第三十話「魔法学校の生徒たち その2」
シリーズものです。
大変遅くなりました。
ゆっくりではありますが、再開していきます
「当初、魔法は詠唱が必須でした。そして、魔法使いたちは詠唱言語と呼ばれる言葉を用いて魔法を唱えていたのです」
ネロが教卓に立って授業をしている。
そんな中アレインは上の空だった。
先日のウェイスリーのことがどうにも引っかかっていた。
「……って、コラー!」
怖くない怒り声にアレインはビクッと反応した。
「フィリアンくん!そんな堂々と寝ないでー!」
フィリアンの方に視線を向けると、彼は机に思いっきり突っ伏して寝ていた。
「そういう態度取られるとネロは悲しいです……」
「おーおーネロちゃん、よしよし」
ショックを受けている彼女をエウノアが慰める。
アレインは授業をしっかりと聴いていなかった自身を反省し、このモヤモヤを早急に解決するべきだと悟った。
放課後。
アレインは新棟にいた。
ウェイスリーを探して、階段奥にある彼の教室に赴いた。
教室の中をキョロキョロと覗くが、彼は見当たらない。ずっと中を見ていると、生徒たちからの視線が濃くなって気まずくなる。
教室にいたイッテツが気づいて彼に声をかける。
「アレイン、どうした?」
「いや、ウェイスリーをね」
「あいつは今いない」
「そっか、入れ違いか」
「すまん。気を遣わせてしまって」
「いいんです。僕がモヤモヤするってだけだから。ウェイスリーはあの後どうでしたか」
「少し気まずくてな。あまり話せちゃいないが、昨日のことは引きずっているようだ」
イッテツは困ったように腕を組む。
2人は扉の前で話していたが、周りのヒソヒソ声が大きくなってきた。
「少し歩こう。ここじゃあ、話しづらい」
イッテツの提案にアレインは同意した。
廊下を歩き階段に差し掛かった時、2人はイヴリスに遭遇した。彼女は見知らぬ女生徒と談笑している。
「レイくん、イッテツ様。ごきげんよう」
彼女は周りをよく見ているのか、2人をいち早く気づいて真っ先に挨拶をした。
「こんにちは」
アレインも挨拶を交わし、イッテツも一礼する。
「フィリアン様たちはご一緒では?」
「あの2人は新棟に来ないだろ」
イッテツは皮肉っぽく言った。
「そうですか。では、今回は御二方に紹介しますね」
イヴリスはそばの女生徒を手で示す。
「あ、あのー。は、はじめましてぇ……」
彼女は緊張している。小麦色の頬が少し紅潮している。
「大丈夫ですよ」
イヴリスが優しい声色で落ち着かせる。
「えっと……。わ、私フレイヤ・スライブと言いますぅ。イヴリス様と仲良くやらせていただいておりまして……」
彼女の声は実にたどたどしい。
「フレイヤ。苦手な言葉遣いをする必要はありませんよ」
彼女は穏やかに諭す。
「えぇ……でも」
「慣れない演技はすぐバレますよ」
「不敬とか思われない?」
「私の助言を聞き入れない方が不敬では?」
「ああ!」
フレイヤは両手を挙げてオーバーリアクションする。
「あの、僕は気にしないので。楽なしゃべり方で大丈夫ですよ」
アレインは困惑交じりにフレイヤへ告げる。
「ほら、レイくんもこう言ってます。それにここではあなたが先輩なんですから」
「で、でも2人はイヴリスちゃんと同じ国の推薦者だよね?失礼のないようにしないと……」
「そんな大層なもんじゃない。普通に話してくれ」
イッテツも困り顔だ。
「うぅ……。あ!そうだ!あのわたし焼き菓子作ってきましたので、それでどうにか失礼な言動をしても見逃してくださいぃ……」
そう言って返事も待たずに彼女は教室に焼き菓子を取りに戻っていってしまった。
忙しない彼女についていけない3人はポカンと立ち尽くした。
「良ければ食べてあげてください」
イヴリスは作り笑いを浮かべた。
フレイヤの手作り菓子を食べるために4人は屋上に向かった。
アレインは学校の屋上に興奮していた。
(漫画やアニメだと開放されている屋上だ。リアルの学校だと開いてないことがほとんどと聞いたけど、セントフルール魔法学は開いてるのか!)
イッテツは彼の謎の興奮を理解できずに隣で訝しんでいた。
屋上の床にフレイヤが用意周到に持ってきた敷き物を敷いて4人は座る。
そして、彼女がバケットから焼き菓子をそれぞれに手渡す。焼き菓子から香ばしく甘い匂いがする。
「いただきます」
アレインは一口かじる。目が少し見開く。
「おいしい」
「うん、うまい」
イッテツにも好評のようだ。
フレイヤは「わー」と小さく拍手して喜びを表現している。
「ええ。また腕を上げましたね」
イヴリスは上品に味わいながら感想を述べた。
「えへへー」
隣に座るフレイヤは嬉しそうに頭を彼女の方へと傾ける。イヴリスは焼き菓子を置いて、そっと彼女の頭を撫でた。細長い生糸のような白髪がサラリと垂れる。
「仲が良いな。昔からの知り合いか?」
イッテツが尋ねる。同じく気になるようで、アレインも頷く。
フレイヤがイヴリスに「どうする?」と言わんばかりの目線を向ける。
イヴリスは穏やかな笑みを浮かべる。
「そうですね。もう5年以上の付き合いでしょうか。今でも初めて会った時のことを昨日のように思い出せます。あれは私が魔獣に襲われていた時のこと……」
「ええ!?」
「まーた。危険なことしてるよ、この王女様」
アレインは驚き、イッテツは呆れている。
「それで、2人で迎撃したのか?」
「いえ、戦闘にはなりませんでした」
「どういうことですか?」
「イヴリスちゃん、それは!」
フレイヤは慌てて彼女を止めようとする。しかし、イヴリスは至って冷静だった。
「フレイヤ、大丈夫です。私を信じなさい」
力強く言い切った。
「私は彼女のある才能によって助けられたのです。フレイヤ」
イヴリスは目線で合図を送る。百聞は一見に如かず。彼女に全幅の信頼を寄せるフレイヤは、緊張した面持ちで制服のポケットの留め具を外す。
中から手の平サイズの青い毛並みの狼のような獣が顔を出した。
「あ、カワイイ」
アレインは思わず感想が漏れた。
獣はピョンとポケットから飛び出すと、4人の中央に着地した。
「あの、このポケットのモンスターはいったい?」
不思議な生物にアレインの視線は釘付けだった。
「魔獣だ。ということは魔獣使いか」
イッテツが答える。
「魔獣使い?」
アレインが言葉を復唱する。
「その名の通り、魔獣を使役できる魔法使いのことです」
イヴリスが説明を始める。フレイヤは俯いて黙っている。
「三国戦争後、国は資源の競争のために戦時中にはできなかった未開拓地への探索を開始しました。当然、未開の地には情報がありません。どんな環境や生態系があるか未知数です。当然危険を伴います。そんな折、魔獣使いが日の目を見ます。彼らは魔獣と意思疎通ができるという才能を活かし、新種の魔獣との戦闘を避けることができるのです。これはグループの生存率に大きく関わりました。今では探索する際には、1名以上魔獣使いをチームに入れるのが基本となりました」
「それは……スゴイ貴重な技能ですね」
アレインは目の前にいる魔獣へ手を伸ばす。
「君は何て名前なんだいー」
そのまま頭を撫でようとする。しかし、魔獣はそっぽを向いてしまう。
「あれ」
「ウルちゃんは女の子にしか懐かないんです」
フレイヤは安堵の表情を浮かべている。
「よかったです。魔獣使いに恨みがなくて……」
「ええ!?それはどういう」
「魔獣に家族や大事な人を奪われた人は少なくありません。そういった方にとって、魔獣使いは良いようには映りません」
アレインはフレイヤの顔に陰りがあるのを見た。彼女も他の魔獣使い同様、偏見や逆恨みのような被害を受けていたのだろうと推測できた。
魔獣のウルはイヴリスの傍に近づく。イヴリスはそれを両手で持ち上げると、正座している自身の腿に乗せた。
「久しぶりですね、ウルちゃん」
ウルは恍惚の表情で頭を撫でられていた。
(ちょっと羨ましい……)
(ただのエロ魔獣では?)
男子2人それぞれの感想を抱いていた。
「ほら、フレイヤ。大丈夫だったでしょう」
イヴリスはドヤ顔をフレイヤに向ける。
「でもこっちはいつでも言うの怖いよぉ。心臓に悪いぃ……」
フレイヤは力が抜けたように項垂れる。
「はは」
イッテツは軽く笑う。
「安心しろ。俺は魔獣使いに偏見を持てる立場じゃない」
「え、そうなんです?」
フレイヤが顔を上げる。
「俺は魔力がない人間だからな」
「えー!!」
「あ、そう言えばそうだったね」
フレイヤとアレインの反応の温度差が凄まじかった。
「そ、そんな人いるんですか?」
「いるさ、ここに1人な」
「でも、魔法を使えない人でも魔力自体は微力ながらあるって言うし……」
「気色悪いだろ」
イッテツはそう言って誤魔化すように焼き菓子を口に運んだ。
「あ、いや……」
「まぁ、そういうわけで昔から色々と言われたさ。度合いは違うかもしれないが、俺も差別された側だ」
「イッテツさん……」
アレインはここまでの会話を聞いて思った。
彼がウェイスリーに仲良くできるのは、彼の痛みの一端を理解しているからなのではないか、と。
「その、二人は、自分の力にコンプレックスとかなかったの?」
踏み込んだ質問だった。一瞬止まった空気にアレインは内心、しまったと思った。
「あ、いや、ごめんなさい。答え辛い質問でした」
「……そうだね。そりゃあ、コンプレックスバリバリだったよ。こんな力があったって、恨みを買うだけだったし。でも、初めてこの力で人を助けることができて少しずつ折り合いを付けられたかな……。まぁ、隣にスゴイ天才がいたせいで、実力というコンプレックスはバリバリ刺激されてるけど」
フレイヤはチラリと横目でイヴリスを見る。
「あら、それはまた大変でしたね」
イヴリスはどこからか取り出したティーセットでお茶を嗜んだ。
「ありゃ、自覚ない感じかなー」
「嫉妬すら感じさせないほど圧倒的な差を刻み付けてあげたつもりでしたが」
その言葉に一切の淀みがない。実力に裏打ちされた絶対的な自信からの発言だった。
「わたしだってこの1年ただ過ごしたわけじゃないんだよ。去年のままだと思ったら痛い目見るから」
「それはそれは。発揮される日が楽しみです」
イヴリスは口角を微妙に吊り上げた。
静かに、しかし確実に燃える闘志で互いは見つめ合った。
「やはり切磋琢磨できる者がいると良いな」
「そ、そうかなぁ……」
イッテツは2人のやり取りを好意的に見ていた。
「俺にも天才がいるな。羨ましいほどの。……俺の弟弟子なんだが」
「弟弟子……」
「魔法が使えて剣技が使えて、どちらも一級品ときた。そりゃあ、嫉妬したさ」
「イヴさんみたい」
「ふ、確かに。機会があったら紹介するよ」
「楽しみです」
「しかし、いきなりそんな質問するのは、ウェイスリーの件が?」
「あ、うん」
「気に掛けてくれることは感謝するが、別にそこまで肩入れする必要はないぞ。あれはフィリアンに責がある」
「そこは完全に同意なんだけど、個人的にほっとけないんです」
「どういうことだ?」
「昔の自分に似てるっていうか……。彼の気持ちがわかるんです」
アレインは過去を振り返るように空を見上げる。空は快晴で、日差しに顔をしかめた。
「ウェイスリーにどんな過去があったのか知らないけど、自分の実力にコンプレックスがあって、それは半分理解していて、でも半分は納得できずに藻掻いている。そんな感じに見えて……」
少しずつアレインの前世の記憶が脳内に浮かび上がってくる。
「今ぐらいの歳だと、現実っていうのを理解してきます。実力だって理解されます。だから、口ではこう言うんです。「できない」とか「無理」だって。でも割り切れるほど大人じゃないから言葉とは裏腹に最後まで足掻くんです。人知れず」
「ウェイスリーもその類だと?」
「うん。だって、自分の弱さを自覚してて完全に諦めていたなら、僕たちはあの時道場で出会うことはなかったから」
イッテツは黙って彼の話を聞いている。
「イッテツさんと訓練していたのは、それでも足掻いて藻掻いて評価を覆そうとしている証拠なんです」
「……確かにあの時道場に誘ってきたのはウェイスリーだった」
「変わろうとする最初の一歩って凄く勇気がいるし、大事です。でもそれを結果として僕たちが止めてしまった」
そこまで話して、アレインは少しの間黙ってしまった。彼は前世の出来事を思い返した。
中学の頃にはすでに自身の状態を完全に理解していた。このまま治ることはなく、症状がどんどんと悪化して最終的には寝たきりで最期を待つことになる。今やっているリハビリなんて何の意味もなく気休めにすらならない。
親や看護師にはリハビリを拒否する態度を取って、僕は現実を知っている大人だとアンニュイになっていた。
それでも1人になると親や看護師の目を盗んでこっそりとリハビリに努めた。
矛盾的な行動だが、それが僕の最後の努力だった。
そのうち、僕は藻掻く熱情を失う。ついには冷え切った心と身体で死を受け入れてしまった。それから僕が死ぬまでに幸せはなかった。
今思えば、熱を完全に失ったその時が僕の命日だった。
ウェイスリーは今、そんな生死の境目にいると思っている。そしてこのままでは自分たちが彼を殺してしまう。
アレインはそんな負い目を感じていた。
「だからイッテツさん、これは僕のエゴです」
アレインの語気に力が入る。
「僕にもどうにかさせてください」
アレインはイッテツに頭を下げた。
少し前から話を聞いていたフレイヤが小声でイヴリスに話しかける。
「アレインくんって不思議。他の天才たちとは違う。傲慢さや驕りがないっていうか、弱さを理解している感じ」
「レイくんは奇妙な生い立ちがありますから、色々と経験しているのでしょうね」
「アレイン、顔を上げろ」
イッテツの言葉にアレインはゆっくりと顔を上げる。
「お前が頭を下げる必要はない。お前は優しすぎるから、重く捉える必要はないという意味で言ってきたんだが……。そうか、今のウェイスリーに何か後悔が重なるんだな。……わかった、俺からはもう何も言わない。ただ」
イッテツは胡坐をかく両膝に手を置いた。
「俺も手伝おう。ウェイスリーとはルームメイトだ。俺が本来どうにかするべき問題だ。いいか?」
「もちろんです」
「話は纏まったみたいですね」
「あ、すみません。2人そっちのけで話してしまって……」
「いいんだよ~。わたしたちも2人で話してたし」
「御二人がどういったことを行おうと自由ですが、1つだけお節介を言わせていただきます。私たちは強大な力を持っています。そういった者の言動というのは周りに大きく影響を及ぼします。大丈夫とは思いますが、この事実を理解した上で動いてくださいね」
「はい」
イヴリスの助言にアレインは強く頷いた。
「うんうん、いいね~。青春みたいだねぇ」
「ところでフレイヤ」
お茶を一口飲み、ティーカップを置いた後に緩やかに尋ねる。
「なに?イヴリスちゃん」
「先ほどの天才ゆえの傲慢さや驕りというのは私のことを指していますか?」
「うげ……。覚えていたの?」
「耳に残っていただけです」
「……プライドが高いのも追加で」
「王族に対してその態度は本当に不敬ですね」
「事実を教えるのも友の役目よ」
アレインとイッテツにも慣れたのか、フレイヤの素の性格が見え隠れするようになった。
立場を超えて仲の良さそうな2人を見て、アレインは思わず笑顔になった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。




