17.逃亡、手助けする
翌日の夜に訪ねていくと、タランは体を起こしていた。
ノイムとカデルの顔を見るなりぱっと笑って口を開いたので、飛びつくようにして塞ぐ。「ふぐ」と間抜けな声が、ノイムの手のひらの下から聞こえた。
「レオも起きてる」
カデルに言われて振り返れば、仰向けに寝たレオとしっかり目が合った。どうやらギリギリで間に合ったらしい。死なせずに済んでよかった。ノイムの口から、安堵のため息がもれる。
「静かに聞いてね」
また厨房からくすねてきた食べものを渡しながら、ノイムは今後の予定を語って聞かせた。
「院長もアリサも、あと何日かで様子を見に来る」
まさか子供の身で、飲まず食わずのまま一週間も生きられるとは思っていないはずだ。扉の外に打ちつけた板を取り払い、死んでいるはずのふたりを回収しに来る。そのとき、ぴんぴんしているレオとタランを見られては、この場にいる全員が終わりである。
そうなる前に、レオとタランにはここから逃げてもらわなくては。
「タラン、あなたはたぶん歩けるまで元気になると思うの。レオが、間に合うかどうか……そしたら、タランがレオをおんぶして運んであげて」
タランはこっくり頷いた。目にはやる気が満ち満ちている。
ノイムはいっそう声を潜めた。
「院長たちは、ふたりが死んだものと思ってる。だから、孤児院から離れるぶんには苦労しないと思う。ただ、私たちは一緒に行けない」
「どうし――」
素っとん狂な声を上げたタランに、カデルが素早く飛びかかった。素晴らしい反射神経だった。
ノイムは息を詰めて部屋の外を窺ったが、誰かが目を覚ました気配はない。床に耳をつける。階下も大丈夫だ。ひとまず胸を撫でおろした。
まったく、元気が出てくるのも困りものである。もともと彼らは手のつけられない悪ガキだった。院長やアリサに裏切られたことでおとなしくなっていたが、やっぱりそれは一時的なものにすぎないらしい。
この感じだと、問題なく運動できるようになったころには「冒険みたいでわくわくするな!」とか言い出しかねない。ノイムも気を引き締めておかないと、台無しにされる。
「カデル、そのまま塞いでて」
カデルは黙って頷いた。
「レオとタランはもういないものと思われてるから、逃げても探されない。でも、私とカデルはまだ普通に孤児院で暮らしてるの。いなくなったら、連れ戻すために捜しに出てくるよ」
そうなれば、追っ手もなく逃げられるはずだったレオとタランにまで危険が及ぶことになる。ノイムとカデルが逃げ出すのは、この次だ。
「孤児院を出たら、もうなにもしてあげられない。ふたりとも、自分の力で生きてかなきゃいけないよ」
カデルに口を塞がれた首が、かくかくと縦に動いた。壊れた機械か。本当にわかっているのか、にわかには信じがたい。わかっていない上になにも考えていないかもしれない。
文句のひとつやふたつくらい言ってやりたいところだったが、やめた。
言っても仕方がない。だいたい、すでにかなり危ない橋を渡っている。本来死ぬはずだったものを救うことができた。それだけでもノイムは十分頑張った。これ以上、彼らのために気をもんでやる必要もないだろう。彼らの身ばかりを案じてはいられない。ノイムが同じ目に遭う可能性だってある。
レオとタランがきちんと自分の足で歩くことができれば生き延びるし、できなければ、誰も知らないところで死んでいく。それだけだ。
「もちろん、自分の力で生きていくのは、孤児院から無事に逃げれたらの話だよ。体を動かせるようになったからって音を立てたり、しゃべれるようになったからって普通に声を出してたらあっという間に見つかっちゃう」
そうなったら、今度は餓死するまで放置なんてしてくれないかもしれない。その場で殺されたっておかしくない。
ノイムがただの脅しで言っているわけではないのだと、きちんとわかったようだ。タランは先ほどよりいくらか必死に頷いた。隣に転がったレオも「おれもわかったよ」としきりに揺れている。頷いているつもりらしい。
「とりあえず、タランが普通に歩けるようになったらすぐに決行するから。いつでも逃げれるように、心の準備をしておいてね」
それから連日、ノイムとカデルは開かずの間に通い続けた。毎日深夜に起きて動き回っているのでいい加減寝不足になってきたが、もう少しの辛抱だ。
せっせと食事を運んだおかげか、タランはきちんと歩けるようになったし、レオも起き上がれるまでに回復した。おかげでふたりをおとなしくさせているのに苦労したほどである。
何回ひっ叩いてやろうかと思ったかわからなかった。平手の音が高らかに響いたりすれば、一発で院長が飛んでくるので、できなかった。代わりにもう一度猿ぐつわを噛ませてやったのだが、それがよほど堪えたようだ。
ふたりはようやく自ら慎重に活動してくれるようになった。
そして、五日目。
「……うん、なんとか大丈夫そうだね」
「ふらふらしてるけど、いいのか」
「しょうがない。これ以上は待てないよ」
初めは生死の境をさまようほど弱っていたレオは、タランの手を借りてギリギリ歩けるようになった。足元がおぼつかない上、部屋を二、三往復しただけで息切れし始めたので、あまり長くは立っていられないようだが、ノイムが言ったとおり、これ以上は待っていられない。
レオとタランが閉じこめられてから、すでに一週間と少し。
もう、いつ院長たちがやってきてもおかしくないころだった。
「じゃ、今から出よっか」
ノイムが言い切ると、レオとタランだけでなく、カデルもが目をまん丸にして固まった。
「……明日ではなく?」
「言ったでしょ、これ以上待ってられないって」
ノイムはレオとタランを急かして本日の食事を済ませると、カデルを振り返った。
「私は先に下りて必要なものを取ってくるから、カデルはふたりを外に出してあげて」
「わ、わかった……おまえ、ほんといつも急だよな……」
こうして第一回孤児院逃亡作戦は、佳境を迎えたのである。




