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第2話 自己紹介をしましょう

 夜がふける頃。

 わたしが案内したほら穴で、ドラゴンは野宿をすることにしたらしい。

 彼は身を丸めて休んでいて、その傍で、わたしは小さく燃える焚火を見つめている。


 …生き残っちゃったけど、これからどうしよう…。


「くしゅん!」


 寒い。ぴゅーぴゅー秋風が差し込むせいだろう。


 …弱った。

 日が落ちる前に、食糧の調達だけじゃなくて植物も集めておくべきだったな。そうすれば、簡易な風よけぐらいは編めたのに…。


「ねえ」

「あ、はい。なんでしょう?」

「…。君は…ラヴェンナ大森林への行き方は知っているの?」

「…ラヴェンナですか…」


 この地方におけるエルフは森ごとの集落を作って暮らしているけど、その森々を統べる地がある。

 それがラヴェンナ大森林。

 大昔から生きる神官さまや族長達などが住んでいることから、この森とは比にならない大結界で隠されている、普通のエルフでは来訪も許されないエルフ族の聖地だ。


「…ごめんなさい。あそこは特別な場所だから、わたし程度じゃあ行き方を教えられてないんです」

「…そう…」


 ドラゴンが無言になる。

 わたしを見下ろす眼光はじっとりとしていて、責められている気がした。


「ご期待に沿えなくて、ごめんさい。わざわざ助けていただいたのに…」

「別に。知らないならいいよ」


 なんとなく、彼の声には失望が混ざっている気がした。


 あ──このままは駄目だ。

 どうにかしなきゃと、わたしはまくし立てるように話す。


「わ、わたしは行き方を知らないけど、他の人達……そう。みんななら、行き方を知っているはずです」

「……」

「でも皆は連れ去られちゃって、だから後は……姉さん。そう、姉さんなら……でも姉さんは旅に出てるから、森の外に姉さんを探しに行かないと……」

「……………」

「なので、えっと……姉さんを探して来るので、それまでラヴェンナへの行き方は待っていてもらえませんか?」


 完全沈黙するドラゴン。

 その冷めた目線はわたしから離れない。


 う…。緊張で全身が汗でぐっしょりしている…。


「…あのさあ。馬鹿なの? 君」


 そうして返ってきたのは、実にバッサリした一言だった。


「君、この森から外に出たことは?」

「…ないですけど…」

「だろうね。今時のエルフは皆そうだ。で? そんな森の外をまともに知らない君が一人で? 人を探す? …無事に情報を持ち帰る保証なんて一つもないよね。杜撰で穴だらけな提案だと思わないの?」


 ぐうの音も出ない正論だ。

 ここまでけちょんけちょんにしたいぐらい不快にさせてしまったのかな…。

 それなら本当に申し訳ない。


「ごめんなさい…。力が及ばないグズで恥ずかしいばかりです…」

「…。別に謝って欲しいわけじゃないんだけど…」


 重苦しい沈黙が広がる。

 あたりに響くのは、秋風のうなりばかりで…


「くしゅん! ご、ごめんなさい。お聞き苦しいものを…」

「別に。…寒いの?」

「だ、大丈夫です。一晩ぐらいは耐えしのいでみせますから」

「そんな体をふるわせてちゃ説得力ないよ」


 な、なんかこの方、さっきから妙に的確にわたしの弱点を突いてくるな…。


「…先に言っておくけど…下手な気を起こしたら、爪で切り裂くから」

「え? なにがです?」

「注意事項。いいからこっちに来なよ」


 そう促されて、恐る恐る近づくと、


「僕を暖にして寝な」

「エ゛」


 なにを言っておられるのだろうこのドラゴンさんは!?


「そ、そんなの悪いですよ。恩ある方に、恐れ多いです」

「僕がしろって言ってるんだからいいでしょ。…朝に君が具合を悪くしているのを見つけるのも据わりが悪いんだ」

「そうかもですけど…! わっぷ」


 反論するいとまもなく、わたしは彼の尾に絡め取られた。

 最初だけヒヤッとしたけど、これが案外、包まれてると温かい。


 あ…ちょっとこの感触は、癖になるかも……しれな……

 その日のわたしの記憶は、そこで途切れた。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 翌朝。


「君のお姉さんは、本当に僕の力になる?」


 唐突に、彼はそう尋ねてきた。


「えっと……すみません。話をする前に、お顔とか洗ってきてもいいですか…?」


 彼の尾にくるまって呑気に熟睡していたわたしは、寝ぼけ眼をこすりながらそう言った。


「お待たせしました。それで、えーっと…なんの話でしたっけ?」

「ラヴェンナの件だよ。君のお姉さんなら、行き方を知っているんだよね?」

「はい、そこは大丈夫かと。族長達の呼び出しでラヴェンナに訪れてた時、『ふざけんな!』って姉さんが怒ってみんなを殴り倒してましたから…。姉さんが居れば百人力です」

「…僕は今、凄まじく不安になったんだけど…?」


 心配そうな様子で「殴り倒したってどういうことさ…」と呟くドラゴンさん。

 …確かに、その情報は余分だったかも。

 これはいけないな。まだ寝ぼけてるのかな…。


「…ちなみに、お姉さんの手掛かりはあるの?」

「たしか…一ヵ月前に届いた手紙には、冒険者組合からの仕事をこなしてダムレスを巡り歩いているとありました」

「頼りない話…。でも、闇雲にラヴェンナを探すよりは早く済むのか…?」

「はい! そんなお待たせしないよう頑張ります!」

「その話はもういいってば」


 ドラゴンさんが大きな溜息をつく。

 彼の体のボリュームの分だけ大きいだけで、心底呆れてるからではないと思いたい。


「条件がいくつかある」

「はい?」

「一つ。僕の正体は秘密にすること。二つ。僕のことを詮索しないこと。三つ。周囲のトラブルに関わらないこと。四つ。目立たないこと。…あとは何があるかな…」

「なんの話ですか?」

「君のお姉さんを探すまでの協力条件だよ」

「え?」


 思わず、素っ頓狂な声が出た。


「君一人じゃあ実現性がない。僕一人じゃあ君のお姉さんからラヴェンナの在処を聞き出せない。なら、一緒に行動するしかないでしょ」


 驚きの話にわたしは息をのむ。

 どんな思惑があってかは分からないけど…今のわたしが言えるのは、陳腐な問いかけだけだ。


「…いいんですか…?」

「いいも悪いもない。それが一番確実で、僕が安心するだけだ」

「そう、ですか…。分かりました。しばらくの間、よろしくお願いします」

「精々、迷惑をかけないでね」

「はい。頑張ります!」

「…嫌味に返事しないでよ…」 

「ちなみに、あなたはなんてお名前なんですか?」

「ねえ。本当に僕のさっきの話を聞いてた?」

「だって名前が分からないのはやりづらいじゃないですか…。

 あ、私はフィナといいます」

「…………………………………………………」


 すごく嫌がっておられる。

 よほど、ご自身のことを話すのが苦手なのかな…?


「………ス…」


 なんて考えていたら、か細い音が。


「? 何かおっしゃられました?」

「っ、ゼルスだ! 僕の名前!」

「ゼルスさんですね。いいお名前です」

「くそ。今すぐにでも取りやめるべきか…?」

「ま、また嫌なお気持ちにさせちゃいました…?」

「もういいっ!」


 かくして。

 わたしとゼルスさんの珍道中が、始まりました。

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