第二話 贄は檻の中へ
気が付くと、イツハはどこかの学校の体育館の中にいた。
試練の内容からすると、イツハが一人で頑張って学校から脱出しなくてはならないようだ。
果たして、この不気味な学校から脱出が出来るのでしょうか?
「あ……」
イツハは見てしまった。
彼の背後には、狐がいた。
頭部や耳を見ればどうにか狐と判断出来るのだが、ケロイドを起こしているのか体毛の所々がはげ落ちているせいで異様な獣に見えてしまう。
「これが泣き姫狐、なのか?」
狐はどんよりとした目つきでイツハを見ている。
生気のない目に見られているだけでも気分が悪くなってしまう。
まるで、こちらの顔に死相が浮かんでいると決めつけているかのようで。
「逃げないと……」
イツハはふと疑問に思う。
この狐は本当にこの場所に存在しているのか?
何故急にそんな考えが浮かんだのか。
イツハは狐を凝視して、ようやく理解した。
狐の全体像の輪郭がほんのわずかだが、ぼやけていた。
この世のものではない存在が、必死になって現世に喰らいついているかのような、そんな率直な印象が彼の頭の中に思い浮かぶ。
彼がわずかに後ずさると、狐は急に吠え出した。
「ひっ――!?」
おぞましい叫びだ。
まるで呪詛のようで、心臓を力づくで止めようとしてくる。
イツハは校舎の方へと振り返り、全力で疾走を開始する。
『いっちゃん!? どうしたの!?』
タブレットからミュナの声が聞こえるものの、返事をしている余裕はなかった。
背後からは足音が聞こえないせいで、どのぐらいの距離が離れているか分からない。
もしかすると、目と鼻の距離まで近づいているのかもしれない。
恐怖を振り払うかのように、イツハは走りに走った。
ようやく、校舎の入り口前まで辿り着く。
「ここに、逃げ込めば――」
イツハは喋りながらも後ろを振り向く。
そこには狐がいるはずだ。
だが――。
「狐がいない?」
先程まで自分を追っていたのではなかったのか。
高鳴る心臓を落ち着けていると、タブレットからミュナの声が聞こえて来た。
『いっちゃん!? 急に走り出してどうしちゃったの?』
「え、だって、狐が現れて……」
『イツハ様。タブレットの映像にはそのような生き物は見えませんでした』
「あ、え……」
イツハは言葉を失う。
神命新天の儀に臨んでからもう三日目だ。
どんなことが起ころうとも、簡単には動揺はしない――。
そんな彼の心をへし折るような現象が起きている。
「ま、ま、まさか……。カメラ越しだと、あの狐は見えないということなのか!?」
『いっちゃんには狐の姿が見えるのね……。そうなると、カメラの視点で狐が近づいて来ていることも教えられないようね』
『恐ろしい試練でございます』
イツハもその言葉には同感だった。
初日に天使達の言っていた楽しく試練を攻略というのは何だったのだろうか。
彼が思うに、神命新天の儀実行委員会には何柱もの神々が協力している。
シアトゥマが主に動いているのだろうが、試練を担当している神の方針によっては、今のような悪趣味な内容になってしまうのかもしれない。
「しかし、これでは視聴者の皆さんが楽しめないのでは……」
イツハは配信アプリを起動してみると、いつものように視聴者からのコメントが届いていない。
コメントで探索の助言を避けてのことだろう。
その代わりに『ドキドキメーター』なるものが表示され、これで視聴者の興奮や驚きの度合いが分かるようだ。
ドキドキ度は50となっており、イツハの反応もまた視聴者を楽しませているのだろう。
「あの、恐ろしい狐は何だったんだ? この世のものとは思えなかった……」
イツハは身体を震わせる。
半分は演技であり、半分は本音だった。
視聴者にも分かるような配慮をしつつも、だからといってあまり説明口調になるのも問題だ。
何でこんなに苦労しなくてはならないのかと彼が不思議に思っていると、ふとある物が目に入った。
「ん、これは?」
校舎の玄関付近にそれは転がっていた。
何やら文字が刻まれた岩で、芝生の上に建てられていたものが倒れた衝撃でいくつにも分かれている。
「何て書いてあるんだろうか?」
破片を持ち上げて可能な限り組み合わせてみるも、イツハの見たことのない文字だ。
彼が困っていると、タブレットのミュナがこう伝えてくれた。
『いっちゃん。それには慰霊碑って書いてあるわね。あとに書いてある文字は割れちゃったせいか読み取れないわね』
「あ、ありがとうございます」
イツハはミュナから聞いた知恵ある存在であれば会話が出来るという神の特権の話を思い出す。
もしや、どんな文字も読めるということなのだろう。
ここまで来ると否が応でも協力し合わなければ、この試練の突破は不可能に近い。
ミュナとイツハは仲良く話せているものの、ギスギスしているコンビだとかなり苦戦するに違いない。
「何の慰霊碑なんだろう?」
慰霊碑が建っていた場所を見てみると、そこにはねじ曲がり、踏みつぶされた金色の棒が転がっていた。
慰霊碑といい、何者かによって壊されたのだろうか。
「不吉だ……。まるで、これからの自分の行く末を暗示しているかのようだ」
『いっちゃん。弱気にならないの』
「あ、はい」
自分なりに雰囲気を盛り上げようとしているのだけれども。
ちょっとショックを覚えながらも、イツハは玄関の扉を押して開く。
まず彼の目に入ったのは下足を置く棚らしき物が並んでいる。
履き替える靴を持っているはずもないため、彼は土足のまま進んでいく。
タブレットのライト機能で廊下を照らして進んでいく最中、いくつもの部屋が並んでいることに気が付いた。
「どこを探索すればいいものか……」
『職員室って書いてある案内板が見えたわね。ちなみに隣にはトイレがあるわね』
「職員室とトイレ?」
『ちょうどいっちゃんの頭の上にあるわよ』
イツハは視点を上手に挙げると、確かに入り口に何かしらの文字が書かれている案内板がある。
「しかし、職員? 研究室の人でしょうかね?」
『教師の方かと思われます』
そうだ、ここは学校だった。
イツハは照れ笑いを浮かべてから、職員室の扉に目を向ける。
「自動扉じゃないのか」
そもそも、電気系統が生きているのかどうか。
イツハは引き戸構造の扉を動かして職員室へと足を踏み入れた。
彼の目に入ってきたのは事務机が並んでいる空間だった。
机の上には電子機器が置かれている。
彼が触れてみると、どうやらパソコンの類のようだ。
『ノートパソコンでございますね』
「随分と旧式だな。ん、壊れているみたいだ」
スイッチを適当に押してみても反応はない。
情報は簡単に得られないということらしい。
『動いたとしてもパスワードが掛かっている場合もございます』
「それもそうか。さて……」
教員が集う場所であるならば、学校の鍵が保管されているはずだ。
イツハは手辺り次第に机の引き出しを開けてみるも、鍵らしきものは見当たらない。
ふと、彼は壁を見てみると、そこには彼の探し求めていたものがあった。
「キーボックスがあるな。この中に門の鍵さえあれば……」
壁に固定されている金属製の箱を目にして、イツハは安心してしまう。
『そこに鍵があるの?』
「はい。そういう用途の箱ですから――ん?」
キーボックス自体にも鍵は掛かっているはずだ。
ならば強引にこじ開けてしまえばいい。
しかし、目の前の現実はイツハの考えを見越していたかのようだった。
「え、あれ? 開いている?」
『こじ開けられてございますね』
イツハが唖然としながらもキーボックスを開けてみると、確かに鍵をぶら下げるフックが並んでいるが、肝心の鍵は一つも見当たらなかった。
『誰かが取っていっちゃったのかしらね?』
「誰かって……。あ、そうか」
他にもこの試練に参加している残されし者がいるのかもしれない。
早い者勝ちである以上文句を言っても仕方ないだろう。
『待って頂戴ね。そのキーボックスのラベルを今見ているのだけれども、そこには門の鍵は入っていなさそうよ』
「そうですか。簡単には脱出させて貰えなさそうですね」
イツハが諦めて職員室から出ようとしたその時だった。
「ん?」
部屋の隅に何かが立っている。
人影だ。
もしかすると、教員かもしれないし、あるいは残されし者かもしれない。
「あ、あの」
イツハが声を掛けるも反応がない。
もう一度、声を掛けようとすると――。
「あれ?」
人影はぐらりと崩れる。
まるで、力尽きたかのように。
前途多難なイツハ。
果たして、倒れた人影の正体とは?
どうか次回をご期待ください。
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それでは今後ともミュナおばさんとイツハとマァルナの活躍をお楽しみに。




