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第三話「異世界の洗礼」

シリーズものです。

 逃げなきゃ!

 僕はルーベルを抱きかかえて、鳥とは反対の方向へ体を向ける。

 もうスピードは気にしていられない。

「しっかり掴まってて!」

 ルーベルに忠告して僕は加速する。

 だんだんとスピードがノッてきたが、あるスピードに達した時、僕はそれ以上の加速ができないことを悟った。

 空気抵抗。

 ルーベルを抱えている僕は顔を隠すことができず、顔面に風が強く当たる。呼吸も困難になり、風圧で目を開けることが難しい。

 人間は生身で飛ぶための体になっていないのだ。だが鳥ならどうか。

 僕はチラリと後ろを見やる。

 鳥はさらに加速して僕たちの距離を詰めていた。もう激突まで30秒もないだろう。

 それに……。

 鳥のくちばしの先端が熱を帯びた様に赤くなっているかと思えば、そこから発火して、炎が顔全体を覆いつくした。

「カアアアアア!!」

 鳥は雄たけびを上げてドンドンと迫ってくる。

 例え、先端のくちばしからの刺突を避けられたとしても、少しでも体に当たれば、炎の延焼が僕たちを襲うだろう。

 そんな狩りをする動物は見たことがない。全てが未知の世界だ。

 ……いや、今はそれどころじゃない。

 この緊急事態がそれ以上の思考を一端止めた。今考えることは、この鳥から逃げることだけだ。

 僕はすぐさま考えを切り替えて、顔を向きなおした。顔に当たる風が痛い。

 何とか目を凝らしながら前方を見ると、十数メートル先の森にギャップがあることを発見した。

 ここだ!

 何も障害物のない空中ではなく、木々に囲まれた森の中に逃げ込めば、鳥から逃げ切れるかもしれない。

 僕はその穴に向かっていく。だが、一足遅かったかもしれない。

 鳥がさらに加速して迫ってきたからだ。

 後ろを振り向かずとも、その存在と炎の熱が感じられる。

 鳥だ!鳥だ!鳥だ!鳥だ!

 僕は、頭の中で反芻する。すると、どうしようもなくしょうもない言葉が頭に浮かんだ。

(鳥だ!飛行機だ!いや、あれはスーパー……。)

 飛行機!

 飛行機の着陸だ!

 僕は後ろにしていた両足を前へと突き出した。そしてその足を飛行機の脚に見立てる。そのイメージのまま、森の隙間から見える地面を滑走路として、一気に突っ込んでいった。

 両足が地面を抉る。その跡を1メートル近く作って、僕たちの体は止まった。

 地面にべたりと背中を付け、目を見開き、心臓の鼓動が大きく聞こえるほどの荒い呼吸。

 九死に一生を得て、僕とルーベルは動けずにいた。


 呼吸が落ち着いてきたころ、脳に酸素が入ったように思考が再開し、僕はルーベルを引っ張って、そばの木の裏に隠れた。

 ゆっくりと慎重に顔を出して様子を見る。

 ギャップの周りをグルグルと旋回しながら、僕たちを探しているようだ。

 とりあえず、一安心だ。

 僕はそばのルーベルに目を向けた。

 彼にも先ほどの恐怖が伝わっているようだ、肩を震わせながら泣いていた。声が出せないのかさっきからしゃくりのような不規則な呼吸をしている。

 僕は彼を力強く抱きしめて落ち着かせる。

「大丈夫だよ、一緒にお家帰ろうね」

 ルーベルは弱弱しく頷く。

 僕は右手で彼の頭を優しく撫でながら、左手で自身の足を擦る。

 折れて……いない……。

 地面に着地した衝撃はかなりのものだった。本来なら折れていてもおかしくない。だが、僕の足は無事のようだ。自身の魔法による衝撃などは僕の体に作用しないということだろうか。どちらにせよ、今は好都合だ。

「ルーベルくん、立てる?」

 僕は彼に声をかける。彼はコクリと頷き立ち上がった。

 僕も同様に立ち上がった。

 さて、どっちへ向かえば良いだろうか。

 僕たちは偶然にも森の中に入ってしまった。場所も方角もわからない。

 周りを見回しても何かわかるわけではない。だが……。

 何か感じる……。

 この森特有だろうか、瘴気のようなものが辺り一面に漂っている。

 僕はある考えを持って直感的に一方向を決めて、そこを真っすぐ進んでいくことにした。


 十分ほど歩いただろうか。僕の考えが確信に変わる。

 先ほどの瘴気がさらに濃くなった。

 僕たちの村にも近くの森にもこんな瘴気はなかった。つまりはこの瘴気が濃くなれば濃くなるほど森の奥深くに向かうこととなり、一方で薄くなれば薄くなるほど僕たちの村に戻れるということだ。そうなるはずだ。

「たぶん、村は反対だ。戻ろう」

 僕たちは踵を返した。

 僕を先頭にはぐれないよう手を繋いで、僕たちは来た道を戻る。

 よし。これでとりあえずは村に戻れそうだ。それまで何事もなければ良いが……。


 しばらく瘴気に触れていたからか、感覚が鋭くなってきたように感じる。

 森全体の瘴気だけでなく、近くの小動物的にも独特なエネルギー、オーラを感じていた。

 もしかしたら、ここの森にいる生物は魔法かそれに準ずる力を持っていて、その力を察知しているのかもしれない。

 僕も魔法が使えるから、言わば魔力感知みたいなことができるのかもしれない。

 僕たちはこの能力を使って慎重に進む。

 小動物たちは僕たちを避けるようにそそくさと走っていく。僕たちの脅威になることはなさそうだ。

 それにしても先ほどからやけに逃げる小動物が多い。

 僕は何か嫌な予感を感じて振り返る。

 森の奥から、何か大きな魔力の塊が猛スピードで僕たちに迫ってきていた。

 何かヤバい……。

「ルーベルくん、走ろう!」

 僕は彼の手を引きながら、一緒に走る。

 しかし、それは焼け石に水だった。

 木々が生い茂る森の中、所々木の根が出っ張っている。それを足の短い僕たちが走るのだ。スピードがそこまで出ることはない。あまり意味のないことだった。それでも走ってしまうのは本能的な部分だろう。焦りなのだろう。

 そして、そんな不安定な場所を走っているといつか……。

「あっ……」

 ルーベルが体勢を崩して転んでしまった。

 手を繋いでいた僕も連られて倒れる。

 これが決定打だった。

 例の魔力の塊は僕たちに追いついた。

 それは先ほど僕たちが空中で観察していたあの蛇のような舌を持つ熊だった。

「グオオオオオ!!」

 立ち上がり、雄たけびを上げて僕たちを威嚇する。

 体長3メートルを超える巨体の威嚇はとてつもない威圧だった。

 ルーベルは体をガタガタ震わせて動けない。

 僕も背筋が凍るような思いだ。心臓の鼓動も鳴りやまない。思考もうまく動かない。

(熊。熊なのか?熊に遭遇した時の対処法は何だった?ゆっくり、視線……。)

 僕は熊の目を見つめながら、頭を必死に動かす。

 このままゆっくり後ろに進む……。

 熊と同じ習性ならこれでいいはず……。

 隣のルーベルを熊からの視線が切れないように一瞥する。

 彼は視線を合わせるどころか恐怖で背を向け、這いずって逃げようとしていた。

「るー……あっ……だ……」

 僕は彼に声をかけようとする。しかし、恐怖でうまく言葉が出ない。

 今、熊は僕と視線を合わせている。だが、すぐ隣のルーベルに気づくのは時間の問題だ。そうなれば瞬間彼は襲われるだろう。

 それはダメだ!

 僕には魔法がある。この熊に対応できるかもしれない。でも、ルーベルは何もない普通の子どもだ。絶対に敵わない。

 なら、僕ができるだけ遠くに逃がすしかない!

 幸い彼が逃げようとしている向きは村があると思われる方角だ。そのまま真っすぐ行けばいい。

 僕は無理矢理呼吸を整え、今の精一杯の声で叫んだ。

「真っすぐ走って!」

 それと同時に僕は素早く熊のそばを駆け抜けて、ルーベルとは反対方向へと走る。

 それに反応し、熊は僕を追いかけてくる。

 熊のスピードに人間が逃げ切れることはなく、10秒も経たずに追いつかれる。

 背を向けて逃げることが危険と感じて、面と向かって対峙する。

 熊はよだれを垂らしながら大きく口を開く。

 来る!

 先ほどの狩りで見せた、蛇のような舌だ。空中で見ていたが、別段速いわけではなかった。タイミングを合わせれば避けられる。

 足をバネのようにイメージして、瞬発的に動けるように……。

 僕は集中して熊を見つめる。

 熊の口内がビクッと動いた。

 来る!!

 蛇の舌がビュッと飛び出る。僕は右側へ飛び跳ねた。

 

 間一髪。

 僕は蛇の舌を紙一重で避けた。飛んで行った舌先は木に噛みつき、バキバキと音を立てた。当たっていたらひとたまりもなかった。

 だがこれでこの熊は舌を戻すのに時間をかけないといけないはずだ。

 その間に僕はこの熊から距離を取れる。

 僕が伸びた舌から離れようとした時だった。

 バチッ

 何が起きたか一瞬わからなかった。

 舌が一瞬光ったかと思うと、僕の体に電撃が走り全身が麻痺した。

 体の力が抜けていく。

 ”ここの森にいる生物は魔法かそれに準ずる力を持っている。”

 僕が先ほど予想したことだ。これがもし正しいというならば、この熊だって魔法のような力を持っているはずだった。 

 それが……この電撃……。

 熊の連撃はここで終わらなかった。

 彼は伸ばした舌を引っ込めず、さらに伸ばした。

 伸ばして伸ばして伸ばして伸びきった所で、ゴムが元に戻ろうとする勢いを利用するように、跳びかかってきた。

 体が麻痺した獲物を確実に仕留めるための一撃。

 熊は巨大な鉤爪を振りかざす。

 僕の思考は完全に停止していた。だから、咄嗟に出たこれは、本能というものだろう。

(止ま……れ……。)

 念の魔法が通じたのか、熊の動きが一瞬止まる。

 ……そう一瞬だけだった。

 熊は魔法を力づくで打ち破って僕を木に叩きつけた。

 一瞬の停止が打点をずらして致命傷は避けられたが、それでもこの威力だった。

 痛み、痺れ、衝撃。僕の意識を一瞬で飛ばすのに十分だった。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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