第十九話 荒ぶる獣との戦い
今回はもふもふ☆ぐれいととの戦いとなります。
しかし、ミュナおばさんとイツハとしては、平和な解決を望んでいます。
果たして、どのような結果となるのでしょうか?
怒り狂った獣というのは恐ろしいものだ。
こちらが武器を持っているのにも関わらず、突進をしてくるのだから。
仮に相手が人間であれば、こちらが銃を持っている際には向かってくるのを躊躇うというのに。
「えっと――」
もふもふ☆ぐれいとはまっすぐに突っ込んで来た。
その血走った目にはくっきりとイツハの姿が映っている。
ミュナへの攻撃は危険だから標的をイツハに変えたのだろうか。
例え我を忘れていたとしても、生存本能というものはどんな時にでも発揮されるらしい。
いずれにせよ、彼は荒れ狂う獣と対峙する覚悟を決めねばならなかった。
「いっちゃん!」
ミュナの声を余所に、イツハは得物を構え直す。
カマキリの前脚部分という粗末な武器だが、その辺の木の枝よりも頼りにはなる。
もふもふ☆ぐれいとの爪による攻撃をどうにか受け止める。
「ぐっ――!?」
体重差が大きい以上、単純な力勝負で敵うはずがない。
鋭利な爪はすんなりとイツハの得物を貫通する。
そして、軋む音と共に強固なはずの鎌部分の甲殻にヒビが入った。
「いっちゃん! 逃げてちょうだい!」
そうだ、武器を手放してその瞬間に逃げ出してしまえばいい。
だが、イツハの脳内には視聴者からのコメントが蘇る。
*イツハ、いらなくない?
所詮、道化は道化なのだろう。
笑いが取れなければ、罵声を浴びせられるのは当然だ。
だけれども、イツハは不満で仕方なかった。
その不満はストレスとなり、ストレスが燃料となり怒りを滾らせる。
滾った怒りは起爆剤となり、彼の身体に活力を与える。
「誰が、誰が不要だ――!」
イツハは叫びながらも強引にもふもふ☆ぐれいとを押し返す。
圧倒的な力の差だったというのに。
だが、彼は気にすることなく体勢を崩したもふもふ☆ぐれいとに攻撃を加える。
「喰らえ!」
イツハは叫び、鎌を一閃させる。
角を切られた瞬間、羊の皮を被った巨獣が怒号を上げる。
怒ったのだろうか、今度は口を大きく広げて牙による攻撃を試みる。
――来るか!
イツハは逃げようともしない。
興奮のせいか、息が荒くなる。
高揚感に唆され、彼が得物を振りかぶろうとしたその時だった。
「いっちゃん!」
ミュナの声と共に、もふもふ☆ぐれいとの身体が飛ぶ。
どうやら骨の棍棒で殴打したらしい。
「ねえ、大丈夫!?」
ミュナはぐいとイツハの肩を引き、彼の黒い瞳を見つめる。
彼もまたミュナの銀色の瞳を注視する。
見ているだけで頭がぼんやりとしてくる、美しい瞳だ。
「えっと、ミュナおばさん?」
「いっちゃん、あなたって結構ワイルドよね」
イツハが正気に戻ったのを見て、ミュナは胸を撫で下ろす。
どうしてあんな粗暴な行動を取ってしまったのか。
頭に血が上ったせいか視界がふら付き、イツハはその場で膝をついてしまう。
「大丈夫?」
「ええ、大丈夫です。ところで、もふもふ☆ぐれいとはどこに……」
「あ、逃げちゃったわね」
ミュナも手加減をしたのだろう。
もふもふ☆ぐれいとは倒れることなく、脱兎のごとく逃げていく。
「お、追わないと」
「いっちゃん。動ける?」
「大丈夫です」
これ以上ミュナに迷惑をかける訳には――。
イツハは強引に自分の身体を動かし、もふもふ☆ぐれいとの後を追いかける。
その最中、彼は手負いの獣を追う狩人の気持ちを想像する。
勝利を確信しながら、さぞ軽い足取りで追いかけているに違いない。
だが、獣が反撃をしてこないという保証はどこにもない。
彼もまた油断は出来ないと分かっているが、獲物に逃げられてしまうという焦燥感が判断を鈍らせる。
「いっちゃん。今度危ないことをしそうになったら、全力で止めてもいいかしら?」
「――お願いします」
イツハは力強く答える。
ミュナおばさんならばきっと正してくれる――。
そんな安心感がイツハの胸の内の中にあった。
もふもふ☆ぐれいとの足跡を追いかけるうち、足元に写真の木々の枝が転がっている本数が増えていることに彼は気が付いた。
何の意味があるのだろうかと、彼が首を傾げていると――。
「いっちゃん。あれを見て」
「あれ、ですか?」
目を凝らすと、森の木々に隠された洞穴のような物が見える。
入り口にはやはり木々の枝が数えきれないぐらい落ちており、そして出来たばかりの大きな獣の足跡も間違いなくこの洞穴に隠れたことを示していた。
「ここか……」
「私が先に行くわね」
「お願いします」
ミュナが先導する形で洞穴へと足を踏み入れる。
もふもふ☆ぐれいとは襲ってくるのだろうか……。
イツハが高鳴る心臓の鼓動と共にミュナの安否を気遣う。
しばらくすると、ミュナの声が聞こえて来た。
「いっちゃん、大丈夫よ~」
イツハは洞穴の中に恐る恐る踏み込む。
洞窟は思った以上に狭く、彼はすぐに丸まってうずくまっている毛玉を発見した。
怯えているのだろうか、襲ってくるつもりはないようだ。
「これは……?」
「泣いているみたいね」
「泣いている?」
イツハが耳を澄ますと、小さく唸っている。
先程までの怒り狂っていた様子が嘘のようにすら思えてくる。
彼が自身の罪悪感に震えていると、洞穴の奥に大量の写真があることに気が付いた。
写真の落ち葉の山の中に何やら人形のようなものがあったが、間違って持ってきてしまったのか。
「どうやら、この写真が原因でもふもふ☆ぐれいとちゃんが暴れていたみたいね」
「原因?」
恐らくは写真の木の枝についていたものをもふもふ☆ぐれいとが集めたのだろう。
写真を見る限り、ごく普通のものにしか見えない。
「写真をよく見てちょうだい」
「は、はい」
「共通点があるでしょ?」
イツハが注視してみると、どれもこれも動物と人がセットになっている写真ばかりだった。
微笑ましく、そして見ているだけでも和んでしまう。
良い思い出が詰まった素敵な写真ばかりだ。
だが、どうしてこれがもふもふ☆ぐれいとの暴れる原因となったのか。
「もふもふ☆ぐれいとちゃんは羨ましかったんじゃないかしら?」
「羨ましい?」
「そ、どの動物も幸せそうに見えるでしょ?」
「確かに……」
「この子ね、さっきこんなことを言っていたの」
「な、なんて?」
ミュナは囁くようにこう告げる。
「『ぼくのきもちなんてだれにもわからない』って」
「そうか、それで……」
寂しさのあまり自暴自棄になっていたのだろう。
そう思うと、目の前でうずくまっているもふもふ☆ぐれいとが可愛そうに思えて来た。
ミュナがその背中を撫でつつも、何かを語り掛ける。
何を語っているのだろうかと思い暫く待ってみると、もふもふ☆ぐれいとがすっくと立ち上がる。
「いっちゃん、撮影お願いね」
「え?」
ミュナはニコニコと笑いながらももふもふ☆ぐれいとと一緒に外へと出る。
まるで子犬のように大人しくなった獣を不思議に思いながらも、イツハもまた洞穴の外へでる。
「この辺でいいでしょ」
やがて、ミュナは洞穴の近くにあった木々を背景に、もふもふ☆ぐれいとをぎゅっと抱きしめている。
すると、あの猛獣が機嫌のよさそうな鳴き声を上げている。
「皆~。もふもふ☆ぐれいとちゃんは、仲の良い写真が撮りたくて機嫌を悪くしちゃったみたい。そういうわけで、名カメラマンのいっちゃんに撮って貰うわね~」
何と言う無茶ぶりだろうか。
そもそも、我々はもふもふ☆ハンターではなかったのか。
しかし、やるべきことがある以上、イツハも笑って応じる。
自分に出来る最高の仕事だと思いながらも、彼はタブレットのカメラ機能をオンにして、ミュナともふもふ☆ぐれいとをレンズ内に収める。
「撮りますよ」
「お願いね~♪」
「はい、ピース」
誰かを撮影するのは初めてだ。
内心緊張しながらも、イツハがボタンを押す。
タブレットを見てみると、思った以上に良い絵を撮ることが出来た。
彼は満足げに笑っていると、ミュナが楽しそうに尋ねて来る。
「どう?」
「最高の一枚です」
イツハがタブレットの画面を見せると、ミュナは大きな拍手をしてその場で飛び上がる。
「ええ、とっても素敵。もふもふ☆ぐれいとちゃんはどうかしら?」
もふもふ☆ぐれいとは何も言わないが尻尾をぶんぶんと振り回しながらも、喜びを隠せないといった様子だ。
「よかったわ~」
ミュナが満開の笑顔でもふもふ☆ぐれいとをナデナデしているその時だった。
「ん、泣いている――?」
もふもふ☆ぐれいとの両眼からは大粒の涙が零れていた。
一つ、また一つと、涙は地面へと落ちていく。
それと同時に、徐々にもふもふ☆ぐれいとの姿が薄れていくことにイツハは気づいた。
「もふもふ☆ぐれいとちゃん?」
「そうか、この試練の目的は――」
親玉であるもふもふ☆ぐれいとを鎮めることが目的だ。
本来の流れとしてはもふもふ☆ハンターとして狩猟するのだろうが、和解によって鎮めてしまった。
そして目的が達成された以上、このもふもふ☆ラッシュなハンティングの試練もまた終了ということだ。
通知音が聞こえたため、イツハがタブレットを見てみると、画面には『試練終了』の文字が表示されていた。
「終わって、しまうのか」
周りの風景もまた陽炎のごとくかき消えていく。
すべてが幻であったかのようで、イツハとミュナの持っていたこの試練で入手した武器もまた役目を終えたとばかりに消え失せていく。
「もふもふ☆ぐれいとちゃん。また、どこかで会いましょうね」
ミュナは手を振ると、もふもふ☆ぐれいともまた尻尾を振って別れを惜しんでいる。
やがて、もふもふ☆ぐれいとが完全に消え去ると同時に、世界が一変した――。
どうにか試練を無事に乗り越えることが出来ました。
さて、次はどんな展開となるのでしょうか?
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それでは今後ともミュナおばさんとイツハの活躍をお楽しみに。




