第九話 贄は漁る
教室の探索を行うことにしたイツハ。
さて、何か有用なものは見つけられるのでしょうか?
学生達が学校生活の大半を過ごすであろう教室。
様々な思いが残されているのだろう。
そんなことを考えながらもイツハが1-3教室へと足を踏み入れる。
タブレットのライトで教室内を照らすと、音楽室と違って荒らされてはいなかった。
荒らされてはいないのだが――。
『何だか散らかっているわね』
「はい。何かの準備をしていたみたいですね」
学生達が使っていたであろう机は一か所に寄せられ、テーブルクロスの敷かれたその上には色紙で作られた飾りが並べられていた。
『イツハ様。これはかんざし祭りの準備をしている最中ではございませんか?』
「かんざし祭り……。そうか、学校中を皆で飾る感じなのかな」
さぞ楽しみにしていたのだろう。
教室の片隅には、人形達が並んで椅子に座っていた。
仲睦まじいその姿を見ていると、イツハの心の中で人形達の正体についてあれこれ推察してしまう。
あまり深入りしない方がいい。
彼はそう考えながらも、教室を詳しく探してみる。
「これは――」
イツハは隅に移動させられた教壇を発見する。
作業の邪魔だから移動させられたのだろうか。
教壇を注視してみると、破り取られたページがその下敷きになっていた。
風で飛ばないように重石代わりにでもしているかのようだが、親切心はまるで感じられない。
「よし、と」
イツハは教壇を少し持ち上げ、ページを拾い上げる。
「これはもしかすると……。ミュナおばさん、見て貰っていいでしょうか?」
『了解よ~。えっと――さっき見つけた学園の歴史とはまた別の内容ね。遊馬地方の過去に焦点が向けられているみたい』
「え? どんなことが書いてありますか?」
『どうやら、昔に大きな戦があったみたいね』
「戦ですか。確か、この学園は戦争で一度学校が焼けてしまったんですよね」
『ええと、時代背景からすると学園が建てられる前に起きた戦争のようね。遊馬の土地は次々と敵に占領されたみたい。そして、ついには遊馬城が敵に包囲されたそうよ』
「遊馬城ですか!?」
イツハはカセットの内容を思い出す。
人間達が遊馬の土地で城を建てたとのことだ。
その城というのが、遊馬城と考えて間違いないだろう。
『その次は、お城の天馬姫というお姫様が逃げられなくなったと書いてあるわ」
わざわざ歴史の一文に書くとなると、歴史の大きな分岐点となったのだろうか。
彼がそう考えていると、ミュナが不思議そうな声を上げる。
『その後、天馬姫は城を無事に抜け出したってあるわね』
「え? 誰かが助けてくれたんですか?」
『それが書いていないのよね~』
「では、どうやって包囲を突破したのでございましょうか?』
イツハもまた疑問だった。
大切な内容だけが意図的に隠されているような気がしてならない。
『天馬姫が抜け出した後、彼女の周りでは変わったことが起こり始めたんですって』
「変わったこと?」
『ええと、枯れた井戸から突如水が噴き出たり、頻繁に雲のない空から雨が降るようになったとか』
『心霊現象、なのでございますか?』
「どうなんだろう……」
『そして、ある時遊馬の地方を占領していた敵軍が忽然といなくなってしまったそうよ』
「忽然とですか? いや、ありえないですよ」
『いっちゃん、ページの裏の方を見せて貰っていい?』
「あ、はい」
イツハは持っていたページの裏面を出してから暫くすると、ミュナの困った声が聞こえてきた。
『うーん。忽然と消えた理由がさっぱり書いていないわね。でも、遊馬城に戻った天馬姫はその後率先して他国を攻め入って領土を増やしていったそうよ』
「う、ん……? 何だかよく分からない展開ですね。でも、泣き姫狐と何か関係があるかもしれませんね。その後は何か書いてありますか?」
『残念だけども情報はここまでね』
「ありがとうございます」
散在している情報を集め、そこから脱出へ繋がる道筋を見つけなければならないのか。
この調子だと門の鍵は簡単には手に入らないようだ。
手がかりとなるのは天馬姫のその後だろうが、それが脱出と本当に関係があるのかすら分からなくなってくる。
「参ったな……」
正しい道順に進んでいるのか。
それとも、変な方向に誘導されているのか。
不安が思考を掻き乱す中、タブレットからマァルナの声が聞こえてくる。
『イツハ様。今は進みましょう』
「そ、そうだね」
戸惑っている暇はない。
イツハは立ち上がり、教室から出ていく。
『1-2教室と1-1教室があるみたいね』
「分かりました。探してみますね」
イツハはそれぞれの教室に入ってみるも、やはり1-3教室と同じようにイベントの準備で使われているらしく、かつては生徒達が楽しく作業をしていたのだろう。
その痕跡を見ていると、彼は無性に虚しくなってしまう。
特段変わったものは見つからず、次にどこを探索しようか彼が考えているその時だった。
「悲鳴……?」
どこからか甲高い声が聞こえて来た。
「向こうから?」
イツハが耳を澄ましてみると、またも声が聞こえて来た。
彼が周辺を探してみると、二階の東棟へ続く渡り廊下から聞こえて来た。
「あっちからか」
もしかすると、また誰かが狐に襲われているのだろうか。
イツハは渡り廊下へと向かう。
ガラス戸を開くと、その前方では誰かが彼の方へと向かって走って来ていた。
「どいてー!」
走ってきたのは女性だった。
年齢はイツハと同じくらいで、薄く見えるそばかすと琥珀色の長髪が特徴的だ。
その走る速度は尋常ではなく、彼は思わずその場から飛び退く。
「間に合え~!」
叫ぶ女性の背後には狐がいた。
大きさからすると、イツハが最初に出会った狐と同じくらいだ。
同じ個体と断言は出来ないが、首領の狐が複数体の手下を使役していてもおかしくはないだろう。
「そ、そうだ」
イツハは女性が戸の内側まで来たことを確認してから、戸を素早く閉める。
狐は戸へと体当たりするかと思いきや、戸へ当たる寸前でスッと姿を消してしまった。
「いなくなったか……」
イツハが胸を撫で下ろしていると、女性は彼へと顔を近づける。
「助かったよ~! 私はチャシー! 君の名前は?」
イツハは改めてチャシーの様子を確認する。
白と青を基調とした制服と帽子を身に着けており、背中にはリュックサックを担いでいる。
その姿はどことなく医療従事関係かあるいは衛生兵を彷彿とさせた。
「イツハです。お怪我とかはないですか?」
「ないよ!」
チャシーはにこやかに笑いながらも、イツハの両肩をポンポンと叩く。
「いやー、本当に怖かったよ。煙みたいなのが襲って来たんだもの」
「煙って……。自分は狐の姿に見えたのだけれども」
「狐!?」
その瞬間、チャシーはギョッとしたような顔でイツハを見つめる。
「え?」
「ど、どうしました?」
「もしかして、イツハ君って見えちゃう人?」
「見えちゃう、ですか?」
イツハは何のことやらといった顔をするも、チャシーはそれに構わずこう続ける。
「ほら、幽霊とかそういうのが見えちゃう人のこと。霊感って言えばいいかな?」
「霊感……。そうなのかもしれないですね」
自分にそんな力があるとは思わなかった。
他の人も持っているのではないかとも考えたが、イツハは頷いておくことにした。
「凄いね! もしかすると、脱出するための情報も揃っちゃっている感じ?」
「いえいえ。チャシーさんは何か情報を得られましたか?」
「えっと、この学校について書いてあるページなら見つけたけどさ」
「え、どんなことが書いてあったんですか?」
イツハが尋ねると、チャシーは思い出しながらも口を動かす。
「ええっと、私が知っている情報だと、昔お城に住んでいたお姫様が、狐に憑りつかれていたとか」
「き、狐にですか!?」
「イツハ君も狐について何か知ってる?」
「え、ええ」
イツハは今まで彼が得た情報をざっくりとチャシーに伝える。
特に狐が人間に恨みを持ち、何かしらの復讐をしでかそうという彼の推測を聞いて、彼女は興味深そうに頷いていた。
「お姫様がどうやって助かったとか、お城から脱出した後に他国へ攻め入るようになったのも、狐が関係しているってことだよね!」
「そうかと思います」
狐に憑りつかれた姫が不思議な力で城を脱出し、その後他国へ攻め入った。
霊的な存在を信じない者からしたら鼻で笑ってしまう歴史だろう。
だが、既に神という存在をおばさんと呼んでいるイツハからしたらそのぐらいのことが起きても何ら不思議でもない。
人間へ恨みを抱いた狐が、復讐のために人間同士を争わせる――。
そんな考えが脳を過ぎったせいか、イツハは自然と鳥肌が立ってしまう。
「さっき二階の東棟にある化学実習室と美術室を調べて、最後に生物実習室へと行ったんだけども、煙みたいなのに襲われて逃げてきちゃった」
「え!?」
「たまたまスプリントとかいう限定技能を拾っていたからよかったものの、本当に間一髪って感じ」
「よくご無事でしたね……。生物実習室に狐にとって調べられたくない物があるのですかね?」
「きっとそうだよ。そもそも、狐を何とかしないと脱出が出来ないんだよ!」
「それは断言出来ないけれども……」
イツハは考え込む。
彼が眉間に皺を寄せていると、誰かに肩を叩かれた。
「チャシーさん、どうかしましたか?」
「私じゃないよ?」
「へ?」
イツハは間抜けな声を出しながらも背後を振り向くと、そこにいたのは……。
「よ、元気?」
そこにいたのはルーロンだった。
緑色の髪をかき上げながらも、クスクスと笑っている。
「あ、ルーロン!」
「チャシーだっけ? 無事みたいね」
「あ、お知り合いでしたか」
「まあ、この試練で会ったばかりだけどね」
和気あいあいとしている姿を見ていると、イツハとしてもホッとしてしまう。
何しろ恐怖の連続だったのだ。
視聴者だってこの穏やかな雰囲気を味わいたいと思っているだろう。
それから、三人で得た情報について話し合っていると、ルーロンがこんなことを言い出した。
「なるほど。生物実習室に何かあるんだね?」
「そうみたいです。ルーロンさんは西棟の三階を探索していたんですよね」
「その通り。でも、得られたのはこれだけさ」
そう言いながらも、ルーロンは手にしていた紙袋の中身を見せてくる。
その中には、金色の棒やら花を模した細工等が収まっていた。
「かんざし祭りという催しがあるみたいだから、何かに使うのかなって思ってね」
「ルーロン! さっすが~!」
チャシーは喜びながらもルーロンへと抱きつく。
確かに重要な道具なのかもしれないが、どう使うべきなのか。
情報が集まってきたが、決定的な情報が欠けている。
イツハは少し考えてから、そしてこう切り出した。
「二人共、自分はこれから東棟の生物実習室を見てこようと思います」
「え、危ないよ?」
「気を付けますよ。それに自分は生物化学準備室の鍵を持っています。鍵が掛かっている以上、重要な情報があるかもしれません」
「私は止めないけどさ。ところで、二人は東棟の三階って探索したかい?」
イツハとチャシーは揃って首を横に振った。
「ボヤボヤしているのは性に合わなくてね。じゃあさ、イツハが探索している間に、私達が東棟の三階を捜すのはどう?」
ルーロンの提案に、チャシーは即座に反論する。
「待って! 三階は危険じゃない? 私も男の人が飛び降りるのを見たし!」
「重要な情報があったからこそ、狐の首領とやらに目を付けられたんだろう? そうなれば、行かざるを得ないさ。まあ、私一人が行ってもいいさ」
ルーロンの発言を聞いて、チャシーは自身が持っていたタブレットを操作する。
恐らくはコンビを組んでいる神と相談しているようだ。
暫くすると、チャシーは渋々といった様子で顔を上げる。
「もう、危険だけれども一人よりも二人の方が安全だから行けって。クランドロンさんから言われちゃった」
クランドロンとは、チャシーとコンビを組んでいる神の名前だろうか。
それにしても先程から神々が話の間に割って来ないのはどうしてなのか。
もしや人間同士の話し合いを邪魔しないよう空気を読んでいるのかもしれない。
折角なのでクランドロンがどんな神なのかとイツハが尋ねる前に、ルーロンがこう言った。
「よし、いい返事さ。終わったら、一階の保健室に集合といこう」
「分かりました。では、早速行ってきますね」
「気を付けてね!」
イツハは二人に別れを告げてから東棟へと向かっていると、タブレットからミュナの声が聞こえて来た。
『いっちゃん。さっきの会話は聞かせて貰ったけど、大丈夫かしら?』
「手がかりがありそうな以上、頑張る他ないですから」
『イツハ様。無理だけはなさらないで下さい』
「それは、分かっているよ」
イツハは答えながらも、前方を見据える。
霊感があるからこそ、もしかしたら大丈夫なのかもしれない。
その確証はどこにもない。
ただ、彼は他の人にはない特徴があると知った。
自惚れなのかもしれないが、彼は自分の可能性を信じることにした――。
新たにチャシーと出会ったイツハ。
とりあえずは一安心といったところでしょうか?
次回は東棟の二階の探索を行うようです。
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それでは今後ともミュナおばさんとイツハとマァルナの活躍をお楽しみに。




