第十八話 贄は不憫なり
前回、よりにもよってロッカーの中へと隠れてしまったイツハ。
完全に詰みなのでしょうか?
では、気になる本編をどうぞ!
――どうして、知識を与えたのですか?
――一般教養など必要ないのでは?
――君がそう思うのも無理はない
――だが、いずれ理解する。無論、理解するのは君ではないが……
「あ、あれ……」
頭の奥底から聞こえて来た声で、イツハは正気に戻る。
ショックのせいで、意識が一時的に飛んでいたのだろうか。
彼はまず自身が怪我を負っていないかを確認する。
狐にロッカーから引きずり出されたと思ったが、今も彼はロッカーの中にいた。
「変だな……」
何かしらの理由があって狐は襲撃を中断したということか。
イツハはゆっくりとロッカーの扉を開く。
もしかすると、狐が待ち構えていたかと思ったが、開いた先には何もいなかった。
「どうしてだ?」
イツハは首を傾げながらもタブレットを見てみる。
ドキドキ度を見てみると、270というこれまでで最高の数値を叩きだしていた。
「これ以上ドキドキしたら、心臓が破裂してしまう……」
イツハが愚痴っていると、タブレットからミュナの声が聞こえてくる。
『助かったみたいね。ロッカーが勝手に倒れたのはビックリしたわ~』
イツハが近くを見ると、ひしゃげた二つのロッカーが転がっていた。
生きた心地がしないまま、イツハは一階の図書室にいるチャシーの元まで向かうことにした。
階段を降りて一階の廊下へと辿り着くと、彼は奇妙なものを目にした。
「あれは?」
壁に身を隠していると、狐達が廊下を走っていくのが見えた。
行先からすると、どうやら玄関の方へと向かっているらしい。
「何かあったのか?」
急用が出来たということなのか。
イツハは不思議に思いながらも、図書室の扉をゆっくりと開ける。
部屋の中を覗いてみるも、そこにはチャシーの姿はなかった。
「あれ、チャシーは?」
タブレットのライトで照らしてみるも、図書室にはやはり人の姿は見られない。
『チャシーちゃんいないわね』
『妙でございますね』
何処に行ってしまったのだろうと、イツハは考える。
狐と関係があるのだろうか。
「行ってみるか……」
鳴き姫狐が部下を招集したのかもしれない。
そう思うと、チャシーに危険が迫っている可能性も高い。
「ミュナおばさん。チャシーが外にいる可能性があると思います」
『外に行くのね。気を付けてね』
『お気を付けくださいませ』
「はい」
イツハは廊下を走り、急いで校舎の玄関から校庭へと飛び出る。
相変わらず空は陰鬱で、見ているだけでも気力が蝕まれていく。
チャシーはどこだろうか。
彼は校門の方に目を向けると、そこには――。
「な――!?」
イツハは叫びそうになるも、何とか手で抑える。
校門の前には何匹もの狐がいた。
毛並みはボロボロで、肌も火傷でも負ったかのごとく爛れている。
まるで戦傷兵が列を成しているようで、中央には泣き姫狐が佇んでいた。
泣き姫狐の前には――何とチャシーの姿があった。
彼女は恭しく頭を下げており、その手にはかんざしを持っていた。
「え? え?」
イツハには彼女が何をしようとしているのか分からなかった。
泣き姫狐に対してかんざしを捧げようとしているのだろうか。
彼が遠くから様子を伺っていると、チャシーがチラリと門の方を見ている。
もしも、かんざしを捧げる行為が泣き姫狐との関連があるというのであれば、それを話した上で皆と協力してもいいのではないだろうか。
そこまで考えてから、彼はようやく気が付いてしまった。
チャシーは脱出の手がかりを得た上で、一人で抜け駆けしようとしているのだ。
「や、やられた……」
余裕のあるチャシーの顔を見ていると、彼女は確信を持っているに違いない。
イツハとギガントへの謝罪の意思は一切読み取れなかった。
自分は正しいことをしているという純粋な顔だ。
「そ、そうだったのか」
すると、イツハは唐突に悟ってしまう。
そのショックのせいか、彼はがくりとその場に膝をついた。
『いっちゃん、どうしたの?』
ミュナの心配そうな声を聞き、イツハは力なくこう答えた。
「いえ、この試練の真の恐ろしさに気が付いたのです」
彼は気が付いてしまった。
この試練の恐ろしい点は、人の本性をさらけ出すことにあった。
配信で多くの視聴者が見ているにも関わらず、恐怖から逃げたい一心で自分だけ助かろうとしている。
当然、コンビを組んでいる神としては溜まったものではないし、それでも醜態を晒すことになったとしても逃げ延びたいという気持ちは分からなくもない。
「ん、あれ?」
いっそのことかんざしを奪ってやろうかと考えていると、イツハはチャシーの様子がおかしいことに気が付いた。
泣き姫狐はかんざしを受け取らず、チャシーを睨みつけている。
チャシーには泣き姫狐の姿は煙にしか見えないはずだが、彼女は不穏な気配で顔を強張らせながらも懐から紙のようなものを取り出している。
「あれは……降臨のお札だ」
チャシーは撤退を試みているのだが、泣き姫狐はそれよりも素早く前脚を上げて――。
「チャシー!」
イツハの叫びも虚しく、チャシーは――綺麗に吹っ飛んだ。
泣き姫狐が彼女に前脚を叩きつけたのだ。
まるでハエでも追い払うかのような仕草で、彼女は悲鳴を上げることすら出来ずに門へと身体を打ち付けた。
――何が何だか分からない。
口から血反吐を零しながらも、チャシーは目で困惑と苦情を訴えているのがイツハにも伝わった。
「チャシー……」
チャシーの自業自得だ、とイツハには言える訳もなかった。
ただ、怖かったのだろう。
だからこそ、急いで逃げたかった。
誰しもが、抗うために戦うという選択肢を取れるほど強くはないのだから。
やがて、お迎えと言わんばかりに準天使達がチャシーの元へと集まってくる。
チャシーが強制的に離脱しているのをイツハが見届け、それを見ている間に狐達は徐々に姿を消していく。
ただ、全員が退散するその前に狐の一匹がとんでもないことをしてくれた。
「ちょっ、ちょっと!?」
狐の一匹がチャシーの持っていた降臨のお札を見つけると、強引に噛み千切ってしまった。
使い物にならなくなった紙切れが舞っているのを眺めつつ、イツハは小さく独り言を呟く。
「自分一人になってしまったな……」
イツハはどうすればいいのか迷いつつ、チャシーがいた場所を改めて見てみる。
お札の残骸の他にかんざしが落ちていたが、もう一つ何かがあることに気が付いた。
「何だろう?」
イツハは周囲に気を付けながらも恐る恐るそれに近づく。
「これは鍵?」
恐らくはチャシーが持っていた鍵に違いない。
イツハが拾い上げると、ミュナがこんなことを言って来た。
鍵についたタグに書かれている文字を読み上げてくれたのだろう。
その言葉を耳にして、イツハは驚愕する。
かの神は信じられないことを口にしたのだから。
そして、もう一度哀れな人の子に、こう告げてくれるのだ。
『――いっちゃん。門の鍵って書いてあるわよ』
ついにとうとう、イツハだけが残ってしまいました。
イツハは本当に学校から脱出が出来るのでしょうか?
そして、ミュナおばさんの告げた衝撃の真実――。
見逃せない展開をご期待ください!
面白いと思いましたら、いいねやブックマークをしていただければ幸いです。
それでは今後ともミュナおばさんとイツハとマァルナの活躍をお楽しみに。




