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第四話「異世界の洗礼 その2」

シリーズものです。

「……き……、……きて」

 誰かが僕に呼んでいる。

「起きて……、起きて……」

 だんだんと声が大きくなり、言葉もはっきり聞こえるようになる。

「起きて!」

 叩き起こすような一際大きな声で、僕は目覚めた。


 ゆっくりと瞼が開き、視界が広がる。

 だんだんとピントが合っていく。目の前には緑豊かな木々、森がある。

 森というキーワードで記憶が蘇る。

 僕は慌てて起き上がろうとする。しかし……。

「……痛っ!」

 左腕に激痛が走る。それに足にうまく力が入らない。思わず後ろの木に背中を預けてしまう。

 先ほどの熊の攻撃により、左腕を負傷して、肉体は未だに麻痺が抜けていないようだ。体の麻痺によって腕の痛みがしっかり伝達していないのは不幸中の幸いだろう。

「……ハァ……ハァ……、ハッ!ルーベル!」

 僕は気づいた。ここには熊がいない。気絶した僕を捕食せずにいなくなるとは考えられない。あり得るとしたら、食べる前に妨害か何かを受けたはずだ。

 ルーベルくんが僕を助けたのかもしれない。熊の意識を僕から逸らすために……。

 僕は魔力感知を使って周りを探る。

 あの熊の大きな魔力を探した。僕から見て右、数十メートル離れた場所でそれを捉えた。その魔力の塊はその場所から離れない。

 最悪の状況を想像した。眉根を寄せて歯を食いしばる。

 だが、少し様子が違うようだ。熊は離れることをしないが、何かまごついているみたいだった。ある一点の周りを大きな魔力がウロウロしている。

 まだ、無事かもしれない。

 僕は痺れている体を無理矢理動かそうとした。しかし、体は言うことを聞いてくれない。

 焦る気持ちだけが募っていく。

 早く速く疾く……。

 そんなぼくの気持ちを嘲笑うかのようにそれは飛来した。

 目の前の大きな枝にそれは止まり、枝を縦に揺らす。

「カアアアアア!!」

 空中で僕たちを襲ったあの鳥が帰ってきたのだ。

 負傷して動けない格好の獲物を前に、鳥は嬉々として翼を広げた。

 数十メートル先の熊と目の前の鳥。僕はこの二体を対処しないといけなくなった。


 ボッ……ボッ……ボボッ……。

 鳥のくちばしの隙間から火が噴き出す。それはだんだんと火力を上げていく。

 あっという間に火は炎となり、鳥の顔全体を覆いつくした。

 炎を纏った仮面のような見た目。これがこの鳥にとっての狩りの姿なのだろう。

 鳥は枝から飛び立ち、空中で大きく宙返りをする。

 十分な飛距離と加速を稼いで、僕に向かい一直線に襲ってくる。

 このままだと串刺し、即燃焼だ。だが……。

「お前の空路はストレートじゃない!あっちだ!」

 僕は右の人差し指を鳥に合わせてから、思いっきり右に振り切った。

「クカァ!?」

 鳥は急に体が旋回したことに驚いたようだ。

 僕にとって鳥の来襲は好都合だった。

 未だ体が麻痺して動けない僕に変わって、あの熊と闘ってもらうことにした。

 僕は想像で熊までのレールを敷き、その上を鳥に走らせた。勢いが付いている分、鳥もうまくコントロールを取り返せないようだった。

 少ししてあの大きな魔力の塊に鳥がぶつかった音と感覚が訪れた。

「グオオオオオオオ!!!」

 悲鳴のような大きな雄たけびが聞こえると、大きな魔力の塊がこちらに猛突進してくる。

 木々の間から熊が飛び出す。その熊は座り込んでいる僕に目もくれず、そのまま横切っていった。

 その際、その熊の背中から黒い煙が出ているのが見えた。あの鳥の一撃が背中にクリーンヒットしたようだ。

 そして、もう一匹の魔力の塊もその場を離れるようにそそくさと飛んで行ったことを感知した。

「へへ……、やった……」

 危機を脱して僕は思わず安堵した。


「アレイン……」

 危機が去ってから少し経って、木々の間から聞き慣れた声が聞こえた。

 恐る恐るルーベルが顔を出す。

「ルーベルくん……大丈夫だよ」

 僕の声を聞いて、ルーベルが僕のもとに駆け寄る。

「アレイン……だいじょう……ヒッ!」

 僕の左腕を見て、ルーベルが小さく悲鳴を上げた。

 僕自身で見ていないからわからなかったが、どうやら腕が血塗れか良くない方向に曲がっているのかもしれない。

 見ると痛みが戻るから見ないようにしていた。

「ルーベルくんケガはない?」

 涙をぽろぽろこぼしながらルーベルはコクコクと頷く。

「良かった……。ごめん、少し手伝ってくれない?」

 僕はルーベルの肩を借りて立ち上がった。右腕をルーベルに担いでもらう。

 まだ完全に麻痺が治っていないが、これなら何とか歩けそうだ。

「今度こそ一緒に帰ろう」

 僕は努めて笑みを浮かべて、ルーベルを安心させる。

 僕とルーベルは改めて家路へと向かった。


 道中、ルーベルから話を聞いた。

 僕が木に叩きつけられた音で嫌な予感がして戻ってきたらしい。

 すると、熊が今にも僕を捕食しようとしていたらしく思わず叫んでしまった。それに熊が反応して振り向く。目が合い、怖くなって逃げたら、追いかけてきたらしい。

 追いつかれそうになった時、彼は躓いて、大きな木のうろの中に転がってしまった。そこは子ども一人入れるくらいの奥に深い穴だった。そこで動けずに震えていたら、いきなり大声を上げて熊が逃げていった。すこしして周りを警戒しながらゆっくり出てきて、僕と合流したらしい。

「じゃあ、僕はルーベルくんに助けられたんだね」

「違う、あの熊をどうにかしてくれたのはアレインだよ」

 ルーベルはまた思い出したかのように泣き始めた。

「ごめんね……。僕が、探検したいなんて言わなければ……」

「大丈夫だよ……。あ、左に曲がれる?」

「こっち?」

「うん、そっち、いいよそのまま」

 僕は魔力感知をしながら移動していた。次は絶対に獣と対峙しないように。僕に闘う余力はない。次会ったら今度こそ終わりだ。

 そしてその魔力感知だが、九死に一生を得たからだろうか、僕の感知の索敵範囲が広がっていた。

 これなら大きな魔力に気づいても回避できる。

 僕は意識が落ちないように耐えながら、時折指示を出しながら歩みを進めた。


 日が落ちかけ、夕暮れになった。

 夜が迫り、僕の心に焦りが生まれたときだった。

「アレイン、これ……」

 ルーベルが指をさす。

 そこには木の柵が立っていた。柵があるということは、人間の活動区域に入ったということだ。

「ルーベルくん、もうすぐだよ」

 僕は目の前の柵を魔法でへし折った。

「行こう」

「うん!」

 僕たちに希望が湧いた。もうすぐ帰れる。

 しばらく歩くと、何だか見覚えのある場所に出る。周りを見渡す。すると、見覚えのある木が一本あった。

 他の木と違って、地上3メートル付近の枝が折れている。

 これは……。

 昼間僕たちが登った木だ!

「やった!帰れた!」

 ルーベルも気づいたみたいだ。

 帰ってこれた……。

 安心して緊張の糸が切れた僕はそこで再び意識を失った。


「起きて……起きて……」

 またあの声が聞こえる。

「起きて、起きて」

 君は誰?

「起きて!起きて!」

 誰なんだ?

「起きて!!」

 また僕は目覚めた。


 次に視界に飛び込んだのは天井だった。

 知らない天井だ……。

「アレイン!」

 突然脇から顔を覗かせてきた人はミーシャさんだった。

「あれ、ここは……」

「ここは病室のベッドよ。あなた大怪我していたの」

 僕は左腕にチラリと視線をやる。しっかりと添え木で固定されていた。

「あなたたち禁じられた森に入ったのよ!」

 禁じられた森……、恐らく僕たちが迷い込んだ場所だろう。

「あそこは危険なの……」

 ミーシャさんは涙を流しながら言う。

「ごめん……なさい……」

 僕は心配をかけたことを申し訳なく思いながら謝った。


 その後、グリムさん、ルーベルとルーベルの両親が来た。

 ルーベルの両親は僕とグリムさん、ミーシャさんに何度も謝罪していた。

 ルーベルもこっぴどく叱られたのか、大泣きしながら謝っていた。

 二人は「そんな謝らなくて大丈夫です」と宥めていた。

 その後、ルーベルたちが帰った後、グリムさんにどうやって入ったのか聞かれた。どうやら子どもたちが入れないように柵で囲っていたみたいだ。

 あの柵はそういうことだったのか、と納得した。

 ただ、僕はその時二人に魔法のことを話さなかった。それは説明するのが面倒くさそうだったからなのと、まだ疲労が残っていたので早くもうひと眠りしたかったからだ。

 グリムさんは不思議がっていたが、僕の体調を優先してくれた。

 二人が病室から出る。

 一人になった僕は右手で左腕を擦る。

 前の世界では病気で入院してばっかりだった。

 今は怪我で入院している。

 怪我で入院なんて何だか健康な人みたいで、少し嬉しくなった。

「フフッ……」

 僕は安心してもう一度眠りについた。


 僕は今日異世界の洗礼を受けた。

 僕はこれで終わりだと思っていた。

 しかし、異世界の洗礼はまだ終わりじゃなかった。

 この時の僕はそんなこと知る由もなかったのだ……。

 あんな悲劇が起こるなんてことを……。 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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