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第4話 ドラゴン・ミーツ・ガール

 泣き言は嫌いだ。

 自分が零すのも、相手にするのも、徒労ばかりで疲れるから。


 どうしてこんなことに? なんで? 酷いよ。


 そんな不幸を嘆いたって良いことは一つもない。

 そんな余裕があるぐらいなら、今日を生き抜くための術を考えたほうがマシだ。


 そう踏まえると…彼女の在り方は嫌いではなかった。

 フィナと名乗ったエルフの少女は、僕の前では一切嘆かなかったから。

 それどころか、たまたま助けた僕へ恩返しするときた。

 幸せなぐらいに純真で人が好いのだろう。


 僕がしたことなんて、眼前にあった障害物を排除した程度だ。

 そんなものに礼を尽くす価値はない…。そう分かっていながら「使えそう」としか思わなかった僕は、ありがたがることもなく、その献身を利用することにした。


 彼女の提案が吉と出るか凶と出るかは半々だろう。

 元々からして保証の少ない道すがらだ。それなら目的達成の可能性が少しでもあるほうに行こうと判断した。

 彼女の姉探しをする理由なんて、ホントその程度のことからだ。


 でも。森の外に出て、すぐに撤回したくなった。


 世間知らず。怖いもの知らず。苦労知らず。

 そんな三拍子を揃えた彼女の言動は、どうも危なっかしい。

 森から出ただけで「あれが人間の町ですか? 綺麗な街並みですね!」なんてきゃいきゃいしているぐらいだ。


 そこで確信した。これが箱入り娘というやつかと。

 俗世から離れたエルフの森内で、さぞや大事に育てられたのだろう。

 その時点で論外だ。

 臭いものやそりの合わないものには蓋をするに限る──


『行きたいところも、行ける場所もないんです。わたし』


 …いや。実際のところはどうだったんだろうな。

 別にどっちでもいいけど…。


 いづれにせよ、あの程度で悪意を削がれてた僕も僕だ。

 他人が近くに居たせいで、昨晩もまともに眠れなかったし……。


 元々、エルフの結界で迷宮化していた森を探索したこの数日は、オーバーワークだった。

 だから少しでも早い眠りを欲した僕は、宿の手続きを手早く済ませた。


 そうして思い知ることになる。


「うぇっ、ぐず…ぐすっ」


 無理を溜め込んだ子を相手にするのはもっと疲れるのだと、これでもかってぐらいに。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 号泣する彼女は、見知らぬ女魔道士に連れられて宿屋の部屋にやって来た。


「アナタがこの子の連れ? 困ってるとこ助けたら、泣き止まなくなっちゃったんだけど」

「…それは…迷惑をかけたね…」

「そう。だから感謝料と迷惑料、貰える?」


 恩に着せて金品や報酬をがめるタイプの人間か。

 それならと、二、三個の小包を投げ渡す。


「これで足りるかい」

「どれどれ。…へー、神聖樹の葉にミスリルの原石に…………アンタ正気?」

「僕には不要な産物だ。口止め料込みで、それでとっととお帰り願いたい」

「これだけの量の金塊が不要ね…。売ればかなりの額になるじゃない。どういう身の上よ?」

「二度は言わない。つべこべ言わず帰ってくれ」

「…ふーん…」


 魔道士が半目でこちらを見てくる。

 守銭奴に加えて、人の問題に首を突っ込んでくる引き下がりが悪いタイプのようだ。ほとほと今日は面倒な相手に縁がある。厄日だ。


「悪いんだけど、一個だけ聞いても?」

「人の話を聞いていた?」

「悪いって言ってるでしょ。アタシだってここまでの礼品を貰った以上、とっとと退散したいけどさ。この子、さっきからずっとこう泣いてるの。『助けられなくてごめんなさい。迷惑ばっかかけてごめんなさい。ひとりになっちゃったらどうしよう…』って。…こんな泣き言を聞いちゃったら、アタシも据わりが悪いのよ。だから教えなさい。アナタとこの子、一体どういう関係?」


 この子、よりにもよって見ず知らずの他人に全部ブチまけやがった…!

 舌打ちしたい衝動を律して、僕は淡々と事実を述べる。


「…その子の村が壊滅していたから拾った。諸事情で今は一時的に行動を共にしている」

「村ぁ? ここいらでそんな話、聞いたことないけど…どこの村の話よ?」

「もういいでしょ。聞きたいこと一個には答えたんだから」

「屁理屈言うな。アンタ、なんか隠してない?」


 言いがかりはよせ。僕は何もしていない。

 この子が理不尽な不幸に見舞われたのも、こんな風にぴーぴー泣いてるのも原因は別にある。そんな文句を僕にぶつけないで欲しい。


「一時的とはいえ、今のアナタはこの子の仲間なんでしょ。そうと決めたなら最低限ちゃんと守ってあげなさいよ。この子、えらい世間知らずの様子っぽいし──」


 ピキ、と僕のこめかみが引きつった。


 守る。守る?

 同行者を。困ってる者を。弱い者を。

 それらを守るのが当然だと、この女はそう言ってる?


 …そう。

 そんな素晴らしいことを、僕ごときに要求してくるんだ…。


 ローブの下でぼき、と右腕だけをドラゴン化させる。


 この魔道士も、この女の子も。

 もう邪魔にしかならないし、まとめて切り捨てるか────



「あやまってください!!」



 はっと。

 大きな怒号を耳にして、僕は我に返った。


「…なんで、アンタがアタシに怒るわけ?」


 見れば、彼女が女魔道士の腕を掴んで何かを訴えていた。

 女魔道士も戸惑いが隠せないのだろう。眉をひそめながら応対している。


「アナタ、こいつにいいように使われてるだけなんじゃないの?」

「…分かりません。けど、そうなのかもしれません」

「なら」

「でもゼルスさんは、わたしを助けてくれました。わたしみたいなお荷物を連れて、一緒に居てくれてるんですっ。わたしを心配してくれたのは、ありがたいです…。でもだからって、ゼルスさんに詰め寄るのは、お門違いなんです。…わたしが泣いてるのは……わたしが、弱い、からで……それ以上のことは、ないんです。だから、ゼルスさんを責めるのは止めて。責めたことも謝って!」

「……。はあ。…分かった分かった。ごめんなさい。辛いところに気を遣わせたわね」


 僕のほうを振り返った魔道士が、深々と頭を下げた。 


「アナタもごめんなさい、部外者なのに勝手な憶測を口にした」

「………別に」


 そんな風に謝罪されたら、僕はとやかく言えなくなる。


「謝った後での確認で恐縮なんだけど。アナタに物申すのは筋が違っても、この子自身から経緯を聞くのはセーフよね?」

「…好きにしなよ。…僕は……疲れた」


 フラフラと部屋を後にする。

 この二人の相手をこれ以上するのは……僕には、とてもしんどい。

 僕は逃げるように、その場を立ち去った。



「変な奴…。ま、あの成りでワケありじゃないほうが変か」

「でも、いい方ですよ」

「アンタはもう少し人を疑うことを覚えたほうがいいけどね…。で? アンタの住んでる村が襲われたって、どういうこと?」


 僕が離れた後も、彼女達の語り合いはそんな風に続いていたらしい。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 ぱちぱち、ぱちぱち。


 炎が爆ぜている。黒煙が立ち込めている。

 高熱が渦巻いて、ズタズタのボロボロになったみんなを荼毘(だび)に付していく。

 瓦礫に埋もれていた幼い自分は、その地獄絵図を見つめるしかなかった。


 随分と昔にあった凄惨(せいさん)な記憶。

 まぶたの裏に焼きついた光景は、目を閉じれば今でも鮮明に思い返される。


 …………僕は、いつになったら……。



 目を開ける。

 視界に入ったのは、夜空に散りばめられた星々。

 先の鮮烈さと比べたら、泣きたくなるぐらい穏やかで慰められる景色だった。

 人間の町でも、夜がとっぷりふけたこの時間帯なら、満点の星が見えるらしい。


 ……こんな感傷は、久しぶりだ。


 あの二人のせいだろう。

 こんなもの、泣き言と同じぐらい不毛で疲れるだけなのにな…。


 ぴゅうぴゅうと、秋の冷たい風が宿の庭先に吹いた。

 フードを外してその風にさらされてみる。

 熱されていた頭脳がほどよく冷却されて、もやもやしていた頭がスッキリした。


 ああ。このまま、時が止まればいいのに……


「ゼルスさん」

「!」


 振り返る。

 暗がりで姿は定かでなかったが、声と口調で一目瞭然だ。


 …今度は何の用だろう。先刻のことだってあるのに。


「なに? 僕、もう今日はクタクタなんだけど」

「すみません。度々ご迷惑をおかけしてしまったことを、ちゃんと謝っておきたくて」

「…君は、本当によく謝るね」

「わたしのせいで増えた厄介事ですから」

「そうだね。──その通りだ」

「はい。だから……ちゃんと、分をわきまえないと」

「…………………」


 仮の話だけど。

 この子は、自分が誰かに襲われたりしたら、それも自分のせいだと認めるのだろうか。

 どんな謂れのないことでも、自分が関わっていない凶事でも。

 誰かがそうだと言ったら受け入れて、こんな風に謝るのだろうか。

 だとしたら自己肯定がないにも程があるだろと小馬鹿にして……自嘲した。


 だってそうだろ。

 そんなところを利用している僕の言動は、それと同じぐらい酷いのだから。


 …ひっどい話だ。

 この健やかな子と比べると、自分の身勝手さが痛いほどに浮き彫りになる……。


「……謝らなくていいよ」

「え?」

「確かに君と関わってから散々だけど……別に、君は悪いことを何もしてないんだし」


 彼女は目を点にして驚きを露わにしていた。

 まぁ、そうもなるよね。


「でもわたし…ゼルスさんからいただいたものを、何も返せてません。それどころか、ご迷惑ばかりおかけして…」

「村と家族を失ったばかりの凡庸な君に何かを要求するほうが馬鹿げてるんだよ。理不尽に畳みかける理不尽に、君が後ろめたくなることなんて一つもないでしょ」

「……ごめんなさい。ゼルスさんの言ってることが、よく分からなくて…」

「そうだね。……一番無茶苦茶なのは、僕だ」


 こんな中途半端な情けを与えるぐらいなら、冷淡なほうが律儀なのは分かっていたけど、どうにも抑えが効かなかった。

 謂れなくもたらされた悪行に謝罪するなんて…そんなこと、あったらいけない。

 まぶたの裏に焼きついたいつかの誰かが、そう叫んでいた。


「僕には余裕がないから全部の前言は撤回してあげられないけどさ。いいんだよ。そんな頑張らなくて」

「…難しいです。わたしは結局どうすれば…?」

「別に、何も」

「そんなの、出来ませんよ」

「じゃあ、無理をしない程度にして。それでまたわんわん泣き出されたら困るから」

「う。それは…そうですね…。分かりました。善処します」


 気合を入れるように、彼女は自分の頬をぱんぱんと叩いた。

 純真だな、と他人事のように思う。


「ゼルスさんって、そんなお顔をされてたんですね」

「!」

「そんな慌てなくても!? お顔を拝見できて、わたしは嬉しいです!」


 急いでフードにかけた手は、彼女の手により諫められた。

 くそ。失敗した。

 気を抜き過ぎだろ、僕。


「お顔を出すの、苦手なんですか?」

「……いい思い出がないんだ。少し顔を出してた間で、何度拉致されたことか」

「そ、そうなんですか…それは大変でしたね」


 さもありなんと彼女は苦笑して、


「でも、穏やかそうなお顔立ちでわたしは好きですよ」

 


◇◇◇◇◇◇◇◇



 雲一つない夜。

 閑静な町の一角で、秋風が葉擦れを奏でた。

 さぁさぁと風が吹けば、彼の柔らかな銀青の髪が清流のように流れる。

 頭の上の小ぶりな角や、宝石かと見間違うぐらい整った顔立ちもさることながら、一等目を引くのは、水晶みたいに澄んだその瞳だろうか。

 それが今は丸くなって、幼なげにわたしを凝視している。


「君に好かれても、嬉しいことは一つもないんだけど」


 ゼルスさんが不満そうにごちた。

 そんなこの人の素顔は、あのドラゴンの時と同じで、やっぱりきれいなものに見えた。

1章・完です。

大きく区切って三部ぐらいとなる見込みです。

総話数は100話以内には収めたいなー、と見積もってる最中です。どうなるかまだまだ未知数ですが…。


良ければお付き合いください。


続きが気になったり、こちらの話がお気に召すようであれば、

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