第二十九話「魔法学校の生徒たち」
シリーズものです。
放課後の学校。
メインスタジアムにアレインはいた。
観客席には前回ほどではないが、生徒たちが観戦に来ていた。
アレインは今日も試合がある。
彼は目の前の対戦相手を見て、ミカエルとの稽古の時の会話を思い出す。
「君に限らずだが、数的優位は大きい」
教鞭を振るう教師のように彼は説明する。
「単純に相手の数が増えれば、こちらの対処の幅も当然増える。一瞬一瞬の判断が大事な実戦ではそれだけで厄介だ」
ミカエルは腕を組む。
「だから、純粋な実力差で勝てない相手と闘うなら、数の有利でその差を埋めるはずさ」
「じゃあ、今度から僕の相手は多数の人と?」
「うん、そうなるね。ただ、数が多ければ良いという訳じゃない。連携や統率が取れなきゃ意味ないからね。せいぜい3、4人くらいのチームと戦うんじゃないかな」
ミカエルの読みは見事に的中した。
アレインの対戦相手は1年生の3人。それぞれが魔法具を身につけている。1人が盾と片手剣、1人が斧、1人が弓だ。
「それでは、双方定位置へ」
アナウンスが流れる。
相手が武器を構える。
「ルールを確認します。試合は3対1の変則マッチ。敗北条件はリングアウト、ギブアップ、作魔衣の破壊。最後まで残っていた側の勝利です」
試合が始まる。
アレインは2回深呼吸をした。
「始め!」
開幕と同時にアレインは動いた。
それに合わせて相手も動く。
3人の中でアレインが特に警戒したのは、弓使いだ。唯一の遠距離攻撃。油断すれば、意識の外から狙われる。だから、最初に対処することが勝利の要となる。
すぐに弓使いのエフルに視線を向ける。しかし、その間に斧使いであるドフが割り込んだ。
一方で剣士のニゲンはアレインとの距離を詰めていた。
『止まれ』
ニゲンの動きが止まる。アレインは距離を取りながら、エフルを視界に捉える。
『吹っ飛べ』
アレインがエフルを飛ばそうとするも、ドフが合間に入る。ドフに魔法が掛かるも、彼は足を土魔法で地面に固定して耐えた。
そしてエフルが弓を引く。
放たれた矢は風魔法によって大きな弧を描いてアレインに襲い掛かった。
『止まれ』
空中で矢がピタリと止まる。それと同時にニゲンの拘束が解除されて動き出した。
アレインが弓矢を真っ先に警戒する。相手もそうすることは理解していた。だから対策を立てていた。
ニゲンが接近してプレッシャーを与え、エフルへの意識を妨害する。ニゲンを避けてエフルを狙おうとも、防御力のあるドフが彼を守る。そうすることによってエフルは安全に攻撃を続けることができた。
そして、そんなエフルにばかり意識を向けていると……。
アレインはエフルの方へ視線を移しながら再びニゲンとの距離をとろうとする。途端、アレインは滑って転んだ。
地面に触れた手が水を感じる。見るとリングが濡れていた。
ニゲンの魔法だ。水魔法で床を水浸しにしていた。
倒れたアレインを見てニゲンはチャンスとばかりに近づく。剣を逆手に持ち、アレインに刃を突き立てる。
エフルに気を取られるとニゲンの近接への意識が下がる。弓矢だろうと、剣だろうと、どちらで勝負を決めても構わない。意識が向いていない方で攻撃をする。シンプルに嫌らしい戦法だ。
追い込まれたアレインはニゲンの剣を見つめる。
彼は右手で武器を振り払うような素振りを見せた。
『弾け』
その瞬間、ニゲンの片手剣が払い飛ばされた。空中を舞った片手剣がカランカランと音を立てて落ちた。
3人は何が起きたかわからずに硬直する。
アレインはニゲンをそのまま魔法で吹っ飛ばす。
彼はリング端まで飛ばされるが、ギリギリで何とか持ちこたえた。
アレインは立ち上がりながら視線をエフルに戻す。
ドフはさらに警戒を強めて2人の間に割り込む。
アレインが右手を突き出したので、ドフは土魔法で両足を地面へと固定する。
アレインは前方に向けた右手を思いっきり引いた。
『来い』
後方へと飛ばされると身構えていたドフ。しかし、実際には前方に引っ張られた。両足を固定していたことも相まって大きく前に倒れ込んでしまう。
それによって、アレインとエフルが見える状態になった。2人の目と目が合う。
『吹っ飛べ』
引いた右手を再度突き出して魔法が発動する。
エフルはその華奢な体躯もあってか、大きく飛ばされ、リングの外へと落下した。
「エフル、リングアウト!」
アナウンスが会場中に響く。
すぐさまアレインはニゲンに振り返る。
彼は叩かれた片手剣を拾おうとしていた。
アレインは左手を突き出す。
『吹っ飛べ』
屈みかけていた体勢のニゲンは踏ん張りがきかず、今度はそのままリングの外に落ちてしまった。
「ニゲン、リングアウト!」
またもアナウンス。
アレインはドフに向く。1人になった彼は頬に冷や汗を浮かべたまま斧を両手で強く握っている。
アレインは左手を素早く右から左へとスライドする。
『弾け』
ドフの斧が勢いよく弾かれて空を飛ぶ。回転しながら斧は落下し、リング外の地面に刃が刺さった。
その様子を何もできずに見ていたドフは観念したように床にへたり込んだ。
「ギブアップだ……」
弱弱しい声でそう告げた。途端にアナウンスの音声が力強く響く。
「ドフ、ギブアップ!勝負あり!勝者、アレイン!」
その言葉と共に歓声が沸いた。拍手が巻き起こった。スタンディングオベーションする生徒もいた。
アレインは安心して大きく息を吐いた。
「まさか、私たちのコンビネーションが敗れるとはな……。さすが、国の推薦者に選ばれるだけのことはある」
ドフが悔しそうに話しかける。
アレインはゆっくりとドフに近づいて手を差し出す。
「ドフさんたちのコンビネーションも凄かったです。あの連携は一朝一夕でできるものではないです」
「嫌みか?」
「……そう聞こえましたか?」
「いや……。すまない、意地悪だったな」
ドフはアレインの手を取って立ち上がった。
「最後に見せたアレは先週には出さなかったな」
「実は、最近覚えたばかりの技でして」
ドフは目を見開く。
「なんと、それであの練度か」
「先生の教えが良かったと言いますか……」
アレインは気恥ずかしそうに頭を掻いた。ドフは立派な顎髭を左手で擦る。
「つくづく天才というものは羨ましい」
「そんなこと……。あ、いえ……。誉め言葉として受け取っておきます」
アレインは照れくさそうにはにかむ。
「……私よりも強い者とはたくさん会ったが、そいつらのような見下しや軽蔑を感じんな。お前には不思議な魅力がある。気にいったぞ、アレイン」
ドフは右手をサッと差し出す。
「これからもよろしく頼む」
アレインは満面の笑みで握手する。
「こちらこそよろしくお願いします」
その後、リングアウトされたニゲンやエフルとも握手と言葉を交わして、アレインたちの戦いは幕を閉じた。
「大将、完全復活だな」
練習場の廊下に戻ると、フィリアンが彼を待っていた。
「フィル、見てたのか」
「ああ、お前が心折れて惨めに負ける様でも眺めようと思ってな」
「相変わらず意地が悪いなぁ」
「まぁ、昨日1日寝込んでいた時点で、何かあったと思ったけどな」
「心配して見に来てくれたの?顔に似合わず優しいー」
「あーあー、褒めるな気色悪い。……それよりもこの後暇か?」
「うん、予定はない」
「じゃあ、隣の道場で俺の練習に付き合ってくれ」
「わかった」
練習場の隣には訓練用の施設が並んでいる。屋内の道場、屋外の訓練場、弓場。多くの生徒がメインスタジアムでの成果を見せるためにここで日夜練習している。
2人が道場に入った際も、中は人で溢れていた。2人は辺りを見回す。
「混んでるな」
「そうだね。あ……イッテツさんだ」
アレインはイッテツを見つけ、2人で近づいた。
「イッテツさん」
「ん。アレインとフィリアンか」
「練習してんのか」
フィリアンが訊く。
「ああ」
ふと2人はイッテツといる見慣れない少年に視線を向ける。イッテツはこの少年と練習をしていた。
彼は黒髪の童顔で、なぜか2人を睨みつけるように見ていた。表情にも嫌悪感がにじみ出ている。
「ええと、初めまして。僕はアレイン。こっちがフィリアン。よろしくね」
アレインは彼に握手を求めるように手を差し出す。
しかし、彼はそれを無視するようにそっぽを向いた。
アレインは困惑し、フィリアンは苛立ちを露わにする。
「なんだこいつ」
「まぁ、許してやってくれ」
イッテツが代わりに話す。
「こいつはウェイスリー。俺のルームメイトでクラスメイトなんだが、魔力コンプレックスがあってな。お前たちにあまり良い印象を持ってない」
「魔力コンプレックス?」
アレインは聞きなれない言葉に反応した。
「この学校のクラス分けは魔力量によって振り分けられている。魔力量の違いによって戦い方も教え方も変わってくるからだ。しかし、魔法を使うことが前提のこの学校では魔力量が1つのステータスになっている」
「ははーん、なるほど。魔力のないイッテツは文句なく一番下のクラスに組み分けされる。そのイッテツのクラスメイトということは……」
フィリアンが小馬鹿にする目つきでウェイスリーを見る。彼は相変わらず無視を続けている。
「要は嫉妬か」
「フィリアン、もう少し言い方をどうにかできんのか」
「そうだよ、フィル。どうしてそうやって敵ばかり作ろうとするのさ」
「なんで俺が怒られてるんだよ」
「ウェイスリー、お前もアレインにあの態度はどうかと思うぞ」
イッテツはウェイスリーにも注意した。だが、彼の顔色には納得の様子はない。
「僕はさ、その……仲良くしたいと思っているんだ」
アレインはめげずに再度手を差し出す。警戒を解くために少しばかり大げさに笑顔を作る。
「そんなの嘘だ」
ウェイスリーがぽつりと呟く。
「え?」
「仲良くしたいだって?そんなの嘘だ」
ウェイスリーは拒絶する。
「お前たちはそう言っていい顔して、内心では俺たちのことを見下してるんだろ」
アレインは先ほどのドフとの会話を思い出した。
この世界は魔法の強さや魔力量で差別されている。彼にはアレインたちの存在自体が煩わしいのだ。その感情が如実に表れている。
「はぁ……。お前何にもわかってない」
呆れるように憐れむようにフィリアンが言う。
その態度にウェイスリーはたじろぐ。
「な、何がだよ」
「見下されるなんて思っていることだよ。それは傲慢だぜ」
「はぁ?」
「強者はザコと見比べない。見下されていると思っているのはザコ側だけだ。強者は見ないんだよ。比較する必要もねえ。お前、いつも足元に転がっている小石を見てるか?」
フィリアンはウェイスリーの目を見る。
「お前とはそれだけ差がある。どれだけ見下し妬もうが関係ない。ただ、顔の周りをうっとおしく飛び回る虫のように関わってくるなら……」
パン。
フィリアンは目の前で両手を叩き合わせた。
「ただ、潰すだけだ」
フィリアンは「わかったか?」と言わんばかりに眉根をクイッと上げた。
「ぐぅぅ……」
ウェイスリーは悔しそうに奥歯を噛みしめると、そのまま踵を返して道場を後にしてしまった。
「ウェイスリー!」
イッテツは彼の背中に声を掛けるが意味はなかった。
「フィリアン……」
イッテツは何か言いたげな表情で彼を見るが、すぐにウェイスリーの後を追って行った。
「フィル!」
代わりにアレインが彼を叱責する。
「おっと怒るなよ、アレイン。世間知らずの坊ちゃんにわかりやすく教えてあげたんだからな」
「あんな煽るような態度はダメだ」
「あれだけ深く刺してやらなきゃわからんさ」
「それでもあの言い方は……」
「アレイン、お前は気にすんな。この世界はこういうもんなんだ。それより練習付き合ってくれよ」
フィリアンは今のやり取りをさほど気にしていない。彼はアレインと距離を取って対面する。
アレインはウェイスリーたちが出ていった方向に視線を向けていた。
ウェイスリーにも非がある。それでも何だか彼の様子が気がかりだった。何か事情のありそうな……。
「フィル、できれば彼に謝ってほしい」
フィリアンに向き直り、自身の素直な気持ちをぶつける。
「……考えとくよ」
そう言ってフィリアンは構える。
「さぁ、始めようぜ」
アレインとフィリアンは2人で組み手を行い練習に励んだ。
その間もずっとアレインの心はモヤモヤしていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。




