127.追放、納得し
ノイムは口を開けたままのかたちで黙ってシャティアを見上げた。なにかを言おうとして、それを見失ってしまったのである。
窓が震えている。庭から吹きつける風が窓枠を揺さぶっているのだった。掛け金は両開きのそれをしっかりと繋ぎ留めていたが、絶えずかたかたと鳴っていた。
部屋の前を通りすがる風の音を流しているうちに、ノイムは自分が、なにか聞き違いをしたらしいと思い始めた。耳を疑うとはこのことだ。
一旦聞かなかったことにして、シャティアに飲み干された紅茶のお代わりを頼もうと立ち上がりかけたときである。
「シャティア、今なんて言ったの?」
シンシアが口火を切った。ノイムとしては、切られてしまったと言うほかない。この義姉は、ノイムよりもずっと素直だった。シャティアの言をしっかり聞き取った上で、その内容に疑問を抱いたのである。
「追いだされたって、どういうこと?」
「そのまんまの意味さ」
「村の誰かと喧嘩して、出てけって言われたの? 仲直りしに行ったほうがいいんじゃない?」
にわかに心配そうな表情を浮かべたシンシアに、シャティアは声を立てて笑った。ソファーに深く身を沈めたまま、顎を上げている。澄んだ笑い声が部屋に響いた。
「たしかに、ある意味ではシシーの言うとおりかもしれないね。けど残念。仲直りはできないんだ」
「どうして」
「村長にはもう二度と戻ってくるなって言われたんだ。村に魔族を連れこんで大立ち回りを演じたのが、よっぽど腹に据えかねたんだろうね。あたしの家も近々取り壊すらしい。徹底してるよ」
「だって、それは、シャティアのせいじゃないよ! ぜんぶあの魔族が悪いんだよ。シャティアは、シャティアとノイムは襲われた村を助けたんだよ? ふたりが頑張って、ラヴィアスさんが来るまで守り切ったから、誰も死ななかったって言ってたじゃない。この一週間も、村の人たちの生活を助けて、めちゃくちゃになった畑を耕して、崩れた家を直して、シャティアはそのために毎日出かけてたのに、どうしてそんなふうにひどいことされるの?」
「あんたの言ってることも間違っちゃいない」
シャティアはやわらかい笑みを浮かべて、丁寧に説明を始めた。
「ただし忘れちゃいけないのは、その魔族ってのが、あたしの敵だったってこと。ほかの誰も関係ない、あたしだけのね。そんでもって、村にあいつを招き入れちまったのもあたしだ」
シャティアはそこでシンシアから視線を外して、隣のノイムを見下ろした。
ノイムは相変わらずシャティアを見上げたまま硬直していた。口も開けっ放しである。シャティアから「わかるだろ、ノイム?」と同意を求められても答えられなかった。
「ノイム、大丈夫? ついてきてる? 一応、あんたの話でもあるんだけど」
「――なんて?」
「あたしとあんたが村を永久追放されたって話」
「なんて?」
「現実逃避はやめなさい。何回聞いたって変わんないんだから」
ノイムは苦虫を噛み潰したような顔になった。どうやら聞き間違いでも幻聴でもないらしい。
「で、話を戻すよ」
トワンと対峙したあの日。
シャティアとエクシアは、森でトワンに遭遇し、そのまま戦闘になった。エクシアが途中で離脱することになったのは、ノイムも知ってのとおりだ。そしてそこから先、たったひとりでトワンと戦う羽目になったシャティアは、トワンに圧されるかたちで、村へ村へと追いやられた。
トワンは、森を抜けた先に小さな人里があることを承知していたようだったという。
「あたしが住んでる村だってことまで把握してたかはわからないけど……あたしを村に追いやったのは、どう考えてもわざとだったね。おおかた、あたしの故郷を潰したときの再演をしようとでも思ったんだろ」
今となっては本人にその真意を質すこともできないが、シャティアの予想はそう外れてもいないだろう。
「とにかく、村が襲われたのはあたしのせいだ。だからそのあたしが体を張って村を守ったところで、それは別に、褒められたことでもなんでもない。むしろ家が壊されて、畑を血の海に変えて、怪我人まで出したおかげで、村長から散々に怒鳴られたくらい。もうすっごい剣幕でね、『これだから余所者はッ! 災厄を運ぶとはこのことだ! おまえなんか最初から村に入れるべきじゃなかった!』って。あたしが村に住みついたときだって、似たようなことを何度も言われてたからさ、手垢がつきまくった台詞だもんで、右から左に聞き流しちゃった」
ひと呼吸置いて、シャティアは続けた。
「出ていけってのも、先週からずっと、耳にタコができるくらい言われてたんだけどね。しっちゃかめっちゃかになった村を放置して行くわけにもいかないし」
ここでノイムは息を吹き返した。
「言われてたの? ずっと?」
「ああ」
「でもシャティア、そんなこと一度も言わなかったのに」
「そんときはまだ、出ていくつもりもなかったからね。村の再建に目途が立ってからでいいだろうって思ったんだ。相談したってどうにかなるもんでもない。それに――」
シャティアは指先で頬をかいて、言いにくそうに言葉を継いだ。
「あたしに食ってかかったときの村長の顔もなかなかだったけど、あんたについて言うときがね、もう、すっごくて。手を抜いたとか義務を放棄したとかなんとか、いろいろ」
今度の「わかるだろ?」には、ノイムも頷いた。頬が引きつるくらいには理解ってしまった。
「――私が、勇者の剣を使わなかったから」
そしてその理由を、口にも出した。
これにぎょっとして、ソファーから腰を浮かせたのはシャティアである。
空を切り取った彼女の瞳が、素早くシンシアとノイムとを見比べた。「言ってしまっていいのか」という不安と心配がありありと浮かんでいる。それもそうだ。なにしろノイムは、ラヴィアスとシンシアにはずっと隠していた。
とりわけラヴィアスには絶対に知られたくなかったし、今でも知られてはいけないと考えている。
逆を言えば、シンシアだけにであれば、知られても問題ないということだ。
「別にいいの。ラヴィーさんにさえ聞かれなければね」
「……そんなら止めないけど」
ほっと息を吐いたシャティアが、ふたたび座面に深く腰を落ち着ける。
「どういうこと? 勇者の剣ってなに?」
ひとりだけ事態を呑みこめていないシンシアが、目を瞬いていた。先ほどから彼女の理解の範疇を越えた話ばかり繰り出されている。頭の中身はクエスチョンマークでいっぱいになっているに違いない。
「騒がないで聞いてほしいんだけど」
シンシアなら、間違いなく跳び上がって叫ぶだろう。それを見越した前置きをしたノイムは、どこから話すべきかを思案しながら、ノイムが村に滞在している間に起こった本当のことを語りはじめた。




