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魔王に殺された代理勇者の。  作者: ねずみもち月
一章 代理勇者の出奔
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9.幼女、厨房に立つ

 さらに二年が経過すると、ノイムは厨房の手伝いをするようになった。


 主な役目はイモの皮剥きだ。調理台の周りでくるくると働く年上の子供を眺めながら、隅っこに座ってひたすら籠からイモを引っ張り出し、黙々と剥き続ける。


 野菜ではなく、()()()皮剥きと限定しているのは、ほかの野菜よりも圧倒的に触る機会が多いからである。

 荒れた土地でも育つ生命力を持っているためか、このあたりで流通している野菜といえばまずイモだ。サニアで最もよく産出されるサニアイモ(じゃがいも)に、ねっとりとした甘みのある這いイモ(さつまいも)など、いくつか種類がある。流通量が多く価格が安いからか、買い出しに出たアリサが籠いっぱいにイモを詰めて帰ってくる姿を見たのも一度や二度ではない。


 安くて腹に溜まる。茎まで美味しく食べることができる。常にたくさんの子供を養っている孤児院で、イモは重宝されていた。


 しかし、である。


 そのとき、院長が廊下からひょっこりと顔を出した。


「今日はデビーさんもお昼を食べていかれるそうだから、多めに作っておくれ」

「わかりました!」

「はぁい」


 調理台でイモの茎を刻んでいた少女と、ノイムが同時に返事をする。

 ノイムはいくらか恨みがましい目で、戻っていく院長の背中を見上げた。


 ……しかし、孤児院の資金源は人身売買である。


(絶対もっと稼いでるでしょ)


 食事は毎日イモばかりで、子供たちの服も新調できない、そんなはした金しか稼げていないなんてあり得ない。だって院長やアリサはくたびれていない綺麗な服を着ているじゃないか。食事だって、本当にノイムたちと同じ質素なものをとっているかどうか怪しいところだ。

 建て増しの一階には子供が立ち入れない場所も多いし、実は厨房がもうひとつあって、おとなのふたりだけ、裏では新鮮な葉物野菜のサラダや肉や魚をたらふく食べているのだと言われたって驚かない。


 食べものの恨みは深い。孤児院の子供たちはここ以外の食事を知らないからおとなしいだけだ。普通の食事を散々に経験してしまっているノイムには少々ストレスである。


「……あっ」


 怒りを募らせていたからか、サニアイモの皮をうっかり身ごと抉ってしまった。もったいないと怒られる。ノイムはナイフを短く持ち直して、皮にくっついた身を削りにかかった。


 院長が部屋に引っこむ音が遠くから届く。

 タイミングをはかったかのように、今度はどたばたとやかましい足使いのふたり組がやってきた。


「まだ皮むいてるー!」

「ぜんぜん減ってないぞ!」


 ちゃんとはたらけ! とふんぞり返ったのは、いかにも悪ガキといった表情を刻みつけた少年たちだ。ノイムと同じ時期にベビーベッドで寝かされていた赤子の、成長後の姿だった。


 ふたりとも、髪の毛がややざっくばらんである。

 これは彼らが散髪の際に落ち着きなく動き回ろうとするからだ。


「あんたたちがやらないから、わたしがひとりでぜんぶやってるの。おわらなくてあたり前だっ」

「だっておれ、ちゅうぼうには入るなって言われてるもん」

「おれも!」


 これは彼らが包丁やナイフを持つたびにごっこ遊びを始めて振り回すからである。


(同い年だと思われたくない……)


 明確な理由があって院長やアリサに反抗するノイムとはわけが違う。

 行動すべてに意味がない。面白いか否かが彼らの――レオとタランの判断基準だった。


「おわらないなら、あそぼうぜ」

「そうだ、どうせおわらないなら、やってもむだだよっ」


(アホか)


 言いたいのをぐっとこらえて、ノイムは皮剥きの手を止めた。迂闊な暴言はさらなる混沌を招く。うっかり口にしようものなら、取っ組み合いの喧嘩になるのは目に見えていた。彼らは手加減というものを知らないので、抵抗しないと大怪我を負わされる恐れがある。

 厨房で喧嘩なんかをすれば、悲惨なことになってしまう。


 とりあえず、深呼吸。苛立ちを胸の底に閉じ込めて、ノイムは声を上げた。


「カデルー!」


 腹から出したでっかい声である。

 さすがというべきか、応答は早かった。食堂のほうから、新たな人影が現れる。七歳になって背も伸び、やや大人びたカデルだった。


「おまえら、厨房は入ったらだめだって言われてるだろうが」


 彼はレオとタランの耳をぎゅっとつまみ上げる。悲鳴が上がった。


「おれが相手してやるから、じゃまをするな」

「はぁ? やだー」

「カデルつまんねぇもーん」

「そうか。それなら、院長に言うしかないな。おまえらが言いつけをやぶって厨房に――」


 レオとタランの顔色が変わった。


「カデルとあそぶ!」

「カデルでがまんする!」


 だから院長には黙ってて! とふたりは声を揃える。

 普段、顔を真っ赤にして彼らを叱るのはアリサの役目だが、厨房の件――刃物を振り回すのは命に関わる――など、しゃれにならないいたずらや遊びは、院長から直々にお叱りを受けることがある。

 以前やらかしたとき、レオとタランは物置にまる一日閉じ込められた。それがよほどこたえたのか、院長の名前を出すとふたりは嘘のように素直になるのである。あまりやりすぎると開き直ってしまうので、日常使いできる手段ではないが。


(実際、私が院長の名前を出しても、もうレオもタランも言うこと聞いてくれないしね……)


 遠い目をしたノイムとほぼ同時に、カデルの深いため息が聞こえた。


 しっかり者すぎるのも困りものだ。こうして面倒を押しつけられるのだから。

 押しつけたのはノイムだが。


 悪ガキふたりを引きずって出ていくカデルと、ノイムの視線が一瞬交差した。ノイムは口パクでお礼を伝える。

 カデルはみっちりと眉間にシワを寄せ、こくりと頷いた。


「貫禄ありすぎ……」

「なにか言った?」


 調理台の少女が振り返る。彼女は自分が被害に遭わないのをいいことに、気配を消して淡々と料理に集中していた。今さら興味を示すんじゃない。

 ノイムは「なんでもない」と首を振って、皮剥きを再開した。


 カデルとはこの二年でずいぶん仲良くなったと自負している。


 ノイムが困ったとき、彼は必ず助けてくれる。呼べば来る……というとまるで犬のようだが、とにかく、彼は今世でも頼れる兄貴分だった。


 ノイムはすでに、孤児院逃亡の計画に彼を組みこんでいる。

 売られる前に逃げ出すことを考えると、実行に移すのは、どうしたってノイムが十歳かそこらのときになってしまう。下手をすればもっと早い。その年で外に出て、ひとりで生きていくのはかなりの難題だった。


 特にここ数年は、正義のかたまりともいえる勇者が消えたということで、素行のよろしくない者たちの行動が大胆になっている。ノイムのような子供――しかも女――がのこのこと現れようものなら、どんな目に遭うかわからない。


 その点子供ふたりなら、成功率も生存率も多少は上がるというものだ。

 カデルはノイムよりふたつ上なので、タイムリミットが短くなるという欠点はある。それでも、剣士として活躍する将来の彼のポテンシャルを考えると、利点のほうが勝っているはずだ。


 ところが、ノイムは未だに脱走の「だ」の字すらカデルに伝えられていなかった。


(まず、ここが危ない場所なんだって……知ってもらわないといけないんだけど)


 赤子時代とは違って、ノイムたちはきちんと言葉を理解できる年だ。院長もアリサも、もう目の前で開けっ広げに取り引きの話をしてはくれない。一階の院長の部屋は近づくと怒られるし、ノイムもそのせいで監視の目を強められた。


 院長もアリサも馬鹿ではない。

 ノイムがほかの子供と違うことなんてとっくに見抜いている。


 取り繕っているつもりではあるのだが、真実を知っている身としては、どうしてもおとなふたりに対する見方が変わってくる。あちらも「気をつけないと奴隷売買について嗅ぎつけられるかもしれない」くらいは考えているはずだ。

 だからこそのイモ剥きともいえる。料理中は必ず誰かが一緒だし、抜けだそうものなら皮剥きが進んでいないこと……厨房を離れたことがバレてしまう。


 持ち回りで厨房の手伝いに入るはずの同い年のふたりがあの有様なので、仕事には事欠かなかった。たまにカデルが手伝いに来てくれているからなんとかなっているものの、彼がいなければその日の食事ぶんを剥き終わることすら危ういくらいである。


「剥き終わったおイモからちょうだい」

「はい」

「……待って、私も手伝うわ」


 ほうら、足りない。

 ノイムは思わず、持っていたサニアイモにナイフを突き立てた。


 ▼ ▽ ▽


 カデルをノイムと同じ土俵に立たせる。

 そのためには、ノイムが言葉を尽くして院長たちの所業を語るだけでは不十分だった。院長とアリサは、子供たちにとっては親も同然の存在なのだ。彼らの愛情が打算から来るものだと知っているノイムは、心から慕おうなんてとても思わないが、カデルは違う。本当の父親と母親のように、おとなたちのことを慕っている。


 ここでノイムが「院長とアリサは、私たちを奴隷として売る気なんだよ」なんて言ったらどうなるか。


 言うまでもない。

 カデルとノイムの絆はそこで終わり。親愛度はゼロに戻るだろう。あるいはマイナスかもしれない。そうなればもう打つ手はなかった。ノイムはカデルを残して、ひとりで孤児院から脱出するしかなくなってしまう。


 前世の記憶から彼がきちんと生き延びておとなになるとわかっていても、見捨てた側の心象はあまりよろしくない。というか「ノイムは自分だけ逃げて助かった」という事実が彼のなかで残って、遺恨になる。再会したときのことを考えると恐ろしい。


(でも結局、カデルだけ一緒に来てもらっても、ほかの子たちは見捨てることになるんだよね……)


 ノイムは昼食をつつきながら唸る。


 まさか全員を連れて逃げるわけにもいかない。そのためにはおとなの協力者が不可欠で、それを得るには一度孤児院の外に出なければならないのだ。子供が外に出る機会は、孤児院を卒業する(うられる)ときの一回きり。それではもう遅い。


 やはり、まずはノイムと……できればカデルが、逃げることが先決だ。


 逃げて、少しでも治安がマシな場所に移動して、助けを求める。子供奴隷の売買は大陸全土で禁止されているわけだし、いくら寂れたサニアの国でも、確たる証拠があるのに見逃しはしないはずだ。

 頼る場所にも見当はつけている。そこも決して近い距離ではないので賭けには違いないが、挑む価値はある。


 そのためにはやっぱり、カデルが必要だった。ノイムひとりでは絶対に無理だ。

 そしてカデルを引き入れるには、彼にも孤児院の裏の顔に気づいてもらわねばならない。結局課題は、ここに戻ってくるわけである。


(いろいろやってみてはいるけどなぁ……)


 たとえば、深夜。トイレに行くときに「怖いからついてきて」とカデルを起こして、一緒に来てもらうのだ。そのとき、さりげなく院長の部屋から話し声か聞こえないかと耳をそば立てて、聞こえたらカデルを連れていく。院長とアリサが奴隷売買の話をしていれば万々歳だ。そうでなくても、カデルの不信感を煽るような会話であればなんでもいい。


 院長とアリサの本音を聞いたカデルは、晴れてノイムの味方となる。


(ま、うまくいかないんですけどね)


「今夜仕掛けよう」と考えた日にうっかり寝落ちして、そのまま朝までぐっすり眠ってしまうことだってざらにある。それに、あまりにも短いスパンで起こし続けると、カデルが同行を渋るようになってしまう。また、あまり夜が深すぎると、院長もアリサも寝てしまっていて盗み聞きどころではない。


 カデルの存在を認識してから間もなく思いついたこの作戦は、ただの一度たりとも成功したためしがなかった。

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