第十五話 神代の秘剣
ついに始まったミュナおばさんとトレンとの戦い。
鍛錬と行方の神であるトレン――。
果たして、ミュナおばさんは勝てるのでしょうか?
果たして、どのような戦いが始まるのだろうか。
そもそも、ミュナは他の神と比べるとどれほどの実力を持っているのか。
イツハが期待を込めながらもミュナ達の方へ視線を向けるも、二柱の神の姿はどこにもなかった。
「あれ? え?」
何処に行ってしまったのだろうか――。
イツハの疑問に答えるかのように、何かを打ち合う甲高い音だけがタブレットのスピーカーから聞こえてきた。
まさか、目に見えぬほどの超スピードで戦っているのか。
タブレットで見てみると、ケルベッシュの角を手にしたミュナと手製の剣を手にしたトレンが得物を打ち付け合っている。
地面にはクレーターがいくつも生じ、周囲の木々も粉微塵に消し飛んでいく。
どちらの技量が上なのか比べることすらもままならない。
本来ならば応援するべきなのだが、あまりの次元の違いにイツハは声援を送るのを忘れて見守る他なかった。
ギガントを見てみると、彼もまた同じような反応をしている。
暫くの間激烈な戦いが繰り広げられるのだが、イツハは困惑することにも疲れてしまう。
どちらが勝っているのかもわからず、歓声を上げようにもただただ虚しいばかりだ。
何もすることがないせいか、彼はイツハに対してこんなことを言い出した。
「なあ、知ってるか? 神は神でないと倒せないみたいだぜ」
「え? それって――」
「先生が仰っていたが神の特権らしくてな、人間じゃ神には手も足も出せないんだとよ。まあ、何らかの方法で人間が神の力を得られれば別だとか」
「へ、へえ……」
そんな話を聞かされた所で、イツハはどんな反応をすればいいのかわからなかった。
しかし、イツハは心の中で何かがざわめくのを感じた。
――抗い、刃を突き立てよ。
誰かの声が、イツハの心の底で小さく響く。
水たまりに小石を放ったかのような波紋が心の中に生じ、それが徐々に広がっていくのを彼は感じ取っていた。
「おい、どうした?」
「いえ、何でもないです」
疲れているのだろうか。
そう思いながらもイツハがタブレットに目線を戻すと、トレンがミュナと向き合いながらも自身の髭を撫でながらもこう話していた。
『中々やるようだの』
『そうかしら』
『しかし、これではつまらんし、支援者も盛り上がらん』
『う~ん、私が一曲歌うってのはどうかしら?』
ミュナが微笑むも、トレンはむっと顔を顰める。
『仕方あるまい。お前さんにはとっておきの技を見せてやるか』
『それは楽しみね』
『余裕を見せられるのも今のうちぞい』
そう言いながらも、トレンは両手で剣を持ったまま姿勢を低くする。
右足の膝を地へ着けない位置に保ち、対峙する敵に対して剣を水平に構える。
妙な構えだ。
だが、言い知れぬ気迫を放っており、間合いに踏み込んだら一巻の終わりであることを示唆していた。
しかし、イツハはとんでもないことに気が付いてしまった
それはミュナの顔から笑みが消えていることだ。
真剣な眼差しは美しい反面、とても冷え切っていた。
その視線を浴びただけでも火傷するだろう。
それほどまでにその目は冷たかった。
ややあって、ミュナは口を開く。
『その構えは――』
『ほう、知っておったか。だが、もう遅い』
トレンもまた冷たい目線を送る。
敗者へ掛ける情けなど微塵もないかと言い放つかのように。
「ミュナおばさん――!」
イツハが叫んだその瞬間だった。
トレンが剣を振るったその瞬間、赤い光が大気を薙いだ。
膨大な熱が離れている位置にいるイツハの方へと届くが、不思議なことに熱くはなかった。
「神命新天の儀のルール上、神は残されし者を攻撃できないみたいだぜ」
「そ、そうなんですか……」
ギガントに短く答えてから、イツハはタブレットに目を落とす。
「あ――」
カメラにはミュナの姿が映っていた。
写真の木々は跡形もなく消え去り、周囲の地形も一変してしまっている。
もし、ルールとやらがなければ少なくとも眼球が熱で焼かれていたかもしれない。
イツハが肝を冷やしながらも、ミュナの様子を確かめることにした。
『やるわね』
タブレットから伝わってくる音声と共にミュナを見てみると、その身に怪我はないようだ。
だが、手にしていたケルベッシュの角はなくなっており、恐らくは一瞬にして蒸発したのだろう。
『直撃は防ぎおったか。これぞ神代の秘剣【朱火】。万物をも焦がす一閃ぞい』
トレンがそう言うと、突如歓声が響いて来る。
どうやら、トレンの支援者のものらしい。
なるほど、声援がかなり大きいと準天使の構えているカメラからも反応が起こるらしいが、イツハはそれよりも 気にしなくてはならないことがあった。
「神代の秘剣? 神魂術とは違うのか――?」
イツハはチラリとギガントに目をやる。
先生と慕う間柄なら、秘剣とやらについて知っているだろう。
だが――。
「おお、トレン先生! かっこいいですぜ!」
この反応から察するにギガントは秘剣について何も知らないようだ。
イツハは気を取り直してタブレットに注目する。
するとミュナは真面目な顔でトレンへと話しかけていた。
『凄いわね~』
『左様。神代の秘剣を身に着けるべく、ワシは長い時間をかけて己を鍛え上げたのだ。神魂術に頼ってばかりの軟な連中とは違うぞい』
トレンが胸を張って語る姿を見て、ミュナはさらに問いかける。
『トレン。あなたは新しい世界に何を願うのかしら?』
『鍛錬により神も生命も新しい道を開くことが出来る。その行方はまさに無限――。素晴らしいと思わんかい?』
悠々と語るトレンには余裕が伺える。
何せミュナの武器は既にない。
トレンは構えを解き、ミュナの質問に答えている。
『そうね。私も平穏な世界を望みたいわ』
『そうじゃろう? ひたすら鍛錬にいそしめば邪念も湧かん。よって戦争も起こらん』
『それは理想的ね。でも、全員が鍛錬しなければならないのかしら? 嫌がる子もいるでしょ?』
ミュナがそう問いかけた瞬間だった。
トレンは鼻で笑う。
『愚問ぞい。甘えは許さん。誰であろうと、ワシの提示する鍛錬課目から逃れてはいかん』
トレンがそう言い放つと、ざわめきが聞こえてくる。
どうやら、トレンの支援者に動揺が走ったようだ。
しかし、哀しいことにトレンにはその声は聞こえてはいなかった。
『トレン、あなたは厳しすぎるわ。誰も彼もが強い心を持っているわけではないのよ』
『厳しい世界でなければ、理想は築けんぞい』
『理想? それはあなたの思想を押し付けているだけじゃないのかしら?』
『黙って貰おうか。人は、生命は脆い。いついかなる時も、言い訳ばかりをして逃げようとする。その甘えが肉体を腐らせ、やがては精神をも腑抜けにさせるのだ』
『わかってあげてちょうだい。脆い生命のことを」
『知ったことか。ワシの鍛錬課目に従っておれば、間違いなど起こらん』
トレンは叫ぶ。
ミュナの憐れみを含んだ視線に耐えきれなかったかのように。
そして、剣の切っ先をミュナへと向ける。
「せ、先生……」
――まさかこんな思想をお持ちだったとは。
ギガントの額から流れる汗と恐れおののく表情から、イツハはそんな感情を察した。
神の求める理想は高みにある。
それこそ、人の手に届かない位置に。
それならば、神々が足場を用意してくれればと思うが、そんな甘えすら許してくれないとは。
イツハはミュナを心の底から応援しながらも、成り行きをただただ見守る他なかった。
トレンの放った神代の秘剣――。
流石のミュナおばさんも敵わないのでしょうか?
次回を乞うご期待!
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それでは今後ともミュナおばさんとイツハの活躍をお楽しみに。




