第六話 鮫を駆る者
ついに新しい試練の場へと辿り着いたミュナおばさんご一行。
果たして、今回はどんな試練となるのでしょうか?
「ここはどこでございましょうか――?」
マァルナの声がする。
イツハはゆっくりと握っていた手を放し、タブレットに目をやる。
今回の試練はどんな名称なのか。
おっかなびっくりといった様子で見てみると、そこには『トライ・トリプルロード』と表示されていた。
「どういう試練なんだ?」
昨日のように凶暴なもふもふ☆と戯れる試練ではなさそうだが、やはり不安になってくる。
イツハはミュナに目をやると、彼とは逆に安堵の表情を浮かべていた。
「よかった、ルナちゃんも試練の場へ来られたのね」
「それはどういう意味でございますか?」
「ルナちゃんはそもそも試練に参加できる資格はないのよ」
「そうか、自分とミュナおばさんなら参加は出来ますけれども」
「そ、いっちゃんがルナちゃんと手を繋いでいる状態ならば強引に参加できると推測したのよ~」
「そういった意図が……」
イツハは納得しながらもすぐにあることに気が付く。
「え、ではミュナおばさんがマァルナの手を握ってもよかったのでは?」
「気にしないの♪」
マァルナと一緒になって微笑まれると、イツハとしては何も反論が出来ない。
ズルいなと思いながらも彼は海を眺める。
ここはどこかの漁港だろうか。
防波堤が見え、消波ブロックが青い波とぶつかり合い稽古をしている。
彼が辺りを見回しているその時だった。
「ハロー!」
いきなり声を掛けられた。
声の方を向くと、そこには麦わら帽子を被った男がいた。
大きな竿を持ち、クーラーボックスを肩から下げている以上、釣りをやる以外の選択肢は考えられない。
「君達! 釣りは好きかい?」
男は元気いっぱいにそう尋ねてくる。
シアトゥマの創り出した演者に違いないが、人間とまるで見分けがつかないのはやはり不気味に思えてしまう。
「え、いや、やったことがないんです……」
「釣りはいいぞ! 釣りは!」
目を輝かせながらも叫ぶ男を見ながらも、イツハは無言で様子を伺う。
――釣りと試練にどういう関連があるんだ?
聞き流すわけにはいかないと思うと、イツハはじっと耳を傾ける他なかった。
「楽しそうね。どんなお魚が釣れるのかしら?」
「よくぞ、聞いてくださった! ここではサメがよく釣れるぜ!」
「サメ、でございますか?」
「そう! シャークだ! がっつり釣れるぞ!」
「サメ、ですか? でも、サメを食べるのは――」
イツハがそう口にしたその瞬間だった。
「サメを食べる、だと――!?」
男は鬼気迫る表情で口にする。
どうやら地雷を踏み抜いてしまったようだ。
イツハは慌てて訂正をする。
「いやあ、冷めた物を食べるとお腹が冷えてしまいますよね、ミュナおばさん」
「確かにそういう生理現象があるって聞くわね」
イツハはチラリと男の顔を見る。
どうやら誤魔化せたらしく、その顔からは怒りの色がすっかりと抜け落ちていた。
「それで、サメを釣ってどうなさいますのでしょうか?」
「伝説によると、海を越え、大地を駆け、そして天空の先に辿り着きし者が試練を成し遂げると伝えられれている! 君達もその試練を成し遂げようとしているのだろう!?」
「あ、多分そうかと」
なるほど、これが今回の試練の目的らしい。
だが、それとサメと釣りがどう関係してくるのか。
イツハは疑問をぐっと堪えて男の話に注目する。
「まずは海を越えるにはサメだ! そういうことで、レッツシャークだ!」
「ふふ、レッツシャークね」
また、このノリが始まってしまうのか。
そもそも、海を越えるためならば船でもいいはずだ。
だが船は一隻も停泊しておらず、悠長に定期便を待つわけにもいかない。
嫌な予感を覚えて、イツハはタブレットを手早く操作する。
やはりリードミーと書かれたメッセージが届いており、この試練特有のルールを確認してみると――。
『海上を移動する際には、サメなどの生物を用いなければならない』
「なんだそりゃあ……」
厄介すぎるルールだ。
イツハとしては殊更サメを強調している点に恐怖を感じてしまう。
「お待ちください。今、『君達も』とおっしゃいましたが、既にどなたかいらっしゃっているのでございますか?」
「その通り! 二組が既にサメと共に出発した! あと一組はそこでレッツシャークの真っ最中さ!」
「何!?」
他のコンビに先を越された、ということか。それとも応援ポイントの差なのだろうか。
先程の吊り橋で時間を喰ってしまったことに、イツハは深く後悔した。
「ミュナおばさん、すみません。自分がもたもたしていたせいで……」
「いっちゃん、気にしないで。早速なのだけれどもサメの釣り方を教えて貰ってもいいかしら?」
「任せて貰おうか!」
男に連れられて、イツハ達は堤防まで向かう。
堤防には多種多様な釣り竿がブルーシート上に並べられ、『ご自由にお使いください』と書かれた札まで立てられている。
「道具は沢山あるのね」
「そうだ! 肝心なのはサメゲットガム! これを釣り竿につければ、サメがガムに喰いつくのさ!」
男が釣り竿の隣にいくつも置かれている半透明の寒天状のブロックを指さす。
「ルアーや生餌ではないのですね」
「そして一番肝心なのは――」
男は息を大きく吸い込んでから、意味ありげにこう告げる。
「サメと対峙する勇気だ! それを忘れないで貰いたい!」
「は、はい!」
「では、君達の健闘を祈る!」
男はそれだけ言うと、その場から勢い良く去っていった。
男の逞しい背中を見送りながらも、イツハは小さく呟く。
「勇気、か……」
確かに勇気は重要だろう。
この海を越えるためには、力だけでは不十分だ。
恐怖に立ち向かう勇気が、今の自分にあるのだろうか?
イツハは自問自答してから、恐ろしいことに気が付いてしまった。
「え? 今のがサメの釣り方!?」
無茶苦茶なアドバイスに、イツハは泣きたくなってきた。
素人が釣りをするだけでも大変だというのに、何のコツもなく大物を釣り上げろというのだ。
彼は不安に思いつつも、既に出発しているコンビがいる以上急がないとならない。
いい釣り場はないかと周囲を見回してみると、先客を見つけた。
帽子をかぶった短パン姿の少年で、釣り竿にサメが掛からないかと待っている。
その光景はどこか微笑ましい。
釣り竿を持っているのは誰だろうかと思い、イツハが目線をそちらに向けると――。
「え……」
イツハの頭から微笑ましさが綺麗に吹っ飛ぶ。
頭の中で爆竹でも鳴らされたかのような衝撃だった。
そのあまりの大きさに、耳鳴りまでしてくる。
彼は改めて少年の隣に視線を向けた。
一瞬信じられなかったが、やはり少年の隣には奇妙としか表現出来ないものがいた。
「いっちゃん。あの方もおばさんと同じ神よ」
「え……え!?」
それは真珠色の光沢を放っていた。
目を奪われるほど美しい輝きなのだが、どうにも珍妙なフォルムをしている。
それは全体的に球形をしており、その周囲には衛星のごとく幾何学模様をした光の線が回っている。
頭部と脚部に当たるものは存在しておらず、浮世離れしたオブジェにしか見えなかった。
そして、驚くべきことにその体には釣り竿が突き刺さっていた。
「よろしくじゃの」
聞いたこともない声がイツハの耳へと届く。
少年の声にしては渋すぎる。
目の前の神が喋ったのかと思うと、イツハは乾いた笑みと共に会釈するしかなかった――。
どうやらまずは海を越えるためにサメを釣る必要があるようです。
前回以上に過酷な試練ですが、ミュナおばさん達は無事に乗り越えられるでしょうか?
面白いと思いましたら、いいねやブックマークをしていただければ幸いです。
それでは今後ともミュナおばさんとイツハとマァルナの活躍をお楽しみに。




