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魔王に殺された代理勇者の。  作者: ねずみもち月
五章 代理勇者の助太刀
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107.因縁、白状する

 闘技大会の間は、ノイムたちのように途中で席を立つ観客があとを絶たない。

 商魂たくましい者たちはこの機会を狙って、闘技場の周りに飲食店の屋台を構える。闘技に飽いて、あるいは小腹が空いて出てきた観客をさっと捕まえるのである。ほとんどの屋台は大会が始まってから店を展開しはじめるから、闘技場の前の広場は、朝と昼でまったく様子が変わってしまう。


 オープニングからずっと闘技場に籠もりきりだったノイムなどは、人だけでごった返している広場しか見ていなかったので、この変化に目を見張った。立ち並ぶ露店と、店主たちが客を呼び込む威勢のいい声、手に手に軽食を持ちながら歓談する大会の観客たち、そしてなにより、あちこちから漂ってくるよい香り。

 まるで祭りの出店のような景色が広がっている。


「いろんなお店ある! すごいすごい! あたしたちが入る前はこんなのなかったのに」

「お肉食べたい、おにくっ」


 目をきらきらさせるシンシアにつられて、ノイムもすっかり舞い上がっていた。姉妹で手に手を取って駆けだしかけたところで、まとめて首根っこを引き戻される。


「勝手に動かない。迷子になりますよ。特にノイム、私はあなたのことを信用していないんですからね」


 失踪した子供を捜してトパの街を離れた間に、街に置いてきた子供までもがいなくなったのである。さしものラヴィアスも焦っただろう。ノイムから目を離したらまた行方不明になると考えてもおかしくない。


 ラヴィアスは姉妹の間に割って入り、それぞれの手をしっかり掴まえた。

 両手に花というにはノイムもシンシアも幼い。傍から見ればまるっきり、やんちゃな妹たちに手を焼く兄の図だった。


「あなたには、あまりトラブルに首を突っ込まないようにと言ったはずですが」

「トラブルのほうからやってきたんだよ……前の孤児院に出入りしてた奴隷商の仕業だったんだもん」

「あなただけが名指しで、その奴隷商につけ狙われた理由は?」


 ラヴィアスにじっとりした視線を向けられて、ノイムはそっと目を逸らした。デビーに目をつけられたのは、間違いなく、違法孤児院でのノイムの働きによるものである。


「そういう背景があると知っていれば、先に対処したものを……次はありませんからね」

「はい」

「ほかに余計な因縁を抱えたりしてないでしょうね?」


 ノイムの体がさっとこわばった。心当たりしかない。咄嗟に誤魔化そうと口を開きかける。

 しかし煙に巻くには、ノイムはわかりやすい反応をしすぎたようだ。ラヴィアスは見逃してはくれなかった。


「聞かせてもらいましょうか」


 冷ややかな視線に貫かれ、ノイムの喉からは蚊のようにか細い声が出た。


 勇者の剣については、ラヴィアス(現職の魔王)の前ではとても口にできないので、死ぬ気で隠すしかない。となるとノイムが白状しなければいけないのはモニカを殺された事件についてだが、よく考えてみれば、これはすでにシンシアがしゃべってしまっているのではないだろうか。


「トパ孤児院でご友人がひとり亡くなったとは聞いていますが……」


 それとなく聞いてみればこれだ。

 ノイムがシンシアに目配せすると、こわばった顔で頷いて返された。


 あのとき、彼女とノイムはモニカの敵を討つことを約束した。敵討ちとは、有り体に言えば人殺しである。魔物を殺したり、襲ってきた盗賊を返り討ちにしたりするのとは訳が違う。

 ノイムたちがやろうとしていることは立派な犯罪なのだ。ましてや相手は貴族の跡取り。うっかりすれば死刑になる。いくらラヴィアスがノイムの知り合いで、シンシアの恩人だからといって、簡単に打ち明ける気にはなれなかったのだろう。


 しかしラヴィアスは、()()()()()でとやかく言う人ではない。その点、ノイムは心配をしていなかった。


「長くなるから、どっかに落ち着こうよ。お肉食べたい」


 せっかくこれだけ出店が並んでいるのに、手ぶらで立ち話というのも損である。

 ノイムは先ほどから香ばしい匂いを漂わせている露店の前までラヴィアスを引っ張っていった。近づくにつれ、肉の焼けるじゅうじゅうという音が聞こえてくる。ノイムはラヴィアスにねだって、串焼きを一本買ってもらった。シンシアも同様である。


 彼女はちょっと首をかしげると、なにが気になったのか、屋台の男に質問した。


「ねえねえ、お兄さん、これなんの肉?」

「昨日サルシャの町を騒がせたガケ鳥の肉さ」


 さっそく串焼きにかぶりついていたノイムは、危うく噴き出すところだった。


「なんで聞いちゃうの……」

「気になったから……どうしたの、ノイム。美味しくなかった?」

「……いや、美味しいよ」


 ノイムの心は若干の拒否反応を示していたが、味に文句があるわけではない。美味しければよしと、自分に半ば無理矢理言い聞かせて、きちんといただくことにした。


 ノイムたちは闘技場前の広場を抜けた。

「第十三試合――」と響いてくる場内アナウンスがギリギリ聞こえるあたりまで離れたが、道行く人は相変わらず多い。人の多い場所でする話でもないので、適当に目についた人気のない路地に入る。建物と建物の石壁に挟まれた細い道には、空の木箱が積んであった。


 ちょうどいい。三人はここで腰を落ち着けることにした。

 ノイムとシンシアが木箱の上に並んで座る。ラヴィアスは彼女たちの向かいに立って、石壁に背中を預けた。


 彼の片手には、広場の露店で通りすがりに買ったあたたかいワインを持っている。湯気の立つワインをひと口含み、目線だけでノイムを促してきた。


「ラヴィアスさんには関係のないことだから、そこは安心していいよ」

「当たり前です。これ以上私を厄介ごとに巻き込まないでいただきたい」


 かなりうんざりした口調だった。


 ノイムは内心で冷や汗をかきながら、久しぶりにモニカの顔を思い出していた。彼女を殺したツィリルの、表面だけは優しげな顔も。


 モニカ殺害事件のあらましを人に話すのは初めてだった。

 モニカを疎んで命を狙う義母がいたこと、その人から逃げるためにモニカがトパ孤児院に身を寄せていたこと。義母に居場所を突きとめられ、刺客を差し向けられたこと。少々話が複雑になるが、この件は、ノイムを狙ったデビーが裏で糸を引いていたことも説明しておいた。


 そこでラヴィアスが「やはりあの男は処分しておいて正解でしたね……」と呟いたので、ノイムは自分がどこまで話したか忘れるところだった。シンシアを助けたときにいったいなにがあったのか、あとで是が非でも聞き出さなくてはなるまい。


「ええっと、それで……モニカの暗殺そのものは失敗したんだけど」


 刺客から助けてくれた孤児院の少年(ツィリル・バルターク)が、その場でモニカを手にかけたこと。目撃者はノイムひとりで、そのために、ツィリルが何度もノイムを殺そうとしてきたこと。


 こうして語ってみると、改めて腹の底から怒りがわいてくる。ツィリルはモニカを抱きしめるのと同じくらいの気安さで、彼女にナイフを突き立てた。人を殺した自覚などまるでないくらいに平然としていた。

 トパ孤児院の者はみんな、ツィリルを信じきっている。モニカを殺したのは彼なのだとノイムがどれだけ訴えても、誰も信じてくれなかった。


「私を信じてくれたのはお姉ちゃんだけだったよ。だから、ツィリルの罪が明らかにならないなら、私たちで復讐しようって、お姉ちゃんとふたりで決めたの」


 ノイムがあっさり白状してしまったので、シンシアが短い悲鳴を上げた。叱られるとでも思ったらしい。こわごわとラヴィアスの様子を窺う。


「やるのは構いませんが、私の手を離れてからにしてください」


 ラヴィアスの反応は、実にあっけらかんとしたものだった。


「……そんなこと考えちゃいけないって、怒らないの?」


 恐る恐る尋ねたシンシアに、ラヴィアスは肩をすくめるだけで答えた。


(ラヴィーさんは私の目の前でふたりも殺してるしね……)


 以前の孤児院の院長とアリサである。思い返しても、あの場で彼らが死ななければいけない理由はなかった。ただちょっと気絶させて、子供奴隷を売買する犯罪者として、然るべき場所に引き渡すのが正解だったろう。

 ラヴィアスが彼らの命を奪ったのは、ただそれが一番手っ取り早かったからに違いない。まるで蝿を叩くような気軽さだったと、今では思う。ラヴィアスにとっては、相手を殺して片づけることも、告発して逮捕させることも、選択肢としてそう変わらないのである。


 そして彼の判断基準は、当たり前のように他人にも適用される。自分は平気で人を殺す、だから誰かが他人を殺そうとしても気にしない。そういうわけである。

 ノイムもまた、ごく自然に前述のように思い込んでいたのだが、シンシアはそうは考えなかったらしい。これはきっと、単純に経験の差である。


 無言のラヴィアスに代わって、ノイムがシンシアに返事をした。


「悪いのはツィリルだもん。あんな勝手な理由でモニカを殺したんだから、自分が殺されたって文句はないでしょ。私たちが叱られる謂れはないよ」

「意気込むのは結構ですが、せめてあと十年は待ちなさいね」


 胸を張ったところで、ラヴィアスにしっかり釘を刺される。


「十年は長くない?」

「それくらい経たないとろくに働けないでしょう。あなた、一応まだ六歳なんですから」

「一応ってなに。正真正銘の六歳児だよ」

「なおさらです。幼いうちに下手なことをすると、あなた、そのツィリルとかいう少年に返り討ちにされますよ」


 もっともである。だから今はおとなしくしていると、ノイムは決めた。それでツィリルにしつこく狙われても、どうにかおとなしくやり過ごしていたのだ。


「隠している厄介ごとはそれだけですか?」

「それだけだよ。もうない」

「本当に? 先ほどの動揺ぶりと今の話では、どうも釣り合っていないように思えるのですが」


 ノイムはふたたび、ぎくりと身をこわばらせた。

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