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魔王に殺された代理勇者の。  作者: ねずみもち月
五章 代理勇者の助太刀
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105.思わぬ再会、立て続けに

 取り払われた帽子の下からたちまち溢れる炎の髪。

 それはたしかに短く刈り上げられて、傍目には男としか思えないかたちに仕上げられている。小麦色にこんがり焼けた肌だって、ノイムにはまったく見覚えのないものだ。


 しかし、その顔立ちはまさしくシンシアだった。近所の男の子がこぞって熱を上げる愛らしさも、元気溌剌を絵に描いたような笑顔も、間違いない。

 ノイムが、その身はどうなったかと案じて気を揉む一方で、あの奴隷商の手から助けるには手遅れだろうと半ば諦めていた少女が、目の前に立っている。


「ノイムなら絶対に無事だと思ってたよ!」


 観客席から尻を落っことしたノイムをそのままに、シンシアは満面の笑みで飛びついてきた。


 ()()た試合に汚い野次が飛びまくる闘技場の一角で、姉妹の再会の一幕が演じられている。まったく絵にならない。

 ノイムの耳元で鼻をすする音がした。「よかったよぉ……」と震えるシンシアの声は、早くも感動で泣きそうになっているようだったが、ノイムはというと、口をぽっかり開けたままである。これもまた、まったく絵にならない間抜け面だった。


 頭のなかも真っ白だ。ノイムもシンシアになにか言ってやりたいのに、言葉がなにひとつ出てこなかった。ほとんど機械的に、義姉の背を抱き返すので精いっぱいだった。


 青空を流れゆく雲が視界の端まで移動するくらいたっぷり時間をかけたのち、ノイムはやっと稼働した。

 開けっぱなしだった唇を閉じて、唾液を飲み下し、すっかり乾いてしまった喉を潤す。


「……その頭、どうしたの?」


 第一声がこれだった。


 シンシアはノイムをぎゅうぎゅうに絞めつけていた腕をほどくと、照れくさそうに頬をかいた。彼女がベンチに腰を下ろしたのにつられて、ノイムもよろよろと立ち上がって、その隣に腰かける。


 そうして改めて、シンシアの格好を上から下まで眺めた。

 まるっきり少年の様相だった。ノイムがひと目でわからなかったくらいの、素晴らしい変装ぶりである。素晴らしすぎるくらいだった。ノイムの目は、やっぱり、短すぎるシンシアの髪に注がれる。


「えへへ、かっこいいでしょ? 女の子の格好のままだと、変な人が寄ってきて面倒だからって、勧められたの」

「だれに!」

「助けてくれた人」


 ノイムは低い声で呪いの言葉を吐いた。誰だか知らないが、そしてシンシアを助けてくれたというなら感謝して然るべき相手ではあるのだが、やってくれたものだ。


 たしかにシンシアの容姿は、治安の悪い場所では変質者に絡まれる危険性をはらんでいる。男の格好をさせてなんとかしようと考えるのは当然といえば当然かもしれない。

 しかし、それにしたって限度がある。帽子を被るならなおさら、刈り上げるまでしなくたっていいはずだ。ノイムは思わず手を伸ばしてシンシアの髪に触れた。後頭部などは撫でるとしょりしょり音がするし、頭のかたちが透けて見えている。

 何度たしかめても、男装にはいささかやりすぎな髪型だった。


「今も一緒にいるの? どこ?」

「ノイムも知ってる人だよ」


 ノイムは深く考えずに、シンシアが指した方向を睨みつけた。


 すぐにわかった。問題の人物は、隣のブロックの最後列の観客席にいた。ずっとノイムとシンシアの様子を見ていたらしい。彼女たちが見上げると、しっかり目を合わせてきた。


 座っていてもわかるすらりとした長身。癖のある銀髪が肩を撫で、その背中に流れ落ちる。


「ラヴィーさん!?」


 ノイムはふたたび座席から転がり落ちた。

 今度はシンシアに声をかけられたときよりも派手だった。ごつんと音がして、頭をぶつけたのである。


「わあっ、大丈夫?」

「だ、だいじょうぶじゃない……ちょっと待って」


 痛みなんて感じる余裕はない。心臓が止まるかと思った。慌てて起き上がって、もう一度隣のブロックの最後列を確認する。

 しかし彼はもうそこには座っていなかった。立ち上がって、ノイムたちの席までやってきていた。


「騒々しいですね。衆人環視の場でそんなに派手に暴れて、はしたないですよ」

「誰のせいだッ」


 思わず絶叫していた。


 耳に届いた低音も、きちんとラヴィアスの声だった。

 間近で見た顔なんて当然である。甘く垂れた目尻に、風が吹いたら音が鳴りそうなほど長い睫毛。その奥には見る人を吸い寄せる深いガーネットの瞳がはめ込まれている。

 女と見紛うほどの美貌と、腰に届くまで伸ばされた星の煌めきの髪。対照的に、服の下に浮き出ている体のラインは無駄なく鍛え抜かれ、しっかりした肩幅とバランスのよい長身と合わせると、間違っても女には見えない。


 と、目の前に立つ人物をじっくり眺め尽くす格好のままで硬直したノイムを、ラヴィアスは軽々と持ち上げた。自分が座席に座ってから、その膝にノイムを下ろす。


 ノイムは体をひねって、ラヴィアスの顔を真下から見上げた。


「と、闘技大会なんて興味あったんだ……」


 出てきた言葉がこれである。


「さっきから聞いていれば、もう少しマシなことが言えないんですか」


 ラヴィアスが眉をひそめるのも当然だった。もっとも、隣に座るシンシアはおかしそうに両手で口元を押さえていたが。


「ほら、しっかりしなさい。あなたが今、どういう状況にあるか教えていただけますか」

「ラヴィーさんの膝の上に座らされてる……」

「そうではなく」


 とびきり深いため息がノイムのつむじに降ってきた。


「ところで、ノイム。先ほどから騎士の方がずっとこちらを見つめているのですが、あれはあなたの知り合いですか」

「わあ、かっこいい人だねえ。でもなんか闘技場には合わないね。すごいきらきらしてる」


 シンシアの呑気な感想を右から左に聞き流したところで、ノイムははっとした。ずいぶん盛大な悲鳴を上げてひっくり返ってしまったのだ。警備に当たっている騎士がなにごとかと色めき立つのも当然だろう。


 ラヴィアスの視線を追って目をやれば、ちょうどエクシアがこちらに近寄ってくるところだった。

 ノイムは慌てて手を振って、大丈夫だと身振りで示した。エクシアは眉をひそめてさらに歩みを進めてきたが、ノイムは思い切って伸び上がり、ラヴィアスの首に抱きついた。知り合いだから大丈夫だと再三伝えると、ようやく納得してもらえたらしい。

 エクシアは訝しげな表情を浮かべたまま、踵を返して既定の見回りルートに戻っていった。


(ここでエクシア団長まで加わったら、大混乱だよ……)


 さすがのノイムでも、それだけの混沌をさばききれる自信はない。今は自分のことで精いっぱいだった。


「あれはね、サフィート騎士団の団長さん。代理らしいけど」

「騎士の人とお友達なんて、すごいねノイム」

「友達ではないような……」


 素直に答えかけて、ノイムは口を閉じた。

 シンシアのペースに合わせていたら身が保たない。シンシアもラヴィアスも、そうとわかっていてノイムに接触してきたのだから、すっかり落ち着いている。

 一方のノイムはひどい取り乱しようである。まだ思考がぐちゃぐちゃで、質問しようものなら先ほどからの間抜けた台詞しか出てこないだろう。冷静になる時間がほしかった。


 まさかノイムの心境を理解したわけではないだろうが、ラヴィアスもシンシアもなにも言わなかった。

 これ幸いとばかりに、ノイムは舞台を見やる。第十一試合目は相変わらず続いていた。魔導士と剣士は、すっかり膠着状態に陥っている。いっかなスタミナ切れにならない魔導士と剣士の無益な鬼ごっこをぼうっと眺めていると、ノイムもようやく、気持ちが落ち着いてきた。


 何気なく、己の腹に回されたラヴィアスの手に触れる。あたたかい。寄りかかってみる。ラヴィアスの胸板は丈夫な椅子の背もたれのように、ノイムの体を受けとめた。たしかに質量がある。


 隣に視線をずらす。真っ赤な短髪で、健康的に日に焼けた顔のシンシアが座っている。しつこいようだが、ノイムの記憶にある彼女の姿とはずいぶん違う。それでもそこにいるのはたしかにシンシアだった。見つめていると、彼女はノイムの視線に気づいて、にっこり笑い返してきた。


 二、三度瞬きしたあと、ノイムの視界が急に歪んだ。


「…………エッ、ノイム、泣いてるの?」


 ノイムは答えられなかった。目の前のすべてがぼやけてしまって、シンシアの髪の赤色しかわからない。しかし、おそらく、シンシアの表情は笑顔から驚きに変わったのだろう。


「せめてなにか言ってから泣いたらどうなんです……」


 ラヴィアスの呆れ声が降ってきたが、ノイムはやっぱりなにも答えられなかった。一言も発さないまま、ただぼろぼろと涙をこぼし続けた。しゃくり上げもしない。声も出ない。本当にただ、次から次へとあふれる雫が頬を伝って、ポンチョやかぼちゃパンツの上にひたすら染みを作るだけだった。


「ノイムは強い子だから、泣かないんだと思ってた……」


 泣かなかったのではない。ただ実感が湧かなくて、泣けなかったのだ。

 だって、今までこんなことはなかった。


 赤子となって拾われた孤児院では、頼れる仲間(カデル)を見つけ、あっという間に失った。

 トパ孤児院で唯一、ノイムの味方になってくれる兄貴分(ツィリル)が現れたと思ったら、その彼に友人を殺された。

 初めて家族ができたと同時に、奴隷商に拐われた。なにに代えても守らねばと思っていた義姉を置き去りに、ひとり崖から放り捨てられた。

 命拾いしたと思えば、あれほど固く近づかないと誓っていた勇者の剣を抜く羽目になってしまった。


 ここまで並べ立てれば嫌でもわかる。ノイムに都合のよい出会いなんて訪れない。離ればなれになった誰かと再会するなんて、そんな夢のような展開、ノイムに限ってあり得ないはずだ。


 実際、一度はラヴィアスがサルシャの町にいるのではないかという期待を持って、打ち砕かれた。赤毛の子供の目撃情報を受けて、シンシアではないかと思いかけて、その希望も潰えた。潰えたはずだった。


 しかし、今、ノイムの傍にはラヴィアスがいる。シンシアがいる。


「ふたりとも本物……? 夢じゃない……?」

「夢じゃないよー、あたしここにいるよ」


 ノイムの小さな手が、横からぎゅっと握られた。言わずもがなシンシアだ。彼女の手指は熱いくらいだった。もしかしたら、ノイムにつられて涙しているのかもしれない。


「夢だとしたら、ずいぶん鮮明ですよ」


 ラヴィアスからはもはや何度目かわからないため息をつかれた。


「私もシンシアも、きちんと、ノイムの隣に存在しています。やっと自覚しましたか?」


 嫌味のひとつやふたつでも投げられるかと思ったが、ノイムの頭に降ってくる声がやわらかい。意外なことにラヴィアスは、ノイムの腰に回していた手を、その小さな頭に乗せた。


「驚いたんですよ。トパの街に戻ったら、あなたはすでに孤児院を離れて家族を持ったという。その家族のもとを訪ねてみれば、今度は義姉ともども奴隷商人に拐かされて失踪したというんですから」


 これでも一応、心配したんですからね。

 困ったようなその声音に、ノイムは、たまらず声を上げて泣き始めてしまった。

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