第3話 開幕早々ニューフェイス
リーザス大陸の西部・ダムレス地方。
雄大な自然と共生するこの地方では、エルフは勿論、様々な種が住んでいる。現に、わたし達の森から流れている河川の下流……森を抜け出た十数キロ先の土地には、農林を営む人間の集落があった。
決して近づかないよう言い聞かされてきたけれど、こんな形で訪れる日が来るなんて…奇縁があるものだと思う。
「大きい町ですね」
「この町はまだ小さいほうだよ。入場検問もないし」
初めての場所に胸を弾ませるわたしに、ゼルスさんが説明してくれる。
そんなゼルスさん。今はドラゴンではなく人の姿になっている。
人間の間では、ドラゴンはとても危険なモンスターという認識だかららしい。
なるほどだ。ただ、今の彼は紫紺のローブをまとっているから「わたしと年が近そう」ぐらいしか容姿は分からなかった。
「どうして姿を隠されてるんです?」
「目立つから」
「その姿はかえって怪しくないんですか…?」
「兜や鎧で全身装備している戦士だって居るんだ。大差ない」
そうなのかなあ?
疑問は残るけど…これ以上は触れないでおこう。そういう約束だし。
「わたしも変装とかしたほうが良いのでしょうか?」
くるりと普段から着ていた新緑の衣を確認するように身を翻すと、わたしのくすんだ金の長い髪がなびく。
森の外は危険がつきまとうだろうから、弓矢にショートソードなど、武装は整えてきたけど…役に立つかな。
「大丈夫なんじゃない。人間の集落に馴染んでいるエルフはたまに居るし…長耳が見えなければエルフと人間の区別なんてつかないよ」
「…そうですね…。じゃあ、準備万端です!」
「もう一度言っておくけど、物資の確保が君の仕事だからね…」
「はい! 頑張ります!」
「……あぁ、そう……」
それを最後に、ゼルスさんは宿屋に向かわれた。
ここから隣町までの移動は、徒歩で数日かかるらしい。しばらく野宿は避けられないから、そのための道具屋や保存食料店を探すようにとのお達しだ。
尚。陸路で行く理由についてだけど、
「ゼルスさんなら空もひとっ飛びなのでは?」
「この辺はともかく、大きな街の領空には防護結界が張られてるからね。アレに引っかかると痛いから」
「へえ…。引っかかったこと、あるんです?」
「…ちょっとね」
「はあ。ドラゴンも世知辛い世の中なんですね…」
それだけ昨今の人間社会は目まぐるしい進化を遂げているということなのかな。
閑話休題。
「それにしてもゼルスさん、すごいジト目だったなぁ…やっぱ頼りないのかな。わたし」
昔から、はりきるとよくドジを踏んだ。
その度に母さんから「フィナはそんな頑張らなくていいの」と言われたものだなぁ…と思い出していたら、じわ、と胸に込み上げるものがあった。
…父さんと母さん、無事かな。
森に残された遺体の中に、父さんと母さんのものはなかった。
連れて行かれてしまったのか、あるいは逃げ延びたのか。
…連れて行かれた皆の行方を捜すにしても、わたし一人ではできないことばかりだ。だから姉さんに会えるまで過剰な心配は止めようと思った。わたし一人が今ここで心配しても無用にしかならないのだから……
けど、
「………うっ、……っ…」
あぁ…失敗した。
今まで意識して考えないようにしていたのに…。
一度外れたタガは、中々戻ってくれない。
ぽろぽろ、ぽろぽろ。
壊れた涙腺から涙が零れ落ちる。
「お嬢ちゃん、こんなとこで泣いちゃって…大丈夫かい?」
そんな様だったからだろう、通りがかりの方に声をかけられた。
鎧や武器を所有している、傭兵っぽい男性・二名だ。
「怖いことがあったならおにーさん達が慰めてあげるよ?」
「ぐすっ。…お気遣いいただき、ありがとうございます。でも、大丈夫なので…」
「まぁまぁ、そんな遠慮せず。話は裏で聞くから」
「ちょ、ちょっと…!」
急に腕を掴まれた。
振りほどこうにも力が強い!
「離してください!」
「うるせぇ! いいからこっち来い!」
「痛…ッ!」
この人達は悪い人?あるいは巷で有名なエルフ狩り!?
「≪ファイア≫!」
ちゅどーん!
炎の魔法が炸裂したのは、その時だった。
「だ、誰だ!?」
「こんな田舎町でも、往来で人攫いはセンスがないんじゃない?」
魔法の出先を見れば、凛々しい女性のお姿。ターコイズブルーのボブヘアを手でなびかせ、彼女は不敵な笑みを浮かべている。
赤を基調とした派手やかなパンツルックに反し、首元や手首で輝くアミュレットからは強い魔力を感じる。先の魔法を鑑みても、十中八九は魔道士の方だろう。
「テメェ、何者だ!? 邪魔建てするなら容赦しねえぞ!」
「婦女を襲ってる暴漢共が偉そうにするんじゃねーわよ。
もういっちょ≪ファイア≫!」
「ぎょえええーーーーー!?!?」
ちゅどーん!とまた派手な炎柱。
「あ、アニキィ!? お、俺達が悪かった! 頼むから勘弁してくれ…!」
「アタシの憂さ晴らしを兼ねた人助けだからやめなーい♡」
「なんじゃあそりゃあ!? ぎゃああああああーーーーー!」
どかーん!
あまりに躊躇がない魔法使役が続く。
に、人間の町ではこれが普通なの…!?
「あー、すっきりした! さて、臨時ボーナスはっと」
暴漢を撃退すると、彼女は白昼堂々と地面で伸びている方々の財布を漁り出していた。
信じられない。この人、何してるの!?
目がひん剥けるぐらいわたしは驚いた。
「なによ、しけてるな。これっぽっちの有り金しかないの?」
「あ、あのう…」
「ん? あぁ、アナタ。大丈夫だった?」
「お陰様で…。ところで、一体なにを…?」
「悪人は負けたら財布取られても仕方ないってルールがあるのよ」
「そうなんですか? 怖い決まりがあるんですね…」
「そ。それがアタシのルール」
…つまり、本当はいけないことなのでは…?
「で? アナタからお礼はないの? アタシ、助けた恩人よ?」
目ぼしい金品をご自身の懐にしまうと、彼女はわたしを見た。
「は、はい。助けてくださってありがとうございます。でも、今のわたしからお返し出来るものは手持ちにはなくて…」
「は? 無一文!?」
「ご、ごめんなさい。何分、こちらに出向いたのも今しがたで」
「ちょっとちょっと。それは割に合わないっての! なんかないわけ!?」
「そ、そんな急に言われても…」
「ちっ。アタシとしたことが貸しを作る相手を見誤ったわね…。でも、こんなぽやぽやした子が一人で居るわきゃないわよね? 連れや保護者が居るならそっちを強請れば……」
この人、さっきから碌なことを言ってない…。
「ねぇ、アナタは一人なの?」
「えぇ!? えーっと…」
どう考えても、ゼルスさんのことが知られたら迷惑になる。
なんとか回避しないと…!
「ひ、ひとりです」
「嘘ね」
「どうしてすぐにバレたんですか!?」
「だってあからさまに目が泳いでるじゃない。ほら、観念して正直に白状なさい」
「う、嘘じゃないです!」
「ふーん。じゃ、お礼を貰えるまでアナタにつきまとっても問題ないわよね?」
「え」
「はい、じゃ決定ー。一人なら宿取ってるでしょ? アタシもそこに泊めてよ。最悪、礼はそれでもイイわ」
「ダメです! ゼルスさんが困ってしまいます!」
「そう。じゃあそいつを紹介してよ。安心なさい、話ならそいつとちゃーんとつけるわ」
「だ…! ダメっていったらダメです! 迷惑をかけるわけにはいかないんです!」
「いいじゃない。どういう関係か知らないけど、旅の道連れには迷惑かけてなんぼよ。アタシも先日、過ぎた借りをつけられたばっかだし」
「うぅ。お願いですから勘弁して下さい!」
「イ・ヤ♡」
この女の人、さっきの男の人達以上に困る人だ!
ああ、なんでこうなっちゃうんだろう。
面倒を起こすなって、あんな言われたばかりだったのに…自分のツキのなさと、それをあしらえない不甲斐なさが、情けない…っ!
「うっ…うぇ…」
「ちょ…マジ泣き!? なによ、そんな嫌だった? あちゃー…引き際ミスったか…?」
「うっ、うぅぅぅぅ…!」
「あー、ごめんってば! アタシもやり過ぎました! だから泣かないでよー!」
「うええええええーーーーー!!!」
日が沈む夕刻間際。
小さな町の片隅で、私の泣き声が木霊した。
(余談)
こちらの短編(https://ncode.syosetu.com/n9091ip/)に出て来た某女生徒と今回の彼女は同一人物だったりします。