第二十五話「異端者ども」
シリーズものです。
白熱する練習場とは打って変わり、校長室は静かだった。
「お茶ができましたよ」
ネロはお盆に乗せたカップをグレイセスの席へと持っていく。
「ありがとう」
彼女はお茶を受け取り、そのまま一口飲む。
「新学期が始まりましたね」
椅子に腰かけてネロも一口お茶をすする。
「そうだな」
「今年は教師もやるから、頑張らないと」
彼女は両手をグッと握って気合を入れる。
「ああ、よろしく頼むよ」
グレイセスは書類に目を通しながら返事をする。
ネロは横目で彼女を見ると、ずっと訊きたかったことを尋ねた。
「あのーですね、グレイセス校長。どうして特別クラスの副担任を私にしたんですか?」
「んー?」
「ほら、他にも担当を持っていない人がいるじゃないですか。その中でわざわざ私を選ぶということはその……その……」
ネロは頬を赤らめてもじもじしている。
「私が一番ゆうしゅ……」
「お前が一番単純だからだ」
「えー!」
ネロは驚きの声を上げる。
「つまりお前が一番バカだからだ」
「あーん、オブラートが破けたぁ!もー、どういうことですかぁ」
「ネロ、あの3人をどう見る?」
「どうって……カワイイ生徒ですよ」
そう答えたタイミングでグレイセスがお茶を一口飲んだため、少し長い間が開いた。
不安に駆られたネロが訊き返す。
「な、なんか間違ってました!?副担任失格ですか!?」
「いや、合格だ。それでいい」
ネロはホッと一安心する。
「それでいいんだ。本当はな。彼らがどれだけ膨大な魔力を持っていようと、禁術を施されていようと、教師と生徒という立場は変わらない。生徒を教え導けばいいんだ」
「簡単なことですよぉ」
先ほどの正解に気を良くしたネロは、自信満々に返事をした。
「だが、熟達した魔法使いであればあるほど先人の言葉や歴史を絶対視する。畏敬を込めてな」
グレイセスはカップを置くと、頬杖を突いた。
「魔法信仰を知っているか?」
「バカにしてますかぁ。私だってそれくらいは知ってますよ」
彼女は立ち上がって、人差し指で空中に書きながら説明した。
「【私たちは火によって生まれ、水によって存在し、土によって育まれ、風によって運ばれる。】有名な一文です」
「そうだ。そしてそれ故に私たちはその4つの属性の魔法を扱うことができる。魔力をもってな」
「初代アプリオ王が作った教えです」
「魔法の無詠唱化に成功し、魔法を躍進させた。天才が創った宗教だ」
「それがどうしたんですか?」
グレイセスは椅子に深く腰掛ける。
「戦力と結束力を作り出した天才により、小国だったこの国は急速に発展し、今では三国の1つになった」
天井を仰ぎながら彼女は問う。
「ネロ、結束力を高めるには同じ決まりともう1つ必要な物がある。何だと思う?」
ネロは顎に手を当てて考えるが「うーん」という唸り声以外が出てこない。
「同じ敵だよ」
時間切れでグレイセスが答えた。
「基本魔法、当時は普遍魔法だった4属性の魔法以外はすべて、異端魔法として排斥した。4属性以外の魔法を扱う人間は多くなかったが、いなかったわけじゃない。彼らは迫害され追い立てられた。王の規則は絶対であり、王の敵は民の敵になった」
グレイセスは椅子を回転させて窓の外の空を眺める。
「だからこそ、禁術として認められた存在である彼らを、規則の外に存在する彼らを、他の教員は1生徒として見られないだろう」
彼女は椅子を戻して、ネロと向き合う。そして彼女を指差して言い放った。
「だからお前のような楽天家が適任だったのさ」
「……つまり私にしかできない仕事ということですか」
ネロは誉め言葉のように捉えた。
「喜んでいるところ悪いが、能天気なお前にも少しだけ気を引き締めてもらわないといかん」
グレイセスが釘を刺す。
「今年いや、彼らが卒業するまでの3年間、この学校は恐らく荒れる」
その言葉にネロの背筋が伸びる。
「1人でも出れば珍しいとも言われる国の推薦者、それが今年は5名。それと開校以来2度目の特別クラス、今度は3名だ。選ばれた5名はそれぞれが特殊な存在だ。それが何の因果かこうして集まった。こういった事態は大きなうねりを巻き起こす。何が起きるか私も読めないさ」
彼女はカップに残ったお茶を一気に飲み干した。
「さらにあいつらは全員、昔で言うところの異端者どもだ。時代は変わったな」
グレイセスは静かに笑った。
一方の練習場は荒れていた。噂であるアレインが倒されたのだ。
観客席の生徒はざわついていた。エウノアも額に手を当てて「あちゃー」と言葉が漏れていた。
(うまい。アレインの咄嗟の反撃を読んでカウンターで合わせた)
イッテツは腕を組みながら、イヴリスの剣技の見定めていた。
「おいおい良いのかよ。護衛対象が護衛係を倒して」
フィリアンが冷やかすように言う。
「彼には強くなってほしいからね。敗北を味わってもらいたかったんだ」
「心折れてなきゃいいけど……。もう俺たちと闘ってくれねえかもしれねえぞ」
「大丈夫さ。……それよりも悪いことをしたね。レイくんと闘いたかったろう?」
イヴリスは平然と語りかける。
(厄介だ)
彼女の鋭い眼と口調が、彼女のスイッチが切り替わったことを物語っていた。
「問題ないさ。あんたの言い分を信じるならまた今度闘うよ。それより今はあんたとのサシだ」
少しだけ口角を上げて、フィリアンが構える。
「酒場で会った時から手合わせ願いたかったぜ」
「私も同意見だよ」
イヴリスは剣の持ち手を傾けた。
「来な」
フィリアンの合図にイヴリスが一気に間合いを詰める。
「火走」
剣の切っ先が地面に触れ炎上する。そのままフィリアンに差し迫る。間合いの一歩手前まで来た時、イヴリスが違和感を覚えた。
フィリアンが動いていないのだ。反応できていないというわけではない。視線はずっと合っている。
何かを誘っていることに気づいたイヴリスは右足で方向転回して彼の左側に回った。
その瞬間、彼女が来るはずだったポイントから円錐型の地面が隆起した。
(チッ!土隆槍を読まれた!)
不意打ちの一撃は決まらなかった。フィリアンはここで勝利もしくはアドバンテージを稼ぐことができなかった。
転回してそのまま背面に回ろうとしたイヴリスだが、辻褄が合わない事態に警戒し、そのままバックステップで距離を取った。
(ここで土魔法?おかしい。地面から仕掛ける土魔法は触れていないと発動できない。地面に手を触れる動作をしていない)
その時、彼女は気づいて動いた。
止まっていた場所からまた土隆槍が飛び出した。先端が彼女の膝を掠り、作魔衣にヒビが入る。
(あのスピードとリーチじゃあ、近距離戦の分が悪い。このまま遠距離から倒す。)
フィリアンはドンドン地面から土隆槍を突き出す。
普通の魔法使いなら、土隆槍を連続で10本出すのが精一杯だが、フィリアンは余裕だった。
リングにいくつもの土隆槍が生えていく。
次にフィリアンは右手を構え、いくつもの火球を放った。
それは土隆槍に当たり、ピンボールのように反射していく。
四方八方。軌道が読めない火球の連続にイヴリスは避けることを諦め、防御に徹した。彼女は膝をつき剣を地面に突き立てる。
「水成消膜」
彼女を水の膜が包む。
火球が水の膜に当たる。ジュッという音とともに消えていく。
水の膜がどんどん蒸発し、彼女の周りに水蒸気が立ち込める。
その水蒸気がリングの半分を覆ったところで、彼の火球は底をついた。
フィリアンは両手を近づけて次の手を準備していた。
しかしその時、何かを察知して左にステップした。
「風刃」
水蒸気の中から土隆槍を突き破って風の刃が飛んできた。
それは彼の左肩を掠める。作魔衣にヒビが入った。
「くっ」
イヴリスが土隆槍の間から縫って出る。そのままフィリアンに向かって行く。
(何か狙ってる。だが両手に魔力を集中しすぎて他の行動はできないはず。発動する前に断つ)
間合いの一歩外。彼女が右足を踏み込んだ時、彼女の足元がぐにゃりと沈んだ。バランスを崩して勢いが落ちる。フィリアンがニヤリと笑う。
(保険をかけて正解だった)
フィリアンはイヴリスが水成消膜を展開している間に、自身の周りの地面を魔法で柔らかくしていた。
「そして、間に合った!」
フィリアンは両手のひらをイヴリスに向けた。
「土隆壁」
イヴリスはその場に剣を突き刺し、咄嗟に土の防護壁を作る。
「合成魔法・火竜炎巻!」
炎の渦が突風のように彼の両手から放たれる。それは土の防護壁を破壊してイヴリスを襲う。
炎の渦は彼女を持ち上げてそのまま吹き飛ばす。
作魔衣が至る所でヒビ割れを起こし、今にも破壊されそうだった。
いや、その前に彼女のリングアウトが先かもしれない。
イヴリスは火竜炎巻の中心を右手の剣で受けながらも冷静に後方を確認した。
観客席とステージを隔てる壁が目前に迫っていた。
「空風倫」
彼女は左手を地面に向けて突き出す。その手のひらから風が勢いよく吹き、その風圧で炎の渦から脱出した。彼女はそのまま飛び上がり、1つの土隆槍の頂点にバランスよく着地した。
状況だけ見ればイヴリスは追い込まれている。だが彼女の恐ろしい所は、今までの事態に慌てる素振りが見られなかったことだ。フィリアンの攻撃はどれも魔法の常識外だった。つまり彼女にとってはどれも不意打ちだった。しかしすべて冷静沈着に対応してみせた。
一連の攻防に間が空き、少ししてから会場が湧いた。高レベルな魔法の応酬に皆が興奮していた。
そばで見ていたアレインも言葉を失っていた。
「はぁ……はぁ……、しつこいな。今ので決まってくれよ」
呼吸を整えながらフィリアンが悪態をつく。
その言葉に反応することなく、イヴリスは話す。
「なるほど、そういうことか」
「何が?」
「ずっと気になっていた。地面に触れず土魔法を扱えること。難度の高い合成魔法をいともたやすく使えたこと」
「なんだよ。気づいちまったか……。秘密にしておきたかったがな」
フィリアンは顔に掻いた汗を拭った。
「君の両手両足、妙に魔力濃度が濃いと思っていた。その四肢で各属性の魔法が扱えるんだ」
本来魔法の属性を切り替える時、スイッチのように体全体のチャンネルを切り替える。火属性にスイッチしているならその魔法使いは炎系の魔法しか使えない。複数属性を扱える場合、磨くのは魔法のスイッチを切り替えるスピードが基本的だ。
複数属性を同時に展開するということは、体内に複数のチャンネルを用意することだ。それは高い集中力と練度を要する。できる人間はほんの一握りだ。だから魔法使い同士が争う場合、複数属性魔法同時展開はできないという前提で闘う。さらに複数属性を合わせる合成魔法に関しては、2人以上の実力ある魔法使いが呼吸を合わせて行うことができる、高等技術だった。
そういう意味でフィリアンの見せた魔法は常識の範囲外。異端だった。
「そう。俺の右手が火属性。左手が風属性。右足が土属性。左足が水属性。切り替えることはできないが、それぞれが高度な魔法を使える」
彼は見せつけるように手のひらを上に向けて、右手に小さな炎、左手に小さな風の渦を作った。
「そして、この靴は特注で作ってもらった。魔法伝達が可能な靴だ。あんたが今持っている剣と同じだな」
「そうだな」
彼女は短い言葉で同意した。
「しかし、やってられないぜ。今ので、いや土隆槍の時点で決まると思っていたのに……」
フィリアンは頭をガシガシと掻く。
「まだまだ駆け引きと読みが甘いね」
「だが、追い込んでいる」
「仕留めきれなきゃ意味ないさ」
「それじゃあ、これで仕留めるよ」
イヴリスの肌が冷気を感じ取った。
フィリアンはリング上を水属性魔法で凍らせていた。
(水属性魔法の高等技術氷化。やはり扱えるか)
その氷はどんどんと侵食し、イヴリスが立っている土隆槍まで凍らせ始めた。
(そのうち自重に耐え切れず折れる。さて、跳んでくるか。そのまま降りるか)
フィリアンはまた両手に魔力を集中させながら、イヴリスの次の手を待ち構える。
その間にも氷がどんどんと凍らせ、ついに耐え切れずにイヴリスの立つ土隆槍が折れた。
彼女は跳んで攻撃することはなく、フワリと地面に着地した。
その瞬間から、彼女の足を彼の魔法が凍らせ始めた。
左足の水魔法と両手の火・風魔法の集中で彼の息は上がっていた。冷やされた空気により、彼の口からは白い息が舞う。
(さぁ、どうする。俺の水魔法が間に入っているから先ほどの土魔法の壁は咄嗟に作れない。足場が凍るから先ほどのような急接近はできない。そして俺の周りの地面はまだ柔らかいぜ。かと言って遠距離からの攻撃は俺の火竜炎巻が全部吹き飛ばす)
「火走」
彼女は自身の足周りの氷を火魔法で溶かした。
そして剣を左肩の上まで掲げた。
(さぁ、来い。イヴリス!)
イヴリスは「ふぅ……」と呼吸を整えた。
「あふぇ?へもふぉはしいふぇすね(あれ?でもおかしいですね)」
お茶菓子をバクバク食べながらネロが口を開く。
「なんて?」
ネロは頬張っていた菓子を飲み込み、甘ったるくなった口内をお茶で流した。
「いや、先ほど5名全員が異端者って言ってたんですけど、おかしいですよ。アレインくん、フィリアンくん、エウノアちゃんは禁術で異端者扱い。魔力を持たないイッテツくんも異端者。そこまではわかるんですけど……、イヴリス様はどうなんですか?確かに王族の子は特別かもしれないですけど、異端というほどじゃ……」
「そうか、お前は知らないな」
グレイセスは頬杖を突きながら話す。
「無詠唱化を進めた初代アプリオ王だが、彼が扱えた魔法は4属性だけじゃない」
「え?」
「もう1つあったんだ。ただ彼はその魔法が苦手でね。その魔法だけはどうしても無詠唱化できなかった。彼はそのことに怒りを覚え、自身の手記に『あれはまさに悪魔の魔法だ。人間に扱うことは許されない』、なんて書いてしまった。そのせいで、その魔法は悪魔の魔法として人一倍不当に扱われてしまった」
「え、でもそれじゃあ」
「そう、その魔法は今でもしっかりと遺伝しているよ。そして無詠唱化にも成功している。ただ、王族がその悪魔の魔法を扱えるわけにはいかないからひた隠しにしていた。だが、これもまた時代だ。そんなことを知っている人物も減ってきた。その事実に嫌悪感を示す者も減った。何より国王がすでにその手の事実を公表している」
「じゃあ、イヴリス様が異端だと言うのは」
「そう、その悪魔の魔法を使えることだ。悪魔の魔法など、まさに異端だろう?」
「それっていったい」
「それは……」
それはまさに一瞬の出来事だった。
火走の加速とは比べ物にならない。圧倒的なスピードだった。
フィリアン自体その身に起きた事実を未だ理解できていなかった。
彼の体からボロボロと何かが零れ落ちる。しかし、彼自身は体が痺れて動けなかった。
その瞬間を一番近くで見ていたアレインは昔のことを思い出していた。
(あれは僕がベルアリングスの舌で麻痺させられた時とそっくりだ)
「雷閃」
そう、それは電撃。まさに雷光の如し。
フィリアンが反応するよりも、凍り付くスピードよりも、地面が沈む瞬間よりも疾い。最短距離を最速で貫く技だった。
「確かに4属性の魔法技術は君の方が上かもね」
イヴリスは振り返った。その手に持つ剣は耐え切れずボロボロになっている。
「でもね、私が扱えるのは5属性なの」
雷魔法。それが、イヴリスが扱う悪魔の魔法。異端の魔法だった。
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