる。
泣き叫ぶ声を全身で浴びながら、ノイムはしばらく天井を見つめていた。
早鐘を打つ心臓の音が、耳の奥でこだまする。
なにしろ院長の怒声には、身に覚えしかない。
「ノイム」
視界にカデルが映りこむ。のたのたと布団を這って傍にやってきた彼もまた、顔に緊張を貼りつけていた。
「……なあ、今の」
「うん、まちがいないよ」
気づかれたのだ。レオとタランがいないことに。
空っぽになった開かずの間を見て、院長はすぐにノイムたちを思い浮かべたはずだ。ノイムとカデルは身を寄せ合ったまま、じっと部屋のドアを見つめた。
しかし、院長はなかなかやってこない。
しまいには比較的落ち着いていた年長組の少女が、ドアを開けてしまった。そして開けたはいいものの、きゃっと悲鳴を上げてすぐに閉じた。皆を振り返った彼女の顔は青ざめている。
「……お化けの部屋、開いてる」
部屋のなかは上を下への大騒ぎになった。
嘘だ! と声を上げて勇ましく出ていった少年が、またきゃっと悲鳴を上げて戻ってくる。彼はやっぱり、青ざめていた。
「開いてる! お化けの部屋が、ほんとに開いてる!」
今度こそ阿鼻叫喚の嵐である。
ノイムはカデルと顔を見合わせた。廊下の様子を見たふたりによれば、院長はその場にいないらしい。外へ飛び出していったのかなんなのかはわからないが、よほど動転したとみえる。
ややあって子供たちをなだめにやってきたのは、アリサだった。
疲れた顔をしていた。先にもうひとつの子供部屋へ行っていたのだろうか、寝間着のスカートにべっとりと涙や鼻水の跡がついている。
「驚いたでしょう、ごめんなさいね」
アリサは泣きじゃくりながら飛びついてきた子供を受けとめた。もっともらしい言い訳が用意できなかったのか、彼女は開いていた開かずの間についての弁明を一切しなかった。混乱の最中にある子供たちにも、説明を求める余裕はない。ただひたすらアリサに撫でられ、慰められ、次第に落ち着きを取り戻していった。
ひとり、ふたりと夢の世界へ戻っていくなか、ノイムとカデルも疑いを確信にされないうちに、同じ布団に潜りこんだ。アリサのほうはあえて見なかった。
部屋に来てからずっと、優しい声で子供たちに語りかけながら、優しい笑顔を子供たちに向けながら、その瞳だけは炯々としてノイムたちを睨んでいることに、気づいていたからである。
▽ ▼ ▽
翌朝になって、食堂に集まった子供たちに一報がもたらされた。
「レオとタランが、亡くなった」
淡々と告げた院長は、昨日よりも老けたように見える。顔が白いのはショックを受けているからではなく、怒りを抑えこんでいるからだろう。
「私の狭い部屋で寝かせているのもどうかと思って、二階の使っていない部屋を開けようとしたんだがね。少し目を離した隙に、ふたりとも……」
水を打ったように静まり返った食堂に、しくしくと沁みる泣き声が落ちた。死を理解できた子供は、泣き、あるいは表情を置き去りにして硬直する。死を理解できない幼い子たちは、そんな年長の者たちの服を掴んで不思議そうに見上げていた。
ノイムとカデルは、顔を伏せた。ふたりとも、偽の涙を流せるほど演技力に長けてはいない。ただ、精いっぱい悲しんでいるように見せかけて、肩を震わせる。
「君たち、来なさい」
院長に呼ばれたのは、そのときである。
「なあに、院長……」
ノイムは鼻をすする真似をした。カデルは眉間にぎゅっとシワを寄せていた。傍目には、涙をこらえているように見えるかもしれない。
「なにをしたんだね」
「なにを……って、なにが」
ノイムは精いっぱい力ない声を出した。
カデルがノイムの手を握って、背中に庇う。きっと強気に院長を睨んだ。
「なにかしたのは院長たちのほうだろ」
院長はしばらく、黙ってカデルの視線を受けとめていた。ずいぶん長いこと睨み合い、ゆっくりとたしかめるように口を開く。
「二階の部屋から」
「院長、お墓作ってもいい?」
ノイムはそれを遮った。
レオとタランが姿を消したこと、それはなにもしていないノイムたちが知り得ないことだ。面と向かって「おまえたちがやったのだろう」と問われてしまえば、閉じこめられていたふたりが助かった事実を知ることになる。そうなれば、ノイムが「自分たちは手を下していない」と言い訳をする手段が減ってしまう。それだけは避けたかった。
「墓、かい」
「うん……レオとタランの。駄目?」
院長が、カデルの背に隠れたノイムを白い目で見る。ノイムは冷や汗が吹き出てくるのを感じた。目だけは泳がないように、鋭い光を帯びた院長の瞳を睨み返す。
「わ、私たち、は……ふたりがなんで死んだか知ってる。どれくらい怖くて苦しかったか知ってる。弔うことくらい、させてくれてもいいんじゃないの……?」
紡いだ駄目押しの声は、動揺で震えていた。
しかし、それがかえってよかったらしい。院長を恐れながらも健気に盾突く幼女……院長の目には、そんなふうに映ったようだ。彼は満面に、にっこりとことさら優しい笑みを浮かべた。
「ああ、構わない。安らかにと祈る気持ちまで取り上げようとは思わないよ。私もそこまで悪魔ではない」
ある程度は悪魔の自覚があるのか、とノイムの頬がひきつったのはご愛嬌である。
とにかく、ノイムたちにかけられた嫌疑は晴れた。これ以上、レオとタランの件で怯える必要はなくなったわけだ。思わずこぼれそうになった安堵の息を呑みこんで、ノイムはカデルの袖を引いた。
「行こ、カデル」
「ああ」
ふたりは連れ立って庭に出た。
見張りを任されたアリサがあとからついてくる気配があったが、もう気にならなかった。
もうすぐ20話ですね~~!こんなにたくさん読んでくれてありがとうございます本当に。
もう少し付き合ってやってもいいよという方はブクマしてお待ちくださいまし♡本日まだまだ更新していきます♡




