第二十八話「アレインの修行 その2」
シリーズものです。
「まずはヒアリングをしようか」
「はい」
「アレインが強くなりたいと思ったきっかけとか、教えてくれるか?」
ミカエルは笑顔で尋ねる。
アレインはこれまでの経緯や思いを語った。
そして最後に付け加える形で言う。
「3人で戦った時、僕は動かなかった。ミカエルさんにも散々言われた弱点を克服するどころか、隙をつかれてイヴさんに負けたんです。それが本当に悔しくて不甲斐なくて……」
アレインは苦しい表情で俯いた。
ミカエルは黙って聞いていた。
アレインはもしかしたら怒られるんじゃないかと思った。しかし、返ってきた言葉は違った。
「うん、それでいい」
彼はにこやかな表情だった。
「え?」
「確かに僕はアレインの弱点を指摘した。そして、君はその話を聞いて理解したつもりだった。でもね、いくら頭で理解したって体が覚えなければ動けないんだ。だから今回、この悔しい敗北で君の体に動くことの意味が刻まれた。次からは克服しているよ」
堂々とした言葉に説得力があった。
現にアレインはこの悔しさをバネに兵舎まで足を運んでいる。明確な変化があった。
「じゃあ、稽古を始めよう。アレイン、そのローブを脱いでくれ」
言われるままにアレインは魔力遮断のローブを脱ぐ。
「いいね。魔力制御も様になってる」
アレインから表出する魔力を読み取ったミカエルは感心した。
「それでもフィルたちにはバレました」
「ここまで抑えられるようになれば上々だよ。あの後もしっかり練習してくれたみたいだね」
アプリオへ向かう道中、アレインは彼から魔力制御のやり方を教えてもらっていた。
「さて、最初は君の魔法について詳しく見ていこうと思う。あの時は護送途中で十全にはできなかったからね」
ミカエルは腕を組んで空を仰ぐ。
「……あの時はこんな書類作業が待っていようとは夢にも思わなかった」
(感傷に耽っている……)
「っといかんいかん。こんなことをしている時間はないんだ。アレイン、使える技は前と変わらない?」
「はい」
「わかった。とりあえず、僕に動きを止める魔法を掛けてみてくれ」
「はい」
アレインは右手をミカエルに向けた。
『止まれ』
ミカエルの体が金縛りにあったかのように固まる。
「ふむ、不思議な感覚だ。全く動かない」
彼は冷静に魔法の特性を解析する。
「でも、完璧じゃない。弱点がある」
「弱点?」
突如、アレインの眼前から風が吹いた。彼は思わず顔を覆って後ずさりした。
「それは魔法が使えることだ。この魔法は身体にしか作用しない。だから魔法使いには有効打にならない」
「なるほど……」
「それと、君が今驚いた時に身体の拘束が緩まった。かなり集中力を必要とするんじゃないか?」
「そうでしょうか。あんまり意識していなかったのですが……」
「ふむ……別の要因かもしれないね」
「次は吹き飛ばす魔法をしてみよう」
もう一度アレインは右手を向ける。
『吹き飛べ』
ミカエルの体が後方に引っ張られる。しかし彼が吹き飛ぶことはなかった。
「うん。やっぱり不思議だ」
彼は腕を組み、自身に起きていることを冷静に咀嚼している。
アレインは困惑していた。
「あれ、飛ばない」
「ああ、これは僕の魔法で背中を押しているからだよ。空風倫と言ってね、風を出す魔法さ。これを使えばアレインのように相手を吹き飛ばすことができる。でも、それとこれとは質が違う」
「質、ですか?」
「うん、空風倫で相手を吹き飛ばすときは、風を使って飛ばす。相手の身体には全く作用しない。でも、君の魔法は違う。身体に作用している」
そこまで言って、ミカエルは考え込んだ。
(……以前ツキソイワシを吹き飛ばした、あれほどの威力じゃない。確かめてみるか)
「アレイン、この魔法を強くできるか?」
「え」
「吹き飛ばす作用を強めるんだ。そうだな……、グレイセスの分析を参考にするなら、強く念じるとか」
「やってみます」
アレインは右手に力を込めて、強く念じた。
『吹っ飛べ』
正解だった。ミカエルの身体がグイッと後方に持ってかれそうになる。ミカエルも魔法を強めて耐える。
「もっとだ」
『ぶっ飛べ』
アレインの顔が歪む。
「もっともっと」
『ぶっ飛べ!』
アレインは吐き出すように魔法を放つ。
ミカエルは一気に後方へと吹き飛んだ。
そのまま勢いよく壁に向かう。激突する直前、まるでクッションに着地したようにスピードは押し殺され、彼が壁に叩きつけられることはなかった。それどころか、壁に背中が触れてさえいない。その直前で完全に勢いを殺し切っていた。高度な風魔法の操作によるものだった。
一方のアレインは息を切らして膝をついていた。
「僕の推測通りだったみたいだ。想いの強さで威力が上がる。それに伴って消費する魔力も上がる」
ゆっくりと歩きながらミカエルは言う。
アレインはゆっくりと呼吸を整えている。
ツカツカとミカエルの近づく音が聞こえる。
(少し確かめたいな……)
よつん這いで地面を見ているアレインを眺めてミカエルはふと思ったことがあった。
「アレイン、下を向いたままさっきの魔法をやってみてくれ」
意図はわからなかったが、アレインは言われるまま従った。右手を突き出す。
『吹っ……飛べ』
しかし、アレイン自身魔法が発動している感覚がない。魔力が切れたわけではない。今は短時間に多くの魔力を消費して息切れを起こしているだけだ。枯渇してはいない。
「あれ、なんで……」
アレインの右手が暗中を探るように空を彷徨う。
「顔を上げて」
ミカエルの指示で顔を上げる。すると、アレインが予想していた場所に彼の姿はなかった。予測地点よりも遠くに彼は立っていた。
「うん、やっぱりそうだね。君のその魔法は対象をちゃんと視認していないと発動しない」
「そ、そうみたいですね……」
「この弱点は試合を重ねればいずれ露呈しただろうね。よし、もう少し詳しく見てみよう」
その後、この視認性について2人で検証したところ、対象全体の5割以上を視界に収めていないと発動しないことが判明した。
「結論は、相手を視認できるように体を動かす癖をつけようということになるね」
「最初の課題に帰結しましたね」
「そうだね、やっぱり戦いやすいポジション取りは大事だからね」
「さて、最後は透明な手だけど……」
「はい」
「これはしばらく封印だね」
「え」
「口で説明するより実際にやってみた方が早い。アレイン、透明な手を使って好きなように攻撃して見てくれ」
「は、はい」
アレインは透明な手をミカエルに繰り出す。パンチ、チョップ、ビンタ。手で行えるあらゆる攻撃手段を用いた。
しかし、ミカエルはそのどれも紙一重で躱して、アレインに接近する。
アレインは近づいてくることに焦り、攻撃の手を速めた。しかしそれは焼け石に水だった。あっという間にミカエルに背面を取られる。彼の両肩に手がポンと置かれた。
「アレイン、今の間に君自身は動こうとした?」
「あっ」
アレインは何かに気づいたみたいだった。
「さっきの2つは単純な動きだった。『止まれ』、『吹き飛べ』と指示するだけ。体を動かしながらでも行える。でもね、透明な手は動きが複雑なんだ。だから体の動きと並行して行うには相当に修練がいる。今のアレインの課題は戦闘中に体が動けること。この第一目標に到達するまでは試合中に透明の手は使わない方がいいね」
「そ、そうですね……」
アレインはおぼつかなく手を閉じたり開いたりを繰り返した。
ミカエルの説明に納得はできたが、それによってアレインには不安がよぎった。その理由をミカエルも理解していた。
「『止まれ』と『吹っ飛べ』だけだと心許ないか?」
「あ、はい。正直透明な手は奥の手みたいな感じだったので」
ミカエルは少し声を張った。
「なら、代わりの手を作るしかないな。新しい技を覚えようか」
そう言ってミカエルはアレインに新技を伝授した。
新しい技の練習をしているとあっという間に2時間が経過していた。
「っと、もういい時間だね」
ミカエルは暮れ始めた空の様子を見て言う。
彼は汗の一滴も掻かずにいつもの爽やかな顔だった。
一方でアレインは地べたに寝そべり、肩で大きく呼吸をしている。
「今日は最初だしこのくらいにしようか」
ミカエルは手を差し出す。彼の手を取ってアレインは立ち上がった。
「難しいですね」
「僕の動きについていけたら十分だよ。後はアレイン自身が攻撃しやすい位置まで移動することを心がけよう」
「はい」
「それと、体力作りと魔法練習用のメニューを考えておいたから」
アレインの動きを見て、必要なトレーニング法をその都度メモしていた。その紙を彼に渡す。
「何から何まで……。ありがとうございます」
アレインは深々と頭を下げた。
「はは、いいよ。これは僕がしたくてやったことだからさ」
ミカエルは空を見上げて思い出を振り返るように話し始めた。
「実は、イヴリス様に魔法を教えたのはグレイセスなんだ」
アレインは思わず彼の顔を見やる。
「その時ちょうど僕は団長代理になったばかりでね。業務に逼迫して他に手を回す余裕がなかったんだ。彼女が教えているのを傍目に見て羨ましかったことを覚えているよ」
ミカエルは目をつぶり、その時の情景をまぶたの裏に映した。
「だから今日君が来たことは僕にとって僥倖なんだ」
ミカエルは目を開き、アレインの顔を見る。はにかんだ笑顔を浮かべて告げる。
「これは僕のわがままさ。グレイセスの育てたイヴリス様。僕が育てるアレイン。どっちの弟子が強いのかの勝手な勝負さ」
ミカエルとグレイセスの関係。それを知っているアレインは何となくだが、その心情を察した。
(2人は腐れ縁であり、ライバルだったってことですね)
「話が長くなってしまったね。このことは内緒で頼むよ」
「はい、大丈夫です」
「うん。それじゃあ、外まで送ろう。帰りはどうする?」
2人は歩き出す。
「さすがにへとへとです……」
「初日で体も疲れているねぇ」
「正直、僕の身体は無理できる状態ではあるんですよ。でも、こう疲労で気力が……」
「無理強いはしないよ。休めるときに休むのも大事だからね」
そう話しているうちに兵舎の扉の前に到着した。
「それじゃあ、馬の準備でもしてこようかな」
ミカエルが馬屋に向かおうとした時だ。誰かが荷車を押しながら、あの急こう配を登ってきた。
ステイシーだ。彼女が荷車の取っ手の中で引っ張り、後方で2人の団員が後ろを押していた。
「ス、ステイシーさん!?」
「あ、アレインくん。もしかして今帰りだった?」
大粒の汗を顔に浮かべながらも彼女はにっこりと笑って見せた。
「団長、今日の食料調達しました」
「ああ、ご苦労」
「ミカエルさん。こ、これは?」
「訓練も兼ねてね、当番制で食材を下から持ってこさせてるんだ。ステイシーはタフネスだからねー。余裕そうに見えるけど、辛いんだよ」
実際、後ろで押していた2人は疲労困憊の表情をしていた。
アレインは平然そうなステイシーを見て、心に燻ぶるものがあった。
ミカエルはその変化を素早く察知して、敢えて煽るようにアレインに質問した。
「それで、アレイン。馬で帰るか、自分の足で帰るか、どっちにする?馬の方が楽だけど」
「走って帰ります」
「ええー!?」
驚いたのは傍で聞いていたステイシーだった。
「そうか。それならしょうがないね。アレイン、また今度」
「はい、本日はありがとうございました」
アレインは改めてミカエルに深くお辞儀する。
そして、傍にいるステイシーたちにも「お疲れ様でした」と声を掛けると、そのまま坂道を下っていった。
「団長、アレインくん大丈夫なんですか?」
彼の背中が見えなくなってから、ステイシーは尋ねた。
「ああやって無理をするのも若者の特権さ」
ミカエルは嬉しそうに哄笑した。ステイシーは少し引いた。
山を下って3分後。すでにアレインは後悔していた。しかし、ここで引き返すのは恥ずかしい。覆水盆に返らず。後悔先に立たず。もうここまで来たら遮二無二下っていくしかない。彼は腹を括って、ぐしゃぐしゃの顔を浮かべながら、体を左右に大きく揺らしながら必死に走った。
翌日、アレインは全身筋肉痛で、ベッドから起き上がることができなかった。
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