第十三話 贄は小賢しい
前回、泣き姫狐の犠牲となってしまったルーロン。
容赦のない泣き姫狐を前に、イツハ達は学校から脱出出来るのでしょうか?
ルーロンは成すすべもなく炎の中に引きずり込まれてしまった。
あまりにも衝撃的なその光景は、イツハの網膜へと深く焼き付いていた。
「ルーロン……」
イツハの隣には、肩を落として歩くチャシーの姿がある。
生気のないその顔を見ているだけでも、イツハは心が苦しかった。
「自分がもう少し早く行動をしていれば……」
イツハ達は東棟の一階にいた。
泣き姫狐がどこから襲ってくるのか分からない。
そんな生きた心地のしない状況だ。
「ルーロンは、準天使に助けられたんだよね?」
「う、うん。そうだと思うけれども……」
泣き姫狐から逃げた後、イツハだけがすぐさま三階へと戻った。
だが、そこには何もなかった。
ルーロンと泣き姫狐、それにあれだけ勢いよく輝いていた炎すらも。
「くっ――!」
イツハは自身の下唇を強く噛み締める。
この試練で死者は出ないのならば、ルーロンもまた準天使に救出されたはずだ。
そう思いながらも、二人は一階の保健室へと向かう。
『いっちゃん。その……』
『イツハ様のせいではございません。気を落とさないで下さいませ』
「は、はい」
返事はするものの、イツハの心の中には深い罪悪感が突き刺さっていた。
いつまた泣き姫狐やその配下の狐が襲い掛かってくるか分からない。
しっかりしなければと思うも、しな垂れかかってくる恐怖のせいで心身共に重かった。
「お、イツハじゃねえか。それにチャシーちゃんも」
イツハが声の方を向くと、そこには赤い肌の男がいた。
「ギガント……」
イツハが小さく声を出していると、チャシーがワッと泣き出してしまった。
「チャシーちゃん!? イツハ、てめえ!?」
「すみません……。自分のせいです。詳しい話は、そこの保健室でしませんか?」
イツハはすぐ近くにあった保健室へと視線を向ける。
憔悴しきった彼の様子を見て、何かを察したギガントは振り上げた拳をとっさに引っ込めた。
「お、おう」
三人で保健室へと入ると、イツハは壁に背を向けてどさりと座り込んだ。
ギガントは椅子に座り、チャシーはベッドの上に腰掛け、三人して重い溜息を零す。
「で、何があったんだよ?」
「実は――」
イツハは淡々と語り出す。
探索で得た情報を簡単にまとめてから、ルーロンが狐に襲われて棄権になったことを話すとギガントは頭を抱える。
「マジかよ。あのルーロンの姉さんが……。でもよ、歴史資料室とやらに入った時は、問題なかったんだろ?」
「うん。最初から火の幻はなかったし、教室も普通に調べられたよ。でも、歴史資料室に入った途端、突然――」
チャシーは呼吸を荒くする。
やはりどうしてもルーロンのことを思い出してしまうのだろう。
「ご、ごめん。それで、いつの間にか廊下が火に包まれていたんだね」
「脱出する時に、降臨のお札を使ったんだけれども……」
「神様を一時的に呼べる札か。全然見つからないよな」
イツハも一枚持っているが、やはり貴重なのだろう。
そう考えると、他人を助けるために使ってしまっていいものなのか。
「その代わりに、調理実習室で美味そうなものを見つけたぜ」
ギガントはポケットに無理矢理詰め込んだであろうビニールの袋をイツハに見せびらかす。
「それは?」
「干し肉だよ。お前も喰うか?」
「いや、お腹は空いていないんだ」
「ノリが悪いな、お前は」
「そもそも、食べられるの?」
「俺はユニーク技能の鋼の胃袋っていうのがあるからな。これぐらいは楽勝よ」
ギガントは袋から干し肉を取り出して食べ始める。
豪胆だなと思いつつも、イツハは話題を変えることにした。
「チャシーさんの神様はどんなお方?」
「浮雲と流動の神のクランドロンさん。変な方だけども、とても良い方」
「それで雲を出せたのか……」
神の力を借りたとしても、時間があまりにも短い。
使いどころを間違わないよう気を付けなければとイツハが考えていると、チャシーと目が合った。
「ねえ、イツハ君には、あの煙が狐の姿に見えるんだよね?」
チャシーはすすり泣きながらもイツハへと尋ねる。
「自分にははっきりと見えるんだ。ところで、あの大きな狐からは泣くような声は聞こえなかったよね」
「私は聞こえなかったよ」
「そうか。考えたんだけれども、実は……」
イツハは狐の中には親玉のような存在がおり、その親玉は近くにいると泣くような声が聞こえるとチャシーとギガントへと説明した。
「泣く声?」
「うん。自分はあれが泣き姫狐だと思うんだ」
「どうして泣いているってんだ。泣きたいのはこっちの方だぜ」
「でも、泣いている理由を突き止めれば、ここから出られるかもしれないんだよね?」
「それはどうなのかな……」
チャシーの発言を聞いていると、早く脱出したいという焦りが見える。
この居心地の悪い空間は、誰だって御免をこうむるだろう。
「そうだ。三階の歴史資料室でこれを見つけたんだけど……」
チャシーは背負っていたリュックサックから何かを取り出す。
リュックサックの中には、ルーロンから預かったであろう荷物が入っているのも見えた。
「あった。これこれ」
チャシーが取り出したのは、レンズの付いた見慣れない機械だった。
可動部分を動かすとまるで戸のように開き、そこに液晶画面がはめ込まれてあった。
「これは?」
「歴史資料室にあった機械。頑丈なケースの中に入れられていたんだよ」
チャシーが機械の一部を押すと蓋が開いた。
「ここにテープが入っているみたい。撮影も出来るし、ここで映像を再生できるみたい」
「テープって、これも磁気式か……」
「へえ、面白いじゃねえか。こういうのは任せろ」
ギガントが機械の電源スイッチらしきボタンを押すと、雑音と共に液晶に映像が再生され始める。
「どんな映像なんだろうか?」
イツハ達は息を呑んで液晶の画面を見つめる。
画質は荒く、スピーカーから聞こえる音にもノイズが混じっている。
映像には初老の男性が映し出されていた。
男の足元には根元から倒れた木があり、盛り上がった土が山積みとなっていた。
『――学園長。本当に、あるんですか?』
怯えた男の声が聞こえる。
恐らくは撮影者の声だろうか。
『ゴロウダ教頭。私の話を信じないのかね?』
学園長と呼ばれた男は静かな怒りをカメラへと向けてくる。
荒い画質でも、その気迫は十分に伝わった。
『と、と、とんでもございません!』
『見たまえ。先日の大雨で、大木の根元の土が――』
『あ! 何か埋まっていますね!』
カメラのレンズがその埋まっている何かへと向けられる。
「祠かな?」
チャシーがぼそりとそう言った。
イツハが見る限り石で出来た構造物らしきものがあるが、人一人が入れるほど大きくもない。
液晶画面の中で、学園長が興奮した様子で祠を調べている。
『お、これは――』
『何か見つかったのですか?』
『この馬と矢の合わさった遊馬家の家紋を見たまえ! この遊馬の地より古くから伝わる天馬姫様の伝説は本当だったのだ!』
学園長は興奮した口調で叫ぶと同時に、イツハ達も驚きを隠せなかった。
「天馬姫様の伝説だって?」
学園長は過去の歴史に興味があるのだろう。
だが、わざわざ教頭に記録映像まで撮らせているのが謎だ。
ただ単に過去のロマンを追い求めるだけなのか。
どの時代においても、墓泥棒とは効率よく稼げるビジネスだ。
イツハは嫌な予感を覚えながらも、映像を注視する。
『お伽噺ではなかったのですか!』
『そうだ! さあ、ゴロウダ教頭、これから忙しくなるぞ!』
『は、はい!』
『きっと埋まっているはずなのだ。これさえあれば……』
学園長は目を輝かせている。
欲に塗れた人間はここまで恐ろしい輝きを放つのかとイツハは思ってしまう。
「ん?」
ふと、映像がピタリと止まってしまった。
これから先の映像が重要だというのに、実にタイミングが悪すぎる。
まるで、計ったかのように。
「故障?」
「待ってくれ。再生と一時停止ボタンを押しても、何の反応がないぜ」
「困ったな……」
すると、液晶画面に乱れが生じる。
直ったのかなとイツハが思っていると――。
『許さぬ――』
「え」
学園長と教頭とはまた別の声がした。
地の底から響いて来るような、恐ろしい声だ。
機械を手にしているギガントは怯えた目を向けるも、イツハとチャシーはどう反応すればよいのか分からなかった。
『よくも、よくも余を封印しおったな――! 許さぬ――!』
恨みのこもった声に交じりすすり泣く声もする。
鬼気迫った様子にギガントはヒッと小さく悲鳴を上げる。
その瞬間、彼の手から機械がすっぽ抜け――。
「やべ!?」
床へと叩きつけられた機械は大きな音を立てる。
部品が外れて液晶にひびが入り、スイッチ部分も取れてしまった。
「壊れちゃった……」
「も、申し訳ねえ!」
「余程見られたくなかったのか。強引に止めた感じがしますね」
「ちっ、癪だな。次はどう動けばいいんだかな」
「皆で協力しようよ。そうすればきっと脱出できるから」
チャシーがそう言うと、ギガントは肩を竦める。
「チャシーちゃんと手を組むならばいいんだけどよ」
ギガントはイツハを軽く睨む。
嫌悪感を向けられるも、イツハは怯まず言い返す。
「一応、自分には霊感というものがあるから、何かの役には立つかなと思うんだ」
「そ、そうだよね!」
「ちっ、仕方ねえな」
すると、ギガントの持っていたタブレットから声が聞こえる。
どうやら、トレンの抗議の声らしいが、三人は気づかないふりをして話を進める。
「では、まず調べていない部屋を探そう」
「うーん、まだ調べていない部屋ってどの辺りかな?」
「俺が既に探したのは、一階東棟の技術工作室と調理実習室だな」
「自分は一階西棟の応接室と事務室と放送室ですね」
「イツハ君が生物実習室と準備室を調べてくれたから、私の調査と合わせて東棟の二階は全部終了。ルーロンが三階西棟を全部調べたから……」
三人は話し合い、未調査の部屋について話し合うことにした。
それぞれが調べた部屋について確認すると、鍵が見つからない関係上調べていないのは一階西棟の学園長室と図書室だけとなっていた。
「鍵がないんじゃ、調べようがないな……」
「あの、三階で、図書室の鍵は見つけたの」
チャシーが鍵をリュックサックから取り出して見せると、ギガントはパチンと指を鳴らす。
「それだ! きっと重要な情報があるに違いねえ!」
ギガントが大喜びしている最中、イツハはあることを考えていた。
「イツハ、とっとと図書室へ行くぞ」
「いや、自分は裏山に行こうと思う」
最後のイツハの発言は、空気が読めていないということではございません。
何故彼が、裏山に行くと発言したのでしょうか?
気になる次回をご期待ください。
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それでは今後ともミュナおばさんとイツハとマァルナの活躍をお楽しみに。




