第十六話 降りしきる灰の下で
前回に引き続き、ミュナおばさんとトレンの戦いとなります。
さて、ミュナおばさんはどう反撃に出るのでしょうか?
『はて、おしゃべりはおしまいぞい。今度こそ神代の秘剣で葬ってくれようかの』
トレンが容赦なく言い放つも、ミュナは少しも動揺しなかった。
その代わりに、遠い目でこう語り出すのであった。
『神代の秘剣――。懐かしいわね』
ミュナは笑う。
その目は昔に思いを馳せているかのようだ。
目を細めながらも、ミュナはさらにこう尋ねる。
『ねえ、トレン。剣の意味って知っているかしら?』
『何を言っておるのだ?』
トレンのその一言に、ミュナは細めていた目を丸くする。
『嗚呼、あなたは知らないのね。尊くも、哀しき、剣の意味を。そして、宿命を』
ミュナは歌うように囁く。
これからお伽噺を語り聞かせるような、そんな優しい口調だった。
だが、ミュナは古き時代の物語を語ろうとしなかった。
もしかすると、憂いを口にしたくなかったのではないか。
ふと、イツハはホフリの剣の柄を握り締める。
それは、恐怖に震える幼児がぬいぐるみをひしと抱きしめる行為そのものだった。
そう、トレンもイツハと同じように恐怖していたのだろう。
それを隠すかの如くトレンは反論を試みる。
『そんな過去など歴史という名の土砂に埋もれていればよい。絶対な勝利こそが我が鍛錬の行く先なのだ』
『いいえ、あなたでは私には勝てないわ』
『ほ、ほざくな』
すると、トレンはタブレットを操作しながらもこう叫ぶ。
『トドメと行こうか。ワシの力を一時的に三倍へ引き上げさせて貰うぞい』
イツハは思い出す。
確か、今回の神命新天の儀では応援ポイントを消費し、神は更なる力を引き出せるとのことだ。
ふと、トレンの身に青白い光が渦巻くように走る。
大気が蠢き、地鳴りのような音が聞こえて来た。
「おお、パワーアップですぜ!」
ギガントはその様子を見て、嬉しそうにはしゃいでいる。
完全にトレンに失望したという訳でもなさそうだ。
『私もそうさせて貰おうかしらね』
同じようにミュナもタブレットを操作すると、灰色の光が弧を描きながらもミュナの周りを取り巻く。
さも流れ星が踊り回っているかのような神秘的な雰囲気を纏いながらもミュナは歌い出した。
その高く美しい声はどこまでも響き、そして全てへと浸透していく。
まるで、世の理そのものを塗り替えているかのようで、耳にしているだけでも不思議な陶酔感に襲われる。
イツハは何とか正気を保とうとする一方ギガントの目は虚ろで、すっかりと睡魔の虜にされたようだ。
「おいおい……」
イツハは呆れていると、空から何かが降ってきたことに気が付く。
雪だろうかと手を伸ばしてみると――。
「これは、灰?」
イツハが空を仰ぐと、大量の灰が降り注ぎ始めている。
雪のようにふわふわと空を漂い、豪雨のように容赦がなかった。
彼のいる位置にまで灰は降っており、あっという間に視界の殆どを覆ってしまう。
『これはお前さんの神魂術かの?』
『ええ、そうよ~』
灰のせいでカメラ越しに二柱の現況が分からず、イツハはタブレットから聞こえてくる音声に集中する。
『ただ灰を降らせるだけか。つまらんの』
『ただの灰ではないのよね』
『この程度ではワシには勝てん。お前さんも秘剣を使うがよい。使えるならの話だがの』
『う~ん、使わなくても何とかなると思うわ』
『もうよい。行くぞ、秘剣【清瞬】!』
トレンが姿勢を低くするのが、微かだがイツハにも見えた。
そして構えてから、高速で剣を振るったらしい。
剣の一閃と共に、水流が舞い踊る。
「水――」
イツハは総毛立つ思いを押し殺せなかった。
朱火とは違って、水による攻撃なのだろうか。
単なる水といっても、水圧によって鋼鉄を断つことだってあるのだから。
「ミュナおばさん……」
今のミュナは武器を持っていない。
それどころか、今もなお歌っており、回避すら出来ないのでないか。
イツハは恐る恐るタブレットに目をやると――。
「え――」
ミュナは平然としていた。
トレンが攻撃したことなどまるでお構いなく、何食わぬ顔で歌い続けている。
『な、なぜ水の刃が届かぬ? はっ――!?』
会心の一閃のはずが、まるで効果がなかった。
あり得ない事態に出くわし、トレンは冷静にならざるを得なかった。
ミュナの周りを見てみると、灰が塊となって地面へと散らばっている。
今もなお降り続ける灰を見て、トレンは呻いた。
『灰が水分で固まった、というのか? そのようなことが……』
『言ったでしょ? ただの灰ではないのよ』
ミュナは答えてから、再度歌い出す。
ゆっくりとしたフレーズはまるで子守唄のようではあるが、聞く者は果たして安らかな心地となれるのだろうか。
言葉の意味を知らず、複雑な感情が芽生えていない者であるならば――。
そう、それこそ夜泣きにいそしむ赤子にこそ、うってつけかもしれなかった。
『――その灰は純白の象徴たらん。故に如何なる悪意にも穢されぬ。この地を覆え、天を埋め、我が身の盾とならん』
ミュナが歌い続ける中、既にトレンを応援する視聴者の声はなかった。
誰もが歌に耳を傾け、じっと眺めているのであろう。
戦いというよりも、舞台の演目を見ているような心地で。
『黙れ……。黙れ』
トレンは怯えていた。
信じていたのだ、鍛錬を積めば如何なる困難にも打ち勝てる、と。
それが自身の行方なのだと。
敗北は決してない。
長い年月、トレンは鍛えていたのだから。
その証拠に、トレンは神代の秘剣を会得した。
この秘剣と共に、新しい世界を導くつもりだったのだが――。
『消えるがよい、消えよ!』
トレンは朱火を何度も放つ。
剣閃と共に高温の熱が弾けては飛ぶ。
だがしかし、灰に行く手を阻まれ、ミュナの髪を燃やすことすら叶わなかった。
やがて高温の熱によってプラズマが発生したことで、灰が結晶となって辺りへと飛散する。
だからといって灰は何ら変わりなく降り続けている。
「せ、先生……」
目を覚ましたギガントの顔は青ざめていた。
翻弄されている師の姿がいたたまれなかったのだろう。
その様子を目にして、イツハは言葉も掛けられず、ただただ戦いの結果を見守る他なかった――。
このままミュナおばさんが押し切るのでしょうか?
次回をご期待ください!
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それでは今後ともミュナおばさんとイツハの活躍をお楽しみに。




