第二十七話「アレインの修行」
シリーズものです。
ガラガラと音を立てながら馬車は森を進んでいく。目的地はアプリオだ。
セントフルール魔法学校とアプリオを往来する馬車は毎日出ている。
今日は休日。学生の多くがこの馬車を使ってアプリオに向かっていた。
彼らの目的は学生街で買えない高級品や嗜好品を手に入れること。そのため後ろの荷台に座る彼らは期待でソワソワしている。そんな学生の中にアレインはいた。
アレインの目的は買い物ではない。
強くなるという目標のために彼は馬車に揺られていた。
アプリオの中心部で彼らを乗せた馬車は止まった。
全員が降りたのを確認すると御者は再び馬を走らせた。
学生の各々は友達と話しながら、マーケットに消えていく。一方でアレインは1人真っすぐアプリオ城の方角へと進んでいった。小高い山のような盛り上がった位置に城があるため、街の中心部からでも城が視認できた。
アレインは人混みをかき分けながら歩いていく。
そのうち、城の門番が佇む場所に着いた。城と城下町を隔てるかのように設置された大きな門。発展した街の中にある自然の山、その入り口。王のもとへと向かう道だ。そんな道を不届き者などには通さんと、門番が駐在している。
「失礼」
門番の1人が尋ねてくる。
「ここから先はアプリオ城になります。許可されていない人間は入ることができません」
門番は決まり文句のようにアレインに言い放った。
「あの、これは大丈夫でしょうか」
アレインはカバンから1通の手形を出す。それは以前グレイセスから渡されたものだった。
アレインは食客となった。それは彼がいち早くアプリオの市民として学校へ通うための措置だった。食客となったアレインは国の保護対象にもなる。彼が国外に出ようとする際は護衛が付く。その護衛は王国騎士団団員が基本務めることになる。依頼する際は手紙を送ることでも可能だが、中には直接兵舎に赴いて相談する人もいた。そこで、兵舎までの通行手形を彼は渡されていたのだ。
「確認します」
門番は手形を受け取った。
「はい、大丈夫です。ここの通行を許可します。ただし、城内に入るためにはもう1枚国の許可証が必要です」
アプリオの門番は二ヵ所に配属されている。この小高い山を登る手前と城門前だ。城に入りたい場合には2つの許可証、つまり二重のセキュリティを突破する必要がある。
「大丈夫です。今日は兵舎の方に行きますので」
「そうですか、それなら馬を手配します。少しお待ちください」
門番は魔話糸で連絡を取ろうとした。
「あ、いえ、その必要は。僕は走って上りますから」
アレインの一言に門番の動きが止まる。
「しかし、ここはアプリオ城までの一本道。敵の浸入を食い止めるために曲がりくねった長距離の急勾配になります。それにこの小山は自然の結界。兵舎と城内以外では魔法が使えないようになっております」
門番はアレインに「悪いことは言わない。馬車で上るべきだ」と暗に諭していた。
しかし、彼の意思は変わらなかった。
「お気遣いありがとうございます。でも、そうすると決めましたから」
(修行になりそうなことはどれもやっておこう)
「し、しかし……」
それでも説得を試みようとする彼の肩に、もう1人の門番が手を置く。
「本人がこう言っているのだから、やらせてあげるべきだ」
もう1人の門番がアレインに顔を向ける。
「それでは、お気をつけて」
「ありがとうございます」
アレインは2人に頭を下げて、小山を駆け上っていった。
「大丈夫でしょうか、彼。山岳ダッシュは私たちでも音を上げる訓練ですよ」
「それでも、若人の真っ直ぐな目は無下にはできんよ。……さぁ、仕事に戻ろう」
2人の門番は元の位置に戻った。
アレインが山に入って5分後。スピードはすでに早歩きになっていた。
「ぜぇ……はぁ……」
アレインは苦しんでいた。両足に多大な負荷がかかり、太ももに乳酸が溜まる。呼吸は乱れ、胸が苦しい。口内に鉄分の味が広がっている。
(こんなにダッシュしたのは初めてだ……)
額の汗を拭いながら、道の先を見る。
「まだ……こんなに……」
目的地の兵舎まではまだまだ道が続いている。アレインの体力的にも厳しい距離だ。
アレインは立ち止まり、両ひざに手を置いて呼吸を整える。
(ここで折れちゃダメだ)
彼は覚悟を決めて再び進み始めた。
彼が目的地に着くまでにさらに15分有した。
兵舎の中から声が聞こえる。掛け声や物を振るう音、衝突音や魔法を使用した音が響く。
(しまった。昨日の今日でアポイントメントを取れてない……)
ここに来てアレインはアポなし来訪していることに気づいた。
(こういうのって、突然来ても取り合ってくれないよね、どうしよう)
アレインが思いあぐねていると、扉が開き誰かが出てきた。
「はい、いってきます。……あれ?」
アレインは咄嗟にフードを目深に被った。
「迷子ってことはないよね?ここに何か用かな?」
彼女はアレインに近づいて尋ねる。
その彼女の声にアレインは聞き覚えがあった。
「ステイシーさん?」
フードを外して顔を確認した。彼女もまたアレインを認識して声を上げる。
「アレインくん!?」
「そうか、君がアレインくんか」
「ここまで走ってきたんだって?大したガッツだ」
「どんな魔法を持っているんだ?見てみたいな」
アレインがアプリオの食客になったことは騎士団内で周知されていた。それゆえに団員の皆は彼に興味津々だ。アレインは取り囲まれている。
そんな好意的な囲いに対して、屈強な団員に迫られている圧迫感に彼は委縮していた。
「えっと、あの……」
「あの、先輩方、詰め寄り過ぎです。困惑しています」
ボブがアレインたちとの間に入ってフォローする。
「なんの騒ぎですか」
兵舎の訓練場にできた不自然な人の集まりに呼び掛ける男性の声。
すると、彼に反応して周りの団員がスッと離れる。アレインは声の人物を見た。長身で長い黒髪を背中に垂らした彼は、モノクル越しの瞳でアレインを突き刺すように見ている。
アレインは思わず生唾を飲み込んだ。
「ボブ、説明を」
そばにいたボブに尋ねる。
「はっ、ロキ副団長。彼が噂のアレインです」
背筋をピンと張りながらボブはハキハキと答えた。
「ほう、そうですか」
彼はゆっくりとそれでいて威圧感のある歩みで近寄る。
アレインは何かまずいこと、それこそ何のアポイントメントもなしにここを訪れたことに叱責される覚悟をした。
しかし、彼はアレインの目の前に立つと、膝をついて頭を下げた。
「アレイン様、此度は我が兵舎にようこそおいで下さいました。私はアプリオ騎士団副団長を務めております、ロキ・ウランギールと申します。私どもの団員が何か粗相でもしてはいないでしょうか」
「あ、いえ、大丈夫です、はい」
彼の突然の態度にアレインは戸惑いしどろもどろになる。
「……して、本日はどのようなご用件でしょうか」
「あ、あの……。実は僕、色々あって強くなりたいと思ってまして。それで、あの、誠に勝手なことだとは思うのですが、ここの修練に参加させてもらうことは可能でしょうか」
彼の殊勝な心掛けに団員たちから「おお~」と、感嘆が漏れる。
「お気持ちは大変うれしいのですが、ここはそのようなこと訓練の参加は受け付けておりません。食客のアレイン様といえど、そのような特例を許すこともできません」
上の立場の人間の対応としては正当だった。アレインもそれは理解できた。
「そ、そうですよね。すみません、勝手に押し掛けて変なことを訊いて……」
彼は右手で後頭部を掻きながら、苦々しく笑った。
「ちょおおおっと、待った!」
突然兵舎内の建物から声が響く。その声を聞いてロキは一瞬顔を歪めた。
建物からその人物は飛び出して、アレインたちのもとに駆け寄った。
「やぁやぁ、アレイン。久しぶり」
あまいマスクを綻ばせながら、ミカエルはアレインに挨拶した。
「あ、お久しぶりです」
アレインは彼に頭を下げる。
「団長、溜まった書類の山はもう終えたのですか?」
ロキは睨みつけるように彼を見る。
「はは、もちろん。めちゃめちゃ残ってる」
「終わるまで部屋から出ないよう言ったはずですが」
「休憩だよ。あんな陰気臭い場所に籠っていたら、ダメになるからさ。気分転換」
ロキはポケットから懐中時計を取り出し、時間を確認する。
「前回の休憩から1時間しか経ってないですが」
「1時間やったら十分」
「はぁ……」
ロキは頭を抱えた。
(ロキさん、苦労してるなぁ)
アレインは彼に同情した。
「それで、アレインはどうしてここに?」
「実は……」
アレインは先ほどロキに話したセリフを繰り返した。
「良いんじゃないか、やっても」
ミカエルはあっさり許可した。
「良いんですか!?」
あまりにあっさりし過ぎてアレインは聞き返してしまった。
「良いわけありますか」
ロキが語気を強める。
「ロキ副団長。彼は丁重にもてなさなきゃ」
「ここは地方の道場ではありません。国のための訓練場です」
「ならなおさらさ。アレインの才覚は素晴らしい。ここで鍛えておくことがいつか国の防衛に役立つかもしれないだろう」
「誰が鍛えるのですか?」
「もちろん、責任者であるこの僕が……」
「却下です」
「おいおい」
ミカエルはロキの肩に腕を回す。
「サボる言い訳ですよね」
「そんなわけないよぉ」
(そんなわけありそうな言い方!)
アレインは内心でツッコんだ。
「……仕方ないですね」
しばらく考えた後、ロキは観念したように告げる。
「団長の言い分も一理あります。特別に許可しましょう」
ミカエルの顔に笑みが浮かぶ。
しかし、ロキは「しかし」を強調してから続けた。
「特別訓練は団長の業務外とします」
「ええと、つまり……?」
「団長の業務は据え置きです」
ミカエルの顔から笑顔が消える。
「ちょ、ちょっと待って」
「どうしたんですか?もしかして、稽古をつけていたら、時間がないので書類仕事を手伝ってほしいなどと宣うつもりでしたか?」
「ぐっ……」
図星を突かれてミカエルはたじろぐ。
(仲いいなぁ)
アレインはどこか他人事だ。
「さぁ、団長。思う存分鍛えてあげてください。もちろん業務が滞ることないように、ですが。早めに仕事を済ませてこれに充てる時間を捻出してもらっても構いませんよ」
ロキは冷たい視線を向ける。
「急に厳しくなりおって……」
「今まで甘やかし過ぎただけです。それでどうします?やりますか、やりませんか」
「もちろんやるさ。こんな問答に時間を使っている暇はないからな。早速やるよ。アレインついてきて」
そう言ってミカエルは歩き出した。アレインも「あっはい」と返事をして慌ててついていく。
その際、ロキのそばを通ろうとして彼に止められる。
「アレイン様。こちらの事情で申し訳ないのですが、最初のうちは週に1回、1、2時間ほどでお願いできますか」
ミカエルの残業を考えての提案だった。アレインはそれを理解した上で了承した。
「ありがとうございます」
彼は深々と頭を下げた。
(ロキさん、優しい人だな)
「アレイン、早く」
遠くからミカエルの呼ぶ声がする。彼はロキに軽く会釈してから彼のもとへと駆けて行った。
「皆さんも自身の持ち場に戻ってください」
近くで事の成り行きを黙って聞いていた他の団員たちは、彼の号令で各場へと消えていった。
「さて、色々とあったけど始めようか」
土の地面に白い線が引かれているシンプルな稽古場でミカエルとアレインは向かい合う。
アレインに緊張と興奮が沸き起こる。
彼が求めていた強くなるための稽古がついに始まる。
「はい、よろしくお願いします」
最後まで読んでいただきありがとうございます。




