プロローグ
エースからキングまでの13枚。それがスペード、ハート、ダイヤ、クラブの4種あって52枚。加えてジョーカーが2枚で合計54枚。
ゲームの参加者はこの54枚のカードの内一枚を受け取り、特殊な力を授かって現世とは違う世界に送られる。この世界には、レベル、職業、スキル、魔法、モンスターと言ったさながらRPGの世界のような概念が存在している。そんな世界で、カードを受け取った者たちは生き残りをかけて戦わなければならない。
ワールドゲーム。それがこのゲームの名前である。
スペード、ハート、ダイヤ、クラブのチーム戦のデスゲーム。クリア条件は、1年以内に4種のカードが一種類のみになる事。単純なルール。
この世界でHPが0になり死亡すると、身体は自身の持っていたカードに封じ込められ、アイテム化する。そして、アイテム化したカードにできる選択肢は三つ。
一つ目がカードの保持。その名の通り、カードを他の誰かが持ち続ける事。もしチームがゲームに勝利したときにカードが保持されていれば、封じ込められていた者も現世に戻る事が出来る。
二つ目が焼却。一つ目の保持とは違い、焼却されたカードに封じ込められた者はその時点で死亡が確定し、仮にチームが勝利しても現世に戻る事は出来ない。
そして三つ目が、空白化。空白化はカードに封じられた者だけを消し、カード自体は残すというもの。これも、封じ込められていた者の死亡はその時点で確定し、現世には戻れない。
残り1時間23分。ゲーム最終日。364日目のその日、果ての闘技場と呼ばれる円形のコロッセオで、スペードのカードを持つ6人と、ハートのカードを持つ1人の男が最終戦を繰り広げていた。
レベル266、職業は聖騎士、黄金の鎧と大剣を持ったスペードのキング。その強烈な一撃が、眼前の敵である最後の生き残り、ハートのエースを持つ男に直撃する。
地面を切り裂く赤い閃光。轟音が鳴り響き、コロッセオの中心に大きな土煙があがる。スペードのキングのカードを持つ男の号令で、レベル215のレジェンダリーアーチャー、強力な大弓を扱う女と、レベル225のエンド・パラディン、盾と巨大な槍を持つ男が追撃する。
高速で連射される黒い閃光の矢と、槍から放たれる雷がハートのエースの男目掛けて放たれる。その威力は、男の後ろ側のコロッセオの壁を崩落させるほどの威力。
攻撃の後、土煙が晴れていき、ハートのエースを持つ男のHPバーが減少している事に気がつき、スペードのキングはさらに追撃を命じる。
レベル221の拳で戦うバトルマスターが、ハートのエースの男の背後に高速移動で回り込み、強力な正拳突きを放ち、男を吹き飛ばす。
ハートのエースの男が吹き飛んだ先には、レベル233の双剣を扱う剣豪が待ち構え、男にジャストのタイミングで連続の剣戟を加える。
この攻撃でさらにハートのエースの男のHPは減少し、もうすでにHPバーが残り10%を切っていた。
それを見たレベル265の大賢者が、全員に下がるように伝える。そして、大きな杖を地面に突き立て、呪文を詠唱した。するとたちまちハートのエースの男の足下に紫色の魔法陣が現れ、天空から現れた紫色の閃光がいくつも降り注ぐ。
今までの攻撃よりも大きな土煙をあげ、ハートのエースの男の姿が全く見えなくなる。土煙が晴れていく時、僅かに見えたハートのエースの男のHPバーが、5%以下を現す赤色になっている事に気がついたスペードのキングは、独断で、最後の一撃加え、このデスゲームを終わらせるべく土煙の中に突入した。
今まで死んだ仲間たちの想い。そのすべてがこもった一撃。スペードのキングの男の剣には、そのすべての想いが籠っていた。
そして、その一撃がハートのエースの男に命中した。最後の敵。この男を倒せばスペードのカードを持つ6人と、既に死亡し、カードとなってしまった7人は、現世に戻る事が出来る。
この男が死亡した瞬間、ワールドゲームが終了し、この惨酷な世界から解放される。今、ここにいる6人は、勝利を掴もうとしていた。
だが、そんなすべての想いは、一瞬で打ち砕かれた。
「がぁぁぁぁっ……!」
土煙が晴れて、現れたのは、漆黒の鎖に腹部を貫通されたスペードのキングの男。苦しそうに吐血したと思えば、その後数秒しないうちに絶命した。
スペードのキングの男のHPは24万を軽く越えていたが、その全てがそのたった一撃で消滅した。
腹を貫かれ、HPが0になったスペードのキングの男の身体は消滅し、一枚のカードがひらひらと地面に落ちた。そのカードはそのまま突如としてハートのエースの男の足下に現れた漆黒の闇の中へと引きずり込まれていく。
「貴様ァァァァァァッ……!!」
エンド・パラディンの男が怒りのままに、我を忘れて、一心不乱にハートのエースの男に突撃する。それを見てバトルマスターと剣豪の二人もスペードのキングの男の仇を取るために一気に突撃した。
エンド・パラディンの男が槍でハートのエースの男に攻撃を加えようとするが、全て不気味な漆黒の鎖に阻まれ、一撃も当たらない。既にハートのエースの男のHPバーは数ミリ。およそ1%残っているかどうかというレベル。
バトルマスターと剣豪の二人も苛烈な攻撃を加える。だが、そのどれもが当たらない。生きている触手のように動く漆黒の鎖が、すべての攻撃を防いでいた。
呆然と立ち尽くす大賢者と、絶望し、地面に崩れ落ちるアーチャー。その二人が正気ではない事に他の3人は気づくこともなく、ただ怒りに身を任せてハートのエースの男に攻撃を加える。
攻撃は繰り返し繰り出される。ハイレベルなスキルが何度も何度もハートのエースの男に向けて放たれる。だがそのうち一つでも命中したものはなかった。
たった一撃。あと一撃当てれば全てが終わる。それなのにその一撃が当たらない。そうしているうちに、漆黒の鎖が突然バトルマスターと剣豪の足に絡みつき、動きを封じた。そして鎖がハートのエースの男の足下から何本も現れて、二人の身体を完全に拘束した。
拘束したと思えば、二人の十数万あったHPは一瞬で減少し、5%以下を示すレッドへと変わった。そして、エンド・パラディンの男も、二人に気を取られた一瞬の隙に鎖で拘束されてしまった。そして二人と同じく、HPが一瞬で赤まで減少した。
そんな状況になってやっと、大賢者とアーチャーが正気に戻った。だが、時すでに遅し。3人は鎖で腹部を貫かれ、一瞬で絶命し、カードとなりひらひらと地面に落ちると、ハートのエースの男の足下の漆黒の闇に沈むように引きずり込まれていった。
もはやそんな状況で、二人には絶望しかなかった。だが、二人は諦めなかった。あの男はカードを焼却していない。おそらくあの男を倒せば、4人のカードは回収できる。だからあの男さえ倒せば、全員救う事が出来る。そう信じて、二人は言葉を交える事もなく絶望に立ち向かう。
二人は、強力な魔法と、スキルを駆使して、男にとどめの一撃を加えるために戦う。
アーチャーの女は、スペードのキングの男から貰った腰のレイピアに切り替えた。そして、1年間の全てをぶつけるべく男に攻撃を加えた。
大賢者の男は、弱かった自分を見捨てずに共に戦ってくれた仲間たちを思い出しながら、全MPを消費する強力な魔法を放つ。
轟音が鳴り響き、爆風ですでにコロッセオ自体跡形もなく崩れていた。それだけ熾烈な戦いが繰り広げられた。
残り43分30秒。2人は全力を尽くした。既にMPとSPは底を尽きた。これ以上はもうまともに戦えない。
息を荒げる二人の前に立っていたのは、数ミリの赤いHPゲージだけを残して、平然と佇むハートのエースの男。
全てをぶつけたが、男は倒せなかった。もう戦えない。MPとSPがなければ強力な魔法やスキルは使用できない。通常ならここで誰もが絶望し、諦める。
だが、二人は違った。いくつも苦難を乗り越えてきた。生きるために必死で抗ってきた。この最後の局面で、二人は既に精神力の限界を突破していた。
不屈の魂。その心は決して折れる事はない。
はずだった。
ハートのエースの男は、突然手にした4枚のカードを投げた。そのカードは、スペードの7、9、ジャック、そして、キング。
投げられたカードから、突如として真っ黒の人影が現れた。影。ただの影ではなかった。確かに二人にとって見覚えのある影だった。1年間、共に戦ってきた仲間たちの姿。それと瓜二つの黒い影が4体。突如としてあらわれた。
その4体の影は、確かに仲間の4人。今まで共に戦ってきた4人の姿そのもの。だが、そこに自我はない。目が死んでいた。姿かたちは確かに仲間たちの物だったが、全くの別物だった。
4つの影は、背中を漆黒の鎖でつながれ、まるでハートのエースの男の奴隷のようだった。大賢者とアーチャーの二人の姿を見るなり、見覚えのある攻撃の構えを取る4つの影。
決して折れる事のない決意と信念が、その光景を見て、消滅した。跡形もなく、消えた。
残り41分46秒。そこでタイマーが停止した。コロッセオは静まり返った。既にコロッセオには誰の姿もなかった。先ほどの死闘が嘘だったかのように、静かだった。