第二十八話 正論と灰
ついに、正論と鉄拳の神との決着がつきます!
果たして、ミュナおばさんは勝てるのでしょうか?
それでは本編をどうぞ!
そろそろゴールへと着く。
モモカは一刻も早くこの戦闘機から降りたくて仕方なかった。
彼女は高い所が苦手だった。
高みから下界を見下ろすのは爽快に思うことがあるけれども、落ちてしまうかと思うだけで例えようのない恐怖を感じてしまうからだ。
ついこの間まで平穏だった世界が一瞬にして崩れてしまうかのように。
≪目的地到着まであと三分を予定しております≫
「うん」
このマスクとぶかぶかなスーツを早く取り除いてしまいたい。
そして、今日はぐっすりと眠ろう。
サメに乗ったり、リヤカーに乗ったりと訳の分からないことばかりだった。
「どうして、かな……」
モモカは涙を堪える。
帰る場所がないと分かっているというのに、どうしてここまで頑張らなくてはならないのだろう。
帰る場所を創るためにと考えると、あまりにも皮肉な話だった。
「お父さん、お母さん……」
モモカが小さく呟いていると、機械的な音声が感傷に浸っている彼女を現実へと引きずり戻す。
≪警告! 前方及び上空に微粒子物質を検知いたしました≫
「微粒子物質?」
『確かに灰のようなものが降ってきているけど、そんなもの大したことないさ』
タブレットからジェネックルの声が聞こえてくる。
モモカは嫌な予感がした。
あっちにも神様がいる以上、凄い力を持っているに違いない。
でも、単なる灰で何をしようというのだろう。
モモカが身構えているその時だった。
≪微粒子物質が火山灰と判明いたしました。ジェットエンジンが停止する恐れがあります≫
「え?」
≪エンジンの吸気口より火山灰が侵入する事で――≫
『長々と説明している時間はないのさ!』
モモカには信じられなかった。
単なる灰だけで飛べなくなっちゃうの?
こんなに凄い機械なのに?
モモカには到底信じられなかった。
≪直ちに下降し、火山灰との接触を回避いたします≫
「ま、待って!」
そんなことをすれば追いつかれてしまう。
モモカはどうにか止めさせようとするも、グリムクラウンが下降を始めてしまう。
『子機で何とか灰をどけられないのかい?』
≪不可能です。目的地までの距離を再計算――。火山灰の濃度が低い空間を航行いたします≫
「え、それって――」
あのミュナという神様が灰を操れるのならば、意図的に一部の空域の灰の濃度を低くすることも可能なはず。
降下と同時に航行速度が低下していく最中、モモカはハッと声を上げる。
「誘導されているの?」
モモカがそう思った矢先だった。
『うおうっ!? 何なのさ!?』
『ふふん、乗り込んで来たわよ~』
ジェネックルと共にミュナの声が聞こえて来た。
グリムクラウンが速度と高度を落とした瞬間を狙い、ミュナが飛び乗って来たらしい。
『くっ、今度こそボコボコにしてやるのさ!』
『やれるもんなら、やってみなさい。おばさんパワーで返り討ちにしてあげるわよ~』
モモカは恐怖した。
もし、ジェネックルが負けてしまったら?
ミサイルを撃つように指示したのは彼女自身だ。
怒られたら、どうしよう。
もしかすると、戦闘機ごと壊されてしまうかもしれない。
彼女は身体を小さくして震える。
ジェネックルを応援する余裕などなく、彼女は自身に言い聞かせる。
きっと全てが順調に進んでいる最中だ、と――。
◇ ◇
『シュザー様。エンジンはデリケートなものと存じます。灰のようなもので、何か機能に悪影響を与えられませんでしょうか?』
<<灰ねえ。灰となると……そうだ、火山灰だ! あんなものが吸気口に入っちまったら、灰が高温で溶けてエライ目になるんですぜ!>>
マァルナ達の言葉を思い出しながらも、ミュナは前を見る。
目の前には正論と鉄拳の神がいる。
焦っているのか、慌てているのか、タブレットを操作する手は震えていた。
「くっ、灰を降らすだけの力だけだというのに。よくもこの僕様々に――」
「灰を降らせるだけ、でもないのよね」
ミュナは意地悪く微笑むと、ジェネックルは肩を怒らせる。
「これだけは使いたくなかったさ!」
ジェネックルはタブレットを素早く操作しながらもさらにこう叫ぶ。
「力を三十倍に引き上げてやるのさ!」
「そ、楽しい戦いになりそうね」
「うるさいのさ!」
ミュナもまた応援ポイントを消費して力を十倍にまで引き上げる。
ポイントにはまだ余裕があるものの、下手に張り合ってしまってはポイントの無駄遣いだ。
そしてミュナは何よりも視聴者の前でムキになっている姿を見せたくはなかった。
双方のタブレットからはそれぞれを応援する声が溢れている。
「さあ、行くのさ!」
ジェネックルは瞬時にミュナへと近づく。
その素早い動きにミュナは翻弄されそうになるも冷静に対処する。
「あんなしょうもない灰の力でこの僕様々に勝とうなんて早いのさ!」
神魂術を唱えながらも、ジェネックルは輝く拳をミュナへと叩きつけてくる。
勢いのある右ストレートだ。
ミュナもジェネックルの拳と重ねるかのように右ストレートにて応戦する。
「くっ――!?」
二柱の神の拳がぶつかり合ったことで、衝撃波が生じた。
足場にしているグリムクラウンが大きく揺れ、けたたましいビープ音が聞こえてくる。
「モモカちゃん!? 大丈夫かしら!?」
ミュナが声を掛けると、その瞬間を狙ってジェネックルの肘打ちが飛んでくる。
「っと!」
容赦のない攻撃だったが、これまたミュナはスリッパで防ぐ。
だが――。
「甘い!」
「くっ!」
ジェネックルの本命は回し蹴りだった。
距離を取って回避しようにも戦闘機の上ではそれも難しい。
やむなく腕でのブロックをするも、その重い一撃でミュナは体勢を崩す。
「しまったわね……」
「これでトドメだ! 僕様々のファンの皆! とくと見るがいいのさ!」
大きな叫び声を受けながらも、ジェネックルは高々と唱える。
そして、こう続けた。
「おばさんというキャラ付けは見ているだけでも滑稽なのさ!」
ジェネックルは己の右手を燦然と輝かせる。
そして、問答無用でミュナの顔面へと叩きつけようとしたその時だった――。
「い ま な ん て い っ た の ?」
何かのヒビ割れる音がした。
甲高く、そして嫌な音だった。
例えるならば高価なツボを割ってしまった時の音だろうか。
自分の運命も崩れ、そして砕けていくような、まさにそんな音だった。
「ひっ――!?」
ジェネックルは攻撃を中断しようとした。
そうしなければならないと、正論と鉄拳の神は瞬時に悟った。
だが、もう既に腕は伸び切っている。
そして、ミュナへ触れようとした瞬間だった。
「ひいいいいいっ!?」
あれだけ輝いていたはずの拳から光が失せていた。
その代わりに、右手には大量の灰がこびりついていた。
左手で払おうとするも、まるで名残惜しむかのように離れない。
そして――。
「ねえ、今、何て、言ったのかしら?」
かの神の機嫌を損ねてしまったようだ。
怒りの表情こそ浮かべてはいないが、その口調に威圧されてしまう。
ジェネックルがこれまで出会った神の中でも、感じたことのない気迫だった。
そもそも、神命新天の儀ではハンディキャップの関係でそこまで差は出ないはずだというのに。
ジェネックルはその場に尻餅を着き、懸命に謝罪の言葉を考えようとするも――。
「あ、が……が……」
いつの間にか、灰がジェネックルを覆うように蠢いていた。
触れているだけで力が抜けていくような、奇妙な感覚が戦意すらも容赦なく奪っていく。
「正論、なのかもしれないわね。でもね、これだけは覚えていてちょうだい」
ミュナの銀色の瞳が輝く。
まるで蛇に睨まれた蛙のごとく、ジェネックルは頷くことも出来なかった。
これ以上機嫌を損ねてはマズイというのに。
「どんなに正論を言われようとも、どんなに力で訴えてこようとも、私の信念を消すことは――出来ないのよ!」
ミュナは全力で叫ぶ。
その怒号は天をも裂く勢いがあり、ジェネックルは心の中で自身の所業をただただ悔い続ける。
だが、どんなに悔いた所で、もう手遅れであった。
「さあ、おしおきの一撃よ!」
そして、スリッパによる渾身の一撃が放たれた。
ジェネックルは反応すら出来ず、力づくで引っ叩く音と共にその身体は宙を舞った。
「ほっぴゃあああああっ!?」
さながらそれは複葉機のプロペラのごとく早く、そして見ている方も目が回りそうなほど忙しなく回転していった。
もしも、地上で誰かが見ていたら、未確認飛行物体の落下シーンとしてほんの少しの間だけSNS上で話題に上がるかもしれない。
上空へ飛び切り、そしてあとは彼方に落下していくジェネックルを見送りながらも、ミュナはコクピットにいるモモカへと近づく。
少女もまた事の成り行きをタブレット越しに見ていたのだろう。
身体を震わせてミュナの方を見上げていた。
ミュナは何も言わずにただ微笑む。
全ては終わったからもう大丈夫――そんな優しい顔だった。
「先に行かせて貰うわね」
ミュナは子機へ向かってクスリと笑う。
ジェネックルと戦っている最中も子機が光による何かしらの攻撃をミュナへと放ってきたが、ミュナにはまるで効果がなかった。
やがて諦めたらしく、子機は大人しくしている。
本来ならば子機を壊す予定だったが、今はモモカを信じてあげよう。
「皆、応援してくれてありがとうね」
ミュナは自分を撮影してくれている準天使のカメラに向かってウインクをすると、タブレットから大きな歓声が響き出す。
勝利を讃えるその声を耳にして、ミュナは大きくカメラへ向かって手を振った。
「っと、いけないいけない」
急いで戻らないと。
ミュナは近くを飛んでいたシュザーの元へと跳躍した。
既に灰は止んでいる。
青い空を眺めつつ、空中で一回転してからシュザーの機体へと綺麗に着地する。
そして、ミュナはタブレットをエプロンのポケットから取り出し、イツハへと話しかけた。
「いっちゃん、やったわよ~」
『ミュナおばさん、大丈夫でしたか?』
「ええ、平気平気」
『何やら妙な音が聞こえたのですが……』
「えっと、ちょっと怒っただけよ?」
『え、怒った、だけですか?』
タブレットからイツハの驚きの声が聞こえる。
「そうだけど? 感情の力って強いのよ。神魂術も感情の力が重要なのよ」
『そ、そ、そうでしたか……。ところで、そろそろ目的地まで着くそうです』
「あら、そう? あ、確かにゴールの輪っかみたいなのがあるわね」
『え?』
ミュナの前方にはちょうど戦闘機一機分が入りそうな光の輪が見える。
どうやら、人間や機械には感知できないものらしい。
「いっちゃん、そのまましゅざーちゃんに前進して貰ってちょうだい」
『は、はい! シュザー頼むよ』
≪了解ですぜ。しかし、ここでお別れというのも寂しいものですぜ≫
『シュザー様には大変お世話になりました』
『うん、シュザーありがとう。本当に助かったよ』
皆がお別れの言葉を言う中、ミュナも寂しさを覚える。
短い間だったけれども、とても楽しかった。
ハプニングだらけだったけれども、とてもワクワク出来た。
ミュナはにこやかに笑いつつもシュザーの機体を撫でながらもこう告げる。
「しゅざーちゃん、ありがとうね。とっても助かっちゃったわ」
≪いいんですぜ。俺としては、少々物足りないフライングでしたが≫
「私もちょっと物足りなかったかしら。視聴者の皆~、ミュナ&イツハの配信を見てくれてありがとうね。今回も皆のおかげで勝てちゃった。次回もまたよろしくね♪」
ミュナが大きく手を振っていると、ちょうどシュザーが光の輪を潜り抜ける。
その瞬間、タブレットから通知音が聞こえる。
ミュナがタブレットを見てみると、『試練終了』の文字が大きく表示されていた。
「長い戦いだったわね」
ミュナは独り言のように呟いていると視界の全てが白く染まり、そして何かもが変わっていき――。
苦しいレースもミュナおばさん御一行の勝利で幕を閉じました。
サメとリヤカー、そして戦闘機を使った奇抜なレースでしたが、楽しんでいただけたならば何よりです。
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それでは今後ともミュナおばさんとイツハとマァルナの活躍をお楽しみに。




