第5話 姉をたずねて三千里
「はじめて乗りましたけど、馬車って気持ちいいですね」
本日は雲一つない晴天。爽やかな風が心地良い昼下がり。
ローラシア王国の首都を目指して、わたし達は馬車で街道を移動していた。
「あ! トンボが飛んでます。遠くに見えるのは牧場でしょうか?」
「見ての通りでしょ。この程度のことではしゃげるなんて、アンタは幸せ者ね」
御者をしているリオさんが眠そうに欠伸をかく。
「あはは…似たようなことは姉さんにも言われました。わたしはそれで良いんだとも」
「あ、そう。…ホントにあの女と姉妹なんだ。あんま似てないけど」
「わたしとしては、リオさんが姉さんと知り合いだというほうが驚きましたよ」
昨日絡んで来た…もとい、助けて下さった魔道士のリオさん。
わたしの境遇を話す過程で姉さんの名前を出したら、目に見えて血相を変えられたのでよもや…と思ったらだった。
「正確には、アンタの姉と一緒にパーティー組んでる男と昔、色々あってね」
「男性…。それって剣士の方ですか?」
「は? アンタ、あのゆるゆる男のことも知ってんの!?」
「は、はい。昔、わたし達の森にいらっしゃったことがあって。森に巣食っていたモンスターの退治を請け負ってくれたんです」
「あー、はいはい…アイツらしい話だわ。…ツケはどんだけ残されたの?」
「あ、あはははは………詳細は割愛させてもらえると…」
苦々しく伝えると、ハッと鼻で笑うリオさん。
「本当にあの男は、ぷらぷらへらへらあっちへこっちね…。『剣聖』の真似事をするなら、もう少しシッカリしろっての」
「でも、それがあの人の生き方ですから」
『剣聖』さま。
長い時を経ても尚、多くの民草に語り継がれる英雄さまのこと。
数百年前の世界大戦時に実在した偉人で、困窮する人々を助けるべく巨悪を挫き、幾万に及ぶモンスターを討伐したといわれている。
その輝かしい冒険譚は、未だ多くの冒険者や軍兵達の憧れでもあるらしい──。
「…。困ってたアンタを助けたって名目で連れてけば、アイツらも逃げ出さないかしら?」
「え」
なんて具合で、道中を共にすることになっていたのが昨晩のこと。
ローラシア王国の首都・イセリナ。
姉さん達は、そこを目指して何日か前に旅立ったらしい。
リオさんのお陰で、早々に姉さん達の所在が判明したのは幸いだった。
でも、それに伴う問題も一個あって…。
「……」
「…ゼルスさん、まだ怒っておられます…?」
「…………」
「…うぅ……」
「放っとけ放っとけ。拗ねた奴のご機嫌取りなんて」
「でも、わたし達が勝手に決めてしまったせいで怒っておられるんですし…」
そう。
昨晩、リオさんが同行する意向を伝え──正確には、まごついたわたしの代わりにリオさんが大々的に宣言してから、ゼルスさんは無言になってしまわれた。
お陰で、フードの奥に隠されたあの水晶の目とは今朝から一度も目が合っていない。
「いいじゃない。行き先がハッキリして、馬車の手配だってアタシが調達してるんだから文句はないでしょ。何も言わずついてきてるなら、そいつも不満はあっても反対する気はないってことだろうし」
「でもぉ」
「うだうだ言うんじゃない! アンタはもう少しシャキッとしなさいシャキッと!」
ぺちぺちデコピンされる。
うぅ、地味に痛い。
清々しいお日柄に反して、わたし達の空気感はお世辞にも心地良いものではなかったけれど、カラカラと馬車は軽やかに進んでいった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ローラシア王国はダムレス地方より東にあって、このリーザス大陸の中心に位置する。
様々な土地や国と隣接する立地上、昔から交易が盛んな大国だそうだ。
首都である城下町には大きい冒険者組合や商業組織、それに女神様を奉る教会もあって、活気に満ちているらしい。
「それにしても、姉さん達はローラシアには何用で赴いてるのでしょう…。
わっ?」
キッ、と馬車が停車する。
「こんな所で検問か」
リオさんが意味深そうにこぼす。
「ちょっと対応してくるから二人は大人しくしてて。特にフィナ」
「は、はい」
「アンタはちゃんとこの子を見張っといてよ」
「……分かってるよ」
手短に告げると、リオさんは馬車から降りた。
横暴なところもあるけれど、リオさんは大変しっかりなさっているお人だ。
同行に関するゼルスさんとの交渉だって元が言いがかりに等しい要求だったのに、落としどころがしっかりしてるからか、傍から聞いてる分には非難のつけようがなくて…本当に凄いなあとわたしは感心ばかりする。
「検問って何をするんですか?」
「…取り調べだよ。行政機関や国がその時に何を警戒してるかによって、内容や度合いは変わって来る」
「へー。そうなんですね」
「緊張感に欠けるね。自分が連れて行かれるかも、とかは考えないんだ」
「? エルフ狩りは悪い人が違法に行うものじゃあないんですか?」
「法の目が届かない所で行われるから違法なんだよ。…こんな国境近くでもない所の検問なんて、臭さぷんぷんだ」
ごくり、と固唾をのむ。
ゼルスさんがいつでも動けるようにしてるのって、そういう…?
「ただいまー」
そんなわたし達の剣呑な雰囲気は、リオさん帰還の一言で吹き飛んだ。
「先に行ってOKだって」
「ホントですか? 良かったあ」
カラカラ。馬車の運転が再開される。
「ダムレスとローラシアを結ぶ街道で、最近盗賊の出没が多いんですって。それを注意喚起するために、近くの町の人達で検問を張ってたそうよ」
「? そういうのって、国の役人や兵士がやるものなんじゃないんですか?」
「そりゃ、国がないからよ」
「はい?」
「…知らないの? かつては共和国があったけど、数百年前の大戦時に滅亡してるのよ」
「あ、ああ。そういえば……そうなんでしたっけ」
「そ。で、その時の取り決めもあって、ローラシア王国や南の神聖シルフェイド帝国の庇護下に置かれつつも、今のダムレスは国家による自治統一という体制が放棄されているの。だからこの地方に点在する都市は、集落ごとの自治をしてるってわけ。
──ま、それをいいことに悪事を働く輩が多いんだけどね」
リオさんが魔法で杖を顕現させた。
…ん?
「そんじゃ確認ね。アタシは炎と雷の魔法を主とする。近接は自衛程度なら辛うじて。典型的な後衛の魔道士だから、なるだけ敵は近づけないでくれると助かるわ」
んん?
「人をフォローする戦い方なんて僕に求めないでよ」
「じゃあアンタは派手に敵を引きつけてくれれば結構よ。長らくソロでやってたなら、一対多の荒事にも慣れてるでしょ」
「…僕は勝手にやる。それで良い?」
「OK。じゃあフィナはアタシの護衛をよろしくね」
え???
話がどんどん進んでるけど、わたしには何がなんやらなのですが!?
「森で狩猟はしてたんでしょ? 近づいてくるやつを警戒して、弓矢や魔法で牽制してくれれば十分だから。ほら、準備する。もたもたしない!」
「は、はい!」
急かされる侭にわたしは装備を整えた。
「森暮らしが長いながら感じるんじゃない? 獣…あるいはモンスターの気配が」
「…!」
確かに、視界に入らないほどの距離から獣の息遣いがある。
「数は…一〇、十一、二…十五ぐらい…?」
「さっすがエルフ。耳と目が良い」
「かすかですが、人の足音も混じってます。二時の方角からかな…?」
「なら、モンスター使いはそっちに居る可能性が高いか。アンタに任せて良い?」
ゼルスさんが首を縦に振る。
「馬車が止まったら二手に飛び出す。フィナはアタシと一緒に来て。少し離れたら、索敵で周囲を警戒しながらさっきの通りに」
「わ、分かりました。…あの、これから何が起きるんですか!?」
「賊退治に決まってんでしょ!」
キキッ!
馬車の急停車と同時に飛び出すと、遠くから一斉にモンスターの群れが現れた──!