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魔王に殺された代理勇者の。  作者: ねずみもち月
五章 代理勇者の助太刀
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99.前夜、疲労は重なり

 ノイムもシャティアもまんまと引き留められてしまった。

 奢ってもらう以上、まさか「食べ終わったんでそれじゃ」などと薄情に席を立つわけにはいかない。テーブルの上に供された皿がすっかり空になっても、食卓の輪の中に残ってずいぶん長いことおしゃべりに興じていた。


 おかげで本来の目的を忘れるところだ。

 ノイムたちが冒険者ギルドに来た目的は、一階の酒場ではなくて二階の受付である。シャティアが出した依頼の遂行状況を確認するつもりだったのだ。しかしノイムもシャティアも腹を満たして喉を潰す勢いで語り合うと、それで満足して、一度ギルドを出てしまった。


 しばらくのちに我に返って、慌てて戻ったのである。

 改めてギルドの扉を押し開き、酒場の両脇に伸びる階段を上る。手すりに指を滑らせながら、シャティアが苦笑した。


「忘れたら忘れたで構わないんだけどね。今日見たところで、どうせひとつも達成されてないだろうからさ」


 依頼というのは、勇者の森で発見された子供たちに関するものだった。

 近隣から攫われてきた子は、シャティアを含め村の者が手ずから家に帰してやった。故郷から距離がある場合は、シャティアが知り合いに頼んだ。彼女の()()()()というのは多岐に渡ったが、これが冒険者の場合に、ギルドを通して『依頼』というかたちを取ったのである。冒険者同士なら、こうしたほうが手続き諸々が楽なのだった。


 とはいえ、彼らがシャティアの依頼を請け負ったのはほんのひと月前である。

 シャティアが言ったように、仕事が終わっている可能性はほとんどなかったし、実際、受付嬢に問い合わせたところ、まだ冒険者たちからの一報すら入っていなかった。


「ま、いい時間潰しにはなったろ」


 肩をすくめたシャティアである。たしかに依頼情報の照会のために散々待たされた。


(時間潰しなら夕飯のときのおしゃべりでじゅうぶんだったんじゃ……)


 とは思ったが、ノイムは懸命にも口には出さなかった。


 ふたりが今度こそ冒険者ギルドをあとにしたとき、日はほとんど落ちていた。

 真っ赤に染まった西の空を見上げて、ノイムはあくびをする。


 一日歩き通したあとにたらふく食べて、語り倒して――うまい具合に調子に乗せられて、ノイムは同じテーブルの冒険者たちに自身の身の上を打ち明けたのである。大受けだった。隣に座っていた女魔導士などは話を聞きながら泣いていた――今日はずいぶん賑やかな一日だった。今までにないほど健康的な疲労感に包まれている。

 宿に戻ったらぐっすり眠れそうだ。


(宿の酒場にいた人たち、もう解散したかな)


 それだけが懸念された。ノイムとシャティアが時間を潰したかったのは、あの下品な絡みかたをしてくる飲んだくれ男たちを避けたかったからだ。早い時間から酒を浴びていた彼らなら、夜になれば酔いつぶれて無害になるだろうと踏んでのことである。


「眠い? そろそろ帰る?」

「ふぁわ……」


 覗きこんできたシャティアに、ノイムはあくびで返事をした。


 滲んだ涙を拭ったときである。

 ぼやけた視界に、ふわりと浮きあがる影が映った。


 藍色に変わろうとする空の下、天を突く闘技場の灰色の柱の上。影は不安定に揺れながら宙を舞い、町の南側、目抜き通りに向かって降りていく。逆光になっていて、ノイムからはほとんどシルエットしか見えない。ただ、闘技場から現れたその影は、大きな鳥のようだった。


 シャティアが手のひらでひさしをつくり、目をすがめる。


「闘獣だわね。あれはガケ鳥か……」


 名前を出されたとたんに、大きな鳥影はノイムにとって見覚えのある生きものに変わった。

 ガケ鳥とは、切り立った崖や渓谷を住みかとする魔物である。どんな強風でもさばききる翼と、垂直の崖でもたちまち捉えて足場にしてしまうかぎ爪を持っている。


 それらにはノイムも何度か煮え湯を飲まされたことがあった。なにしろ向こうは自在に空を舞って、ヒットアンドアウェイの戦法でしつこく爪や嘴を繰り出してくる。崖に留まって羽休めができる。対するこちらは両手足を使わなければ崖なんて登れないし、空も飛べない。

 近接戦を得意とするシャティアは拳を届かせることもできず、刀を得物とするカデルとて同じである。役に立つのはノイムの弓矢か魔導士の魔法だが、風が強い場所ではノイムの矢などどれだけ狙っても当たらない。実質、魔導士とガケ鳥の一騎討ちだった。あのころはまだラヴィアスがいなかったので、彼に任せることはできなかったのだ。思いだすだにひどい泥沼の戦いである。


「ありゃまずいわ」


 うっかり思い出に浸ってしまったノイムは、シャティアに手を引かれて我に返った。

 まずいとはどういうことだろう。シャティアを追って小走りしながら、ふらふらと町の上を飛んでいくガケ鳥を睨む。シャティアの口ぶりからすると、あのガケ鳥は闘技場で飼われていた――使われていたともいう――闘獣のようだ。魔物が町中に放たれたのはたしかにまずいだろうが、ここは戦士が集まるサルシャの町である。鳥の一羽や二羽、撃墜するなんてわけもないに違いない。


 ふたりが目抜き通りに飛びだすと、ごうと風が吹き抜けた。

 巻き上げられた髪を押さえて頭上を仰ぐ。闘技場から逃げ出したガケ鳥が、傷ついた翼をはためかせて通り抜けるところである。先ほどからやたらとおぼつかない翼取りで飛んでいるとは思ったが、闘技でずいぶん痛めつけられたらしい。


「籠手さえ持ってれば、下から思いきり打ってやるんだけど」


 悔しそうに鳥の腹を見送るシャティアである。たしかに今の彼女は武器を持っていないのだから、手の打ちようがない。ノイムもだ。シャティアにもらった短剣はこの間駄目にしてしまった。つい追いかけてきてしまったが、これではただの野次馬――。


 悲鳴が耳の横をかすめていった。

 はっと顔を上げれば、助けを求めるくしゃくしゃの泣き顔とノイムの目がかち合った。


 ぼろ布のような服からは枯れ木のような手足が覗いている。細い首には、奴隷の証である枷がはめられており、そこにナイフで乱暴に整えたようなざんばら髪がちらちらとかかっていた。

 シンシアと同じころの年の少年である。


 あっという間に通り過ぎた少年に、ノイムは目を瞬いた。

 今の奴隷の少年は、ガケ鳥とまったく同じスピードで、羽ばたく魔鳥に追いすがるように去っていったのだ。驚かないわけがない。人の足であの巨鳥と並走することは不可能である。特にあのような細身の少年では。


 だからノイムはすぐに気づいた。

 彼は魔物を追っているのではなく、魔物に引きずられている。ガケ鳥の首から伸びた鎖の先を掴んでいるのか、それとも絡まっているのか、詳細はわからないが、とにかく、散歩している犬に引きずられる飼い主のような有様なのだ。

 犬と飼い主よりなお悪いところは、あれが、犬ではなく人の住めぬ崖っぷちに帰ろうとする魔物と、飼い主ではなく丸腰の奴隷という点だった。


 幾人もの戦士がガケ鳥と少年のあとを追って、目抜き通りを駆けていく。手に手に武器を持っているが、それをガケ鳥に向けている者はいない。うっかりすると奴隷の少年を傷つけてしまいかねないからだろう。だからシャティアも、最初、ガケ鳥を見つけたときに「まずい」と言ったのだ。鳥を撃ち落とせばそれで済むのに、それができない。


「闘獣の世話係の奴隷だね。見覚えがあるよ。ここまできても手を放さないなんて、根性があるというか……」

「怖くて手を離せないだけかも」

「それか主人に脅されてるかだね」


 シャティアの瞳には痛ましげな色が浮かんでいたが、ノイムはほとんど見ていなかった。ノイムの視線はガケ鳥とともに飛んでいく少年に釘づけだった。


 今のは、闘獣の世話係である奴隷の少年だという。

 記憶の片隅が刺激された。ノイムがまだ赤子だったころ、孤児院から売られていった子供のひとりだ。闘技場に売られていった少年がいたではないか。もちろん、あれから五年以上が経っているのだから、顔立ちもいくらか変わっているはずだ。ガケ鳥にくっついた少年に、孤児院の少年の面影を見たかと問われたら、ほんのひと目見ただけだからわからないと答えるしかない。

 それでも一度思い至ってしまったら、居ても立っても居られなかった。


 遠のく鳥の影を追って、足を踏み出しかける。

 ノイムはつんのめった。


 手を繋いだシャティアがびくともしない。彼女は別のものに気を取られていた。

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