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魔王に殺された代理勇者の。  作者: ねずみもち月
五章 代理勇者の助太刀
111/128

110.予選、あっけなく

 せわしなくあたりを徘徊する金ぴかの騎士がいた。

 林立する柱を潜り抜けて、闘技場のエントランスに踏み入ったところである。ノイムたちはすぐに、落ち着きのない金ぴか騎士に気がついた。特にノイムにとってはよく知る人物だから、目に留まらないわけがない。


 エクシア・サフィート騎士団長代理だった。

 端正な顔は厳しすぎるくらいに厳しいしかめ面になっている。その視線はひっきりなしに闘技場の外へと向けられた。どうやら人を待っているらしい。それほど待ち望んでいるなら自分から迎えにいけばいいのに、エクシアの頭にその考えはないようだった。


「さっきの綺麗な騎士さんだね? 怖い顔してどうしたんだろう」


 シンシアが首を傾げる。ノイムもラヴィアスも足を止めた。


 ちょうどそのときである。

 エクシアの碧眼が、ノイムを捉えた。


 彼の顔があからさまに弛緩する。いかにも「ああ、よかった。無事だった」と言いたげな表情だった。それでノイムも、瞬時に事態を察した。


「……なんか、私を待ってたみたい」


 軽く手を振って応えると、エクシアはつかつかと歩み寄ってくる。


「どこに行ったのかと心配したよ」

「休憩してただけだよ。もしかして、私が攫われたと思った?」

「思ったさ。振り向いたらもういなくなっていたんだ。そちらのお二方も一緒にね」


 鮮やかな碧眼は、シンシアとラヴィアスに視線を注いだ。

 とりわけラヴィアスを、警戒心も露に見つめている。


 荷物も武器も持っていないが、手ぶらで歩き回るような地元の者でもない、銀髪長身の長命種の男(ラヴィアス)

 せめて長剣一本でも腰に下げていれば戦士か冒険者として認知されただろう。大きな鞄ひとつでも持っていれば、闘技大会を見物しにきた観光客だとでも思ってもらえたかもしれない。しかしラヴィアスは丸腰だから、その身分にまったくの見当がつかないときている。おまけにとびきりの美形で、態度が落ち着きすぎていた。


 全身からただ者ではない雰囲気がぷんぷん漂っているものだから、目立つことこの上ない。これでは怪しんでくれと喧伝しているようなものだ。

 エクシアは抱いた不信感をはっきり声に乗せて、ラヴィアスに向かって放った。


「あなた方はいったい……?」


 エクシアがノイムの身を心配したのも無理はない。

 知り合いの連れである六歳の少女が、見知らぬふたりの男に――片方は少年に見せかけた少女だが――連れていかれてしまった。エクシアの目にはそう映ったに違いないのだから。


「こっちは私のお姉ちゃん。こっちの男の人は、シャティアと出会う前の私の保護者」


 エクシアの疑問に答えたのはノイムだった。先にラヴィアスが発言したところで、エクシアの警戒を高めるだけのように思えたからである。


「シンシアです!」


 飛び跳ねるように手を挙げたシンシアに、エクシアが目を見張った。

 この見てくれで、まさか女の子だとは思わなかったに違いない。しかし彼は懸命にも、それを口に出すような真似はしなかった。人の好い笑みを浮かべて、男装の少女に向かって手を差し出した。


「エクシア・サフィートだ。この町を護るサフィート騎士団の団長代理を務めている」


 シンシアと握手を交わすと、エクシアはその手をラヴィアスに向けた。ノイムの紹介で、一応、信用する気にはなってくれたらしい。ただ、ラヴィアスを見つめる碧眼には、今度は戸惑いが浮かんでいる。

 エクシアの手を握りながら、ラヴィアスはにこやかに名乗った。


「ラヴィアス・レタールです。お騒がせして申し訳ありません」

「いいや、こちらこそ、ずいぶん不躾に眺め回してしまった。不快な思いをさせただろう。すまなかった」

「あなたはなにも間違っていませんよ。私はどこへ行っても大抵、不審人物として警戒されますからね」


 怪しげに見える自覚はあるようである。


「失礼だが、普段はなにを?」

「冒険者として生計を立てながら、各地を放浪しています。普段からそれらしい格好をしていないせいで、これを言うと、皆さん余計に不思議そうな顔をするのですが」


 当たり前だ。冒険者ならなおさら、丸腰で平然と出歩くなんてあり得ない。命を預ける相棒(武器)は肌身離さず持ち歩くのが常である。酒場で呑む際はおろか、娼館に遊びに行くときにだって手放したりはしない。例外があるとすれば、昨日のシャティアのようにメンテナンスに出している場合だが、ラヴィアスの口ぶりではその例外は当てはまらない。


「普段から武器を持ち歩いていない?」

「ええ、なにぶん大きな得物ですから、必要なときにだけ取り出すようにしています」


 言いながら、ラヴィアスはおもむろに手をかざした。

 直後、手のひらにぴたりと収まるように剣の柄が姿を現す。六フート(約一八〇センチ)をゆうに超えるラヴィアスの身長にも匹敵するような大剣だった。

 エクシアが目を瞬く。


「これはたしかに、持ち歩くにはいささかか具合が悪い」

「でしょう? 背負っていては、いざというときに即座に構えることもできませんし」


 シンシアが興味津々に顔を突き出した。


「ラヴィアスさん、こんなもの持ってたの? あたし初めて見たよ」

「ここまで派手な武器を必要とする敵は、そうそういませんからね」

「では、普段は魔法で戦っているのかな。この剣を取り出すときにも詠唱らしきものはなにも唱えていなかったが……魔法も得意なのかい」

「そうです。種族柄、幼いころから親しんでいたので」


 納得したように頷いたエクシアの顔からは、ラヴィアスを警戒する色がすっかり抜けていた。誤解は解けたようである。なごやかに言葉を交わす男ふたりの横で、シンシアが「持ってみたい!」などと無邪気にねだる。


 ノイムはひたすら黙っていた。


 というより、一言も発することができなかった。

 内心で真っ青になりながら、震えを抑えるのに必死だったのだ。なにしろ、自分を殺した武器が目の前にあるのである。あの剣に切り裂かれ、肉も骨も断って貫かれたときの痛みがよみがえるようだった。


 そこまで思いだしてしまえば、あとは一直線だ。

 魔王城でラヴィアスの正体を知ったときの驚愕。ノイムがなにを訴えても、攻撃の手を緩めなかったラヴィアスの冷徹な瞳。それに対する恐怖。それがいっぺんに押し寄せてくる。


 これで平静でいられるほうがおかしい。

 せっかくほとんど忘れかけて、今のラヴィアスの前では普通に振る舞えていたのに、と半泣きになるところである。


 だから聞こえてきた場内アナウンスは、ノイムには、天の救いのように聞こえた。


「続いて第二十三試合――」


 シャティアの出番だった。

 ノイムは反射的に駆けだしていた。談笑していた三人を放置して、観客席に上がる階段に突進したのである。


 この時間になると、出入りする人の波もずいぶん落ち着いている。

 朝とは違って、ノイムはひとりでも快適に客席まで上がることができた。出かける前に座っていた席が空いているのを認めると、ほとんど飛び乗るようにして着席する。


 ノイムの小さな心臓は悲鳴を上げていた。ついでにほとんど過呼吸だ。激しく上下する肩は、全力疾走のせいばかりではない。指先がすっかり冷え切っていた。鏡を見たら、血の気が引いて真っ白になった顔が拝めたに違いない。


 知り合いの目がなくなった途端にこれだ。ただごとではないとひと目でわかってしまう。ラヴィアスたちがやってくる前に落ち着きを取り戻さなければ。

 半ば無理矢理に深呼吸をして、舞台に目を向けた。


 そこに見慣れたシャティアの姿があるのを見つけると、ノイムは自分でも驚くほどにほっとするのを感じた。緊張しきっていた全身から力が抜けていく。声援のひとつでも送ろうかと思ったが、舌が震えてできなかった。


 しかし、かえってよかったかもしれない。試合開始の合図はすでに出されていた。

 シャティアは拳を構えて対戦相手を睨んでいるところで、ノイムが「シャティア、頑張ってー!」などと声をかけては、集中の妨げになりかねなかった。


 シャティアの対戦相手は、体格のよい男剣士だった。

 口元がしきりと動いているので、シャティアになにかを話しかけているようだ。内容は聞こえないが、辛うじて見て取れた表情からすると、どうも挑発している。彼があんまり長々としゃべっているので、シャティアも馬鹿馬鹿しくなったに違いない。


 シャティアは構えを解き、片足に体重を乗せて、いかにもかったるそうな棒立ちになった。


 これに激昂したのは対戦相手である。

 ほんの少し前までシャティアを挑発しようと頑張って口を動かし続けていたのにも関わらず、そのシャティアがちょっとだらけた立ち姿を見せただけで簡単にのぼせ上がったわけだ。間抜けというほかない。


「てめえ、なんだその態度は!」


 この怒声はノイムの耳にも届いた。そして首を傾げる。この声、どこかで聞いた気がする。

 ノイムがうんうん唸って思いだそうとしているうちに、ラヴィアスたちが観客席にやってきた。ノイムを見つけたシンシアが駆けてきて、隣にちょこんと腰かける。


 その間に対戦相手の男は、構えていた剣を大上段に振り上げて、派手な動作でシャティアに踊りかかっていた。しかし怒りにまかせて突っ込んだ雑な攻撃である。シャティアはちょっと体をひねるだけで簡単に避けてしまった。そしてまた、片足に体重を預ける気だるげな姿勢に戻る。


「ふざけてんじゃねえぞ! 馬鹿にしてんのかッ」


 二度目の怒声を聞いて、ノイムはやっと思いだした。


「酔っぱらいだ!」

「酔っぱらい?」

「うん、あの、シャティアの対戦相手の男。私とシャティアが泊まってる宿にいたんだけど、昼間っからべろんべろんに酔っぱらっててね」


 ノイムをダシにして、シャティアに下品な絡みかたをしていた飲んだくれの男どもだ。そのうちのひとりが、さっそく大会初日にシャティアと当たったらしい。


「それだけ聞くと、あまり強そうには思えませんね」

「弱いんじゃない? シャティアに一度も勝てたことないって聞いたよ」

「それはそれは……彼女の戦いぶり、存分に見せてもらうつもりでしたが、難しいかもしれませんね」


 シンシアの隣に腰を下ろしたラヴィアスがうっすらと笑った。愛用の大剣はすでに仕舞ったようで、手ぶらである。


「よそ見をする余裕すらあるようだ。ノイムさん」


 エクシアが通路に立って、さもおかしそうに口元を緩めながら、ノイムを呼んだ。


「なあに?」

「シャティアさんがこちらを見ている」


 舞台に目を戻せば、たしかにシャティアは観客席を見上げていた。ノイムと目が合うと、堂々と手を振ってくる。彼女に応えて手を振り返しながら、ノイムは対戦相手を窺った。

 案の定というべきか、男は顔を真っ赤にして怒り狂っている。


「このアマ、よそ見するとはいい度胸だッ。背中から斬ってやらあ!」


 彼は剣を振り上げて、ふたたびシャティアに飛びかかった。

 それしか知らないのかと思うほど、先ほどとまったく同じ動きだった。


 シャティアは見向きもしなかった。

 ノイムに向かって肩をすくめる。「こんな馬鹿、相手にするだけ無駄じゃない?」とでも言うようだ。そして対戦相手にはちらとも目をやらないまま、腰を落とし、無造作に左の拳を突き出した。


 頭蓋を真っ二つに割られる寸前、シャティアの拳は、相手の鳩尾を痛烈に抉っていた。すかさず、空いた右手で顎を突き上げる。これも綺麗に決まった。


 対戦相手の男は天を仰いで白目を剥いた。

 振り上げた両手からぽろりと剣が落ちる。その刃先が地面を叩くと同時に、男の体がゆっくりと傾いだ。


 どう、と音を立てて、男が地面にひっくり返る。

 それで試合は終わりだった。

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