第十一話 衝突する神々とサメ
ついにアケルとエボルアとの戦いが始まります。
サメでレースをしながらの戦いという、前代未聞の勝負――。
果たして勝つのはどちらでしょうか?
レースである以上、先に目的地へと辿り着いた方の勝利だ。
速度に絶対の自信があるならば、競争相手に影すら踏ませずにゴールすることも可能だろう。
だが、どんなに速かろうが相手の妨害を巧みに回避出来るとは限らない。
ましてやサメと共に進むこの奇想天外なレースにおいては、何が起きても不思議ではないのだから。
『博士! お願いします!』
『任せて貰おうかの!』
タブレットから聞こえる声を耳にしてから、イツハが後方を振り向く。
彼の後方にはブルーノ君のロープで牽引している木製の桶があり、その桶にはミュナとマァルナが乗っている。
さらにその後方には、ハイパーハンマーヘッドの背に跨るアケルと、ミュナ達と同じように木の桶に乗っているエボルアの姿があった。
「仕掛けてくるのか?」
どんな攻撃を行うのかイツハには皆目見当が付かない。
いずれにせよ、距離を離さないと危険だ。
彼がブルーノ君の背びれをやや強く押して加速を促しているその時だった。
「きゃっ!?」
イツハの背後からミュナの悲鳴が聞こえてくる。
「どうされましたか!?」
「急に虫が大量に現れたのよ~」
「虫?」
イツハが目を凝らすと、ミュナ達の乗っている桶に何かが群がっている。
一匹一匹の大きさは親指ほどだが、それがうじゃうじゃと大量にいるのだから苦手な人が見たら卒倒してもおかしくはないだろう。
「大変! 桶を齧っているわ!」
「そんな!?」
イツハは焦った。
いくら何でも展開が急すぎる。
急にどこからともなく現れた虫が桶を攻撃し始めるとは。
桶が壊されたとしても、ミュナとマァルナをブルーノ君の背中に退避させればよいだけだ。
だが、思った以上にブルーノ君の背中では足場が狭く、重心を低くしていないと振り落とされる危険があるため戦闘がますます不利になってしまう。
「エボルアが神魂術を使ったみたいね」
ミュナがスリッパで虫達を振り払っているも、あまりにも数が多すぎる。
次から次へと虫達は湧き、そして貪るように桶に齧りついているのだ。
「一体、どんな神魂術なのでしょうか?」
イツハはミュナが灰を呼び出せる光景を思い出す。
何もない所に物を出現させるというのは神にとっては朝飯前なのだろう。
ならば今も桶に群がっている虫もエボルアが呼び出したとしても何ら不思議ではない。
「ミュナおばさま、失礼いたします」
ふと、マァルナが虫の一匹を掴み、そしてじっと見つめている。
しばらくして、マァルナはこんなことを言い出した。
「これは、プランクトンに酷似しております」
「プランクトンだって? そんなに大きいはずが……」
海中には無数のプランクトンが漂っている。
それらは全て戯場と審判の神であるシアトゥマが創り出した演者なのだろう。
ただ単に試練を行うだけならばプランクトンまで創り出す必要はないはずだが、海を再現したいというこだわりがあったのだろうか。
「もしかすると、プランクトンを神魂術で巨大化させているのかもしれないわね」
「な――!? そんなことも出来るのですか?」
イツハが後方にいるアケルを見てみると、不敵な笑みを浮かべている――ような気がした。
「私も神魂術を使わないと」
ミュナが短く唱えると、その手元に灰色の霧が現れた。
「その灰にはどんな力があるのですか?」
「ふふん、見ていてちょうだい」
その灰を今もなお食事中の虫達に浴びせると、虫達の動きが鈍り始める。
「これは……」
「虫よけのお香ってあるでしょ? その灰を呼び出して浴びせたのよ~」
「す、すごいですね」
様々な灰を呼び出せる力というのは地味なようでかなり応用力があるということか。
イツハが感心していると、タブレットから通知音が鳴る。
『なかなかやるようじゃのう。だが、甘い、甘いのじゃぞ!』
ミーティングアプリ内に映し出されていたエボルアが大きな声を上げる。
表情がないため声色で感情を察するしかないのだが、どうやら特段焦ってはおらず、余裕すら感じられる。
「ん?」
タブレットから虫の這うような奇妙な音がする。
背筋を鉄の棒で撫でられるような、嫌な感覚にイツハが怯んでいると――。
「え? また動き出しちゃった?」
ミュナの驚く声がした。
嫌な予感を覚えながらもそちらを振り向くと、先程と同じような光景が繰り広げられていた。
「あれ? さっきまで大人しくしていたのに」
「もう、懲りない子達ね」
プランクトンが集団で桶に襲い掛かっており、ミュナも灰で散らせようとするが――。
「あら?」
「効果がないようでございます」
「き、効かないんですか?」
プランクトンの動きにまるで変化がない。
意に介さず黙々と食事を続けている彼らに対し、イツハは言葉を失ってしまう。
「皆~! 頑張って~!」
アケルが声を張り上げて応援している。
すると、気のせいだろうかプランクトン達の動きがより活発になったような。
「ど、どうなって――は!?」」
イツハの脳裏に薬毒耐性という言葉が思い浮かぶ。
殺虫剤を浴びた虫が生き残り、その虫の子孫が殺虫剤に対しての耐性を得るといったものだ。
無論、短時間で卵を産んで育った訳ではない。
となると――。
「まさか、エボルアは生き物を進化させることが出来るのではないでしょうか」
「進化ですって?」
「プランクトンが巨大化しているのも進化させたから、ということでございますか?」
イツハは大きく頷くと、タブレットからはエボルアの勝ち誇ったような声が聞こえる。
『おっ、察したかのう? だが、もう遅いぞ』
強引に追い払っても、また進化されてしまっては意味がない。
試しにマァルナがプランクトンを払い除けてみようとするも、プランクトン達は粘液性の泡のようなものを出している。
泡に邪魔をされて、強引に取り除くにも時間が掛かりそうだ。
「ミュナおばさん、どうすれば……」
イツハは縋るような目線をミュナへと送る。
やはり人間が神に敵うはずもない。
そして慌てていないミュナを見ていると、彼は自分が窮地に立たされているのか分からなくなってきた。
「意外ね~。あの姿で生命に関する神権を持っているなんて」
「え、姿が関係あるのですか? というか、落ち着いている場合では……」
「慌ててはあっちの思うつぼよ? 桶を一気に沈めたいのならば、この付近に生息するプランクトン達を一斉に進化させることも出来るでしょ」
「それが出来ないということは、生物を進化させられる条件があるということですね?」
「そういうこと。一度対象の近くで神魂術を唱えて影響下に置くことかしらね。その対象の数にも上限があるのかも」
ミュナの淡々と説明する様子に、イツハは目を丸くする。
冷静に分析している点からも、戦いに慣れているのだと彼は確信する。
「ちょっと待ってください? 自身の近くの生物しか進化出来ないのならば急に巨大化したプランクトンが現れたのは変ではないですか?」
イツハの指摘に対し、ミュナは小さく肩を竦める。
「私達が追い付いて来ることを予測して、予め可能な限りのプランクトン達を神魂術の影響下に施していたのよ。影響下に置いてしまえば、後は好きなタイミングで進化出来るということよ」
「最初からそんな仕込みを――」
『ほう、察しがいいの~。ほぼほぼ的中している辺り、正直ドン引きしているがのう』
『博士、大丈夫なんですか!?』
タブレットからエボルア達の声が聞こえる。
どうやら、ミーティングアプリを通して今の会話を聞いていたようだ。
「ふふ、亀の甲よりもおばさんの功よ。エボルア、あなたは進化させた生物を支配は出来ないのかしら?」
『それがどうかしたかのう?』
「その様子だと、支配までは出来ないみたいね」
ミュナは意地悪そうに笑っている。
そのすぐ隣ではプランクトン達が桶の板を貪っているという状況だというのに、この余裕の正体は何だろうか。
イツハが固唾を飲んで見守っている時だった。
「じゃあ、こうされたら困るわよね?」
ミュナはプランクトン達が群がっている桶の板の一部を強引にへし折る。
そのせいで桶の一部に水が入り込んでしまうが、ミュナは気にもしない。
『残念じゃが、そんなことをしても無駄じゃの。次にプランクトンへ飛行能力を与え、おまけに帰巣本能が強めるように進化させておくからのう』
「えい」
エボルアが喋る最中、ミュナは木の板を放り投げる。
ミュナが狙ったのは――エボルアのいる桶だ。
『え?』
ミュナの精密な投擲技術により、板はまるで吸い込まれるようにエボルアのいる桶に放り込まれた。
「ごめんなさいね。プランクトン君の新しいおうちはあなたの桶よ」
『いや、ちょっと待って貰えんかのう?』
「だーめ♪」
『博士!?』
『アケル君、殺虫剤はどこかにないかのう!?』
新しい獲物を見つけたプランクトン達はエボルアのいる桶を食べ始めているのだろう。
タブレットからは慌てている彼らの声が聞こえてくる。
「あんな弱点が……」
進化させた生物を支配出来ない以上、プランクトン達は本能のままに従うことしか出来ない。
結果として、飼い犬に手を嚙まれる事態となってしまったようだ。
タブレットからはミュナを称賛する声が聞こえる。
見事な勝利でファンは興奮しているに違いない。
その声を受けてか、ミュナはカメラに向かってとびっきりのウインクをプレゼントする。
「正確な投擲でございましたね」
「ふふん、これぞおばさんパワーよ」
おばさん要素がどこのあるのか。
イツハはとっさにツッコミを入れたかったが黙っていることにした。
「いっちゃん、今のうちにブルーノ君に加速して貰ってもいいかしら?」
「追いつかれたらまたプランクトンの餌食になってしまいますものね」
「それと、私のいる桶が少し浸水しちゃったから、ルナちゃんをお願いね」
「は、はい!」
ミュナが強引に桶とブルーノ君を牽引しているロープを引っ張って距離を縮める。
「イツハ様!」
「手に掴まって!」
イツハが伸ばした手に、マァルナが手を伸ばす。
波で揺れる中どうにか彼女の手を掴み、ブルーノ君の背中の上へと引き上げた。
「ありがとうございます」
「いや、気にしなくても」
浸水の影響でマァルナの服や髪が水に濡れている。
色っぽく見える中、イツハは何とか平静を保ちながらも、ミュナを見てみると――。
「やはりか……」
ミュナは少しも濡れてはいなかった。
降りかかる水滴はかの神に近寄ることすら許されないということか。
「神か――」
生物を意図もたやすく進化させられるのはまさに神の力だ。
だが、そんな神の力を持っていたとしても万能ではないようだ。
神とは、異法神とは一体何なのか――。
イツハは頭の中で木霊する疑問を振り払うかのように、南に進路を向けてブルーノ君を走らせることにした――。
どうにかエボルアの裏をかいたミュナおばさん。
このまま、逃げ切れるのでしょうか?
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それでは今後ともミュナおばさんとイツハとマァルナの活躍をお楽しみに。




