第七話「異なるもの 同じもの」
シリーズものです。
犯人を倒した僕はルーベルの手を引いて僕の家に逃げた。その後村の屈強な男たちが犯人たちを拘束した。安心した僕たちは気絶するように眠ったらしい。
目が覚めた時には、ルーベルはどこかへ出て行ってしまっていた。行方を捜す前に僕はカシ村長の家に呼ばれた。
村長に「どうやって賊たちを倒したか」と聞かれた。そこで僕は初めて村の人々に魔法を持っていることを話し、そして披露した。
村長たちは大変驚いた。
村長曰く、「魔法の存在は知っているが、この村で魔法を扱える人はいない」。
つまり僕は突然変異ということだ。
周りの大人たちの顔に当惑と少しの怯えが見えた。
僕はその様を見て疎外感を感じたのを覚えている。
それからまた一日経ったが、僕はあれからずっと考え事をしていた。
この世界は僕の前世とは違う。異なることが多い。
森の獣もそうだ。魔法だってそうだ。そして、僕自身の存在もそうだ。
僕の存在……。
僕がアレインに生まれ変わったとして、それまでのアレインの魂はどこへ行ったのだろうか。僕と入れ替わる形として死んでしまったのだろうか。そしたら僕は、元のアレインを故意でないとはいえ殺してしまったことになる。
それは、ルーベルの両親を殺した賊と一緒じゃないのか。
そんな自己嫌悪に陥ってしまう。
元のアレインがどうなったかは僕にはわからない。
でも、入れ替わってしまった事実を彼の両親に告げないのは、不誠実ではないのか。
告げずに二ヵ月も過ぎている。
僕は怖かったんだと思う。その事実を話して、僕から離れて行ってしまうことが。魔法の存在をルーベル以外に話さなかった理由もこれだろう。
必死で子どもを演じて、気づかれないように隠していた。
僕は、二人を騙していた。最低だ。
そして僕は、この事実を隠し通すことに耐えられなくなっているのもまた感じた。
それは一昨日の事件がきっかけであった。
「ただいまー、アレインいる?」
そんな事をずっと考えていた僕は、急に現実に引き戻された。ミーシャさんが僕を呼んだのだ。
「いるよー」
子どもっぽく返事をする。
「ちょっと来れるかしら」
僕はベッドから立ち上がり一階へと降りる。
椅子にミーシャさんとグリムさんが座っている。
「座って」
促されるまま二人と対面する形で座る。
「大事な話が2つあるの。1つは、さっき村の人たちと話して決めたんだけど、ルーベルを我が家で育てることになりました」
「家にはアレインがいるからな。最適だと思ったんだが大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ」
僕は笑顔を見せた。内心うまく笑えているか不安ではあった。
「よかったわ。それと、もう1つね。さっき盗賊の処刑が終わったわ」
「え?」
僕の顔から笑顔が消えた。
「だから二人ともこれで安心ね」
ミーシャさんは安堵の表情を見せる。
考えてみれば当たり前のことだった。この村には警察も裁判所もない。なら、罪人はどうするのか。私刑だ。話し合って決めて制裁を加えるんだ。
僕はショックを受けた。
僕がこの世界で一番恐れていたことに触れてしまった。
命の価値観。
この世界は僕のいた世界よりも命が軽い。僕の世界よりも人の生き死にが近い。
同じ人間のようで同じに感じない。独り世界の片隅に落とされたような感覚だった。
僕の心は我慢の限界だったのかもしれない。
アレインを演じたら僕はこの世界の価値観に染まっていくかもしれない。でも直感的に染まってはいけない気がする。
染まってしまったら、僕が僕じゃなくなる感じがして怖かった。
アレインのことを隠し通すことは、そんな僕のアイデンティティを脅かすことだと考えるようになった。
告白するのは今しかない。疲弊していた心は限界を迎えていた。
「あの……」
僕は重苦しい口を開いた。
「実は、二人に言わなければならないことがあります」
いつもの違う雰囲気に二人は顔を見合わせた。
僕は自分の魂がアレインではないことを、言葉を詰まらせながら、震えながら、要領を得ないことを時折言いながらも真面目に伝えた。
僕が話している間、二人は何も言わずに真剣に聞いていた。
「二ヵ月も騙していてごめんなさい」
最後に僕は深々と頭を下げた。
話し終わると、重い沈黙が流れた。
長い沈黙を破ったのは、ミーシャさんのすすり泣く声だった。
僕は別れを覚悟した。最悪の事態も考えた。
彼女は涙声で話し始めた。
「……ごめんなさい。急に泣いちゃって……」
「僕の方こそいきなり変なこと言ってごめんなさい。信じてくれないかもしれないですけど、僕は別の世界の人間の生まれ変わりなんです……」
「そうなのね……、私はてっきりお兄ちゃんの生まれ変わりかと思ってね……」
「お兄ちゃん?」
ミーシャさんは自身のお腹を愛おしそうに擦る。
「実はね、アレインは二人目なの」
僕はハッとした。
この村には警察や裁判所がないだけじゃない。病院もないんだ。なら、出生率も決して高いわけではない。
「もしね……あなたがお兄ちゃんの生まれ変わりなら、謝りたかったの」
ミーシャさんはぽろぽろと涙を流す。グリムさんが彼女の肩を擦る。
「元気な子に産んであげられなくてごめんなさい、って……」
突然前世の記憶が蘇った。
小学生低学年の時、母親が病室で横になっている僕に謝った。
(元気に産んであげられなくてごめんね……)
僕はそんな母親を見るのが嫌だった。
叱ったり、笑ったりしている姿は平気だった。でも、悲しんだり泣いてる姿は見たくなかった。親の弱い姿は見たくなかった。僕に謝る姿なんか見たくなかった。
お母さんの責任じゃないのに……。その時僕はそう思った。
それでも、親は責任を感じるだろう。苦しむんだろう。
目の前にいるミーシャさんは僕の母親と重なって見えた。
同じ人間のように見えた。
親が子を愛する心を確かに感じた。
……僕はとんだ勘違いをしていたかもしれない。
この世界の価値観が全く異なるものだと、僕の価値観と相容れないものだと思っていた。
だけど、そんなことはなかった。
生き死にが近いからと言って命の価値が変わることなんて決してない。
僕は表面だけを見て絶望していた。本質を見ていなかった。
僕は何も知らないはずなんだ。この世界のことを何もかも。僕はただ前世の物差しで見ていただけなんだ。
まだ絶望するのは早すぎた。
僕は学ぶべきだ。この世界の人間の見ているものを、感じているものを。
そこから始めるべきなんだ。
僕の心に柔らかな熱が籠る。
「君は何も悪いことはしていない」
ミーシャさんを落ち着かせながらグリムさんが口を開いた。その声は毅然としていた。
「たまたま偶然アレインの肉体に生まれ変わってしまっただけだ。何も君が気に病むことじゃない」
「……ありがとうございます」
「これは、アレインの親としてお願いなんだが……、君は幸せに生きてほしい」
「はい……?」
「わかってはいても、アレインが悲しい顔をしているのは見たくないからね」
「!……はい」
僕は幸せを感じた。こんなに子どもを大切に愛している人の家族になった事実に感謝した。
僕はこの人たちを大切にしたい。愛したい。想いを尊重したい。
願わくば僕は幸せに生きたい。二人を失望させたくない。
僕は……。
「あの、一つお願いしてもいいですか」
「なに?」
「お父さん、お母さん、って呼んでいいですか?」
二人は一瞬目を見開いて驚いたが、すぐに目を細めて笑みを浮かべた。
「もちろんだ」
「アレイン……」
僕は思わず立ち上がって二人に抱き着いた。
「お父さん、お母さん……」
僕は泣きながら言葉を連呼する。
二人はそんな僕を優しく抱きしめてくれた。
「アレイン、ルーベルくんを迎えに行ってくれない?」
僕の心の整理が終わってから、少ししてお母さんは頼みごとをした。
「どこにいるかわかるの?」
「ああ、ルードの建てたツリーハウスにいる。あれが、父親との繋がりだからね……」
お父さんが答える。
確かにあれは父親が作ってくれたと言っていた。
「私たちよりあなたの方が適任かと思ってね……」
「大丈夫だよ、お母さん。任せて」
「お願いね……」
「うん、いってきます」
僕はルーベルくんのもとへ向かった。
ツリーハウス内でルーベルは座っていた。
何の感情も抱かない様子でただじっと外の景色を見ている。
僕は何も言わずに、ただ彼の隣に座った。
ルーベルも僕の存在に気づいたようだが、目も向けず声も掛けずに動かない。
深い悲しみに沈んだ人間に、掛ける言葉は何もない。でもそばに寄り添うことは、大事なことだ。
これは僕の経験則だった。
静かな時間が流れる。
外は茜色に染まり、夕暮れになった。
それでもルーベルは動こうとしなかった。
暗くなる前にどうにかしないと……。そんな焦りが僕に出始めたその時だった。
ぐぅ……。
ルーベルのお腹が鳴った。
それを聞いたルーベルは大粒の涙を流しながら、自分自身のお腹殴り始めた。
僕にはその心理が理解できた。
どんなに故人のことを憂いても大切に考えていても、肉体というのは利己的だ。お腹が空いたら反応してしまう。その反応が何だか自身の想いを否定しているように感じて悲しみが止まらなくなる。そんな自分の体に怒りが湧いてくる。
そしてそんな状況を僕に見られた。悲しんでいるフリをしているパフォーマンスと受け取られるかもしれないというショックがあった。
今のルーベルの心の中はぐちゃぐちゃになっている。
僕は彼の腕を掴み、自傷行為を止めさせた。
彼の全身から力が抜けて、項垂れた。
僕はゆっくりと話し始めた。
「僕は幸せに生きるって決めた」
ルーベルは動かない。
「だからいつか絶対に学校へ行くって決めた」
「それが僕の夢だから」
彼の体が反応したように見えた。
「僕は弱いよ。さっきまで勘違いでずっと落ち込んでた。でも、お母さんたちが教えてくれた。あなたは独りじゃないよって。幸せに生きてって」
「それは、ルーベルくんの両親もそう思っているんじゃないかな」
彼の体が震える。
「そして、親だけじゃないよ。僕だって同じだよ。僕はルーベルくんに幸せに生きてほしい。ずっと笑っていてほしい」
僕は彼の手をそっと握る。
「悲しいことを忘れてほしいわけじゃないんだ。ただ、それ以外のこともあるってことを思い出してほしいんだ。楽しいかったこととか笑ったこと、夢なんかを……」
「夢……」
ルーベルはぼそりと呟く。
「そう、夢とかね……」
「俺の、夢は……強くなる、こと……。」
声がだんだんと大きくなる。
「みんなを……守れるくらい、強くなること……」
「誰も、傷つけさせない……、俺みたいに悲しくさせない……!」
「俺がみんなを守れるくらいに、強くなるんだ!」
ルーベルは涙を流しながら力強く宣言した。
ルーベルは強い子だ。親を失って、それでもこうやって力強く立ち上がれる。
僕の瞳にも思わず涙がにじんだ。
「うん!強くなろうね!」
夕日に照らされたその涙は眩しいくらいに輝いていた。
帰りの道中、ルーベルが僕たちの家族になることを伝えた。彼は寂しそうな笑顔で喜んでいた。
家に着くと、中からいい匂いがしてきた。時刻はすっかり夕ご飯の時間になっていた。
「今日のご飯は何だろうね?」
隣のルーベルに話しかけると、彼は泣いていた。
「こ、これって……」
彼は一目散にダイニングへと駆け寄った。
「おかえりなさい、ルーベルくん」
「お、おばさん、これって……」
「うまくできたかわからないけどね。ミチさんにスープのレシピを教えてもらっていたの」
母親との思い出のスープがそこにはあった。
ルーベルは声を上げながら泣いた。これはうれし涙だ。
父親のツリーハウス、母親のスープ。
どんなに離れようとも、親と子の繋がりは消えたりしない。ルーベルにとっても、アレインにとっても、僕にとっても……。
触れることができなくたって、いつだってそばにいてくれる。
それが親子なんだろう……。
よっぽどお腹が空いていたルーベルは嬉しそうにたくさん食べた。
心のわだかまりが解けた僕もたくさん食べた。
僕たちはいっぱい食べた。いっぱい話した。いっぱい笑った。
この日、初めて僕らは家族になった。
それから10年という月日が経過した。
最後まで読んでいただきありがとうございます。




