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魔王に殺された代理勇者の。  作者: ねずみもち月
五章 代理勇者の助太刀
112/128

111.顔合わせ、穏やかに

 闘技大会の参加者は基本的に、その日の自分の出番が終わるまでは控えの場にいなければならない。

 というのも、大会初期のころ、外出をした戦士が闘技場のアナウンスを聞き逃して、自分の試合に間に合わず、不戦敗となる事例が多発したからである。自業自得といえばそれまでだが、最も哀れなのは、その不戦敗になった戦士に賭けていた観客だ。遅刻なんてしょうもない理由で賭け金を無駄にされてはたまったものじゃない。


 しかし、きちんと自分の出番を待っていた参加者と、外でふらふらしていて間に合わなかった参加者を同列に扱うわけにもいかなかった。遅刻しても試合に出られるとなると、出番が来るまで真面目に待機するのが馬鹿馬鹿しくなってしまうからである。


 そういうわけで、前述の規則ができたのだ。

 あとの試合に出場する者は、まる一日、控えの場で過ごさなければならないという不自由を強いられるものの、少なくとも、遅刻して不戦敗などという情けない戦士はいなくなった。


 なにが言いたいかというと、試合が終わった瞬間、シャティアは舞台と観客席を仕切る高い壁を跳び越えて、直接ノイムのもとにすっ飛んできたのである。観客席の通路に仁王立ちすると、シャティアは耳まで真っ赤に染めて、担架で運ばれていく対戦相手を指さした。たいへんな剣幕だった。


「信ッじらんない! たったあれだけのために、あたしは半日も待たされてたわけ!? あり得ないんだけど!! わざわざ舞台に出ていって相手したのが馬鹿みたいじゃないかっ」


 間近で叫ばれると鼓膜に痛い。シンシアが目を白黒させているのを横目に、ノイムはそっと両耳を塞いだ。


「私に言われても困るよ」

「そんなことわかってるわッ」


 耳を塞いだ手のひらを貫通してくる怒鳴り声に、思わずのけ反った。それが余計に気に障ったのか、シャティアはノイムのポンチョの胸倉を掴んで思いきり揺さぶってくる。


 シャティアのあまりの勢いに目を回しているシンシアの横で、ラヴィアスが必死に笑いをかみ殺していた。笑っている暇があるなら助けてほしいと思うのは贅沢だろうか。


「落ち着いてくれ、シャティアさん。ノイムさんに八つ当たりしても、終わった試合は戻らないよ」


 エクシアが苦笑しながら割って入ってくれた。そして正論である。

 しかしシャティアを止めるには、エクシアの腕力ではいささか頼りなかった。いくら引っ張っても、ノイムを掴み上げるシャティアの手は外れない。それも当然で、並みの成人男性とシャティアでは、シャティアのほうがはるかに力があるのである。


 我に返ったらしいシンシアがわたわたと加勢した。


「わ、わ、わ……!」


 当たり前だが、十歳やそこらの少女では助けにもならない。四人は虚しくもみ合うことになった。


 ラヴィアスはもう笑いを堪えようとしていなかった。座ったまま体をふたつに折って、声を出さずに爆笑している。笑っている暇があるなら助けてほしいと思うのは贅沢だろうか、とノイムはふたたび考えた。


 そうこうしているうちに、自分にまったく太刀打ちできないエクシアを見て、シャティアは頭が冷えたらしかった。ノイムを解放するなり、白い目でエクシアを眺めている。


「……団長サン、あたしみたいな子供に力負けして、情けなくないわけ?」

「言わないでくれ。あとわたしは団長代理だよ」


 なんだかエクシアが可哀想だった。

 ため息をつくエクシアに隠れて、シンシアがノイムにささやきかけてくる。


「強烈な人だねえ」

「いつもはこんなんじゃないからね。頼れるお姉さんなんだよ」


 なんならノイムだって、ここまで頭に血が昇ったシャティアを見るのは、今世では初めてである。前世よりも沸点が低いのは、やはり若さゆえだろうか……散々揺さぶられてぐらぐらする頭を押さえながら、ノイムはしみじみと思った。


「で、あんたたちは誰?」


 そして今さらといえるシャティアのこの問いに、はっきりと頭痛を覚えた。


 ▽ ▼ ▽


 一同は場所を変えた。闘技場の観客席は、身内で長話をするには向かない。


 もちろんそこには、ノイムを取り巻く複雑な事情に無関係であるエクシアを外す意味も含まれている。騎士団としての職務中である彼を置いて、ノイムとシャティア、それからラヴィアスとシンシアは外に出た。

 腰を落ち着けたのは、ノイムとシャティアが泊まっている宿の一階だ。受付の女将に挨拶をして奥へ進めば、人っ子ひとりいない酒場がある。静かに話をするには実にいい場所だった。


 空腹を訴えたシャティアが女将にいくつか食事の注文をするのを待って、シンシアが手を挙げた。


「シャティアさんは……」

「呼び捨てでいいよ、シンシア」

「わかった! あたしのことはシシーでいいよ」

「はいよ、シシー。で、なに?」


 皆すでに、闘技場で自己紹介を終えている。

 シャティアは物怖じしなかった。ノイムは結局口を閉ざしてしまったのに、シンシアの髪を見て「いくらなんでもやりすぎじゃない?」と面と向かってラヴィアスに文句を言う勇気を持っていた。おかげで打ち解けるのも早かった。


「シャティアは、どこでノイムを見つけたの?」

「この町の南に森があるだろ? あの向こうがあたしの住んでる村なんだけど、その手前に大きな川が流れてる。ノイムはそこに流れてきたんだよ」

「ノイムが川に落ちるところを見た?」

「いンや。村の前を流れてる川は、おとななら歩いて渡れるくらい穏やかで、両岸も低い。ノイムが奴隷商に投げ捨てられたってのは、もっと上流のほうだ。崖に挟まれてて流れが速い場所だね。だろ?」


 ノイムが頷くと、シンシアが目を見開いた。

 ノイムが川に投げ落とされたことは、デビーから聞いてすでに知っているだろうに、今さらなにを驚くことがあるのだろう。そう思ったのだが、ノイムの疑問は、呆れた息を吐いたラヴィアスによって解消された。


「よくもまあ、それで生きていられましたね」


 そういうことである。


「生きてたって言ったって、本当に辛うじて生きてただけさ。あたしが村に連れ帰ってから、ほとんど一か月も目を覚まさなかったんだから。いつ死んだっておかしくなかったよ」

「運がよかったわけですね」


 悪運だけね、とノイムは心のなかでつけ足した。実際、生き延びたこと以外はあまり運がよいといえないのである。


 しかしこの流れはまずい。

 完全に、ノイムがシャティアに拾われてからの話をする方向で進んでいる。


(シャティアに口止めするの忘れた……!)


 ラヴィアスとシンシアが相手なら、シャティアだって隠しごとはしないだろう。

 勇者の剣のことだって、それをノイムが抜いたことだって、あっさり明かしてしまう。それだけは、なにがなんでも避けたいところだった。シンシアはともかく、ラヴィアス(魔王)に知られるのはまずいなんてものじゃない。


(そして言い訳考えるのも忘れた……!)


 軽食を取った際にあれほど苦心して話を逸らしたのに、結局ノイムは、打開策をなにも考えていなかった。闘技場に戻ったとたんにエクシアに捕まって、ラヴィアスの愛剣に動揺して、シャティアの試合が一瞬で終わったのだから、そんな暇はなかったとみるべきか。いや、それにしたって少しくらい考える間があったはずである。


「ところで、シャティア。ノイムが村に住み始めてから、なにか問題などはありましたか?」

「事件ならいろいろあったけど……なんで?」

「どうも、この子は私の知らない場所で厄介ごとを抱え込むのが上手いようなので」


 好きで抱えてるわけじゃない! とはまさか叫ぶわけにもいかず、ノイムは顔をしかめた。


「今後になにか影響を及ぼすような出来事が会ったのなら、教えていただきたいんです。どうも、ノイムはなにか隠しているようなので」

「ああ、ね。躊躇うのも当然だよ。ただ、あんたたちに会えたらどうせ全部話すつもりだったし、順を追って」


 シャティアがふと口を閉じた。

 ノイムが横からしつこく脇腹をつついたからである。必死の念を込めて見つめると、眉をひそめたシャティアは、少しだけ考える素振りを見せて、言葉を継いだ。


「順を追うには長くなりすぎるね。ノイムが隠したがってたのは――」


 ノイムは祈るあまり、ほとんどシャティアを睨んでいた。


「――十中八九、腹の傷のことでしょ」

「傷、ですか」


 ノイムはどっと脱力した。椅子の背もたれに体を預けて、ぐったりと四肢を投げ出す。


 ラヴィアスはその様子を見て、当たりだと判断したらしい。

 シャティアに続きを促した。


「子供たちと一緒に、夜中に家を抜け出してね。度胸試しとか言って、森に入っちまったんだよ。そこで熊に襲われた」


 ノイムが脇腹に大きな傷をこしらえた経緯について、淡々と語るシャティアの横で、ノイムは密かに安堵のため息をついた。

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